生成AIの登場により、ビジネスシーンでのAI活用が加速しています。
しかし、ツールを導入しただけで有効的な活用に至っている会社はそこまで多くなく、全社としていかに活用浸透させていくかが、大きな課題としてあるのではないでしょうか。
そこで今回は、AIリテラシーを学べる「生成AIパスポート」の資格提供を行っている一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)の事務局次長、小村亮さんにインタビュー。
その中で小村さんは、生成AI活用において欠かせないのが「AIリテラシー」だと述べています。
AIリテラシーとは何か、なぜ重要なのか、AI活用人材をどう育成すべきなのか。生成AIの活用・浸透のポイントを探っていきます。
【人物紹介】小村 亮 |生成AI活用普及協会(GUGA) 事務局次長
2017年、株式会社オプトに新卒入社。PRを主軸に、コミュニケーションデザインやブランドクリエイティブなどブランディング領域のプランナーとして従事。その後、2021年に株式会社デジタルホールディングスへの出向を経て、フリーランスとして独立し、複数社の経営に携わる。 生成AI活用普及協会の立ち上げに参画。広報責任者を経て現職。
目次
生成AI活用意欲はあるが、本格活用には至っていない会社が多い
−本日はよろしくお願いします。まずは生成AI活用普及協会の概要や役割について教えてください。生成AI活用普及協会は、2023年5月に設立された団体です。
目的は、生成AIを社会に実装し、産業の再構築を目指すことにあります。団体の活動で特に重視しているのは、「生成AIを活用する側の目線」です。
生成AIを有効活用するための必要な情報を届けたり、生成AIに関するインフラの構築に取り組んだりすることが、この協会の大きなコンセプトとなっています。
組織構成は主に、理事会、協議会、事務局、参画会員からなります。協議会には約50名のAI有識者が名を連ね、会員は個人だけでなく、各産業界から生成AI導入に意欲的な企業が集まっています。
現在、生成AI活用普及協会が注力している取り組みとして「生成AIパスポート」があります。
これは、生成AIのリスクを予防するための資格試験です。資格の内容は、生成AIの活用スキルよりも「AIリテラシー」に特化しているのが特徴です。
AIの仕組みや特性、リスクなどを理解し、生成AIと適切に付き合っていくための基礎知識の習得に重点を置いています。
−各社、生成AIの活用状況は高まってきているのでしょうか?
企業の生成AI活用意欲は非常に高まってきていますが、ある調査アンケートによると、
- 実際に活用中の企業:43%
- 推進中・検討中の企業:48%
と、まだ十分な活用段階にある企業は半数以下で、そこまで至っていない企業が多いのが現状です。
−導入が進まない要因はどこにあるのでしょうか?
導入が進まない背景には、まず人材面の課題があります。
AIツールを導入しても、その使い方がわからなかったり、AIでアウトプットしたものをどこまで業務で活用していいのか「OKライン」がわからなかったりと、人材育成の必要性に直面しています。
また、情報漏えいや権利侵害、誤情報の生成・拡散などのリスクをどう管理していくのかも大きな課題です。
生成AIで作られたものを、社内資料なら使ってもいいのか、対外的なものにも使っていいのかなど、活用範囲の線引きに苦慮する企業も少なくありません。
こうした課題を乗り越え、生成AIの活用を前に進めていくためには、実践的なスキルと同時に、AIを適切に扱うためのリテラシー向上が欠かせません。
「AIリテラシー」とはなにか?
−「AIリテラシー」についてもう少し詳しく教えてください。AIリテラシーについては様々な定義がありますが、私たちは「生成AIを安全に活用する前提として必要な知識や心構え」のことだと考えています。
この知識には、AIの仕組みやリスクについての理解が含まれます。
−AI活用スキルの向上だけでは不十分なのでしょうか?
リスクの観点から考えると、スキルだけを伸ばしても危険性があります。
たとえば、WEB上の情報収集だけでも、AIの使える用途や生成物の質を高めていくことはできます。
しかし、AIリテラシーが低いままスキルを高めると、リスクを把握できずにトラブルを招く可能性が高まってしまうのです。
私たちはマトリクスで表現していて、縦軸にAIリテラシー、横軸にスキルを置くと4つのタイプが定義できます。
その中で、右下のスキルが高くてAIリテラシーが低い人材が、最もリスクが高いと考えています。
そのリスクを避けるには、AIリテラシーを上げていく。つまり下から上へのアプローチが大切です。
スキルとAIリテラシー、どちらも重要ですが、まずはAIリテラシーから身につけていただくのがよいでしょう。
それが生成AIを安全に活用する土壌を整えることに繋がります。
−なるほど。AIリテラシーの向上に関して、他にどのようなメリットがありますか?
もう1つ大きいのは、AIに関するコミュニケーションの共通言語が整うことです。
AIリテラシーが共有されていれば、AIに関する用語でも社内の意思疎通がスムーズになり、コミュニケーションコストが下がり、効率的な育成につながります。
また、AIリテラシーという基礎があれば、日々のニュースへの理解度も上がりますし、そこから応用力も養われていくでしょう。
このように、生成AIの健全な活用に向けて、AIリテラシー向上は必要なものだと考えています。
AIリテラシーの高め方
−AIリテラシーを高めるには、どのようにすればよいのでしょうか?
AIリテラシーの中で最も重要なのは、リスクの観点です。ただ、リスクを知ったからといって100%防げるわけではありません。
たとえば、運転免許証を例によくお伝えするのですが、テクノロジーの発展によって自動車という移動手段が普及していますが、事故は0件にはなりませんよね。
でも、運転免許証が存在することによって、事故の発生頻度や確率を下げることにつながっているわけです。
このように、まずはリスクを把握し、AIリテラシーを向上させるアクションや仕組み化が大切です。それによって、日々生成AIを扱う際に、その生成物に対して疑う姿勢が身につくでしょう。
そして、私たちが提供している「生成AIパスポート」が、運転免許証のようなリテラシー向上の手段の1つとして検討いただくケースが増えています。
各社が独自の研修カリキュラムを用意するケースもありますが、内製だけでは難しい部分もあります。
もちろん、独学でWEB上の情報を収集するのも1つの方法かもしれませんが、独学だとどこまで学べば十分なのか、客観的な評価を得られるかどうかは判断しづらいところがあります。
資格試験なら合格・不合格という客観的な評価をセットで得られるので、メリットを感じていただけることが多いです。
試験を受けるのはハードルが高いという方には、公式テキストがあるので、それを教科書として使って、まずは勉強だけしていただくこともできます。
また、私たちは無料のAIクイズアプリも提供しています。公式テキストを学習させた生成AIが○×クイズを作成するので、自分の理解度を気軽に試せるツールとしておすすめです。
より多くの方にAIリテラシーを身につけていただけるよう、様々な手段を用意していきたいと思います。
「生成AIパスポート」とはどのような試験なのか?
−生成AIパスポートの具体的な試験内容について教えていただけますか?
出題形式は4択から適切なもの、または不適切なものを1つ選ぶという形式になっています。
試験の内容は、AI全般から生成AIに絞った基礎知識、生成AIの直近の動向、取り扱う際の注意点、そして実践的な活用方法までを網羅しています。
実践的と言っても入門的な内容で、AIを活用したアンケート項目の作成やメール返信の生成など、多くのビジネスパーソンが学びとして実践しやすいトピックを扱っています。
−この試験はいつから開始されたのでしょうか?
1回目の試験が2023年の10月におこなわれました。
年に3回、10月、2月、6月に試験を実施しており、これまで3回おこなってきています。次回は2024年の10月を予定しています。
−毎回の受験人数はどのくらいになるのでしょうか?
3回の累計で約5,600人の方に受験いただいています。1回目が約1,000人、2回目が約1,500人、直近の3回目は約3,000人と、回を重ねるごとに受験者数が増えています。
特に直近の2024年6月は、過去2回分を上回る人数を1回で受験いただきました。
昨年は「まずAIを使ってみよう」というフェーズでしたが、今は「AIを導入したものの利用率が上がらない」という企業内の課題や、個人でもビジネスの場面で使いこなしたいというフェーズに変わってきています。
このような変化が、受験者数増加の背景にあるのではないかと思います。
−試験に合格すると、証明書などいただけるのでしょうか?
はい、合格証書を発行しています。
試験終了後、2週間から1ヶ月以内に合格発表をおこない、そのタイミングで合格証書が発行されます。
私たちとしてもありがたいのが、合格者の方々がSNS等で積極的に拡散してくださっていることです。合格の事実をご自身のビジネスやセルフブランディングに活用されているのが見て取れます。
生成AI活用ができている企業とそうでない企業の差
−生成AIの活用やAIリテラシーの向上に向けて、協会が企業の研修などに関わることはあるのでしょうか?
はい、現在は「カスタマイズ研修」というものを提供しています。
協議会に属しているAI有識者(協議員)とパートナーシップを組み、一定の品質を担保した研修プログラムをご提供できる環境を整えています。
−研修ニーズがある企業は、どのあたりに課題感があるのでしょうか?
やはり、「AI活用が進まない」という部分が大きいです。
今は、「AI活用ができている/できていない」で、企業の状況が2極化しているように感じています。
できている企業は、試行錯誤しながら独自のプロセスを描いて社内で基礎研修や実践的な研修をおこない、出てきたアイデアを新規事業につなげるなど、全社で体系的に取り組んでいる印象があります。
一方で、できていない企業は、何から始めればいいのか分からなかったり、ツールを導入したものの利用率が上がらず、どうしたらいいか分からない状態で止まっています。
そういった企業に対して、まずはヒアリングをおこない、各社の状況や業務特性などに合わせてカスタマイズした研修プログラムをご提供し、生成AIを実践的に学べるようサポートすることが多いです。
−AI活用ができている企業とそうでない企業の違いは、どのようなところにあるのでしょうか?
成功事例として共通している傾向にあるのは、トップダウンかどうかということです。
トップが「生成AIを使うんだ」「自分たちが変わっていくんだ」というメッセージを出せるかどうかが重要です。
必ずしもトップ自身が推進者である必要はありませんが、推進者が推進しやすい環境を整えることが大切なのです。
もう1つの共通項は、ボトムアップでもあるということです。トップに行けば行くほど現場のオペレーションから遠のいてしまうがゆえに、どの業務で、どのように生成AIを活用すると便利なのか、イメージしづらくなりがちです。
現場の社員がどうすれば生成AIに価値を感じ、生産性向上に寄与するのかを落とし込めることがボトムアップの重要性だと考えています。
この両輪を意識してうまくまわせるかがポイントになります。
−ちなみに、トップの方々はなぜ生成AIを導入しようと考えるのでしょうか?
主に2つのパターンがあるように思います。
1つ目は、テクノロジー活用に対して前向きで、グローバルな目線を持ち、DXを経営課題として認識されている方です。
そういった方は早い段階から「イエスの前提でしか考えていない」というケースが多いでしょう。
2つ目は、むしろこちらの方が多いかもしれませんが、「やらないことへの恐れ」です。
今は導入することがチャンスになりますが、数年後にはできていないことがビハインドになる可能性があります。そういった恐れが、早期導入への意識を高めているのかもしれません。
−数年後には、生成AIを使いこなせることが当たり前になっている可能性もありますよね。
そうですね。今で言うところの「パワーポイントやエクセルを使えます」という感覚に近くなっていくでしょう。
そうなった時に、生成AIを活用するスキルだけでなく、それを価値に転換するための周辺スキル、たとえばプレゼンスキルや文章力、法的知識などの専門性をさらに高めるためのリスキリングが求められてくるのではないでしょうか。
【企業事例】AIリテラシーが上がることで、活用が定着する
−実際に、AIリテラシーの強化に取り組まれた企業の事例についても教えてください。
パーソルホールディングスさんの事例になるのですが、特徴的なのは「共創型」をコンセプトに推し進めていることです。
これはまさにトップダウンとボトムアップのバランスを象徴するような表現だと思います。
どういうことかと言うと、ミドルレイヤーの方が推進者として中心となって進められており、その方がトップとボトムの間に立ち、バランスを取りながら、ボトムがより一層アクティブに生成AIを活用できるような仕組みや土壌を整えています。ミドルアップダウンと言ってもよいかもしれません。
−具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
1つは「プロンプトギャラリー」というものです。
グループ横断でプロンプトをアップできる社内SNSのようなものを用意されています。
おもしろいのは、実際に上がってきたプロンプトを見ると、とてもシンプルで短文のものが含まれているんです。
「プロンプトは綺麗に書かなきゃいけない」って思っている人も多いと思うんですよ。しかし実際には、非常に短く、一見たわいもなく感じられる文がアップされていて、でも現場からは「そういったシンプルなプロンプトが便利だった」というリアルな実体験のあらわれなんですよね。
このように社内シェアという形で、社員同士がアクティブに実体験をもとに共有していける場をつくっているところが魅力的だと思います。
もう1つ、パーソルホールディングスさんでは、AIリテラシーの重要性も感じられて取り組みを進められています。
私たちの生成AIパスポート試験も、今年の2月に200人程度で団体受験してくださいました。
また、受験者の方々に学習前、受験直後、そして受験3ヶ月後にアンケート調査を実施してくださいました。その結果、学習前に比べ受験3ヶ月後には業務時間の削減において、月平均1.7時間伸びているということがわかりました。
経過を見ると受験直後から3ヶ月後にも時間の伸長が見られるんですね。
軒並み受験前と3ヶ月後で見た時にポイントアップしているという結果から、AIリテラシーを持つことによって定着が図れているということが分かります。
−なるほど。スキルの試験ならまだ分かりますが、AIリテラシーが上がることで活用が促進されるというのは興味深いですね。
おっしゃる通りです。私たちも感覚的にそうなのではないかという仮説のもとでやっていたところがあったので、数字としてあらわれてきたのは良い結果だと思っています。
AIリテラシーがあることでOKラインが分かる、つまり使っていいかダメかの判断ができるようになります。
判断ができないと使わない流れになりがちですが、「使っていいんだ」という後押しにつながっているのでしょう。
その意味では、AIリテラシーはスキルを最大限発揮するための、ある意味ガードレール的な役割を果たしているのかもしれません。
短期・中期・長期でみる、生成AI活用普及協会の展望
−最後に、生成AI活用普及協会の今後の展望について教えてください。
まず短期的には、生成AIパスポートの受験者数、合格者数を増やしていくことに注力したいと考えています。
これによって社会全体におけるAIリテラシーの底上げを図り、本来顕在化しなくてよかったようなリスクを予防していくアプローチを取ることが、社会が前向きに生成AIを活用していくことに寄与するでしょう。
中期的には、オープンバッジによる学習歴の可視化を進めていきたいと思います。
すでに生成AIパスポートのオープンバッジは発行していますが、今後スキルに特化した講座のオープンバッジ化も促進し、信頼性高く学習歴を証明できる仕組みを整えていきます。
これにより、AIリテラシーあるいはスキルを持っている人材、つまり生成AI人材であることを可視化し、キャリア形成や人事評価に活かしていただけるようにしたいと考えています。
そして、長期的には、産業の再構築に向けたアプローチです。これはDXとも置き換えられるかもしれません。
現状では、まだ業務改善における事例や成果が目立っている状況ですが、生成AIというテクノロジーを味方につけて、産業のオペレーションを抜本的に変革したり、新しい価値を生み出したりしていく必要があります。
この点については、集まってくださる会員の皆さんや様々なステークホルダーの方々と共に、そういった事例を生み出していきたいと考えています。
生成AIは社会に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。この可能性を最大限に活かすためには、歩みの障壁となり得る事象の顕在化を予防することが重要です。
そのために、まずはAIリテラシーの向上、そして人材の可視化を通じて、生成AIの健全な普及と活用を促進し、日本の産業競争力強化に貢献していきたいと考えています。