働き方の多様化や新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴い、テレワークを導入する企業が急増しています。東京都の調査によれば、2021年3月後半時点で、テレワークを導入している都内の企業は56.4%で、企業の規模が大きくなるにつれて導入率が高くなっていることが判明しています。[注1]この記事では、テレワーク中でも「在宅勤務」の労務管理の基本や課題、その解決策について詳しく解説します。
目次
テレワーク中の労務管理の基本
テレワークの導入に当たり、企業は労働時間の管理や作業環境の整備、就業規則の見直しなど、さまざまな労務管理をおこなわなくてはなりません。労務管理をしっかりとおこなわないと、従業員に無用の負担が生じたり、さらには法令違反を引き起こしたりする恐れもあります。必ず導入前に確認しておきましょう。
まずは、テレワーク中の労務管理の基本事項について説明します。
1. 労働時間を適正に管理する
テレワークの導入で何よりも重要となるのは、労働時間の適正な管理です。企業は従業員の労働日ごとの始業と終業の時刻を確認し、正しく管理する必要があります。時間外の割増賃金を計算するというだけではありません。従業員の健康確保のために、労働時間の適正な管理が必要です。
そのため、管理監督者や裁量労働制などで働く従業員であっても、例外なく健康管理時間の把握と記録をおこないましょう。
なお、フレックスタイム制や変形労働時間制の適用がある従業員でも、テレワークは可能です。とりわけフレックスタイム制については、テレワークになじみやすいものとされています。
通常の労働時間制や変形労働時間制を用いる場合でも、事業所ごとに始業と終業時間を一律に定めず、テレワークをおこなう労働者ごとに自由に設定することも可能です。この場合は、就業規則で取り扱いを明確化しておきましょう。
また労働時間を管理する際は、PCの使用時間の記録やタイムカードの使用といった客観的な記録に基づくことが原則です。やむを得ず自己申告制で管理する場合には、客観的な記録との乖離があれば実態調査するといったことが、厚生労働省のガイドラインで定められています。[注2][注3]
2. 作業環境の整備をおこなう
テレワークを導入する場合、自宅が従業員の働く場所になります。企業は従業員に対する安全配慮義務があるため、自宅の作業環境の整備をはかるようにしましょう。
また作業環境については、厚生労働省からガイドラインが発表されています。[注4]就業環境について記載したチェックシートを配布し、従業員に自宅の作業環境をチェックしてもらうなど、あらかじめ作業環境について労使で共有しておくことも非常に有効です。厚生労働省でもチェックリストを用意されているので、確認してみてください。[注5]
3. テレワーク中の労災について周知する
テレワーク中の事故にも労災が適用されますが、業務災害と認定されるためには「業務起因性」「業務関連性」に当てはまる事故である必要があります。
たとえば、テレワーク中のトイレ休憩で家の階段から転落してしまった場合や、仕事のためにカフェへ行く途中に遭った事故の場合などは労災認定される可能性があるでしょう。反対に、私用で席を外したときにケガをした場合は、私的行為だとみなされて労災認定されません。例えば、洗濯物を取り込んでいるときに転倒した、といった場合です。
万が一のときのトラブルを避けるためにも、どのような場合であれば労災に認定されるのか、しっかりと社員に周知しておきましょう。
4. 就業規則や契約を見直す
単に働く場所が変わるだけであれば問題ありませんが、テレワークに伴い労働時間や給与が変わる場合は、就業規則や契約の見直しも必要になります。
たとえば以下のケースに当てはまるときは、就業規則とは別に新しくテレワーク規定を作成するなどルールを明確化することで、トラブルを防ぐことが大切です。
- フレックスタイム制などの新しい勤務体系になる場合
- 人事評価制度の新設や改定がある場合
- 在宅勤務手当などを支給する場合
- 資料の持ち出しや情報管理が必要な場合
- PCや周辺機器、通信費などを従業員に負担させる場合
また労働基準法15条において、企業は従業員の賃金や労働時間、就業場所を明示する必要があると定められています。[注6]
テレワークを導入する場合は、労働条件や契約を見直すことを忘れないようにしましょう。
テレワーク中の労務管理における課題
テレワーク中の労務管理の重要性について理解していても、実際に運用してみないと、どのような課題があり、どのような対処が必要なのかはわかりにくいものです。
ここからは上記の労務管理の基本を踏まえ、テレワーク中の労務管理における課題について解説します。よくある課題をあらかじめ把握しておき、スムーズなテレワークへの移行を目指しましょう。そのうえで、実際に運用してみて、問題があればルールを変更することも検討してください。
1. 労働時間の管理が複雑化しやすい
テレワークの大きなメリットとして、労働時間を柔軟に使えるところが挙げられます。就業規則に勤務中の「中抜け時間」の取り扱いについて記載があれば、従業員は「朝から仕事して昼過ぎに役所の用事を済ませ、就業時間を1時間繰り下げる」という働き方も可能となります。
従業員にとって、テレワークで叶うこのような柔軟な働き方は魅力的です。しかし企業側にとっては、イレギュラーな勤務状況の記録や管理の手間が増え、業務が複雑化しやすいというデメリットが生じてしまいます。
テレワークでは職場でのタイムカードによる打刻ができないため、勤怠管理システムやメールなどによる報告で労働時間を管理する必要があります。こういった多様なワークスタイルに柔軟に対応できる体制を整えることが、テレワークの導入のためには必要です。
2. 長時間労働に陥りやすい
テレワークでは従業員一人ひとりが抱えている業務が見えにくいため、業務量の偏りが生まれやすい点にも注意が必要です。場合によっては仕事のオンとオフがうまく切り替えられず、長時間労働に陥ってしまう従業員が出てきてしまうかもしれません。
テレワークでは従業員の正確な労働時間の把握が難しくなってしまうため、長時間労働の発見が遅れてしまう恐れがあります。企業は従業員ごとの就業状況を細かく確認し、適切な業務の配分や労働時間の指導をすることが求められます。
3. コミュニケーションが取りにくい
Web会議システムやチャットツールの普及により、テレワークであってもコミュニケーションは取りやすくなってきました。それでもテレワーク中は、どうしても上司と従業員のコミュニケーションが不足しやすくなるため、注意が必要です。
とはいえ、過度な連絡は従業員のストレスになります。たとえば、夕食の準備で多忙なときに、上司から電話で勤務状況の報告を求められたりしたら、労働者に不要なストレスを与えかねません。定時連絡の時間を決めておく、基本はメール連絡にするなど、あらかじめコミュニケーションの方法を決めておくとよいでしょう。
4. 労災認定の判断が難しい
先述したように、テレワーク中は業務的行為と私的行為の線引が難しいため、労災認定の判断が難しいことが課題として考えられます。もちろん、オフィスへの出社がなくても、業務中の傷病であれば労災保険の適用となります。しかし、ただでさえ判断が難しい労災認定において、テレワーク中の傷病が本当に業務に起因するものなのかについて判断することは、非常に困難なことです。
労災申請の際に大切なのは、業務に起因する事故であるという「事実の認定」です。
そのためにも、テレワークをする時間帯や作業場所などはあらかじめ明確にしておきましょう。そのうえで、私用などで席を外す場合、その旨の連絡を入れるなどのルールを定めます。そのようにして、仕事の時間と私的な時間の区別を明確化しましょう。これらについても、後述するさまざまなツールの活用が有効な解決策になります。
5. 人事評価がしにくくなる
就労状況が見えにくいテレワークでは、人事評価が困難になりやすい点も課題として挙げられます。営業職や技術職など、成果が数字などでわかる業務で評価がしやすくなります。しかし、事務職など成果が目に見えない仕事の場合は、評価基準が曖昧になりやすいです。明確な人事評価基準を設定できていないと、テレワークの導入時に従業員から不満の声があがる危険性があるので注意しましょう。
テレワーク中の労務管理の課題解決策
多様な働き方ができ、従業員にとってはメリットも多いテレワークですが、労務管理の視点から見ると課題が豊富に存在しています。法令を遵守して正しくテレワークを運用するためには、上記の課題への対策をおこなうことが欠かせません。
ここからは、テレワーク中の労務管理に対する解決策について3つみていきましょう。
1. 自社に最適な労働時間の管理方法を導入する
労働時間の管理方法としては、さまざまな方法が考えられます。まずは、自社に最適な労働時間の管理方法を導入していきましょう。たとえば、テレワーク中の勤怠管理の方法として、以下のような方法が活用されています。
- メールやチャットで報告する
- 電話で報告する
- PCのログで管理する
- 勤怠管理システムを導入する
1~3の方法は導入しやすくてコストもかかりませんが、何十人も在籍する企業の場合、勤怠データを入力したり集計したりする手間が増えます。
手軽さや正確さを求めるのであれば、自動で集計と管理ができる勤怠管理システムの導入がおすすめです。近年は給与計算システムと連携できるものや申請と承認機能、進捗管理機能などが搭載されたものも増えてきいるため、労務管理業務の削減に役立つでしょう。休憩時間や私的行為にあてる時間も簡単に打刻できるので、労災の判断もしやすくなります。
2. 就業状況を正しく把握する
テレワーク中の業務量の偏りや長時間労働を避けるためにも、就業状況の把握は必ずおこないましょう。おすすめなのは、プロジェクトの進捗管理ができるタスク管理ツールの利用や日報の活用です。「従業員がどれほど業務を抱えているのか」「無理のないペース配分になっているか」などを確認でき、コミュニケーションの手段としても活用できます。
メールを使った報告では、ほかの連絡に埋もれたり、手間だと感じて習慣化できなかったりする恐れがあります。勤怠管理システムやチャットツールなどを使って報告と確認を簡略化することで、毎日の就業状況管理がおこないやすくなるでしょう。
3. 人事評価の方法を明確化する
テレワークでは実際に従業員が働いている姿を目にすることができないため、評価項目を細分化して明確にすることが重要となります。評価の基準が明確ならば、離れた場所で仕事をしていても、適切な評価ができるはずです。
むしろ、「テレワークで人事評価ができない」というのは、これまで適切な評価をしてこなかったということかもしれません。長時間残業しているから仕事熱心だといった、安直な評価をしていないか考え直してみましょう。
テレワーク中の労務管理はツールも活用しながらおこないましょう
労働時間や就労状況、労災保険の適用範囲や人事評価制度など、テレワークを導入するときは多くの労務管理の見直しが必要となります。労務管理は「従業員の健康」や「会社に対する満足度」に直結する問題であるため、必ず環境を整備してからテレワークをスタートさせましょう。そのうえで、スタート後も必要に応じて随時見直しをすべきです。
そしてテレワーク中の労務管理をスムーズにおこなうためには、勤怠管理システムやタスク管理ツール、チャットツールやWeb会議システムなどの活用が欠かせません。自社に必要となるツールを活用しながら、適切なテレワークの運用を進めていきましょう。
[注1]テレワーク導入率調査結果をお知らせします!(第1501報)|東京都
[注2]労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン|厚生労働省
[注3]テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン|厚生労働省
[注4]自宅等でテレワークをおこなう際の作業環境整備|厚生労働省
[注5]テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト【事業者用】|厚生労働省
[注6]労働基準法|e-GOV