株式会社リンクアンドモチベーションの川内です。
今、「人的資本経営」が業界問わず注目されています。この流れは、2008年のリーマン・ショック以降、金融資本主義(Financial Capitalism)から人的資本主義(Human Capitalism)という方向性が出来上がり、そして昨今のESG投資の流れから、投資家の中で中長期的な企業成長への期待が高まったことが要因と言われています。
このような流れの中で、自社の企業価値を高める要素の一つとして、従業員エンゲージメントに対する取り組みの重要性も更に高まっています。
今回は、人的資本経営が求められる背景、その流れでより重要性を増す従業員エンゲージメントに関する取り組みのポイントを解説していきます。
【執筆者】川内 正直 | 株式会社リンクアンドモチベーション常務執行役員
1.なぜ「人的資本経営」が必要とされるのか
人的資本経営が必要とされる背景には、企業を取り巻く3つの市場に変化が起きているからと考えられます。
3つの市場とは、商品市場、労働市場、資本市場のことです。
商品市場では顧客や消費者、労働市場では応募者や従業員、資本市場では投資家や金融機関と、各市場でのステークホルダーとの関係性に変化が起きています。
1-1.商品市場のソフト化と短サイクル化
商品市場において挙げられる変化として、まず1点目はソフト化です。ソフト化とは、日本の産業構造の割合が第三次産業(サービス業)で7割以上を占めるほど比率が上がり、ソフト(サービス活動)の比重が増大していることです。
トヨタ自動車株式会社がモビリティカンパニー へとモデルチェンジを仕掛けているように、元々サービス業ではなかった産業でもサービス業へのシフトが進んでいます。
また2点目として、商品の短サイクル化の影響です。商品のライフサイクルが短期化しており、数年前に流行したものが今ではトレンドではないという状態が散見されます。
このような環境下では、企業として変化の早いマーケット環境に合わせて、柔軟に対応することが求められます。
そのため、新たな事業や商品を企画できる人材、または顧客に価値を届けることができるアイデア・ホスピタリティ・クリエイティビティを持つ人材が企業価値の源泉となっていきます。
1-2.資本市場の長期レンジ化
2020年11月にSEC(米国証券取引委員会)が上場企業に対して「人的資本の情報開示」を義務化した背景から、ISO(国際標準化機構)が定めた人的資本開示に関するガイドライン(ISO 30414)に沿って、米国中心に各社開示に向けた動きが加速しています。
また、日本国内では2018年頃から、上場企業を中心に自社の従業員エンゲージメント向上の取り組みを、統合報告書などIR資料で開示する動きも加速しています。
このような傾向は、投資家の注目が短期的な業績ではなく、長期的な組織やブランドに高まっていること(長期レンジ化)を示していると言えます。
1-3.労働市場の少子化、複雑化、多様化
労働市場にも大きな変化が見られます。少子化により、今後の生産年齢人口も減ることが想定される中、ますます人材獲得競争は熾烈になっており、企業としては優秀な人材を確保し維持していくことがより重要となります。
人材を確保し続けるためには現場のマネジメントもポイントになりますが、コンプライアンスや働き方改革、個人情報のセキュリティ対応など、マネジメント上対応すべき事項が年々増えており、より複雑化しています。
そして、従業員の働き方やワークモチベーションも多様化していることから、従業員のモチベーションを把握しマネジメントする難易度が上がっていると言えます。
このように、商品市場のソフト化・短サイクル化、そして資本市場の長期レンジ化から、企業として労働市場で応募者や従業員から選ばれ続ける「重要性」は高まっているものの、労働市場の少子化・複雑化・多様化から、応募者や従業員から選ばれ続ける「難易度」が高まっていると言えます。
このような変化から、人の持つ力を最大限に引き出し、中長期的な企業の成長に繋げる「人的資本経営」は必須の時代になったと考えています。
2.「従業員エンゲージメント」とは何か
このような人的資本経営の重要性が高まる中、上述したように「従業員エンゲージメント」に対する企業活動に市場の注目が集まっています。
2-1.「従業員エンゲージメント」の定義
そもそも「従業員エンゲージメント」とは、企業と従業員の相互理解・相思相愛度合いを表し、意味合いが転じて従業員の会社への愛着心や仕事への情熱の度合いを示すとも言われます。
イメージとしては、企業と従業員の間の結びつきの強さを表していると考えると理解しやすいでしょう。
2-2.「従業員エンゲージメント」が企業業績にもたらすもの
従業員エンゲージメントが高まるほどに、労働生産性の向上・営業利益率の向上・退職率の低下・顧客満足度の向上など、企業活動の様々な指標に対して好影響をもたらすことが研究結果で証明されています。
リンクアンドモチベーションと慶應義塾大学ビジネス・スクール岩本研究室との共同研究でも、企業と従業員のエンゲージメント度合いを測る指標である「エンゲージメントスコア」を基にした格付けランクである「エンゲージメント・レーティング」の上昇に合わせて、売上・純利益の伸長率が高くなる傾向が証明されています。
また、「従業員の退職率」においてもエンゲージメントスコアの上昇にあわせて、退職率が低くなる傾向がみられることも分かっています。
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3.「従業員エンゲージメント」向上のポイント
人的資本経営を推進する中で、従業員エンゲージメントを向上させるためには、「診断」→「変革」 → 「公表」のサイクルを回すことが大切であると考えます。
企業の目指すべき姿(To be)と現在の姿の(As is)のギャップを定量化するための「診断」ステップ。As is – To beのギャップを埋めるために改善策を立案し実行する「変革」ステップ。取り組みの進捗や方針を社内外に公表し企業価値向上につなげる「公表」ステップ。
この3つのステップが循環し続けることで、従業員エンゲージメント向上に繋がります。ここからは従業員エンゲージメントを高めるためのポイントを各ステップ毎に解説していきます。
3-1.診断のポイント:自社らしい目指す姿を定め、従業員の期待と満足の合致を図るポイントを定める
診断のステップにおいて重要なことは、まず自社の目指すべき姿(To be)を定めることです。たとえ定量化によって組織の現状把握を行ったとしても、目指すべき姿が決まっていなければ課題設定が難しくなります。
そして、自社の目指す姿の意義が従業員に明確に伝わり、従業員の働きがいに繋がっている状態が理想だと言えます。そしてこの状態を実現できると、より持続的かつ中長期的な企業成長を見込みやすくなります。
このような状態を実現するためには、目指す姿の中に、「意義性」と「共感性」が盛り込まれていることが大切であると考えます。
目指す姿が「手段」や「目的」のみならず日々の業務の先にある「意義」を内包出来ていること、そして、何を目指すのかだけでなくその意図や背景も交えたストーリーで伝達し、従業員の共感を紡ぐことが重要です。
目指す姿への従業員の「共感」を紡ぐためには、「そもそも従業員はどういうことに共感を抱きやすいのか?」「現在、従業員の共感度合いはどれほどあるのか?」を把握することが大切であり、そのためには従業員エンゲージメントを把握することが有効であると考えます。
従業員エンゲージメントの把握においては、2点ポイントがあります。
まず1点目は、従業員の組織への帰属要因を把握することです。
人は組織に帰属する際に、魅力的に感じる方向性(共感する方向性)が4つに分かれると言われています。
明確な企業理念やブランドなどの「Philosophy(目標の魅力)」、事業優位性や仕事のやりがいなどの「Profession(活動の魅力)」、経営陣の魅力や風通しの良い風土などの「People(組織の魅力)」、納得感のある給与や最先端の設備などの「Privilege(待遇の魅力)」の4つです。
どれも全て等しく従業員にとっての魅力要素となれば良いですが、企業特性によって少なからず強弱があったり、魅力要素として掲げられるものに限りがあるケースが大半です。
そもそも自社はどの魅力要素で従業員を魅了したいのか、共感を紡ぎたいのかを決めると同時に、現在の従業員がどの要素に魅力を感じ、共感して自社に帰属しているのかを把握することが大事だと考えます。
これによって、目指す姿の中で内包すべき意義や、共感を紡ぐためのストーリー設計も変わってきます。
そして、2点目は、従業員の「満足」だけでなく「期待」も把握することです。
例えば、商品市場で顧客にマーケティング調査を行う際には、当然顧客のニーズやどの程度それに期待しているかをヒアリングすると思います。それと同じように、従業員に対してもエンゲージメントを構成する要素それぞれについて、どの程度期待しているのかを把握することが大切です。
従業員の期待と満足の合致を目指していくことが、企業と従業員の結び付き度合いや共感度を高め、エンゲージメント向上に繋がると言えます。
3-2.変革のポイント:実行する従業員の状況や感情を捉え、施策に落とし込む
変革のステップで最も大切なことは、同じ組織課題を抱えていたとしても組織のエンゲージメント状態によって有効な打ち手は異なることを踏まえて、対策を講じるということです。
例えば、「ナレッジを上手く活用できていない」という組織課題があった際に、各部署や属性ごとのエンゲージメント状態によって有効な施策は変わります。
組織のエンゲージメント状態が非常に良い場合には、全従業員で取り組むナレッジコンテストのような施策は課題解決に有効かもしれません。しかし、非常に悪い場合には、このような施策を講じても反発心や不満を従業員に抱かせてしまい、得たい成果が得られず、最悪の場合にはエンゲージメント状態が更に悪化するということもあります。
このような場合、ナレッジ活用の課題に取り組む前に組織の根本課題の解決を優先したり、経営陣や管理職がナレッジ化を率先垂範で行うというアプローチが有効になります。
このように、同じ課題であっても施策や打ち手に対する従業員側の受け止め方や解釈の仕方、抱く感情は、組織のエンゲージメント状態によって大きく異なります。
この点を踏まえずに解決策を実行すると、思いもよらない反発やエンゲージメント向上への取り組みの阻害要因になることもあります。
3-3.公表のポイント:信頼性のある指標を社内外に公表し続ける
人的資本に関する情報を測定している企業の割合は64.6%である一方、社外開示までしている企業の割合は15%程度という実態も出ているように、まだまだ公表に至っている企業が多いというわけではありません。(出典:リクルート, 人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当調査(2021) 第1弾:「ISO30414」に基づいた主要11領域の調査結果)
しかし、未開示な企業が多い環境下だからこそ、積極的に公表していく姿勢をいち早く見せることが、同業他社に対するアドバンテージにもなるとも考えられます。
公表に向けては、3つのポイントがあると考えます。
まず1点目は、他指標との連動性を示すことです。公表しているエンゲージメント指標が、自社の業績や顧客満足度、離職率などの成果指標との相関性や連動性が示されていることが大切だと考えます。このような連動性が見込める指標でなければ、自社での人的資本の有効活用が市場に正しく伝わらずに終わってしまいます。
そして2点目は、他社との比較を示すことです。たとえ自社のエンゲージメント状態を公表しても、それが同業他社や同業界と比較してどれほど良いのかが理解出来る指標でなければ、市場に正しく自社の価値が伝わらず、自社の優位性確立に好影響を与えることが難しくなります。
また3点目としては、定期的に進捗を示すことです。過去の自社スコアと比べてどう変化しているかを、自社で決めた頻度で定期的に開示し続けることが重要です。状態が良かった時のみ情報開示を行うのではなく、スコアが少し悪くなったとしても、自社でエンゲージメント向上の取り組みをし続けていることや、対策に動いていることを企業姿勢として示し続けることが非常に大切だと考えます。
リンクアンドモチベーションでは、組織のエンゲージメント状態を示す指標として、上記にあげるように業績などの他指標との連動性が認められ、他社と相対比較も出来る「エンゲージメント・レーティング」を活用しています。(詳しくお知りになりたい方はこちらをご覧ください。:エンゲージメント・レーティングについて)
また、リンクアンドモチベーションでは「エンゲージメント・レーティング」を取得している企業の中で、毎年エンゲージメントの高い企業を「ベストモチベーションカンパニーアワード」にて表彰し、受賞企業はエンゲージメント状態の公表に「エンゲージメント・レーティング」をご利用いただいています。
4.エンゲージメント向上の成功事例
リンクアンドモチベーションがご支援し、「診断」→「変革」→「公表」のステップを循環させながら、エンゲージメント向上の活動に取り組まれて成果を挙げられている企業の事例を、一部ご紹介します。
【日本ユニシス株式会社】
日本ユニシス株式会社は、エンゲージメントスコアの向上に従い、営業利益、営業利益率、ROE(自己資本利益率)も上昇したという素晴らしい成果を収められています。統合報告書でも2018年から人的資本に関する投資について開示されています。
※出典:HR2048 『人的資本経営の実現にはデータの活用が不可欠/金融資本主義から人的資本主義へ』
日本ユニシス株式会社がエンゲージメント向上に取り組まれた背景には、「両利きの経営」に伴うビジネスモデル変革にありました。
2000年代当初IT業界全体がディスラプト(破壊)される危機に直面し、そのような中で、2016年に代表取締役社長に就任された平岡昭良氏が、さまざまな業界のお客様やパートナーと共に、社会課題の解決に向けたビジネスエコシステムⓇの創出と、知の探索と知の深化(サステナブルとディスラプティブ)の両方を追求する「両利きの経営」への変革を打ち出されました。
さらに従来のSIer(システムインテグレーター)事業領域に加え、ディスラプティブ領域を創発できる企業変革や、ビジネスモデル変革にもつながる風土改革を始めました。以来、変革への取り組みを続けていらっしゃいます。
5.終わりに
リンクアンドモチベーションでは、2000年に創業して以来、「企業の持続的かつ中長期的な成長に対しては、人的資本への投資、特に組織のエンゲージメントや人のモチベーションへの投資は不可欠である」という想いで、数多くの企業の変革活動のご支援をしてきました。
そして、20年以上の経験による組織変革ナレッジと国内最大級のエンゲージメントに関するデータベースを基に開発したエンゲージメント状態を比較分析できる「モチベーションクラウド」というサービスは、業界シェア4年連続1位(※)を獲得する 従業員エンゲージメント向上クラウドサービスへと成長しました。
私個人の想いとして、資源のない国である日本だからこそ、多くの企業で人的資本を自社の優位性として確立していく必要があると考えます。
信念はありながらも人的資本経営の確立に苦労されている企業も数多くいらっしゃるのも事実です。このような現状に少しでも貢献できるよう、これからもエンゲージメント向上に、より効果があるサービスを開発、提供し続けてまいります。
※ ITR「ITR Market View:人材管理市場2021」
従業員エンゲージメント市場:ベンダー別売上金額およびシェアで連続1位 (2017~2020年度予測)