労働安全衛生法の改正で、管理監督者の勤怠管理が義務付けられたことにより、これまで以上に労働時間の把握が重要視されるようになりました。管理監督者と認められるには基準があるため、混同されやすい管理者と管理監督者の違いを理解することが大切です。本記事では、労働時間の定義から、厚生労働省ガイドラインを元に労働時間把握のためにおこなうべき事項7つまで、わかりやすく解説します。
目次
1. 管理監督者の勤怠管理が義務化
現在日本は、長時間労働や労働人口の減少、育児・介護と仕事の両立など、労働環境に関するさまざまな問題を抱えています。このような背景から、政府は労働者の働き方の改善を図るために2019年4月より「働き方改革関連法案」を施行しました。
働き方改革関連法の施行によって、労働基準法や労働契約法など働き方改革に関連するいくつもの法令が改正され、働き方改革がこれまで以上に推進されるようになりました。その内の労働安全衛生法において管理監督者を含めた「労働時間把握の義務」が定められたのです。
実は、管理監督者は一般従業員とは異なる特殊性があるため、時間外労働の上限など労働時間に関する制限を一部受けず、これまでは勤怠管理の把握も義務付けられていませんでした。
しかし、実際には一般従業員と同じ労働をしている人も多かったため、管理監督者の長時間労働問題を抑制する必要があったのです。
また、時間外労働に関しても2019年に改正があり、特別条項を結んだ場合の上限規制が設けられました。時間外労働は原則として月45時間、年360時間と定められており、特別な事情がなければこの時間を超えてはなりません。
特別な理由があった場合、特別条項を結ぶことで原則の上限を超えることはできますが、月100時間未満、年720時間以内、月45時間を超えるのは年6回まで、など細かく上限が規定されています。
時間外労働の上限が制定されたことにより、一般従業員の労働時間が減るため、管理職にしわ寄せがくることが懸念されたことも、管理監督者の勤怠管理が義務化された理由のひとつです。
2. 労働時間の把握が義務化となった背景
管理監督者の労働時間の把握が義務化された背景には、2019年4月に労働安全衛生法にて労働時間の把握義務が新設されたことが関連しています。以前は1ヵ月における時間外労働が100時間を超える労働者のみ、申し出があった場合に医師の面接指導を実施させる義務がありました。
ただし企業側からの指示や、従業員側の判断によって、不正な就業時刻の記載や労働者に不利益が及びやすいことから、結果的に残業代未払いや過労死などの発生につながってしまいます。このような問題から、労働安全衛生法が改定され、労働時間の把握が義務付けられるようになりました。
2-1. 従業員の健康におけるリスクの軽減
長時間労働をおこなうことは、労働者の心身に負担がかかります。労働時間が適正に把握されないと、時間に際限のない労働が可能となり、健康障害や精神疾患、最悪の場合は過労死などに陥る可能性があります。
労働時間を把握することは、これらの健康リスクの低減に繋がります。
2-2. 深夜労働への割増賃金の未払い防止
管理監督者は、労働基準法による労働時間の規制対象ではないため、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が発生しません。一方で、深夜労働時間に関しては割増手当が発生するため、しっかりと管理していないと実労働時間と記録に乖離があった場合には、給与未払いのトラブルに繋がりかねません。労働者に不利益が及んだ場合は、労働基準法違反として罰則が科される可能性もあるため、正しい労働時間の把握は不可欠です。
2-3. 生産性の向上
労働時間の把握は、長時間の労働を是とせず、労働時間に制限を設けることは生産性の向上にもつながります。管理監督者は、裁量権の大きさや責任の重さから、長時間労働が起きやすいです。ただし労働時間を把握することで、非効率な業務の削減や創意工夫がうまれ、生産性の向上が期待できるでしょう。
3. 労働時間の“客観的な把握義務”とは
2019年4月の労働安全衛生法の改定により、労働時間の把握が義務化されましたが、労働時間の把握は客観的な記録によっておこなわなければなりません。以前は自己申告型での労働時間の把握が認められていましたが、長時間労働や正当な賃金額の付与を目的として、客観的な記録による勤怠管理が原則となりました。
3-1. “労働時間”の定義とは
そもそも労働時間とは、「使用者の指示により労働者が業務をおこなう時間」のことを指します。逆に休憩時間とは、労働者が自由に使える時間のことを指します。
そのため、例えば手待ち時間での受電対応や、着替えや片付けなどの準備行為は「休憩時間」としては扱われず、労働時間に該当するため、記録の対象時間となります。
4. 厚生労働省が労働時間把握のために使用者に求める7つの事項
厚生労働省は、使用者に対して労働時間を適正に把握できるようガイドラインを作成しています。使用者には、労働者の労働時間を客観的に記録・把握する義務があるため、以下の7項目を守り、適正な管理をおこなう必要があります。
4-1. 始業と終業時刻の確認・記録をとる
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること。
1日の実労働時間だけでなく、労働日ごとに始業時刻・終業時刻を使用者が確認・記録をし、そのデータをもとに何時間働いたかを把握することが求められます。
4-2. 始業と終業時刻の確認・記録の原則的な方法
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として
次のいずれかの方法によること。
(ア) 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
(イ) タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的
な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。
使用者もしくは労務担当者は、労働者の打刻時間を確認することが求められます。始業と終業を直接確認ができない場合には、「客観的な記録方法」で打刻する必要があります。
4-3. 自己申告制により始業と終業時刻の確認・記録を行う場合の措置方法
やむをえず自己申告制による労働時間管理をする場合は、実労働時間と乖離が発生しないよう、以下の4点に対応しなくてはなりません。
自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。
労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。
また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること
4-4. 賃金台帳の適正に調製する
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
使用者は、労働基準法第108条及び同法施行規則第54条により、労働者 ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければならないこと。 また、賃金台帳にこれらの事項を記入していない場合や、故意に賃金台 帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、同法第120条に基づき、30万円 以下の罰金に処されること。
賃金台帳には上記の項目を記す必要があり、虚偽情報を記入した場合には罰金刑が科されるため注意が必要です。労働者の正確な打刻情報をもとに、台帳へ正確に反映させる必要があります。
4-5. 労働時間の記録に関する書類を保存する
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
使用者は、労働者名簿、賃金台帳のみならず、出勤簿やタイムカード等 の労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、 5年間保存しなければならないこと。
保存期間の年の起算点とは、書類に最後の記載がなされた日を示します。帳簿やタイムカードで管理している場合は、労働者数が増えると必然的に労働時間を管理する書類の量が増え、場所をとるほか管理が大変です。ただし勤怠管理システムを導入し管理をIT化すると、場所をとらずに適切な管理ができるため、便利でしょう。
4-6. 労働時間を管理する者の職務
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
事業場において労務管理を行う部署の責任者は、当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること。
使用者もしくは人事労務管理担当者は、現状を正確に把握し、問題点がないか確認する必要があります。労働時間の管理や、過剰な長時間労働など問題点があった際には、適切な措置を講じなければなりません。
4-7. 労働時間等設定改善委員会等を活用する
厚生労働省のガイドラインでは、以下が明記されています。
使用者は、事業場の労働時間管理の状況を踏まえ、必要に応じ労働時間 等設定改善委員会等の労使協議組織を活用し、労働時間管理の現状を把握 の上、労働時間管理上の問題点及びその解消策等の検討を行うこと。
労働時間を自己申告制で管理している事業場で、適切に労働時間管理が出来ない場合には、労働時間等設定改善委員会等の労使協議組織を活用し、課題点や対策について検討することが大切です。
5. 対象となる管理監督者の定義とは
勤怠管理が義務付けられる管理監督者とはどのような立場の人なのでしょうか。過去には「名ばかり管理職」と呼ばれる問題が発生したこともあるため、管理監督者の定義は知っておくべきです。
管理監督者とは、労働基準法第41条2号で定める内容によると、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」としています。[注1]
簡潔に説明すると「経営者と同じような立場にある者」です。社内で相応の地位や権限がある従業員は、管理監督者の定義に当てはまるので、労働時間に関する規制が適用されず、時間外労働に対する割増賃金(残業代)は支払われません。
それだけでなく、休憩時間や休日に関する決まりも適用されないなど、管理監督者は一般従業員とは異なる扱いを受けます。
なぜ規制が適用されないのか、それには以下のような理由が挙げられます。
- 自らの労働時間は自身に裁量が認められているため
- 管理監督者として相応の報酬を得ているため
- 経営者に代わる重要な立場にあるため
労働条件を決定したり従業員の労働時間を管理したりする管理監督者は、これらの理由から、労働時間や休日出勤などに関する規定の適用を受けることは不適当だと考えられています。
逆にいえば、一般社員と比べたときに相応の待遇を受けていなければならないので、「相応の報酬をもらっていない」場合などは、管理監督者としてみなされません。
「管理監督者には残業代を払わなくても良い」という制度を利用し、一般社員を名前だけの管理監督者におき、不正を働く企業も存在していました。
先ほど取り上げた名ばかり管理職とはこのことで、一般社員と待遇が同じであるにもかかわらず、管理職だからという理由で、支払われるべき残業代が支払われていない人のことを指します。
名ばかり管理職に対して残業代を払わないことは違法になりますので、管理監督者の定義は明確にしておきましょう。
[注1]:労働基準法|e-Gov法令検索
6. 管理職と管理監督者の違い
管理職と管理監督者には違いがあるのでしょうか。一般的に、部下のマネジメントをおこなう立場にある従業員のことを「管理職」とよぶことがありますが、必ずしも管理職と管理監督者が同じではありません。
特に、部長などある程度地位のある立場の従業員は、部下をマネジメントしたり評価したりするため、「管理監督者として相応しい」と思われやすいですが、実際は管理監督者として認められるかどうかの基準によって判断されます。
以下は管理監督者とみなされる基準です。
- 担当している部署や部門を統括する立場であり人事権や決裁権がある
- 会社経営に関与している
- 自分の労働時間や業務量は自分でコントロールできる
- 賃金面で相応しい待遇を受けている
これらの基準を見ると、管理職と管理監督者の違いが理解できるのではないでしょうか。
「部署を統括していて決裁権もある」だけであれば管理職です。
管理監督者としてみなされるためには、基準を満たし、重要な立場を担う必要があります。
しかし、上記の基準全てに当てはまっているからと言って、必ずしも管理監督者として認められるわけではありません。
例えば「会社経営に関与している」については、関与している程度が考慮される場合があり、経営会議に参加はしているものの、発言力や影響力がない場合などは、認められない可能性もあります。
7. 管理監督者の勤怠管理における注意点とは
管理監督者の勤怠管理は、正しい給与計算を行うために必要なものです。勤怠管理を行う上での注意点について解説します。
7-1. 深夜割増手当や有給休暇は適用される
管理監督者は、時間外労働や休日出勤に関する規定の適用を受けないと説明した通り、時間外手当と休日出勤手当は発生しません。そのため、36協定も対象外です。
しかし、深夜割増手当に関しては割増賃金が発生するため注意が必要です。
深夜割増手当が発生する労働時間は、午後10時から午前5時までの7時間なので、この時間帯で勤務した場合は、手当を払う必要があり、厚生労働省からも注意喚起されています。[注2]
[注2]改正労働基準法(月60時間を超える法定時間外労働に対して、使用者は50%以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません)|厚生労働省
7-2. 労働時間の自己裁量に関して
管理監督者は、労働時間を自己の裁量で決定できます。そのため、仮に遅刻や早退があったとしても、給与から控除することはできません。管理監督者は36協定対象外であるため、遅刻や早退が控除されないのです。
欠勤の控除に関しては、企業が就業規則で定めるルールにより異なります。
欠勤の自由は認められないことがほとんどですが、「やむを得ない事情の場合は控除しない」「一定期間の欠勤が続いた場合は控除する」など、企業の考え方により対応は変わるでしょう。
管理監督者はある程度自分で労働時間を決めることができますが、だからといってむやみに遅刻や早退を繰り返して良いわけではありません。管理監督者としての役割を果たしているからこそ、自己裁量が認められているのです。
8. 労働時間把握の義務における罰則
厳密にいうと、「労働時間把握の義務」の違反に関しては罰則は定められていません。ただし、深夜労働の割増賃金が適切に支払えなかった場合、未払いとして扱われ6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰則が発生します。
罰則規定がないからといって、労働時間の把握をおこたってしまうと、給与の未払いによる訴訟トラブルに発展しかねないため大変危険です。管理監督者の労働時間も、必ず正確に把握しましょう。
9. 管理監督者の勤怠管理にはシステムの活用がおすすめ
管理監督者の中には、長時間労働が発生しやすかったり、場合によっては事業場外に出勤したりするなど、忙しいあまり適正に打刻できてない人もいるでしょう。勤怠管理システムであれば、パソコンやタブレット端末、自身のスマホからICカードまで幅広く対応しています。
そのため場所を問わずに労働時間を管理でき、管理監督者の方も負担なく瞬時に打刻がおこなえます。また深夜労働に対する割増賃金も、自動で給与計算してくれるため、人事労務担当者の業務を一気に短縮できるでしょう。
10. 企業は管理監督者の労働時間を把握する義務がある
今回は、管理監督者の労働時間把握の義務化について詳しく解説しました。管理監督者の長時間労働や健康面に関する問題を解決するため、企業は勤怠管理を行う必要があります。
正しく給与を支払うためにも労働時間を把握することは重要なので、勤怠管理システムを導入するなどして適切な方法で管理しましょう。勤怠管理の際は、管理監督者の特別な規定に注意することも忘れないようにしてください。
【監修者】涌井好文(社会保険労務士)
涌井社会保険労務士事務所代表。就職氷河期に大学を卒業し、非正規を経験したことで、労働者を取り巻く雇用環境に興味を持ち、社会保険労務士の資格を取得。 その後、平成26年に社会保険労務士として開業登録し、現在は従来の社会保険労務士の業務だけでなく、インターネット上でも活発に活動を行っている。