
2025年6月24日、味の素株式会社とビジネスコーチ株式会社による合同セミナーが開催されました。
テーマは、味の素社が独自に推進してきた1on1施策「ななメンター」。若手社員のキャリア自律を促し、中堅社員の自己肯定感向上にもつながる取り組みとして注目を集めています。
イベントでは、導入当初からメンターやメンティーとして関わり、現在は人事部キャリア開発グループで運営を担う田中氏が登壇。「ななメンター」がどのように社内に浸透し、応募枠の2倍にのぼる希望者を集めるまでに成長したのか、その背景と効果について語りました。
さらに、イベントの後半ではコーポレートコーチ株式会社の佐藤氏を交え、ビジネスコーチングの視点からもその成果と展望を紐解くパネルディスカッションを実施。本記事では、イベント当日の講演およびパネルディスカッションの内容についてレポートします。

登壇者田中 大地氏味の素株式会社 人事部 キャリア開発グループ
大学卒業後、金融業界を経て 2016 年に味の素株式会社へ入社。その後、家庭用商品の営業として、7 年間従事。2023 年社内公募にて、人事部に異動。味の素社(約 3,800 名/単体)の人財育成担当として、全社の研修の企画、運営、キャリア入社者オンボーディングやアルムナイの取組推進も含め、自律的キャリア開発支援制度、仕組みづくり、施策の検討・実施を担当。キャリアコンサルタント(国家資格)保有。

登壇者佐藤 達朗氏コーポレートコーチ株式会社 HRソリューション事業部2課
2013年に株式会社JTB関東(現株式会社JTB)に入社し、団体旅行の営業担当として、職員旅行や修学旅行の企画から手配、添乗業務を経験した。入社以来、他社牙城の学校を次々と翻し、2年目には最優秀新人賞を受賞した。一方、ルールの決まった大企業の中で、自分らしく働くことへのジレンマを感じ、3年目以降、大きく伸び悩む。そんな中、人の才能を引き延ばす「コーチング」に出会い、魅了され、2019年ビジネスコーチ入社。現在はコーポレートコーチング本部に所属し、コーポレートコーチとしてコーチングを軸とした組織変革サービスを提供し、組織のパフォーマンス最大化に向けた支援をしている。また、自らも個人に対するコーチングも行い、その人らしさの発揮をテーマに日々業務に邁進中。
目次
第1部:味の素社の「ななメンター」とは?若手社員のキャリア自律支援の背景

味の素で人事部キャリア開発グループに所属している田中です。本日は、昨今よく耳にする「若手社員のキャリア自律」というテーマについてお話しさせていただきます。
弊社の人事部としての取り組みは、ありがたいことに2023年に「HRアワード」の企業人事部門で優秀賞をいただきました。

従業員のWell-beingに寄り添い、志の実現へ
味の素社が取り組む「人を大切にする」包括的支援
「HRアワード2023」受賞に関する内容は、こちらの受賞者インタビューをご覧ください。
当社は包括的な複数の施策を進めており、一つひとつの施策は派手ではありません。しかし、当たり前のことを、泥臭く実行し、積み重ねていくことが評価につながったのだと思います。本日ご紹介する「ななメンター」も、この包括的な施策の一つです。
私たちは人事施策について「一つ打てば大きなヒットが出る」ようなものでは無いと考えています。だからこそ、多面的なアプローチを地道に続けることが大切であり、それが弊社の人事部らしさだと感じています。
1909年の創業から組織も大きくなり、人員も増えてきました。しかし、その一方で「サイロ化」「タコ壺化」といった壁も出てきました。そこで、2023年2月に「Our Philosophy」という形で新たにパーパスを制定。公募による異動を積極的に推進し、挑戦の機会を広げていくことに注力しました。その結果、社員の約4割が異動を経験するようになり、自発的な挑戦を促すネットワーク型の働き方が広がっています。
また現在は、社内ベンチャー支援や若手にフォーカスした取り組みなど、複数の矢を同時に放ちながら「挑戦する風土づくり」を進めています。キーワードは「手挙げ」「挑戦」です。ここからは、2つのキーワードを軸に、直近5年ほど取り組んできた「ななメンター」という若手社員のキャリア自律支援についてご紹介したいと思います。
自発型(手挙げ)の組織風土を醸成中

こちらが「Our Philosophy」です。コーポレートスローガンである「Eat Well, Live Well.」を実現するために、我々の志を再整理したものになります。

そして人事部では、会社としてのパーパス(志)に社員一人ひとりのパーパスを重ね合わせていくことが重要だと考えています。2030年のロードマップでは、AGW(Ajinomoto Group Way)実現に向けてイノベーションを生み出すことを目指しており、挑戦する「個」がチームの力となり、それがやがてイノベーションにつながると考えています。
この全体像の中で、私たちキャリア開発グループは、従業員一人ひとりが自分の未来のありたい姿を描き、自身の成長や活躍に向けて主体的に取り組めるよう、自律的キャリアの開発を推進しています。具体的には、次の4つの施策をおこなっています。
- キャリア実現のサポート
- 制度運用
- システム運営・管理
- アルムナイコミュニティ運営
今回のテーマとしてお話する「ななメンター」は、「1. キャリア実現のサポート」に位置づけられており、キャリア開発グループが進めている人事施策の1つです。
若手社員のキャリアに対する課題が見えてきた

弊社では、エンゲージメントサーベイを2016年から継続的に実施しており、2020年からはスコア分析に本格的に取り組み始めました。その結果、勤続2〜5年未満の20代層の「キャリアを考えるうえで必要な情報やリソースが欲しい」「この会社でどのようなキャリアを積んでいくのかを思い描ける」といった項目が、全体平均に比べて相対的に低いことがわかりました。
また、キャリア自律を描くうえで、若手社員が困っていることについても調査をしました。
弊社ではキャリアに関する情報を拡充するために弊社では様々なシステムや仕組みを整えています。しかし、現場では「どのようなキャリアを描けばよいかわからない」という声が多く、また仮に理想像を描けていたとしても「今の自分とのギャップをどのように埋めればよいのか見えない」という不安を感じていることがわかりました。
こうした悩みに寄り添う施策として導入した制度が、キャリア自律やエンゲージメント向上を目的とした「ななメンター」です。
「ななメンター」を導入した背景・目的

「ななメンター」は若手社員(一般職新卒1年目を除く全員)を対象とした制度で、メンターはマネージャー職や一般職の上位等級の方々が担います。 コーチング型コミュニケーションを通じて、若手社員のキャリアに関する課題解決や自律的な行動を促すことを目的としています。

また、「ななメンター」の制度は、メンターにとってもコーチング型コミュニケーションを学べるメリットがあります。彼らの取り組みに対する心理的・物理的なハードルを下げるために、面談は2〜3週間に1回、30分〜1時間程度を推奨しています。そして、業務の一環ではなく「就業時間外」で実施するものと位置づけていることも大きなポイントです。
プログラムは3か月間で、マッチングは人事部(事務局)が双方の関係性の薄い組み合わせを選んで設定しています。弊社では毎年1〜3月に実施しており、9月に参加者募集、10〜11月にマッチングとスキルトレーニング、12月にキックオフという流れでおこなっています。
制度を開始してから5年が経ちますが、応募は常に定員を大きく上回り、1.5倍から2倍程度の希望者が集まっている状況です。また、アフターフォローとして、メンター・メンティーの悩みを共有する座談会も任意で開催しています。
若手社員のエンゲージメント向上を目的に制度開始
「ななメンター」を導入した背景としては、2020年にコロナ禍で働き方や外部環境が大きく変化するなか、エンゲージメントサーベイの結果を見ると「リーダーシップ人材の育成」「キャリア支援」に関するスコアが低く、特に若手の評価が全体に比べて低い状況にあったことが挙げられます。
この状況を打開する策として「社員の能力を最大限引き出すマネジメント」が求められ、社員一人ひとりの潜在能力を認めて期待を与える「コーチング的リーダーシップ」が必要だと考えたのです。
従来のOJTでは目の前の業務習得が中心となります。しかし「ななメンター」は業務に直結しない領域、すなわちメンティーの自律性や成長、キャリア形成に関わる領域をサポートする仕組みです。部署を跨ぐ横断的なコミュニケーション施策として開始をするにあたり、社員に対して目的を丁寧に伝えることは非常に重要だと考え、
- メンティー:キャリア課題の解決支援をしてくれる
- メンター:コーチ型コミュニケーションを習得できる
と双方にメリットがあることを明確に示しました。そのうえで外部研修を受けてから面談に臨んで貰うなど、準備段階でのマインドセットづくりも心掛けました。
ポイントは制度の目的を明確にし、社員の主体性を育むこと
制度を開始した際の社員の応募動機には「コーチングに興味がある」というメンターが多く見受けられるなど、本制度を通じてコーチング型マネジメントを実践的に学べる機会を提供できているのは大きなメリットだと思います。ティーチングではなくコーチングを重視しているため「最近の若手に喝を入れたい」「自分の知識や経験を後輩に語りたい」というタイプの方は参加をご遠慮いただくように明記しています。
一方でメンティーに対しても「受け身での参加はご遠慮ください」と明示し、自己効力感の醸成や主体的に考える力を身につけてほしいというメッセージを伝えています。参加者の方々が単に知識を受け取るのではなく、自分から学び、自分でありたい姿を描いていく姿勢を求める点が特徴です。
「受けてよかった」「新たな気づきを得た」という声が95%以上に
「ななメンター」に参加したメンティー側のアンケートによると「受けてよかった」「新たな気づきを得た」という声が95%以上を占めています。また「困ったときに相談できる人脈ができた」「他部署の方とのコミュニケーションを通じて新たな視野や視座を得られた」「キャリアを言語化できた」という定性的なコメントもありました。普段は上司に配慮して本音で語りづらいキャリアについて、「ななメンター」であれば素直に言語化できたという感想が多く寄せられています。
また、マッチングにおいてメンティーから「自分の業務を理解してくれているか」「その領域の知見を持っているか」という点が期待されており、弊社のバリューチェーン全体にわたる多様な知見を持つメンターが選ばれることにより信頼感の高い対話につながると受け止めています。メンターもコーチングの実践機会を得て「日常の業務でも活かせている」という実感を9割以上が持っています。
重要なポイントは、メンティーの考えを引き出すために「待つ」「問いかける」といったスキルを学び、3か月間の実践で着実に成長できていることです。さらに、メンティーの悩みや努力を知ることで、自分の組織の人材育成を考えるきっかけになり、視野を広げる動機づけにもなっています。
現在はキャリア入社者のオンボーディング支援にも応用を開始

そして、この制度の応用としてキャリア入社者のオンボーディング支援のためにキャリア入社経験のある社員がメンターを担う「キャリアメンター」制度を今年から開始しています。参加者からは「転職直後で基本情報がわからない中、他部署だからこそ言える助言がありがたい」「横のつながりができた」といった声が寄せられています。
「キャリアメンター」も「ななメンター」と同様に、業務時間外の相談を前提とし、オンラインで気軽に取り組める点が特徴です。キャリア入社者の文化理解やルール習得、横でのつながり作りに役立っており、順調に進んでいます。
若手社員やキャリア入社者のキャリア自律を支援する環境づくりは「当たり前のことを愚直にやり続けること」が基本です。今後も若手の成長と活躍を後押しするために、こうした施策をさらに進化させていきたいと考えています。
第2部:ビジネスコーチ社×味の素社 パネルディスカッション

皆さま初めまして。コーポレート株式会社 HRソリューション部2課の課長を務めております佐藤と申します。本日は味の素社さんの「ななメンター」の取り組みについてのお話がありましたが、本日参加されている多くの方が1on1に関するお悩みを抱えているのではないかと思います。ぜひ積極的にご質問いただき、この場を盛り上げていければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

1on1を実施している企業は合計で65%程度ですね。直近で増えてきていますが、これらの制度が全社的に浸透していない企業も見受けられるので、その理由については気になるところです。

私のもとに寄せられるご相談も、3〜4年前から1on1に関する内容が急増した印象があります。本日ご参加の皆さまは「導入後2〜3年が経ち、次の施策を模索している」といったフェーズの方が多いと感じますね。
Q. 味の素社における1on1の運用状況とは

弊社では、上司と部下(上下)の1on1実施は任意となっています。ただし、年1回はキャリアについてどう考えるか本人と上司で対話する場として「キャリアディベロップメントプラン(CDP)面談」を全員おこないます。制度として強制するのではなく「必要に応じて活用する」という文化に近いと思います。

1on1は参加者が主体的に関わらないと行動や発言が生まれないと思います。弊社では、対話文化が根付いており自主性に委ねる形式で1on1を実施しています。1on1を“特別なもの”として捉えるのではなく、日常の会話の中で自然に取り入れられる文化を醸成していきたいと考えています。

私がお伝えしているのは「目的を語りましょう」ということです。田中さんのお話にもありましたが、どのような施策も目的が最も重要だからです。
「何のために」という説明が抜け落ちた瞬間に、「不要だ」と判断されてしまう傾向はあります。だからこそ、導入や施策を進める際には、まず目的を語ることが欠かせない。ここが一番のポイントだと思っています。
Q. 1on1のスキル標準化に関する課題について

スキル標準化の課題は現在も多くあり、まだまだコーチングではなくティーチング的な関わりをしてしまうメンターも一定数います。彼らに気づきを与えてあげる仕組みを作ることに加えて、できない部分を「ななメンター」で補う施策が重要だと思っています。
弊社では、全マネージャー1,500人を対象に1年間かけてコーチングスキル研修を実施しています。最低限のスキル環境は整えた上で、活用するかどうかは各自に委ねるという形をとっています。 裏を返せば「自分で成長しなければ部下からの突き上げもある」というメッセージにもなっていると思います。しっかり環境を与え続けることが、スキル標準化の第一歩だと考えています。

あえて「スキルを求めすぎない」という工夫も大事です。
味の素社さんの「ななメンター」制度では、メンターとメンティーの期待値を最初にすり合わせる仕組みが徹底されています。メンティーには「メンターはこういう関わりをします」と伝え、メンター側にも「メンティーからはこう期待されています」と伝える。すると、自然とお互いのハードルが上がり、目線が合うようになります。
ただし、それだけではメンターがプレッシャーで潰れてしまうため「スキルは発展途上である」「メンティーの成長に関与したいという思いは強い」といった逃げ道も用意しています。お互いの認識の齟齬がなくなり、双方にとって満足度の高い取り組みにするためには、「目線合わせ」が成功のポイントになると思います。
また、これからはスキル標準化に客観的な指標も必要です。場合によってはAIによるスキル分析ツールを導入するなども検討しても良いかもしれません。
Q. 上司の関わり方やフィードバックの仕組み

「ななメンター」として関わる中での態度変容や情報を他者にフィードバックする仕組みは特に設けていません。心理的安全性の担保を優先しています。任意参加だからこそ本音を引き出せるため、それがリピート率の高さや、5年連続で継続している理由だと考えています。
一方で、人事部としてはエンゲージメントサーベイを基準にしています。徐々にスコアは上がっているものの、本質的な課題を把握するために追加のアンケートで情報を収集し、次の施策につなげることで全体を管理しています。

現場には「人事は余計なことをしないでほしい」という方もいます。味の素社さんでは「ななメンター」が業務時間外で実施する設計になっているため、そもそも通常業務に支障を与えない仕組みになっていることが成功要因の一つだと思います。
また、「これまでキャリアについて話すことが難しかった部下が、ななメンターを経験したことで自分から話をしてくれるようになった」と感謝してくれた上司もいたと話を聞いています。結果として上司の負担軽減や部下の主体性向上につながっているということになると思います。
Q.「マッチング」と「社内周知」の方法について

まずマッチングについては、個々の経歴や主観的な情報を排除し、バリューチェーン上で部署間のバランスを見てシンプルにマッチングしています。意図的なマッチングをしないことが5年間継続できている要因だと思います。
施策の社内周知に関しては、私自身がメンターを務めたときの経験が口コミで広がり、リピート参加が増えていきました。さらに、経営の統合報告書で「若手の挑戦」を課題に掲げ、その打ち手として社長自ら「ななメンター」を紹介したことも大きな後押しになっています。経営層からの発信が現場にも浸透しているポイントだと思います。
Q. 改善に向けたKPIはどのように設定しているか

2020年に施策を始めた背景として、若手層のエンゲージメントサーベイで「キャリア自律」「キャリアを描ける実感」の指標が下がったことが挙げられます。加えてコロナ禍で一時的に離職率が高まったという事実もありました。オンライン中心で自部署以外の情報に触れにくくなり、結果として「社内にどんな活躍の場があるか分からない」という状態が、課題だったと思います。
その後は、エンゲージメントサーベイのスコアが上がり続け、離職率も2020年比で大きく改善し、直近は1%未満まで低下しています。「ななメンター」に限らず複数の打ち手が相まった結果ですが、キャリア情報へのアクセスと対話機会の増加が効いたと受け取っています。
KPIについては、現状は主にエンゲージメントサーベイで全体傾向を追っています。ご指摘の通り、定量指標はサーベイ以外にも設ける必要があると考えており、今後の課題として検討を進めたいところです。

