今、大きな注目を集めている「パーパス」。日本のビジネスシーンにおいても「企業が何のために存在するのか」を社会やステークホルダーに向けて明確に示すことが求められるようになりました。
人事担当者としても、企業が掲げたパーパスに沿った人事施策を進めていく必要が出てきており、「パーパスを掲げても社内に浸透しない」「掲げたパーパスが機能せずに形骸化している」といったことに陥らないようにしなければならなくなっているのではないでしょうか。
本記事では、2022年8月23日・24日に開催したHR NOTE CONFERENCE2022より、株式会社セールスフォース・ジャパンの鈴木氏、株式会社LIFULLの羽田氏、モデレーターとして株式会社ネオキャリアの西澤氏が登壇したSession1-Cの内容をご紹介いたします。
パーパスを掲げ、そのパーパスに紐づいた人事施策を進めている3社から、パーパス制定の意図や背景、社員への浸透に向けた具体的な取り組み事例についてイベントレポートとしてお届けします。
鈴木 雅則|株式会社セールスフォース・ジャパン 常務執行役員 人事本部長
(米)コーネル大学院 人材マネジメント・組織行動学修士。2003-2011年の8年間、GEとGoogleにて採用・リーダーシップ開発業務などに携わる。2011年よりコンサルタントとして独立、執筆活動や企業向け研修などを行う。(著書:「リーダーは弱みを見せろ」光文社新書)2013年よりリクルーティングディレクターとしてQVCに入社後、米国本社にてグローバル人材開発チームをリード。帰国後はHRディレクターアジアを務める。その後BMWにて人事部長を経験後、2019年2月より現職。
羽田 幸広|株式会社LIFULL 執行役員 Chief People Officer
2005年6月ネクスト(現LIFULL)入社。人事未経験ながら人事部門を立ち上げ、後に人事責任者として経営理念浸透、企業文化醸成、採用、組織開発、人材育成、人事制度づくりに尽力。2008年からは社員有志を集めた「日本一働きたい会社プロジェクト」を推進し、2017年「ベストモチベーションカンパニーアワード」1位を獲得。7年連続「働きがいのある会社」ベストカンパニー選出(2011年~2017年)、健康経営銘柄選定(2015年度、2016年度)など、企業として高い評価を得るまでに導いた。2015年に執行役員に就任。著書 :「日本一働きたい会社のつくりかた」
【モデレーター】西澤 亮一|株式会社ネオキャリア 代表取締役社長
1978年生まれ、北海道出身。2000年4月、新卒で投資会社へ入社。同年11月、同期新卒9名で株式会社ネオキャリアを設立。取締役に就任。設立後1年半で赤字4,000万円、一時倒産の危機を迎える。2002年、代表取締役に就任後単月黒字化を維持し、1年半後には累積債務を解消。存続の危機を乗り越え、以降、売上、社員数共に成長を遂げてきた。現在は、「人と本気で向き合い、未来を切り拓く。」という全社で掲げるパーパスの下、保育から始まり、新卒・中途、介護までライフステージに合わせて人にまつわる社会課題に対峙する事業を提供。
目次
1. 「パーパス」を作る意味とは?MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)との違い
まず、私から企業経営において「パーパス」に注目が集まっている背景について、ご紹介させていただきます。
以前は、旧来型の「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」をもとに、企業の想いや考えを発信することが一般的でした。しかし、昨今では「パーパス」を発信することが当たり前になり始めています。
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」、そして「パーパス」の位置付けは、以下のようなものとなっています。
ミッション・ビジョンが、企業として未来に向けて実現したい姿を示すものであり、その上でパーパスは「自分たちが何のために存在しているのか」を示すものだと言われています。
これは、多くの企業が以前よりも「社会との繋がり」について、より密接に考える必要があるということだと、私は捉えています。
社会にとって我々が必要な理由を会社から語らなければならない。企業視点で語られるMVVから、社会との繋がりを強く意識することを考えたアウトプット(=パーパス)が必要とされていると感じます。
これらをまとめると、パーパスの特徴は次の3つになります。
- 自分たちの強みや価値観、思いを明記し、自分たちらしさが凝縮されていること
- 社会や顧客への影響度、社会的意義があること
- 社内外にそれらの共感を持ってもらうため、広げられること
MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは、取り組む目的レベルが異なると認識していただければと思います。特に、多くのステークホルダーの方に共感していただくことが重要になるでしょう。
それでは、ここから各社が掲げているパーパスについて詳細を伺っていきます。まずは、株式会社セールスフォース・ジャパンの鈴木さん、次に株式会社LIFULLの羽田さんにお話をお聞きします。
2. 株式会社セールスフォース・ジャパンが掲げるパーパスとは|鈴木さん
私たちセールスフォース・ジャパンでは、パーパスやミッションに当たるものとして、創業当初から「ビジネスは社会を変えるための最良のプラットフォームである」という考え方を掲げています。
社会との繋がり方やステークホルダーとの関係について日々重視しており、自分たちの利益・株式・プロダクトの1%を非営利団体やNGOに寄付する『1-1-1モデル』という社会貢献(フィランソロピー)モデルのもと、実現に向けて様々な角度からあらゆる施策をおこなっています。
また、テクノロジー会社として、テクノロジーを有効に活用しながら、社会に対してより良いインパクトを与えていきたいとも考えています。
スライドの内容は、実際に私たちがおこなってきた活動になりますが、新型コロナウイルス関連の取り組み、人種的平等に向けた取り組み、温室効果ガス削減に向けたネット・ゼロの取り組み、1兆本の木を植樹する『1t.org』の創設スポンサーとしての取り組みなど、幅広い活動をしています。
パーパス実現には「価値観(CORE VALUES)」の浸透がカギ
そして、先述したパーパスやミッションを実現していくために、セールスフォース・ジャパンとしての価値観(CORE VALUES)を明確に掲げて、それを浸透させていくことが必要だと考えています。
私たちが大切にしている価値観は、次の通りです。
「信頼」「カスタマーサクセス」「イノベーション」は、創業当初からあったものでした。これに加えて、現在は時代の変化とともに必要な価値観を言語化し、「平等」「サスティナビリティ」というものを追加しました。
このように、価値観(CORE VALUES)を時代の変化に合わせて変えていくこと、それに伴って人事施策や人事制度、組織作りなど、様々な仕組みを変えていくことが必要だと考えています。
「仕事(ビジネス)」と「ボランティア活動(社会貢献)」を接続するメリット
最後に、日々の「仕事(ビジネス)」と「ボランティア活動(社会貢献)」を接続するメリットは、3つあると感じています。
- 従業員のエンゲージメント向上
- ボランティア活動を通じたコミュニケーション促進
- ミレニアム世代やZ世代の採用活動に繋がる
まず、社内調査の結果、ボランティア活動をおこなえばおこなうほど、従業員のエンゲージメントは向上することがわかりました。従業員のエンゲージメントが上がることで、パフォーマンスの向上やイノベーションの促進ができ、ビジネスとしての結果が良くなっていきます。
次に、ボランティア活動によって生まれるコネクションや一体感の中から生まれるチームビルディングは代替不可能と感じます。これは、コロナ渦を通して、より一層感じたことです。
そして、最後に、ミレニアム世代やZ世代の求職者の入社理由として、社会貢献活動とビジネスを一緒にできるという点が多くなっていることがあります。そのため、採用へのメリットもあると考えています。
3. 株式会社LIFULLが掲げるパーパスとは|羽田さん
弊社の経営理念(パーパス)に関する概念図は、次のようになっています。
社是として「利他主義」を掲げており、これが一番中心となる価値観です。自分たちを中心に、全方位の人に価値を提供していこうという考え方になります。
そして、「会社としてどのような方向に進んでいきたいか」という部分を経営理念に、「どういう行動で実現していくか」という部分をガイドラインとして定めています。
基本的には、この社是・経営理念・ガイドラインが当社の骨格になりますが、ガイドラインは事業フェーズによって取るべき行動が異なる場合がありますので、状況に合わせて改訂しています。
LIFULLでは「経営理念」として存在する「パーパス」の役割
経営理念については、「やるからには人々に安心と喜びを提供して幸せになって欲しい」「幸せになってもらえるような仕組みを作っていこう」というような想いから作られました。
たとえばLIFULL HOME’S(ライフルホームズ)で言えば、人生最大の買い物であり、暮らしへの影響が大きい住まい選びを安心してできるような仕組みです。
そして、住まいに限らず、「生活者が幸せになっていくような仕組みを作る」という方針が、経営理念になっています。
また、コーポレートメッセージとして「あらゆるLIFEを、FULLに。」を置き、80億人の人生や暮らしを喜びや幸せで満たしていくことを軸として事業展開をしています。
経営理念をベースに「なくてはならないサービス」を展開
実際に、現在60か国i以上にサービスを展開し、地方創生や介護などの住まい領域以外のサービスも運営しています。
この中には、経営者主導のトップダウンで生まれたものもあれば、社員の提案から生まれたボトムアップのものも存在しています。
先ほど鈴木さんの話にもありました『1-1-1モデル』は弊社も参考にさせていただいており、ボランティア活動などを希望する社員の金銭面の支援をおこなっています。
他にも、Well-being for Planet Earthという国内外のWell-Beingに関する研究開発活動への助成を通じて研究者を支援する公益財団を設立しています。
4. 株式会社ネオキャリアが掲げるパーパスとは|西澤さん
ありがとうございました。最後に、私からも弊社で掲げるパーパスについてご紹介できればと思います。
これまでは、あえてベクトルを自身に向けていた
以下は、弊社が2009年から2021年まで掲げていた、旧概念図です。
これまでは、「自分たちが成長し続けることで、社会に価値貢献を果たしていこう」といったように、ベクトルをあえて自身に向けた形の経営スタイルを取っていました。
しかし、4~5年くらい前から、「経営に変化を起こさなければならない」と感じる機会も多くなりました。
そして、改めて私たちが何者なのか見つめ直す中で、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)をもとにした経営から、パーパス経営に切り替え始めました。
新概念図に大幅刷新。パーパスの下には「7GOALS」を設定
今回、パーパスの下に2030年にグループとしてありたい姿を定義した『7GOALS』といった項目を設けました。
ビジョンは各事業部ごとに決めてもらうことにしており、『連峰経営』と名付けています。また、バリューも新しいものに全て刷新していくフェーズになっております。(2022年11月に新VALUESが完成し、設立記念日である11月15日に全社にお披露目をしました。)
パーパスは、全社員からアンケートを取りながら、外部の様々な機関、顧客、求職者、我々経営陣の声を交え、議論をおこない、メッセージを固めていきました。
具体的な活動については、これから検討し、実行へ
パーパスを掲げたばかりの当社が現在おこなっていることとしては、次の2つです。
取り組み①|定例会でパーパスに繋がるGOODエピソードを共有
月一回の全社員が参加する定例会にて、パーパスに繋がるGOODエピソードを共有しています。
取り組み②|パーパスセッションの開催
また、1対n(社長対メンバー)で、パーパスに関連すること、楽しかったこと、社会貢献したことなどをシェアしたり、参加者から提案の場を設けるなど、パーパスを自分事化していくことを目的に、パーパスセッションなどの取り組みをし始めている状態です。
5. パネルディスカッション
それでは、ここからはパネルディスカッション形式で進めていきたいと思います。
Q1. 各社で実践している社内に向けたパーパス浸透施策とは?
理念浸透に関しては、2012年にアメリカのザッポスという会社に視察に行き、一人ひとりがコアバリューを体現していること、そのための仕組みが設けられていることに、とても衝撃を受けたことを思い出します。
そのため、視察後、理念浸透に貢献したい有志のメンバーを募り、「ビジョンプロジェクト」を立ち上げました。一人ひとりの社員が自発的に行動できるような施策を作り、取り組みを進めています。
まず、採用は最も重要で、経営理念にフィットしている方を採用しています。そして、入社後も「認知」「理解」「実践」という流れで、仕組化しています。
オンボーディング施策においては、新卒だけでなく、中途入社者や・派遣社員の方にも入社式をおこない、代表の井上が経営理念や行動指針について説明する機会を作っています。
また、部署ごとに経営理念に通じた事例をシェアする場(ビジョンセッション)や、経営理念やガイドラインを実践できているか振り返るプログラム(ビジョンカレッジ)も設けています。
既存社員向けには、理念についての理解度を問う『LIFULLテスト』を実施したり、毎月開催する全社総会や部門総会で、経営理念と各部門の動きを理解してもらう場を設けたりしています。企業文化はトップダウンで作られると考えているため、管理職への昇進基準においても理念の体現度合いをもっとも重視していますし、各メンバーへの理念体現に関するフィードバックの機会や、ビジョン浸透度合いを測るアンケートも定期的に実施しています。
このビジョンツリーのように、弊社では全部門にビジョンを設けているので、自らの部門がステークホルダーに対してどういう価値を提供するべきなのか、各部門ごとに半年に1回話し合ってもらっています。
また、役員陣が経営理念を語っているか、理念と一貫性のある施策を取れているか、などを、年2回「役員の心得」というアンケートを取って社員からフィードバックを受けています。
私も羽田さんと同じように、「社員へアンケートを取ること」は重要だと考えています。実際に弊社でも、リーダーがどれほど価値観を体現しているか、年に2回の従業員サーベイで確認しています。
また、弊社のミッションやコアバリュー、戦略、お客様の成功事例、新しいプロダクトなどをスライド30枚ほどにまとめて発表する、コーポレートプレゼンテーションも、年1回の頻度でアップデートしながら実施しています。
昔は、一人ひとりが上司の前で先述した内容をプレゼンし、上司の許可が出たら、全社で発表するといったこともおこなっていましたが、現在は会社も大きくなったため、ビデオに録画して提出する形式で実施しています。
これによって、各メンバーが入社理由を振り返ったり、同じメッセージを社外に向けて語れるようになったり、会社・プロダクト・お客様のことを真に理解することができるようになったりします。
やはり、会社の規模が大きくなるにつれて、同じ方向や目的を持って進むことは難しくなるため、このような取り組みを続けることで、方向性を揃えていくことが大事だと考えています。
社員浸透においては、社員全員がコアバリューについて答えられることを目指さなければならないと思います。
Q2. パーパスを人事施策に落とし込む上で重要視していること
人事の業務を機能的に分けると、「採用」「教育」「昇進」「報酬」「給与」など、数多く存在しているかと思います。
そのため、パーパスやミッション・バリューといった全社的なことを実践するために動くと、現状の機能的な仕組みを変える際に、必ず矛盾が生じてしまいます。
しかし、多くの企業では、この人事制度の仕組みとの整合性をどのように取るべきかという議論は、あまりされていないのが実情です。
そのため、やはり、全社的な視点や人事機能を横串で見られる存在としてCHROやHRBPを置いたり、またCHROの視点から定期的に見直していくべきだと考えています。
鈴木さんの話に近いですが、弊社では、組織開発チームが作成する企画書の冒頭に、必ず「経営理念を実現するためには」という言葉を入れるようにしています。
採用活動において、それが「経営理念を実現するためにどのような意味があるのか」を最初に考えています。
「パーパスを実現する」ために、「パーパスを起点に考える」ということを心がけていますね。
常に主語に理念を持ってくることで、そこから施策を考えるということですね。凄くシンプルな問いかけだと思います。
自分が良いと思った施策をやりたい気持ちもわかりますが、まずは立ち止まって「何のためにやるのか」と考えてもらいたいですね。
Q3. 各社が実践する社会貢献活動の具体例とは
約3年半前に私がセールスフォースに転職した後、はじめて参加した「グローバル人事リーダー会議」で、サンフランシスコで3日間に渡って開催されたのですが、その1日目の半日以上は、本社ではなくサンフランシスコ郊外の倉庫に集合し、ボランティア活動からスタートしました。
活動内容としては、商品としては売れないけれど、まだ食べられるものを集め、梱包し、恵まれない家庭に配るというものでした。
これをひたすらやってみた時に、実際に自分のやっていることが世の中を良くしているという感覚や、この活動を通じたチームビルディングによって、初めての場なのに話し合いがとてもしやすくなった経験がありますね。
我々は、このようなボランティア活動が、社内アプリを通じて簡単にできるようになっています。
昼の1~2時間で手軽にできるようなものもリストになっており、自分の好きなものを選ぶとカレンダーに反映され、ボランティアに参加できます。
これが自身の活動内容として記録されていき、1年間で目標を達成したかどうかまで確認できる仕組みができています。
住まい探しの場面では、外国籍の方やLGBTQの方などは住宅弱者と呼ばれ、家を借りにくいということがあります。弊社に入社した外国籍社員がこれをどうにかできないかと行動し、国籍や性別など様々なバックグラウンドを持つ人と相談に応じてくれる不動産会社を繋ぐサービスをつくりました。
このように、社内的に皆が「是非やるべきだよね」といった動きについては、事業性と社会貢献性の両方をしっかり取っていくことで実現しています。
ありがとうございます。お二方と比べると手前の方の施策なのですが、私は「社員と本気で向き合う」ことを大事にしています。
コロナが始まってからにはなりますが、オンラインのスタジオを作り、12時から13時のお昼の時間で、社内向けのコンテンツを月3つくらい配信しています。
多様な分野の専門家を呼び、短時間での夜ご飯の作り方や、一歳未満の小さなお子様を家で見ながら仕事をする方法であったり、同じコミュニティを持っている人たちをグルーピングして、通常は触れにくい社員のプライベートで困っていることをテーマにして、社員に向けてアウトプットをするということをおこなっています。
Q4. パーパスや理念を社内に効果的に浸透させるために
私は、社内で「その話もう聞き飽きたよ」と思われた時点からがスタートだと考えています。
そこで「もういいよ」と思われたということは、覚えてくれているという意味であり、最初は高頻度で発信していくことが大事だと思います。
そして「色々な施策を使って高頻度で情報を発信する」ことを続けつつ、「異動や評価の判断基準においておく」といった仕組み化が必要だと考えています。
私が大切に思っていることは、対話です。理念を発信する上で、経営陣と一般社員の対話があるかどうかは気にかけています。
会社と社員が考えていることには、必ずギャップが生まれると思います。だからこそ、いかに双方の思いをつなげ、そのためにフィードバックの文化を醸成できるか、そしてITのツールを使えるか、両方を注力する必要があると思います。