第6回までは、効果的な仕事と介護の両立支援の取り組み方として、経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」のステップに沿って、それらの具体的な取り組み方法について解説してきました。
今回の第7回~第12回までの6回(予定)は、企業の具体的な取り組み事例を紹介し、それらの事例から導かれる仕事と介護の両立支援施策の効果的な進め方について解説します。
今回ご紹介するのは「大成建設株式会社(以下、大成建設)」の事例です。
寄稿者石田 遥太郎氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー
シンクタンクに勤務した後、2012年より医療福祉関連ベンチャーのスタートアップメンバーとして参画し、医療介護施設の開設及び運営のコンサルティングに従事。また管理部門の責任者として、経営管理全般(経営企画、財務、人事、システム等)を担当。2019年日本総合研究所に入社。リサーチ・コンサルティング部門にて、健康分野、医療介護分野における政策提言、調査研究、民間企業向けのコンサルティングに従事。
寄稿者小島 明子氏株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト
1976年生まれ。民間金融機関を経て、2001年に株式会社日本総合研究所に入社。多様な働き方に関する調査研究に従事。東京都公益認定等審議会委員。主な著書に、『「わたし」のための金融リテラシー』(共著・金融財政事情研究会)、『中高年男性の働き方の未来』(金融財政事情研究会)、『女性と定年』(金融財政事情研究会)、『協同労働入門』(共著・経営書院)。
寄稿者石山 大志氏株式会社日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー
日系コンサルティングファームを経て現職。入社後一貫して人事組織コンサルティングに従事し、近年は人的資本経営の推進、プロアクティブ人材の育成に向けた取り組み推進に注力。近時の執筆記事等として、「仕事と介護の両立を実現するビジネスケアラー支援」(共著、『労政時報』2024年/労務行政)「エクイティがダイバーシティ施策のカギ-〜人的資本経営とDE&I」(共著、「Power of Work-2023年/アデコ)等がある。
目次
社内外への効果的な情報発信ときめ細やかな研修・セミナー
大成建設では、仕事と介護の両立に関する情報について、上司や家族、専門工事業者まで幅広く提供しているほか、人事担当者、産業医、外部の専門家と連携し窓口で対応し、ケアマネジャー提出用のリーフレット(仕事と介護の両立相談シート)を提供するなど、様々な工夫を行っています。
本稿では、大成建設における仕事と介護の両立に向けた施策について、
- 取り組みステップ1:経営層のコミットメントを得る
- 取り組みステップ2:仕事と介護の両立における実態の把握と対応
- 取り組みステップ3:仕事と介護の両立に関する情報発信や研修の実施
の3つのステップにおける取り組みに加え、大成建設が実施する独自の取り組みを紹介します。
また、本施策の推進にあたられた大成建設人事部人財いきいき推進室長 北迫泰行氏からいただいた、施策を進めるにあたって注力した事項や、今後取組を進められる多くの企業様に向けたメッセージも紹介します。
ではまずは、大成建設における仕事と介護の両立に向けた施策について順番に説明します。
取り組みステップ1:経営層のコミットメントを得る
本連載の第1回でもご紹介したように、働き方改革関連法の整備やウェルビーイング等の概念が浸透した今日においては、自分自身や家庭を優先し、ワーク・ライフ・バランスを重視する働き方を選ぶ人が増えてきています。
現在の企業の対応は、育児と介護の間で偏りが見られ、育児・介護休業法の改正の影響や社会からの要求を受けて、社員の育児支援について積極的に取り組んでいる企業が多い一方で、介護については制度の構築をしていない企業、あるいは、制度を整備していても、制度の浸透や理解がまだ不十分な企業が多く存在しています。
Point:トップメッセージの発信を通じて、介護支援の本気度を伝える
そのようななか、大成建設では、ダイバーシティ推進をきっかけとして、「介護」は男女ともに両立意識啓発に有効と認識したことで、2010年から介護離職防止に取り組んでいます。
将来50代になる社員が多いことから、経営層に介護離職のリスクの可能性を説明し、仕事と介護の両立のための施策について理解を得るようにしたとのことです。
50代と言えば、多くの企業において事業活動の中核を担う人材、つまり管理監督者やミドルマネジメント、熟練した技能を有する人材である場合が多いことを踏まえ、自社における経営へのインパクトをしっかりと説明することが経営層の理解を得るためには重要になると考えられます。
また、両立支援制度が利用しやすい風土づくりはそのための重要なポイントであることから、社内報や介護のしおりを利用してトップからメッセージを発信するなど、本気で介護支援に取り組んでいることを常日頃から社員に伝える努力を行っています。
大成建設 介護のしおり
取り組みステップ2:仕事と介護の両立における実態の把握と対応
取り組みステップ1と2は、企業によっては順序が逆のケースもあります。
大成建設では、競争に勝ち残っていくための施策の一つとして、女性活躍推進への取り組みを始めました。その際(2007~2008年)、今後のキャリアプランに関するヒアリングをしたところ、ベテラン女性社員からは親の介護に関して不安を持つ社員が多いことが分かりました。
Point:実態把握を機に取り組みを実施
その後(2008年~2010年)女性社員の活躍を阻む職場問題の改善活動を実施するなかで、男性からのヒアリングも行うようになり、男性社員からも介護に関して不安を持つ社員の存在が明らかになりました。
そのような実態を踏まえて、2010年から経営トップの理解のもとに、介護離職防止に向けた施策が始まりました。
介護離職防止に取り組み始めてからは、介護休暇取得者のデータを把握しています。2018年までは右肩上がりになっています。2019年はコロナでテレワーク導入の影響から、自宅で仕事をしながら、介護をする人が増えてきたため、介護休暇を取得する人が減りました。
しかし、2022年ごろから、介護休暇を取得する人が増加傾向です。現在、様々な職場で広がりや管理職での取得者が増えたことで、介護休暇の取得に対する抵抗感は減少しています。
そのため、2024年1月からは、介護休暇制度のさらなる充実に向けて、介護休暇(現在年間10日、2人以上15日)は、年間15日(2人以上20日)に拡充し、フレックスタイム制度は介護を理由とした利用も可能としています。
取り組みステップ3:仕事と介護の両立に関する情報発信や研修の実施
従業員が仕事と介護を両立するにあたって支援制度を利用するためには、広く従業員に向けた周知を行うことが重要となります。
大成建設では、従業員本人だけではなく、家族も含めた誰もが参加できる仕事と介護の両立支援セミナーを実施しています。
Point:情報発信や研修の方法を工夫しながら、対象を拡大
また、個別事情に合わせた支援もできるよう、年3回、上司と部下の定期面談において今後の働き方について話し合う際に介護の話も含めるようにしています。
その際に適切なアドバイスができるように、上司に対しては、上司向け研修のなかで介護に関する情報提供を行っていることも大きな特徴のひとつです
また、社内相談窓口が、人事担当者、産業医、外部の専門家と連携していることも特徴的です。同社独自でケアマネジャー提出用のリーフレット(仕事と介護の両立相談シート)も作成し、社員が実際に家族介護を必要とするようになった場合、ケアプランを作成するケアマネジャーに的確に相談できるようにしています。
このほか、最近では、専門工事業者の経営者を対象とした介護セミナーも実施するようになりました。建設技能者の減少と高齢化が進むなか、建設技能者の介護離職防止を図ることは、サプライチェーンを守り、事業リスクを軽減する上でも重要です。
大成建設独自のケアマネジャー提出用のリーフレット(仕事と介護の両立相談シート)
第3回でも述べたように、最近では、非財務的価値の中核に位置する「人的資本」を、企業経営において重視すべき項目として情報開示を促す海外の動向があります。こうした動向を背景に、国内においても政府主導の下、有価証券報告書への開示義務化を行うなど、「人的資本」が注目され、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」の重要性も高まっています。
貴重な人的資本が仕事と介護の両立によって仕事のパフォーマンスを下げてしまうことは、企業として人的資本を有効に活用できていないことにほかなりません。一方で、企業が仕事と介護の両立に取り組み、またそのことを開示していくことは、企業として、リスクマネジメントとして認識し、きちんと取り組んでいる姿勢を示すことにつながります。
大成建設では、有価証券報告書の「事業等リスク」のなかに、女性をはじめとする多 様な属性の社員の活躍を推進するための取組や、子育て・介護と仕事 の両立支援など多様な働き方を推進する取組を経営に活かすことは、 個人と組織のパフォーマンスを向上させ、事業の成長と企業価値向上につながることを明記しています。
当社では長年、介護離職防止のために何ができるのかを模索し、様々な施策を実施してまいりました。中には「なぜここまで会社が介護支援をしているのか?プライベートなことじゃないのか?」と考える方がおられるかもしれませんが、時代の流れはそうではありません。団塊の世代が75歳になる2025年は目の前であり、この75歳は要介護認定される率が大幅に上がると言われています。その世代を親にもつ世代にとっては、働きながら介護をすることは決して他人事ではありません。また、当社では、介護セミナーのあとに参加者へアンケートを取りますが、「会社に求めることは何ですか?」という質問に対して、最も多い回答は「介護しながら働いていることの大変さを上司に理解してほしい」というものです。上司が仕事と介護の両立を理解するためには、経営層の皆さんが先頭に立って、「会社は介護している社員を守る方針である」ということを宣言することが必要です。皆さんの大切な社員が突然介護離職をする日が来ないよう、是非準備を進めていきましょう。