
近年多くの企業が共通して直面している現実があります。それは「優秀なキャリア入社者を採用したのに、期待した成果が出ない」「思ったより早く離職してしまう」という課題です。この連載では、キャリア入社者のオンボーディングと組織適応を効果的に支援していくための実践的なポイントをご紹介していきます。
前回の第3回では、リクルートマネジメントソリューションズが行った現場でのインタビューと調査の実施から見えてきた、キャリア入社者が入社した組織に適応していくうえでの最初のステップとなる「職務への適応」についてご紹介しました。第4回となる今回は、キャリア入社者が次に直面する、「適応中期の壁」について詳しくご説明します。

執筆者小澤 一平氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 技術開発統括部 研究本部 アナリスト
東京大学大学院経済学研究科修了後、コンサルティング会社を経て、2021年リクルートマネジメントソリューションズ入社。新卒・若手社員やキャリア入社者のオンボーディング、中堅社員のキャリア自律などのテーマで、アナリティクスを活用した顧客向けサービスの研究開発に従事。社外広報担当としての経験も活かし、データと現場を繋ぐインサイト抽出および研究成果の発信にも力を注いでいる。
目次
1. キャリア入社者のリーダー移行期とその時期
キャリア入社者は、前職における豊富な経験を持っているとはいえ、入社してすぐに担当業務におけるリーダーを任されることは少ないのが実態です。入社後初期にはまずはメンバーという役割で担当業務に関わることが多く、既存の業務プロセスや社内の仕組みを理解することから始まります。
もちろん個人や会社による違いはありますが、私たちの調査とインタビューから、多くの人がリーダー的な役割を本格的に任されるようになる時期は、入社しておおよそ半年から2年目頃になることが分かってきました。
図表1より、入社半年以内ではメンバー的な役割を任されている人が61.6%と過半数を超えていますが、入社半年から2年目では、リーダー、もしくはメンバーからリーダーへ過渡期となるサブリーダー的な役割を任されている人が過半数を超え、3年目に近づくほどリーダー的な役割を任されている人の割合が増えてきます。
リーダー的な役割へ移行していく時期は、担当業務への理解が深まり、社内の人間関係もある程度構築され、「そろそろ本格的に力を発揮してほしい」という期待が高まる時期でもあります。

図表1 キャリア入社者の年次と役割の関係
※「キャリア入社者の組織適応に関する現状把握調査2023」 (リクルートマネジメントソリューションズ)
企業側からすると、「経験豊富な人材なのだから、そろそろリーダーとしての役割を担ってもらいたい」という思いが強くなる一方で、キャリア入社者本人にとっては、これまでとは異なる新たな壁に直面する時期となります。
図表2は、キャリア入社者の年次別で、勤続意向、ワーク・エンゲージメント、組織推奨意向別に、組織適応の推移状況です。いずれも、半年から2年目で組織適応の状況が最も低くなっていることが分かります。これは、図表1より前述の、メンバー的な役割からリーダー的な役割へ移行していく時期に、組織適応の状況が下がりやすいことを示しています。

図表2 キャリア入社者の組織適応の状況(入社年次別)
※ 勤続意向:今の会社や組織で働き続けたい程度を、1点~5点で表したものです
※ ワーク・エンゲージメント:仕事に対するポジティブで充実した心理状態の程度を、1点~5点で表したものです
※ 組織推奨意向:今の組織を、人に薦めたいと思う程度を、1点~5点で表したものです
2. リーダーとして「社内を動かす」際に求められること
リーダーとしての業務を任されるようになると、それまでのメンバーとしての業務とは大きく異なる役割が求められるようになります。
具体的には、より広い範囲での社内外関係者との調整、社内における意思決定ボードへの起案を行い、承認を得るなど、自らが中心となって主体的に業務を進めることが必要になります。単に自分の担当業務を遂行だけでなく、プロジェクト全体を俯瞰し、関係部署を巻き込みながら物事を前に進めていく力が求められるのです。
当然、事前に社内の関係者の同意を得たり、場合によっては上位者に根回しを行ったりすることも必要になります。前職で同様の経験があったとしても、その進め方や作法は企業ごとに大きく異なります。「前の会社ではこうだった」という経験則が通用しないことも多く、改めて「この会社ではどう動けばいいのか」を学び直す必要が出てくるのです。
また、リーダーとして求められる判断の範囲も広がります。メンバー時代は上司に相談しながら進められたことも、リーダーになると自ら判断し、その結果に責任を持つことが求められます。この責任の重さと、それを果たすための社内リソースや人脈の不足とのギャップが、キャリア入社者を悩ませる大きな要因となります。
3. 人脈・暗黙知の不足と適応感の底
自ら社内を動かすことが必要になるこの段階において、大きなハンディキャップとなるのは、社内に人脈やネットワークを持っていないことです。
新卒入社者であれば、同期のネットワークや、長年の社内での人間関係の蓄積があります。「あの件は○○さんに相談すればいい」「この部署を動かすには△△さんを通すとスムーズ」といった、業務を円滑に進めるための情報や人的ネットワークが自然と形成されています。
しかし、キャリア入社者にはそうした蓄積がありません。組織図を見ても、誰がキーパーソンなのか、誰に相談すれば物事が進むのかが分かりません。表面的な役職や肩書きだけでは見えない、実質的な影響力を持つ人物や、部署間の力関係といった「見えない組織構造」を理解するには時間がかかります。
さらに、社内の合意を獲得する上で、明文化されていない暗黙のルールや作法を知らないことにも苦労します。
- 稟議を通すには、事前にこの順番で関係者に説明しておく必要がある
- この会議で発言する前に、事前に根回しをしておくのが慣例
といった、誰も教えてくれない暗黙のルールが、多くの企業には存在します。
キャリア入社者は「こんな手順を踏む必要があるのか」「なぜこんなに時間がかかるのか」と戸惑いながら、本当の意味で会社文化や組織風土の壁にぶつかります。適応がより求められるようになるこの時期は、本人の適応感が一番底になる時期なのです。
一方で、この時期は周囲から見ると「すっかり会社に馴染んでいる」ように見えることも多い特徴があります。入社から一定期間が経過し、日常的な業務は問題なくこなせるようになっているため、上司や同僚は「もう大丈夫だろう」と思い込んでしまいます。
しかし実際には、本人は見えない壁に悩み、「自分は本当にこの会社で成果を出せるのだろうか」という不安を抱えていることが多くあります。この認識のギャップが、キャリア入社者の早期離職につながる大きな要因の一つとなっています。
4. 適応の困難期における相互認識とフォローの重要性
リーダー的な役割を任されていく段階で、キャリア入社者本人が上記のように適応に困難を感じがちな時期にあることを、本人と職場の相互が認識することが何よりも重要です。
本人にとっては、「リーダーを任されたのに、うまく社内を動かせない」という状況が、自分の能力不足によるものなのか、それとも組織適応のプロセスとして一般的に起こりうることなのかが分からず、不安を抱えがちです。この時期に困難を感じることは、キャリア入社者の適応プロセスにおいて自然なことであり、誰もが通る道であることを理解することで、本人の心理的な負担は大きく軽減されます。
一方で、受け入れ側の職場も、「入社から半年~2年目頃にリーダー的役割を任せ始める時期が、実は最も適応に苦しむ時期である」という認識を持つことが重要です。表面的には馴染んでいるように見えても、実際には人脈不足や暗黙知の欠如に悩んでいたり、リーダーとしての自分の役割や責任範囲が曖昧で不明瞭であることに困惑していたりする可能性があることを理解し、積極的なフォローを行う必要があります。
5. どのようにフォローし、早期適応してもらうか?
具体的なフォローとしては、人脈面では、キーパーソンとなる社内の関係者を紹介したり、部署間の関係性や意思決定プロセスについて説明したりすることが有効です。
- この案件を進めるなら、まず○○部の△△さんに相談するといい
- この会議で決めるには、事前に□□さんの了解を得ておく必要がある
といった、暗黙のルールを明示的に伝えることで、キャリア入社者の試行錯誤の時間を大幅に短縮できます。
業務遂行プロセス面では、社内の意思決定プロセスや、合意形成の進め方について、丁寧に説明することが重要です。「なぜこの手順が必要なのか」という背景や理由も含めて説明することで、単なる形式的なルールとしてではなく、その組織における合理性として理解してもらうことができます。
また、本人が担う役割や期待、評価の観点について明確に伝え、認識をすり合わせることも重要です。役割や責任範囲は全てが必ずしも明文化されているわけではなく、会社・組織文化としてポジションごとに暗黙に期待されることや、入社当初のメンバー的な役割から、リーダー的な役割に推移する中で、新たに期待されるようになる役割や責任範囲もあります。これらに対して、会話の中で認識を揃えることにより、キャリア入社者は不安を解消しながら目の前の業務に向かっていくことができます。
定期的な1on1などを通じて、本人が抱えているこれらの困難や不安を言語化する機会を設けることも効果的です。「最近、社内を動かす上で困っていることはないか」「分からない暗黙のルールや慣習はないか」「周囲からの期待と本人の認識にギャップはないか」といった問いかけにより、本人も自分の状況を客観視し、必要な支援を求めやすくなります。
総じて、周囲から人脈面・業務遂行プロセス面、役割や期待に関する認識のすり合わせの面でのフォローを積極的に行っていくことが、この時期の適応のカギとなるのです。
次回の第5回では、キャリア入社者の適応プロセスにおける最終段階となる「会社文化への適応」について、詳しくご説明します。
