給与前払いサービスについて、違法ではないのか、どんな点に注意すればよいのか気になる点が多いでしょう。 本記事では、給与前払いサービスとはどのようなものか確認したうえで、給与前払いサービスと似たような取り扱いで、違法になりうるケースを紹介します。これらとの比較で合法的な給与前払いサービスとはどのようなものか、説明します。
玉上 信明(たまがみ のぶあき)
社会保険労務士。三井住友信託銀行にて年金信託や法務、コンプライアンスなどを担当。定年退職後、社会保険労務士として開業。執筆やセミナーを中心に活動中。人事労務問題を専門とし、企業法務全般や時事問題にも取り組んでいる。【保有資格】社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー
目次
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。
1.給与前払いとはそもそも何か
労働契約は労働者(従業員)が労働を提供し、会社がそれに対して給与を支払うという契約です。 実際には、「当月分の労働に対する賃金を翌月25日に支払う」というような取り決めをされているのが通常でしょう。たとえば、5月分の給与は6月25日に払うといったことです。
給与前払いというのは、すでに労働した分の給与をこの支払い期日の前に支払うことです。 労働基準法では「非常時払」として、従業員やその家族などの出産、疾病、災害、結婚、死亡、やむを得ない事情での帰郷などの場合には、会社が給与の前払いをしなければいけないということも定められています。 実際には、労働基準法で定められた非常時払い以外の事情でも、労働者として給与の前払いを求めたいときもあるでしょう。会社としても、従業員が困っているならば給与の前払いを認めようと考えるのは自然なことです。 また、給与前払いは従業員の定着や士気の向上にも役立つことでしょう。
とはいえ、会社として従業員から給与の前払いを求められても、これまでの労働の対価がいくらなのか勤怠管理システムなどで細かく計算し対応するのは、とてもわずらわしいものです。 給与前払いサービスとは、従業員の給与前払いへのニーズと会社の前払い手続きの煩雑さを解決するために、リーズナブルな手数料などで引き受けてくれるサービスです。 給与前払いサービスのスキームは、次の図の通りです。
第二十五条 使用者は、労働者が出産、疾病、災害そのほか厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。
次に、労働基準法施行規則では、以下のように定められています。
第九条 法第二十五条に規定する非常の場合は、次に掲げるものとする。 一 労働者の収入によつて生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合 二 労働者又はその収入によつて生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合 三 労働者又はその収入によつて生計を維持する者がやむを得ない事由により1週間以上にわたって帰郷する場合
労働基準法などでは「賃金」という用語を使用しています。これは、月例の給与や賞与なども含めた言葉です。本稿では、わかりやすく給与という言葉に統一しています。 実際に通常、月例の給与の前払いということがおこなわれてると思われます。 また、労働基準法では「労働者」と呼んでいますが、本稿では従業員という言葉に統一します。
2.違法になりうるケース①「前払い」でなく「前借り」である場合
ここからは「給与前払い」あるいはそれに似通った取り扱いで、違法の恐れのあるものについて説明します。 まず、「給与の前借り」との違いについて説明します。これは、「給与の前払い」とは似て非なるものです。
「給与の前払い」は既におこなった労働の対価の給与を、支払期(要するに月給日)より前に払うことです。 「すでにおこなった労働の対価」であるので、従業員側ではその分の労働の提供は済んでいます。会社として、従業員が必要としているのであれば、月給日前にその分の給料を払い、便宜を図ってあげようと考えてもおかしくはないでしょう。 給料日にまとめて払うことと比べてネックになることがあるとすれば、勤怠の状況などを個別に確認して取り扱うといった事務的な煩雑さでしょう。
これに対して、給与の「前借り」は、従業員がまだ働いてもいない将来分の給与に見合うお金を会社が払うことです。要するに会社からの純粋な借金です。 この「前借り」に対して、会社は応じる必要はありません。(※1) それどころか、従業員にお金を貸し付けたうえで、給与と相殺するのは労働基準法違反になるなど、さまざまな問題があります。
3.違法になりうるケース② 給与ファクタリングである場合
もう一つの問題は「給与ファクタリング」です。 「ファクタリング」というのは、債権の買取サービスです。すなわち債権を支払い期日前に、一定の手数料を徴収して買い取るサービスです。 給与ファクタリングというのは、会社の従業員に対して業者が「お金が必要なんですか。給与債権を買い取って差し上げます。一定の手数料はいただきますよ。」というサービスです。 これは、給与債権をもとにお金を貸し付けることと実質的に変わりありません。このような業者は、本来は貸金業者として貸金業登録が必要です。名目は手数料であっても、実質的には貸金への金利です。 そのため、利息制限法や出資法などの制限がかかります。ファクタリング業者は、これらの規制をかいくぐって高利のお金を貸し付けるもので、一言で言えばヤミ金です。 金融庁もこのような給与ファクタリングについては、厳しく注意喚起しています。
「給与ファクタリング」などと称して、個人の賃金債権を買い取って金銭を交付し、個人を通じて資金を回収する業務は、貸金業に該当します。 貸金業登録を受けていないヤミ金融業者により、年利に換算すると数百~千数百%になるような法外な利息を支払わされたり、大声での恫喝や勤務先への連絡といった違法な取立ての被害を受けたりする危険性があります。 また、いわゆる「給与ファクタリング」の利用により、本来受け取る賃金よりも少ない金額しか受け取れなくなるため、経済的生活がかえって悪化し、生活が破綻する恐れがあります。 違法なヤミ金融業者を絶対に利用しないでください。
なお、貸金業登録の有無は、金融庁WEBサイト(登録貸金業者情報検索サービス)から検索可能です。
4.違法になりうるケース③ 導入企業への信用補完に該当する場合
金融庁は、給与前払いサービスについての事業者からの照会に対し、次の条件の下で貸金業に当たらないという見解を示しています。 しかし、逆に導入企業への立替や手数料などの実態により貸付けと考えられる場合があるとしています。 前提となる要件の概要は以下の通りです。
- 給与支払日までの極めて短期間の給与前払いの立替えである。
- 導入企業の支払い能力補完のための資金の立替えとまではいえない。
- 手数料も導入企業の信用力によらず一定である。
これらの要件から、逆に前払い事業者が従業員や導入企業の信用調査をしたり、その信用の具合で手数料を変動させるような場合は、実質的には貸金業に該当しうると注意喚起しています。 さらに、従業員への影響についても注意喚起をしています。
本サービスを利用する従業員の中には、既に相応の債務を抱えている者がいる場合もあり得る。 そうした場合、そのような者が手数料を負担すると、本来の給料日に受け取る賃金よりも低い金額しか受け取れなくなるため、賃金の先取りによって、流動性を確保することによる経済的生活の安定を図ろうとするも、経済生活がかえって悪化する可能性がある。 したがって導入企業及び当該事業者は、本サービスの開始にあたっては、多重債務問題につながらないよう、従業員の利益の保護の観点から、本サービスの利用による従業員への影響に十分に配慮いただきたい。
5.給与前払いサービス事業者を見極めるための基本的な質問
以上に説明したのは、給与前払いサービスと違法になりうるサービスを見分けるための基本的なポイントです。給与前払いサービスを提供する事業者なら、これらのことは十分把握しているはずです。
とはいえ、ひょっとしたら第一線の営業担当者が十分把握していなかったり、あるいは、給与前払いサービス事業者といいながら、怪しげな業者が紛れ込んでいる可能性もないとはいえません。 次のような質問を投げかけてみて、ちゃんと答えられるかどうか確かめてみるのも、問題のある事業者を見分けるのに役立つかもしれません。
5-1.給与前払いと給与前借りはどう違うのですか。
極めて基本的な質問なので、即答できなければ問題でしょう。
5-2.給与ファクタリングについて金融庁が厳しく注意喚起していますが、給与前払いと給与ファクタリングとはどう違うのですか。
前述の通り、金融庁がわかりやすいパンフレットなどで注意喚起しています。 まともな事業者なら、この問いにも即答できるはずです。
5-3.給与前払いサービスの手数料などの体系は、導入する企業の信用状況などによって異なることがありますか。
給与前払いサービスは貸金ではありません。 そのため、導入企業の信用状況などによって手数料の水準が変わることは本来あり得ないはずです。 給与前払いサービス事業者の手数料は、利用する従業員の勤怠管理システムとの連動や振込などのさまざまな事務の対価であり、貸金の利息ではないのです。
5-4.前払いサービス用の資金はあらかじめ導入企業側で用意しておくのでしょうか。
前払いサービス事業者によって、あらかじめ導入企業側からの預託金を預かる場合と、従業員の前払い分の資金を事業者側が立替払いして、後で導入企業から精算してもらうというやり方に分かれているようです。 金融庁の回答の通り、後者の場合でもごく短期間の立替で貸金とはいえないレベルのものならば問題はないとされています。それでも、サービス事業者がそのような点も踏まえて明確に説明できるかどうかは確かめておくべきでしょう。
5-5.従業員が前払いサービスを過度に使って、生活が困窮することはないのでしょうか。
前述の通り、金融庁が注意喚起している問題です。 前払いサービス事業者としてどのような方針で臨んでいるのかを確認しておきましょう。
6.給与前払いサービスを利用する際はしっかり業者を見極めることが大切
従業員から給与前払いの申し出があった際は、該当する理由であるかどうかを確認し、該当した場合には給与を支払う必要があります。 給与前払いサービスの業者を決める際は、本稿で紹介したいくつかの質問をきちんと答えられるかどうか、信頼できるかどうかをしっかり見極めることが大切です。
【豪華ゲスト多数登壇!】変化に負けない「強い組織」を育むためにHRが果たすべき役割を考える大型カンファレンス『HR NOTE CONFERENCE 2024』
「人的資本経営」「ウェルビーイング」「DEI」といったトレンドワードが、HR領域だけでなく社会全体に拡がり始めた昨今。自社組織に漠然と"停滞感"を感じ、「うちは取り残されていないだろうか?」「何かやらないといけないのでは・・・」といった不安や悩みを抱える人事・経営者の皆様も多いのではないでしょうか。
本カンファレンスでは、HR領域の有識者の皆様に、様々な組織課題を解決するためのアプローチ方法について解説いただきます。強い組織を育む企業が実践している事例には、組織強化に必要な考え方や人事が果たすべき役割について学べるポイントが多くあります。ぜひ有識者の皆様と一緒に、組織を強化する「共通原理」について考えてみていただければと思います。