年末調整では、所得金額の再計算や源泉徴収票の配布、所得税の納付など、さまざまな手続きが必要です。そこで、自社の経理担当者のみで年末調整をおこなうのではなく、税理士に業務委託する方法もあります。 年末調整は税理士に依頼すべきなのでしょうか。また、税理士ではなく社会保険労務士に委託することは可能でしょうか。 この記事では、年末調整を税理士に依頼するメリットや注意点、料金相場を解説します。
目次
1. 年末調整は税理士に依頼すべき?
年末調整は手間がかかるため、毎年11月から12月にかけては急速に業務量が増加します。そのため、年末調整業務を自社の経理担当者のみでおこなうのではなく、税理士に年末調整業務を委託する企業も存在します。
ただし、これらの税務は税理士の独占業務に該当するため、社会保険労務士に委託することはできません。
1-1. 年末調整などの税務は税理士の独占業務
年末調整業務は、自社の経理担当者でおこなうのではなく、外部の税理士に依頼することもできます。注意が必要なのが、「年末調整などの税務は税理士の独占業務」である点です。社会保険労務士など、税理士以外の人に年末調整業務を依頼した場合、税理士法第2条第1項および第52条に違反する可能性があります。(※1)
第二条 税理士は、他人の求めに応じ、租税(印紙税、登録免許税、関税、法定外普通税(地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第十条の四第二項に規定する道府県法定外普通税及び市町村法定外普通税をいう。)、法定外目的税(同項に規定する法定外目的税をいう。)その他の政令で定めるものを除く。第四十九条の二第二項第十号を除き、以下同じ。)に関し、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 税務代理(税務官公署(税関官署を除くものとし、国税不服審判所を含むものとする。以下同じ。)に対する租税に関する法令若しくは行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)の規定に基づく申告、申請、請求若しくは不服申立て(これらに準ずるものとして政令で定める行為を含むものとし、酒税法(昭和二十八年法律第六号)第二章の規定に係る申告、申請及び審査請求を除くものとする。以下「申告等」という。)につき、又は当該申告等若しくは税務官公署の調査若しくは処分に関し税務官公署に対してする主張若しくは陳述につき、代理し、又は代行すること(次号の税務書類の作成にとどまるものを除く。)をいう。)
第五十二条 税理士又は税理士法人でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行つてはならない。
年末調整業務は、税理士法でいう「税務代理」に該当し、税理士の独占業務とされています。したがって、税理士法第52条の通り、税理士以外の人が他者から依頼されて年末調整業務をおこなうことはできません。
(※1)税理士法 | e-Gov法令検索
2. 年末調整を税理士ではなく社労士に依頼すると違法?
年末調整業務が税理士と社労士のどちらの仕事かという点については、以前は曖昧な部分がありました。しかし、日本税理士会連合会と全国社会保険労務士連合会との間での協議の結果、2016年6月、次のような結論が出されることとなりました。
- 年末調整に関わる業務は税理士法第条第1項に規定する業務に該当する
- 年末調整に関わる業務を社会保険労務士が行うことは税理士法第52条(税理士業務の制限)に違反する
そのため、2016年以降は年末調整を社労士に依頼すると税理士法違反になるため注意が必要です。
2-1. 給与計算も税理士に依頼すべき?
年末調整は所得税の計算と密接に関わる部分であることから、毎月の給与計算についても同じ税理士が行った方が年末調整に関する業務もスムーズに進むといえるでしょう。
ただ、年末調整の関連業務は税理士に依頼する必要がありますが、給与計算に関する業務は社労士に依頼するというように、依頼先を分けても問題はありません。
税理士の独占業務は以下の3つです。
- 税務相談
- 税務署類の作成
- 税務申告代理業務
これらに該当しなければ税理士以外に依頼をすることも可能であるといえます。
2-2. 社労士に依頼できる業務とは
給与計算は勤怠管理と密接な関係があるため、勤怠状況を正しく把握・管理し、給与計算に反映させるためには社労士の方が適している場合もあります。
例えば、長時間労働や未払い残業代があった場合、給与データにも影響が出てきます。このような場合においては、知見が深い社労士の方が早期に問題解決を図ることができるでしょう。
また、厚生年金保険や健康保険、雇用保険といった社会保険に関する申請書類や帳簿書類の作成・提出、帳票類の作成といった業務は社労士にしかおこなえない業務です。
- 月額変更届や算定基礎届、労働保険に関する書類の提出
- 給与や社会保険料の計算
- 助成金の処理
年末調整業務は社労士にはできませんが、年末調整時に関係する上記の業務は社労士でもおこなうことができます。上記に関係する業務を依頼したい場合は、毎月の給与計算業務を社労士に依頼し、年末調整自体は税理士に依頼する形でも良いでしょう。
2-3. 年末調整を税理士に依頼するときの流れ
年末調整を税理士に依頼するときの流れは次の通りです。
次期 | 手続き |
11月 | 扶養控除等(異動)申告書などの年末調整書類を作成し、漏れがないように提出する |
11月~12月 | 税理士が年末調整書類をチェックし、各種控除額、年調年税額、過納額や不足額などを計算する |
翌年1月31日まで | 税理士が税務署に法定調書を提出した後で、所得税の納付や還付などをおこなう |
3. 年末調整を税理士に依頼するメリット
年末調整を税理士に依頼するメリットは4つあります。ここでは、これらのそれぞれのメリットについて詳しく解説します。
3-1. 年末調整がスムーズになり本業に集中できる
年末調整は必要書類を揃えたり、扶養控除や配偶者控除、所得税の計算など確認すべきことが多く、税金の計算に慣れていない人にとっては非常に複雑に感じる業務です。
従業員の人数が多い場合は、膨大な量の事務処理をしなければならないため、年末調整の時期になると担当者に負担が集中する恐れがあります。経理専門の担当者がいない場合には、本業に影響が出る可能性も多いにあるでしょう。
また、税務の専門家である税理士に業務を委託することで、計算ミスや控除漏れなどを防ぐことが可能です。また、税理士から専門的なアドバイスを受けることが可能です。
3-2. 計算ミスや控除漏れを防止できる
税理士に年末調整業務を依頼すれば、年調年税額の計算ミスや、扶養控除や配偶者控除などの漏れを防止できます。とくに各種控除を適用する場合、給与所得者の扶養控除等(異動)申告書や給与所得者の基礎控除申告書など、さまざまな申告書を人数分用意し、チェックしなければなりません。(※2)
税務業務のプロである税理士に依頼すれば、年末調整時のミスや漏れの防止につながります。
具体的な控除としては、以下が挙げられます。
申告書 | 控除 |
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 | 扶養控除、障害者控除、寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除 |
給与所得者の基礎控除申告書 | 基礎控除 |
給与所得者の配偶者控除等申告書 | 配偶者控除、配偶者特別控除 |
所得金額調整控除申告書 | 所得金額調整控除 |
給与所得者の保険料控除申告 | 生命保険料控除、地震保険料控除、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除 |
給与所得者の(特定増改築等)住宅借入金等特別控除申告書 | 住宅借入金等特別控除 |
3-3. コストや手間を削減できる
年末調整は従業員の人数が多ければ多いほど業務に時間がかかります。資料を作成・回収し、税金を確定させて税務署に税金を納付したのち、さらに従業員への精算もしなければなりません。
税理士に依頼することでも費用は発生しますが、年末調整に慣れていない自社の従業員でこれらをおこなおうとすると、人件費や手間はより一層かかることになるでしょう。自社に経理業務に長けた従業員がいればスムーズに業務を遂行できることもありますが、そうでない場合はトータルのコストや手間の削減を考えると税理士に依頼をした方が賢明といえるでしょう。
3-4. 年末調整は手間がかかる
年末調整は11月上旬から翌年1月末にかけておこなう手続きです。従業員に配布した年末調整書類の回収から、精算した所得税の徴収、還付まで、さまざまな手続きが必要になります。
年末調整業務のスケジュール
時期 |
手続き |
10月~11月 |
扶養控除等(異動)申告書などの年末調整書類の配布や回収 |
11月~12月 |
各種控除額や年調年税額の計算 |
12月 |
源泉徴収票の交付 |
翌年1月31日まで |
所得税および復興特別所得税の納付や、過不足が発生する場合の徴収や還付 |
このように年末調整手続きは手間がかかるため、入力作業や書類作成の簡略化を目的としたクラウドサービスなども登場しています。
しかし、中小企業やスタートアップ企業など、経理部門の人員が乏しい企業では、年末調整業務が現場の負担となっているケースもあるようです。
4. 年末調整を税理士に依頼するデメリット
年末調整を税理士に依頼するデメリットは、依頼料などのコストの問題です。一般的に、税理士に年末調整業務を委託する場合、所定の基本料金に加えて従業員数に応じた手数料が発生します。
年末調整が必要な従業員数が多い場合、高額な依頼料が発生し、費用負担が大きくなるリスクがあります。
ただし、費用対効果の点で考えると、年末調整を税理士に依頼することが必ずしもマイナスになるとは限りません。年末調整業務を委託すれば、その分の人件費を節約することが可能です。年末調整業務にかかる人件費は、「年末調整に必要な業務時間×従業員の給与(時給)×従業員数」の計算式で求められます。
年末調整業務を社員のみでおこなう場合の人件費が、税理士への委託費用を上回る場合、年末調整業務を税理士に委託しても十分な費用対効果が期待できます。
5. 年末調整を税理士に依頼した場合の費用相場
それでは、実際に年末調整業務を税理士に依頼する場合、どのくらいの料金がかかるのでしょうか。税理士への依頼料は税理士事務所によって異なるものの、おおよその相場は、基本料金が1万円から3万円、従業員数に応じた手数料が1人あたり1,000円から3,000円となっています。
たとえば、基本料金が1万円、従業員数に応じた手数料が1人あたり1,000円、従業員数が30人の場合、税理士への依頼料は以下の通りです。
- 1万円+1,000円×30人=40,000円
なお、急な依頼の場合や、源泉徴収票などの法定調書の作成も依頼する場合、オプション料金が発生する可能性があります。
6. 年末調整における税理士選びのポイント
年末調整を依頼する税理士選びのポイントは3つあります。
- 税理士または税理士法人など、税理士資格を有しているか
- 年末調整業務の実績が豊富かどうか
- 雇用関係助成金など、新型コロナウイルスに関する助成金の知識が豊富か
もし年末調整のアウトソースを業務内容として宣伝していても、実際には税理士業務の資格のない業者である可能性もあります。税理士資格の有無はもちろん、サービスサイトやコーポレートサイトなどを確認しましょう。
7. 年末調整を税理士に依頼する際は、費用対効果を考慮しよう
年末調整は税理士に依頼することが可能です。ただし、年末調整は税理士の独占業務に該当するため、社会保険労務士など税理士以外の人に委託することはできません。税理士に年末調整を依頼すれば、計算ミスや控除漏れの防止などのメリットがあります。人件費の節約も期待できるため、年末調整の業務委託を検討しましょう。