
前回は、早期離職を防ぐために採用で必要なことをお伝えしました。
いま、採用をめぐる環境は大きく変化しています。少子高齢化による労働人口の減少に加え、働き方やキャリア観の多様化が進む中で、従来の「多くのエントリーを集めれば良い」という考え方は通用しにくくなっています。
それにもかかわらず、多くの企業はいまだに「エントリー数」や「説明会参加者数」といった数字を重視しがちです。しかし、採用の本質は母集団を増やすことではなく、自社に合った人材と出会うことにあります。
今回は、「数の採用」ではなく「1エントリー・1採用」という視点から、これからの採用設計のあり方を考えていきます。

執筆者矢野 雅氏株式会社プレシャスパートナーズ 取締役
1980年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、法律事務所での勤務を経て2008年に株式会社プレシャスパートナーズの立ち上げに参画。管理部門の立ち上げに携わり、その後人財紹介事業の立ち上げに携わる。これまで1,000名以上の転職・就職を支援し、現在はセミナーでの講演・新規事業の立ち上げを行っている。
目次
母数を集める採用は企業ブランディング低下の要因にも
パーソル総合研究所の調査(*1)によると、2035年には労働力が625万人不足すると予測されています。求職者の分母が縮小する以上、「数を集めれば安心」という発想はもはや成り立ちません。
加えて、求職者の行動も大きく変化しています。SNSや口コミ、社員インタビューなど、あらゆる情報をもとに企業を比較・検討するようになり、「とりあえず応募」ではなく「自分に合う会社を厳選して応募する」傾向が強まっています。
つまり、「量」を追う採用は求職者の行動様式とも噛み合わなくなっているのです。
これからの採用で問われるのは、母集団の“量”ではなく、最初から適切な人材と出会える“質の高い接点”をどう設計するかです。
(*1)出典:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/spe/roudou2035/
「1エントリー・1面接・1採用」が採用の理想形
採用のゴールは「人材を採用すること」ではなく、「長期的に自社で活躍し、貢献する人材を採用すること」です。その理想形が「1エントリー・1面接・1採用」です。
多くの企業では、エントリー数や採用数といった“数”を追いがちです。一見、大量のエントリーがあれば良い人材を選べそうに見えますが、実際には100件のエントリーのうち採用が1人であれば、残り99人への対応に時間を奪われ、人事が本来注力すべき「候補者と向き合う時間」が不足してしまいます。
採用は面接だけで完結するものではありません。応募前後のフォローやコミュニケーションの積み重ねによって志望度が高まり、「この会社で働きたい」という気持ちが育ちます。
一方で、対応が遅れたり事務的に扱われたりすれば、「人を大切にしていない会社」と受け止められ、ブランド低下や内定辞退につながります。さらに、不採用となった候補者にとっても「落ちた会社」として記憶され、企業ブランディングの損失になります。
だからこそ、採用で本当に必要なのは「数」ではなく「質」です。エントリー数が少なくても、自社に合った人材を採用できれば、その採用は成功と言えます。
そして、自社に合う人材とは、「スキルや経験だけでなく、理念に共感し、長期的に定着・活躍できる“活躍人材”」です。最初から理念やカルチャーに共感する人材と出会うことこそが、未来を支える活躍人材の獲得につながります。

「1エントリー・1面接・1採用」を実現するために必要なことは「理念共感」
前述のとおり、「1エントリー・1面接・1採用」とは、「求める1人を採用できるのであれば、応募数は1人で十分」という考え方です。その“求める1人”とは、スキルや経験だけでなく、会社の理念に共感し、ともに未来を描ける人材でなければ、定着・活躍は実現しません。
給与や待遇、福利厚生といった条件面は、会社の状況や本人のスキルによって変動します。条件に惹かれて入社した人材は、環境の変化に不満を抱きやすく、早期離職につながるリスクがあります。
一方で、「何を目指しているのか」「何のために働くのか」といった企業理念やビジョンに共感している人材であれば、条件が変わっても「この会社で働く意味」を見失いにくく、困難に直面しても粘り強く挑戦し続けることができます。
理念に共感して入社した人材は、組織文化にも自然とフィットしやすくなり、同じ価値観を共有する社員が増えることで一体感が生まれ、企業の成長にも寄与します。「理念共感」は、早期離職を防ぎ、入社後の活躍につながる人材を育てる基盤なのです。

「1エントリー・1面接・1採用」を成功させるためのステップ
①求める人物像の明確化
自社にとって「長期的に活躍し、貢献できる人材」がどのような人物なのかを明確に言語化します。
スキルや経験といったハード面だけでなく、価値観やキャリア観、チームとの相性といったソフト面も含めたペルソナ設定が重要です。ここが曖昧だと、どれだけ母集団を増やしてもミスマッチが発生しやすくなります。
②採用広報・情報発信の最適化
次に必要なのは、定義したペルソナに届く情報発信です。SNS、社員インタビュー、企業紹介動画など、求職者が接点を持ちやすいチャネルを戦略的に設計し、自社のリアルな姿を伝えていきましょう。目的は「求職者数を増やすこと」ではなく、「最初から自社にマッチする求職者に届けること」です。
また、企業理念を最も体現している社長・経営者が採用の初期段階から関わることも効果的です。多くの企業では、経営者と求職者が直接会うのは最終面接ですが、その時点で初めてビジョンを伝えても、内定までの期間では十分なすり合わせができません。
特に、管理職やCxOなど経営層に近い人材の採用では、早期段階から経営者が関わることが入社後のミスマッチ防止につながります。
③求職者フォローの徹底
採用は面接で終わりではありません。応募前後のやり取りやフォローの質が、候補者の志望度を大きく左右します。
面接後の振り返り、迅速な連絡、丁寧な不採用通知など、細やかな配慮が「この会社は人を大切にしている」という印象を与えます。また、カジュアル面談などで不安を解消し、安心感を提供することも大切です。
逆に、対応が遅れたり事務的であったりすると、内定を出しても辞退のリスクが高まります。求職者フォローの徹底は、企業ブランドの維持・向上にも直結する重要な取り組みです。

まとめ
採用の本質は、応募数を増やすことではなく、「理念に共感し、ともに未来を描ける一人」と出会うことにあります。
「1エントリー・1面接・1採用」という理想の形は、理念共感を軸に採用設計を行うことでこそ実現できます。これこそが、早期離職を防ぎ、定着と活躍を生み出し、企業の未来を力強く切り拓く道なのです。
