本記事では、記載すべき項目や作成上のポイントを徹底解説しています。賃金規定は企業が必ず作成しなければいけないものの1つです。従業員に支払われる賃金や給与について定めたものをいいます。
賃金規定とは?
労働基準法第89条により、常に10人以上の従業員がいる事業所の場合、就業規則を作成して労働基準監督署に届け出をしなければいけません。[注1]
就業規則には記載が必須とされている項目「絶対的必要記載事項」がいくつかありますが、賃金規定はこのうちの一つです。
就業規則に記載する内容には、必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)と、当該事業場で定めをする場合に記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)があります(労働基準法第89条)
賃金規定とは、給与規定とよばれることもあり、従業員に支払う賃金や給与についての決まりを記したものです。内容としては、賃金の構成や支払われる日、支払い方、時間外労働の割増率、手当の金額、といったものが含まれます。
賃金規定は絶対的必要記載事項であるので、記載は必須でありますが、その作成方法や項目については企業に委ねられています。賃金や給与は、そこで働く従業員にとってとくに関心の高い事項です。そのため、賃金規定の作成およびその周知は、極めて重要です。
なお、賃金規定の作成は義務であり、怠った場合は労働基準法違反として30万円以下の罰金刑の対象です。
[注1]労働基準法|e-Gov法令検索
賃金規定に記載すべき項目
賃金規定には、記載が必須である「絶対的必要記載事項」のほかに、社内で制度が設けられている場合に記載すべき「相対的必要記載事項」があります。
【絶対的必要記載事項】
賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
ここでは、絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項に区分したうえで、賃金規定に記載すべき項目について詳しく紹介します。
賃金の決定について
賃金の決定については、絶対的必要記載事項の一つです。基本給や手当など、賃金を構成する項目の定義についてまとめた事項です。賃金構成の例として、下記が挙げられます。
基本給に加えて、家族手当や通勤手当といった諸手当、時間外労働や休日労働の割増賃金など、その企業の賃金を構成するすべての要素が記載されます。なお、設けられている賃金の項目については、それぞれ条文を記載して定義します。
賃金の計算基準について
賃金の計算基準についても、賃金規定に定めなければなりません。賃金を計算するにあたって、その方法や端数処理、控除対象などについてまとめましょう。
これらに加えて、中途入社や欠勤した場合の賃金計算についても記載が必要です。また、従業員が欠勤や遅刻によって働いていなかった場合、その分の賃金は支払われるべきでありません。その日数や時間数に合わせて、賃金が減ることも明記しましょう。
賃金の支払いについて
続いて記載しなければならないのが、賃金の締め切りや支払方法・時期についてです。記載する際は、賃金支払いの5原則を守ることが大切です。
通貨払いの原則:現金かつ日本円で支払いは行う
直接払いの原則:従業員本人に対して直接支払う
全額払いの原則:社会保険料や源泉所得税といった天引きは除く
毎月1回以上払いの原則:一括払いは違反、賞与は例外
一定期日払いの原則:曜日指定はずれるため不可、末日払いは可能
たとえば、「毎月1回以上払いの原則」により、毎月1回以上賃金を支払うことが求められます。そのため、給与支払日が月末の場合、支払日が休日になる際は繰り上げて給与を支払う必要があります。賃金支払いの5原則を踏まえたうえで、適切に条文を設けて記載しましょう。
昇給について
昇給についても絶対的必要記載事項の一つです。その期間や条件について、詳しく賃金規定に記載されていなければいけません。
一方で、降給については記載が必須というわけではありません。しかし、実際に従業員に対して降給をおこなう場合、賃金規定に記載していなかったためにトラブルが発生するケースもあるため、記載漏れがないように気をつけましょう。
相対的必要記載事項について
労働基準法第89条により、相対的必要事項として記載すべき一例として、下記が挙げられます。
【相対的必要事項記載】
退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
相対的必要事項は必ず記載しなければならないわけではありません。ただし、企業で退職手当や臨時の賃金(賞与・ボーナスなど)、従業員が負担する費用(在宅勤務の通信費・光熱費など)といったルールを設ける場合は、賃金規定として記載するようにしましょう。
賃金規定を作成するメリット
賃金規定は常時従業員数が10人以上の場合、必ず作成しなければなりません。しかし、10人に満たない場合でも賃金規定を作成することで、使用者と労働者ともにメリットが得られます。
使用者は、賃金規定を活用して従業員の賃金モデルを作成し、自社の給与水準が競合他社と比べてどの程度かを把握することができます。これにより、賃上げをおこなうなどして、従業員のモチベーションを上げたり、求人活動に役立てたりすることが可能です。
また、労働者も賃金規定が定められていることで、給与の支払いなどでトラブルがあったときに賃金規定を基に使用者に交渉することができます。昇給に関してもきちんと時期や基準が設けられていることで、不安を減らして業務に取り組むことが可能です。
このように、賃金規定が必須でない企業にも作成するメリットがあります。また、必須な場合もトラブルが生じないよう、明確でわかりやすい賃金規定を作成することが大切です。
賃金規定に関する法律と違反した場合の罰則
賃金規定は法律で作成が義務付けられています。賃金規定の作成方法や届出に関して、法律に則っていない場合、罰則を科される可能性もあるため注意が必要です。
ここでは、賃金規定に関する法律や違反した際の罰則について詳しく解説します。
賃金規定にかかわる法律
賃金規定に関わる労働基準法には以下のようなものがあります。
該当箇所 | 内容 |
賃金支払い5原則(労基法24条) | 賃金支払に関する規定で、以下の5つを厳守するように定められています。 1. 通貨で 2. 直接、労働者に 3. その金額を 4. 毎月1回以上 5. 一定の期日を定めて |
休業手当(労基法26条) | 企業の都合により休業する場合は、休業期間中、平均賃金60%以上の手当を支払わなければならない |
出来高払い制の保障給(労基法27条) | 出来高払い制などの従業員に対しても、労働時間に応じて賃金を保障しなければならない |
最低賃金(労基法28条) | 最低賃金以上の賃金を支払わなければならない |
給与から天引きするもの(労基法24条) | 法令の定めによって給与から天引きできるもの ●所得税、住民税 ●健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料 ※労働組合費、社宅使用料などは労使協定を締結しなければならない |
賃金規定にかかわる法律違反をした場合の罰則
賃金規定に関わる労働基準法に違反した場合の罰則は以下のとおりです。
該当箇所 |
内容 |
賃金支払い5原則(労基法24条) | ●30万円以下の罰金 ●さらに、割増賃金が未払いの場合は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
休業手当(労基法26条) | ●30万円以下の罰金 |
出来高払い制の保障給(労基法27条) | ●30万円以下の罰金 |
最低賃金(労基法28条) | ●50万円以下の罰金 ●特定(産業別)最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合は30万円以下の罰金 |
給与から天引きするもの(労基法24条) | ●30万円以下の罰金 |
賃金規定に関わる法律に違反した場合には罰金が課されることがあります。また、社会的な信用も失いかねないので、法律を遵守した賃金規定を作成しましょう。
賃金規定作成時のポイント
ここでは、賃金規定を作成するときに押さえておきたいポイントについて詳しく紹介します。
従業員の適用範囲と条件について明示しておく
正社員だけでなく、契約社員やアルバイト・パートなど、複数の雇用形態を採用している企業も少なくないでしょう。このようなケースでは、雇用形態ごとに賃金規定を定めるのがおすすめです。
賃金規定が一つのみの場合、アルバイト・パートにも正社員の賃金規定が適用されると勘違いしてしまう可能性があります。トラブルが発生しないよう、賃金規定が適用される従業員の範囲や条件を明確にしておきましょう。
同一労働・同一賃金を遵守する
正規雇用と非正規雇用といった雇用形態に関係なく、均等・均衡待遇を目指す動きが加速しています。
労働に見合った賃金が支払われない場合、従業員は会社に対して不満を抱き、結果として離職につながる恐れがあります。同一労働・同一賃金を実現することで、労働者は納得のいく報酬を受け取れるようになり、自社に対する愛着信・帰属意識が高まります。これにより、人材の定着につなげることが可能です。
このように、同一労働・同一賃金を遵守して賃金規定を作成することが大切です。
基本給と諸手当についてのみ最低賃金は適用される
最低賃金の対象になる賃金とは、原則として毎月支払わている賃金です。ただし、下記の賃金・手当は除外されます。
(1) 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
(2) 1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3) 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
(4) 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
(5) 午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
(6) 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
このように、最低賃金に適用されるのは基本給と諸手当のみです。適用されない手当をきちんと把握し、最低賃金法や労働基準法に違反しないよう、賃金規定を作成することが大切です。
賃金から天引きされるものについては労使協定で定めておく
労働基準法第24条により、賃金から天引きできるものは決められています。
法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる
引用:労働基準法|e-Gov
たとえば、法令で別段の定めがある「所得税」「社会保険料」などは、賃金から控除することができます。また、労使協定を締結すれば、物品の購入費用や社宅・寮の利用費用なども控除することが可能です。
このように、後から問題にならないよう、賃金から控除できるものは賃金規定に含めておきましょう。
賃金規定を変更する際の流れ
ここでは、賃金規定を変更する際の流れについて詳しく紹介します。なお、賃金規定は就業規則に含まれるものであることをもう一度押さえておきましょう。
1. 変更案の作成
労働契約法第8条、第9条、第10条により、原則として使用者と従業員の合意があり、就業規則の変更が合理的なものとみなされる場合において、就業規則(賃金規定)を変更することができます。
まずは賃金規定の変更案を作成しましょう。変更案が作成できたら、労働契約法などの各種法律の要件を満たしているかきちんと確認することが大切です。
2. 従業員代表の意見書作成
就業規則(賃金規定)を変更するには、従業員の合意が必要です。具体的には、従業員の過半数で組織される労働組合、もしくは従業員の過半数の代表者に意見を聞き、意見書の作成・提出が求められます。なお、変更について意見がない場合でも、「特になし」などと記載された意見書が必要になるので注意しましょう。
3. 労働基準監督署へ提出
作成した就業規則(賃金規定)と、「就業規則(変更)届」「就業規則意見書」をあわせて所轄の労働基準監督署へ提出します。これらの書類は2部ずつ用意しましょう。1部は労働基準監督署に保管され、1部は受領印が押されて返却されるためです。
4. 従業員への周知
就業規則(賃金規定)の変更が認められたら、従業員にその内容をきちんと周知する必要があります。たとえば、就業規則の変更に関する書類を従業員に直接交付したり、電子データで提供したりする方法が考えられます。一部の従業員でなく、すべての従業員に適切に周知できるような方法を採用することが大切です。
賃金規定は法律に則って作成することが重要
賃金や給与は、従業員にとってとくに関心が強い事項の一つです。賃金規定は法律に則って正しく作成しなければいけません。また、法律で決められていない範囲についても、従業員との間でトラブルが起きないように、網羅しておく必要があります。
【監修者】涌井好文(社会保険労務士)
涌井社会保険労務士事務所代表。就職氷河期に大学を卒業し、非正規を経験したことで、労働者を取り巻く雇用環境に興味を持ち、社会保険労務士の資格を取得。 その後、平成26年に社会保険労務士として開業登録し、現在は従来の社会保険労務士の業務だけでなく、インターネット上でも活発に活動を行っている。