「損害賠償の予定」を禁止する労働基準法第16条では、企業が労働者に対して違約金や賠償金の支払いを約束させることはできないとしています。また研修や留学後などに一定期間、継続勤務を義務づけることも禁止です。本記事では、労働基準法第16条の内容と、過去に起きた裁判事例なども紹介していきます。
労働基準法総まとめBOOK
労働基準法の内容を詳細に把握していますか?
人事担当者など従業員を管理する役割に就いている場合、雇用に関する法律への理解は大変重要です。
例外や特例なども含めて法律の内容を理解しておくと、従業員に何かあったときに、人事担当者として適切な対応を取ることができます。
今回は、労働基準法の改正から基本的な内容までを解説した「労働基準法総まとめBOOK」をご用意しました。
労働基準法の改正から基本的な内容まで、分かりやすく解説しています。より良い職場環境を目指すためにも、ぜひご一読ください。
目次
1. 労働基準法第16条とは?
労働基準法第16条では、従業員に対する「損害賠償の禁止」について定めています。条文の内容については次項でくわしく解説していきます。
1-1. 労働契約を締結するときに「違約金」「賠償金」を予定してはいけない
労働基準法第16条では、労働契約の中で従業員に違約金や損害賠償金の支払いを予定することは禁止されています。[注1]以下は、違約金・賠償金の例です。
- 遅刻を10回したら違約金として5万円を請求する
- 取引先とのトラブルが発生した場合は、損害額相当の賠償金額を請求する
- 資格の取得費用は、1年以内に退職した場合30万円の返還を求める
以上はあくまで一例ですが、労働契約書にこのような項目が書かれていた場合は、法律に抵触します。最終的には企業側は罰則を受けるので注意が必要です。
なお、未成年に対しては、身元保証人の情報を求めることがあります。ただし、身元保証人を損害賠償の請求先として予定することも禁止です。
[注1] 労働基準法第16条|e-GOV法令検索
1-1. 「賠償金」で従業員の退職を足止めしてはいけない
日本において、労働者は職業を自由に選んでよいという法律があります。[注2]よって、従業員は退職も自由に選択できるといえます。
ですが、賠償金のしばりがあると、金銭を支払えない従業員は退職ができないため、自分の意志に反して企業に残り続けることになります。
上記のように、企業が請求する金銭が退職の足止めにならないよう、法律が定められているといえます。
[注2] 日本国憲法第22条|e-GOV法令検索
1-2. 従業員への損害賠償請求は禁止されない
仕事でトラブルやミスをした場合を見越して、損害賠償を先に設定することは禁止されています。しかし、実際に従業員が企業側に損害を与えた場合の賠償請求は禁止されていません。
とはいえ、従業員の過失で損害を与えたとしても、すべてを従業員が負担するのは困難なため、どのような状況で過失が生じたのかが重要です。以下は損害の一例になります。
- 社内ルールを無視して業務を行った結果、機械が壊れてしまった
- 上司の指示と違う内容で取引先と契約をし、損害を出してしまった
ただし、従業員に損害賠償を請求できても、全額が認められることはほぼありません。なぜなら、仕事中に起きた損害のため、企業も責任を負う必要があるからです。
損害賠償の支払いに納得できない場合は、金額の根拠を確認しましょう。それでも相違がある場合は、弁護士などに相談することをおすすめします。
2. 労働基準法第16条の例外
従業員との労働契約によって「損害賠償の予約」を定めることは禁止されていると先述しました。[注1]ただし、損害賠償の請求が労働契約に直接関わり合いがない場合は、例外として返還が認められています。
ここでは、労働基準法第16条の例外として3つのポイントを紹介します。
[注1] 労働基準法第16条|e-GOV法令検索
2-1. 企業から金銭を借りて研修や留学に参加した場合
労働基準法第16条の例外に、研修や留学費用を企業から借りて参加していた場合があります。その理由として、従業員が企業から借りた研修・留学費用は「借金」と同じだからです。
企業が従業員に貸した研修などの費用は、1年勤務で50%の返済免除、3年勤務で全額免除としている企業もあります。企業によって対応は変わるので、契約の際にきちんと確認しておきましょう。
2-2. 企業が指示していない研修や留学に参加した場合
企業が指示していない研修や留学に参加した場合は「自己啓発の一環」と見なされ、労働基準法第16条の例外となるケースがあります。
返還請求が発生する理由は従業員本人の希望で研修・留学に参加しているからです。よって、退職時に企業から請求される可能性は高くなるでしょう。
2-3. 研修や留学で得た経験が仕事と関係ない場合
研修や留学で得た経験が仕事と関係がない場合も、例外として認められる可能性があります。基本的に企業が指示する研修・留学は、人材を成長させるために参加させるものです。
自己啓発の留学は先述した通りですが、指示された研修や留学で得た経験が配置転換後に活かせなくなってしまったケースであれば、請求される確率は低いといえます。
3. 労働基準法第16条に違反したときの罰則
労働基準法第16条に違反したときの罰則は以下のとおりです。
- 6カ月以下の懲役
- 30万以下の罰金
罰則を受けるのは「使用者」になるため、社長または経営者がこれに該当します。
4. 労働基準法第16条で違反に該当した裁判事例
ここからは、労働基準法第16条で違反に該当した裁判事例を紹介します。
4-1. サロン・ド・リリー事件
美容室を経営するY社は、入社した従業員との間で以下の契約を結びました。
- 会社の意向を無視して退職してはならない
- 会社の意向を無視して退職した場合は入社月にさかのぼって講習手数料を支払う
- 講習手数料は1カ月あたり4万円とする
契約を結んだ従業員は、会社の意向を無視して退職します。その後、Y社は入社時の契約に沿って在籍していた7.5カ月分の講習手数料30万円を請求しました。
裁判所の判決は労働基準法16条に違反すると判断し、講習手数料の請求を却下しました。裁判所の判決理由は以下の2点です。
- 新人教育は使用者に求められるもので、別契約で講習手数料を課すのは認めがたい
- 契約により退職した際の講習手数料が従業員の退職の自由を奪っている
労働契約における従業員の給与は月額9万円程度でした。会社の意向を無視して退職した場合は講習料は4万円。あきらかに違約金のほうが高く、従業員を拘束していました。
5. 労働基準法第16条で返還が認められた裁判事例
労働基準法第16条で従業員に対し、返還請求が認められた裁判事例を紹介します。
5-1. 長谷工コーポレーション事件
従業員が社内の留学制度を利用してアメリカの大学院に留学しました。留学前に企業は従業員との間に留学費用の返還についての誓約書を締結します。
そして、留学から帰国して2年4カ月が経過後に退職。企業側は誓約書の内容に違反したとして留学費用の返還請求をしました。
裁判所の判決は、留学費用のうち学費分の約470万円の返還請求を認めました。裁判所の判決理由は以下の3点です。
- 誓約書が「金銭消費貸借契約」として成立し本人の了承も得ていた。
- 留学の内容と業務の関連性がない
- 誓約書内で記載している一定期間内に退職している
企業の留学制度を利用しても、上記のように金銭消費貸借の契約を結んでいる場合、返還請求が認められることがあります。
もし、退職を考えているが費用の返還などがないか不安な人は、退職前に弁護士に相談してみましょう。
6. 退職の自由を守るのが労働基準法第16条の役目
今回は労働基準法第16条の条文と過去の裁判事例を紹介してきました。
従業員を成長させる一助として研修や留学をさせる企業は多くあります。しかし、費用を回収するために、労働契約の中で「賠償を予定する」ことは禁止されています。
どのような場合でも、金銭などを理由に拘束したり、退職を足止めしたりすることは違反になります。労働基準法を守り、従業員が働きやすい職場を作っていきましょう。
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