働き手が年々減少傾向にあり、優秀な人材を獲得することが困難な中で、注目を集めているダイレクトリクルーティング。従来のように「企業が候補者の応募を待つ」のではなく、「企業が候補者に直接アプローチする」採用手法です。
そのダイレクトリクルーティング市場の中において、ビジネスSNSという特徴を活かし、企業・候補者の双方に継続してマッチングのきっかけを提供している個人向け名刺アプリ「Eight」。
ビジネスツールであるEightがなぜ採用市場に参入したのか、サービスを通してどんな社会を実現しようとしているのか、そしてダイレクトリクルーティング2.0とは何か。
Sansan株式会社執行役員であり、Eight 事業部 Enterprise solutions部 部長の小川 泰正さんにお話しを伺いました。
1.近年の採用市場の実情
ー本日はよろしくお願いします。小川さんは20年にわたり人材業界に携わってこられていますが、まず近年の採用市場についてお話しいただけますか。
小川さん:はい。新型コロナウイルスの感染拡大以前と、以降の2つの切り口でお話しさせていただきます。
まず、新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるう前から、労働人口の減少による働き手不足は確実視されていました。2020年に比べ、2030年の労働供給は644万人不足すると言われています。
小川さん:一方、採用市場に現れるのは就業者全体の約5%程度。その中から希少で優秀な人材に出会い、さらに採用することはかなり困難です。
この事実からも、すでに転職市場がレッドオーシャン化していたことがおわかりいただけると思います。
そこで注目され始めていたのが、転職潜在層からの採用です。転職潜在層とは「今すぐ転職したいわけではないものの、良い会社に巡り合えれば新しいキャリアをスタートさせてもよい」と考えている層のことです。
採用市場が激化する中で、転職を希望する転職顕在層へのアプローチだけでは、本当に採用したいと思える人材にはなかなか出会えないというのは、採用担当者の皆さんも痛感していたと思います。
だからこそ「いかにして転職潜在層にアプローチしていくのか」が採用市場の新たな課題でした。
2002年エン・ジャパン株式会社に入社。リーマンショック後の事業再編に関わったのち、子会社の取締役として事業立ち上げに従事。2015年にSansan株式会社に入社し、執行役員として、法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」のカスタマーサクセス、マーケティング等を牽引。2020年よりEight 事業部にて、「Eight Career Design」事業の推進に従事。2021年よりEnterprise solution 部を新設。
■Eight Career Design サービスサイト
https://materials.8card.net/for-company/career-design/
ーそんな中でコロナ禍に突入したのですね。
小川さん:はい。まず、2020年は、採用市場全体で、転職者の数が減りました。
一方で、2019年には減少傾向だった同業種への転職が、異業種への転職に比べて増えていることが明らかになっています。この変化から、コロナ禍でも即戦力は求められていることが浮き彫りになりました。
小川さん:また高度な専門性を有する人材へのニーズも、高まりを見せていて、メンバーシップ型からジョブ型雇用へ移行している企業の動きが顕著になりました。
今まさに、採用市場は転換期を迎えていると言えるでしょう。つまり企業は、新たな採用モデルを考えていかないと、優秀で即戦力になる人材を採用することが難しい時代に突入したのです。
2.優秀な人材採用のために今必要なこと
ーこれまでの手法を続けているだけでは、優秀な人材採用が難しくなってきたということですね。今の日本の企業に求められていることは何でしょう?
小川さん:先ほど、ジョブ型雇用への移行が見られると言いましたが、社会全体としてはまだまだ「個人が企業に属するイメージ」が強い傾向にあります。そのため、「採用戦略を大きく変えなくてもなんとか採用ができている」というのが現状です。
しかし、現代の日本社会は4つの大きな環境変化にさらされています。
- グローバル化
- デジタル化
- 少子高齢化/人生100年時代
- 新型コロナウイルス感染症への対応
日本企業は、この環境変化に対応するための、小手先だけではない新しい採用戦略に切り替えていく必要があります。
さらに、個人の働き方に対する考え方も変わってきました。
2019年まではやりがいや給与、企業の将来性など考えて転職する方が多くいましたが、2020年以降はテレワークや副業が可能か、希望の勤務時間や勤務地で働けるかなど、働き方の多様性を重視して企業を選ぶ傾向が強くなっています。
日本企業はこれらの変化をもっと自分ごととして捉え、それぞれの項目ごとに経営上の優先課題が何かを考えた上で、人材戦略上の課題をあぶり出していく必要があります。
ここで、グローバル企業に目を向けてみましょう。
個人と企業が従属的ではなくフラットな関係で優秀な人材を採用し、事業を拡大させている事例は数多くあります。代表的なのがGAFAですよね。
彼らは圧倒的なミッションとビジョンで、そこで働いている人たちをハッピーにさせているという強さがあります。
また、環境変化や候補者のニーズを柔軟に捉え、事業成長につながる人材戦略に落とし込んでから採用に挑んでいること、そして個人と企業がフラットな関係で契約することで、優秀な人材が生き生きと働ける環境を作っています。
そんな彼らも、ダイレクトリクルーティングで優秀な人材に直接アプローチしているのです。
日本企業でも、制度や取り組みそのものを変え、その魅力を現在活躍している潜在層に直接伝え、採用につなげることが、企業の競争力に影響してくるでしょう。
個人と企業の関係がフラットになりつつある今がまさに、日本の採用市場が変わるべきフェーズだと考えています。
ー働く側のキャリアに対する行動や考え方も大きく変化していると思います。
小川さん:そうですね。人生100年時代で定年退職が70歳だと考えた場合、私たちは人生の半分の約50年もの間、働き続けることになります。
また終身雇用や年功序列が崩れゆく中で、転職の岐路に立たされる人も、その機会も増えるでしょう。
こうした中で、転職活動をする時に職務経歴書を書いてエージェントに登録し、限られた案件を紹介されるというやり方は、これからの時代にマッチしないのではないかと感じます。
多くの方が当たり前のようにSNSを利用する時代ですから、今後は個人の情報発信の延長線上の中に企業との出会いがあり、転職があり、仕事がある、という流れの方が自然に感じます。
ー人生の自然な流れの中で転職のきっかけがある、というイメージですね。素晴らしいと思いますが、一方で難しさも感じます。
小川さん:はい。キャリアの変化に合わせて個人の情報を常にアップロードしていくというスタイルが一般化するには時間がかかると思います。
そのためにも、転職のタイミングかどうかに関わらず、自分のプロフィールを常に上書きしていくようなプラットフォームが必要です。
3.Eight Career Designはなぜ生まれたのか
ー長年人材ビジネスで活躍されてきた小川さんだからこその視点ですね。
小川さん:私自身、20年ほど人材業界に関わってきた中で、一つこの業界に対して疑問に思うことががあります。
それは個人と企業どちらにおいても、「転職したい候補者」と「採用ニーズのある企業」という、点と点を結びつけるだけのビジネスになっているということ。
もちろん、この仕組みそのものはビジネスとして成立していますし、社会的にも価値があると思います。
一方で、キャリアは転職しようと思った瞬間だけでなく、ずっと続くわけじゃないですか。
その中で関わった仕事への評価は、その人の一番身近で関わっていた上司や部下、またお客様が一番良くわかっていると思うんです。そうした人と人のつながりの延長線上でマッチングが生まれていくのが自然な気がしていて。
転職したいと思ったタイミングで職務経歴書にまとめてエージェントに登録し、エージェントがそれを翻訳するという作業はあまり効率的ではありませんし、そもそもそのためにレジュメを用意するというのも変だなというのが、人材ビジネスに対して感じていた私の疑問でした。
ーSansanでなら、その疑問を解決できるかもしれないと。
小川さん:Sansanは「出会いからイノベーションを生み出す」というミッションを掲げています。ここでいう「出会い」というのは、人と人だけでなく、採用や転職という人と企業の出会いも含まれています。
点と点の結びつきからマッチングをおこなうよりも、普段の仕事での出会いの延長線上に新たな未来が定まっていくような世界観は、まさにSansanのミッションにマッチする考え方でした。
またEightは、名刺を持ったタイミングで登録し、その後自身の名刺のつながりである人脈情報を管理できます。だからこそ、プロフィールを上書きし続けられるプラットフォームになると考えました。
ビジネスSNSという特徴を活かして企業側、候補者側、双方に継続してマッチングのきっかけを提供し、これまでのダイレクトリクルーティングをさらに進化させていくことができます。
ダイレクトリクルーティングという概念はすでにありますが、今後は潜在的な候補者に直接アプローチし、企業側、候補者側、双方の継続したマッチングがおこなわれる時代になるでしょう。
私たちはそれを「ダイレクトリクルーティング2.0」と呼んでいます。
ー「ダイレクトリクルーティング2.0」ですか。もう少し詳しく教えてください。
小川さん:はい。ダイレクトリクルーティング2.0とは転職顕在層だけでなく、潜在層の現職で活躍する優秀な人材、即ちプロフェッシナルに直接アプローチすることを指します。
潜在層にアプローチし、優秀な人材を確保する手法として、これまではヘッドハンティングが主な手法でした。しかし、名簿の入手方法に不透明感があったことなどが影響し、なかなか広がりませんでした。
そんな中、グローバルで普及したのがLinkedIn(リンクトイン)を活用したダイレクトリクルーティングです。LinkedInに個人がプロフィールを公開し、企業が直接アプローチする手法が一般的になりました。
そこで我々はダイレクトリクルーティング2.0として、現職で活躍する優秀な人材に直接アプローチするという手法を「プロフェッショナルリクルーティング」と名づけました。
「ダイレクトリクルーティング2.0=プロフェッショナルリクルーティング」と定義し、2019年1月、「希少な人材がみつかるプロフェッショナルリクルーティング」として開始したのが、Eight Career Designです。
ーEight Career Design とこれまでのダイレクトリクルーティングとの大きな違いはどこにありますか?
小川さん:これまでのダイレクトリクルーティングが転職顕在層への直接アプローチであるのに対し、転職潜在層まで広げた直接アプローチである点がEight Career Designの大きな特徴です。
今は個人が自身の成果をSNSなどで情報発信できる時代です。その情報発信の蓄積があることで、転職潜在層であるユーザーに企業が直接アプローチできるようになりました。
Eightは、290万人以上のビジネスパーソンが利用する名刺管理というサービスが基盤にあり、かねてからビジネスのためのSNSとしてご活用いただける機能を備えてきました。
Eightに登録されている
- 名刺に基づいた信憑性の高いプロフィール
- 職務経験をまとめたキャリアサマリ
- 転職顕在層か潜在層かがわかる転職意向度
- 求人閲覧の有無
- 蓄積された名刺情報を基にした自社社員とのつながり
など、個人のデータベースが出来上がっており、企業はそうしたエビデンスを基に直接アプローチができます。
それに個人にとっても、常に自分のプロフィールを上書きしていく中でスカウトをもらうという体験は、キャリアを形成する上でこれまでになく、キャリアと向き合うきっかけが生まれやすくなるはずです。
4.Eight Career Design が仕掛ける市場変革
ー今後Eight Career Designをどのようにアップデートしていきたいとお考えですか?
小川さん:今Eightは、単なる名刺アプリではなく「名刺を積み上げた時のプロフィールマネジメントサービス」へ発展させていくための機能改善をおこなっていきます。
具体的には、これまでの経験や出会い、スキルをタグにして見える化することなどを考えています。
またユーザー一人ひとりが持つ価値観の見える化にも挑戦したいです。価値観とスキルとつながりの太さを、その人の奥行として表現することができれば、企業側も候補者に声をかけやすくなるのではないでしょうか。
ー まさにプロフェッショナルリクルーティングを体現するためのアップデートになりそうですね。一方で、プロフェッショナルリクルーティングそのものの世界観がまだ社会に浸透していないという課題もあると思います。
小川さん:はい、Eight Career Designのチャレンジであり、今後の大きなテーマですね。
プロフェッショナルリクルーティングという考え方を浸透させ、結果としてそれを体現できるのがEightであるという形になればいいなと思っています。
そのためには、まず個人と企業両方に対して、信頼(エビデンス)を基に成立する新しいキャリアの世界観を作ることが必要です。
個人に対してはEightをアップデートしていくことで、職務経歴書が自然と作られていくような機能やUIなどを考えていく必要があります。
また企業に対しては、従来の制度や取り組みそのものを変えていけるように、考え方の参考になるような記事を発信したり、イベントやカンファレンスを行っているところです。
個人と企業がフラットな関係の下、早いタイミングでお互いが接点を設けられること、そして「会ってみたい」と思う候補が、個人と企業のお互いにいる状態がベストです。
それがEightというデータベースだからこそできると信じています。