あなたは、日々の仕事に追われ、すべてを一人で抱え込んでしまうことはありませんか?
特に、部下にうまく仕事を振ることや相談することができず、結果的に自分で抱えすぎてしまうと、心身の負担が大きくなる一方で、チーム全体にも悪影響を及ぼしかねません。
そこで今回は、「抱え込み上司」が組織にもたらす問題点、背景にある心理的要因、そして改善のための具体的なステップについて、リザルトデザイン株式会社の井上顕滋さんにお話を伺いました。
人物紹介井上 顕滋氏リザルトデザイン株式会社 代表取締役
経営者・経営幹部専門の人材・組織開発コンサルタント。30年以上の経営と部下育成の経験、更に世界最先端の心理学を各分野の第一人者から徹底的に学び、人が持つ能力を最大限に引き出す独自の能力開発メソッドを確立。理想の組織作りと、組織に対するロイヤリティを飛躍的に向上させることを専門とするリザルトデザイン(株)を2004年に設立し、3000社以上の指導実績を持つ。2011年に日本初の非認知能力開発専門塾であるFive Keysを設立。
抱え込み上司がチームに与える影響とは?
ー抱え込み上司がチームにどのような影響を与えるのか、具体的に教えてください。
井上さん:抱え込み上司の存在は、チーム全体に深刻な悪影響をもたらす可能性があります。上司がすべての業務を抱え込み、しかも部下との相談や情報共有が十分でないと、部下は「自分は信頼されていない」と感じ、次第にやる気を失います。
たとえば、どんなに努力しても上司から仕事を任されたり意見を求められたりしない状況は、「自分の存在意義」を疑わせる原因となります。この結果、生産性が低下し、最悪の場合、離職を引き起こすことにもつながるでしょう。
ギャラップ社の40年以上かけた大規模な調査とメタ分析では、権限委譲の欠如はエンゲージメントの低下と心理的エンパワーメントの低下につながることが示唆されており、また、従業員エンゲージメントと離職率の間には明らかな負の相関関係があるとされています。
日本では同僚との関係性や待遇が離職理由に上がることも多いものの、上司の影響が離職における重要な要因である点は変わりません。
さらに、抱え込み上司の存在は、情報の流れを停滞させ、意思決定の遅れを招きます。
「自分で処理したほうが早い」と思い込み、部下と相談したり権限を委譲したりしないケースでは、部下は「次に何をすればいいかわからない」と混乱し、自分自身の能力を十分に発揮できません。このような連鎖が続くと、結果的にチーム全体の生産性が大きく損なわれてしまいます。
また、職場における信頼感の欠如も問題です。
Slack Technologies (Salesforce) が1万人以上のデスクワーカーを対象に実施した調査(出典:Slack公式サイト「Trust is a key driver of workplace productivity」)によれば、「自分は信頼されている」と感じる従業員は、「信頼されていない」と感じる従業員と比べ、1.3倍多く努力する傾向があり、集中力が約2.1倍、生産性が約2倍、そして仕事への全体的な満足度が約4.3倍も高いことが分かっています。
上司が仕事を抱え込み、部下に任せたり意見を聞いたりしない状況は、部下の立場からすれば「自分は上司から信頼されていない」と感じ、上司や会社に対する信頼感が低下してしまう恐れがあります。
特に日本の職場では、上司と部下の関係性がチーム全体の雰囲気や成果に直結することが多いため、この影響はさらに大きいと言えるでしょう。
なぜ上司は仕事を抱え込んでしまうのか?
ー抱え込み上司が生まれる背景には、どのような要因があるのでしょうか?
井上さん:上司が「抱え込み状態」になってしまう要因の一つが、他人に任せることで生じる不確実性を避けたいという心理状態です。この心理状態を生み出す背景は3つあります。
1. 過去の失敗体験
井上さん:過去に部下に仕事を任せたときに大きな問題が発生した、あるいは相談しても期待する答えが返ってこなかった、といった失敗体験がトラウマとなり、抱え込み状態を引き起こすことがあります。
たとえば、以前「重要な報告書の作成を任せていた部下がミスをした」といった経験があると、「二度と同じ失敗を繰り返したくない」という強い不安を抱え、「自分でやるほうが安心だ」という感覚が強化されます。
このような心理的な防衛反応は、一見すると責任感の表れのようですが、実際には部下に任せたり相談を持ちかけたりすることを難しくするだけでなく、部下の成長を妨げ、組織に悪循環を生み出します。
2. 完璧主義
井上さん:「すべてを完璧に仕上げなければならない」というビリーフ(思い込み)も抱え込み状態をつくります。
正確な仕事をすることで信用を得るというポジティブな側面はありますが、行き過ぎると部下に仕事を任せられないうえ、相談すらせず「自分でやったほうが正確」と考えてしまう問題につながります。
特に几帳面な性格の方や、幼少期に失敗を厳しく叱責される家庭環境で育った方に多く見られます。
3. 評価への不安
井上さん:「困っていることを相談するのは無能の証だ」というビリーフ(思い込み)がある人も、部下を頼りません。親から厳しく育てられ、「自分で何とかしなさい」という教育方針の影響を受けた方に多く見られます。
「助けを求めるのは悪いこと」「優秀な人は自分で解決するもの」という価値観が根付いているため、大人になっても「自分の問題は自分で解決しなければならない」という感覚が抜けず、結果的に部下に仕事を振りづらい状態になってしまいます。
このタイプの方は、自分自身がプレーヤーとして出す成果で評価されたいという気持ちが強い人が多く、「仕事を部下に任せて失敗したら自分の評価が下がるのではないか」という不安から、任せられなくなることがあります。
また最近増えてきたと感じるのが「部下に負担をかけるとモチベーションが下がってしまう」という理由で仕事や相談を抱え込んでしまうケースです。
これは複数の理由がありますが、理由として一番多いと感じるのは若手社員に対して「負担をかけると辞められるかもしれない」という恐れを持っているというものです。
若手社員の「叱責や負荷に対する耐性の低さ」や「挑戦よりも安定を重視する価値観」を実感していて、過去に負荷をかけたことで退職者が出た経験がある上司ほど慎重になりやすく、人手不足の状況も相まって「仕事を振れない」「相談できない」と抱え込んでしまいます。
そして最も改善が難しいのは幼少期の親の関わりに起因するケースです。幼少期に厳しすぎる基準を求められたり過度な期待を受けたりして育つと、「負担をかけられると苦しい」という感覚が深く根付き、同じことを部下にしたくないという心理が働くことがあります。
こうした幼少期の体験が原因のビリーフ(思い込み)は根が深いため、コアビリーフセラピストなどの専門家の助けを借りるのが近道です。
抱え込み行動を改善するステップ
ー抱え込み行動を改善するには、どのようなステップが有効でしょうか?
井上さん:改善の第一歩は「小さな仕事を部下に任せる・相談してみる」ことです。最初から大きな責任を伴う仕事を振るのではなく、「会議の資料作成」や「簡単なデータ集計」など、負担の少ないタスクを依頼してみてください。
これにより、上司自身も「任せる」「相談する」ことに慣れると同時に、「部下は任せた仕事をやり遂げられる」という認識を深めていくことができます。
次に、部下との「定期的な1on1ミーティング」を活用し、部下のスキルや意欲を正しく理解しましょう。
「今週はどんなことがうまくいった?そのうまくいった要因は?」「今後伸ばしていきたいスキルはどういうスキル?」「この部署の業務で挑戦してみたいことは?」など、部下の考えや状況を引き出す会話を通じて信頼関係を築くことが重要です。
さらに、「完璧を目指さない姿勢」を意識してください。部下がミスをしたとき、それを「学びの機会」として捉えることが大切です。
たとえば、「今回の報告書は〇〇が良かったね。次は△△を工夫してみよう」といった具体的なフィードバックを行うと、部下も安心して次の挑戦に臨めます。
抱え込み部下へのアプローチ
ー上司本人ではなく部下に「抱え込み」の傾向がある場合、上司としてどのようにサポートすれば良いでしょうか?
井上さん:まず、部下が抱え込み状態になっている背景を理解することが重要です。そして、相談しやすい環境を整えることが鍵になります。たとえば、上司が自分の失敗談をオープンに話すことで、部下に「相談しても大丈夫なんだ」と思ってもらいやすくなります。
さらに、部下にチームワークについての小さな成功体験を積ませることも効果的です。チーム内でタスクを分担し、部下が「一人で抱え込まなくても成果が出せる」「チームで協力した方が自分だけでやるよりも良いアイデアや結果が出せる」という成功経験を積むと、周囲を頼ることへの抵抗が減っていきます。
また、心理的安全性を高める取り組みも重要です。Google社が2年以上かけて約180のチームを対象に実施した「Project Aristotle」の調査結果によると、チームの成功要因として最も重要なのが心理的安全性であることが明らかになりました。
メンバーが互いに意見を言い合える環境があり、失敗を恐れずにリスクを取れるチームほど、高いパフォーマンスと生産性を発揮することが確認されています。部下の挑戦を評価し、失敗を許容する姿勢を示すことで、失敗を恐れるタイプの抱え込み部下を減らすことができます。
ー最後に、ついつい仕事を抱え込んでしまうタイプの読者にむけてアドバイスをお願いします。
井上さん:抱え込みが起こる背景には、性格特性や過去の体験が深く関係しています。まずは自分がどのようなタイミングで不安を覚えやすいか、客観的に振り返ることから始めましょう。
どんな状況の時に抱え込んでしまってきたかを振り返って分析し、次に同じ状況を迎えた時、自分の思考や感情がどのように変化するかをモニタリングし、不安の正体を見極めると対策を立てやすくなります。
また、チームのメンバーそれぞれがどのようなスキルや志向性を持っているかを可視化する方法も効果的です。たとえば、人材アセスメントツールや性格診断などを利用し、個々の強み・弱みを把握しておくと、誰にどの仕事を振るかだけでなく、何を相談すれば適切なサポートを得られるかを判断する助けになります。
メンバーが「自分の存在意義」を実感しやすくなるため、結果的にチーム全体のモチベーションと生産性が高まるはずです。
最後に、第三者の視点を定期的に取り入れることもおすすめです。
たとえば、他部署のマネージャーや外部のコンサルタントなどといった人材にチーム状況を客観的にフィードバックしてもらうと、思い込みや偏見に囚われていない情報を得られます。自分一人で解決できないと思ったときこそ、外の視点を取り入れることで抱え込みを避ける助けとなるはずです。
仕事を人に振らず、部下とも相談せず抱え込んでしまうのは、責任感が強く、仕事に真剣に向き合っている証拠でもあります。しかし、すべてを一人で抱える必要はありません。
あなたの部下やチームには、あなたが思っている以上に成長する力があります。相談や仕事の分担は、弱さではなくリーダーとしての強さを示す行為です。少し肩の力を抜き、小さな一歩から始めてみてください。