なぜ今、人事が「社食」に注目するのか? ──出社回帰時代に求められる新しい福利厚生 |HR NOTE

なぜ今、人事が「社食」に注目するのか? ──出社回帰時代に求められる新しい福利厚生 |HR NOTE

なぜ今、人事が「社食」に注目するのか? ──出社回帰時代に求められる新しい福利厚生

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※本記事は、株式会社みんなの社食の齋藤氏より寄稿いただいたものになります。

かつて、社食の問い合わせ窓口といえば「総務」でした。私が社食事業の前身となるサービスを立ち上げた約10年前、企業からのお問い合わせの9割は総務部門からの相談で、人事からの相談は、ほんの1割ほどでした。

ところが2024年に「みんなの社食」として事業を再始動して以来、この比率は完全に逆転しました。いまや、お問い合わせの7〜8割が人事部門からなのです。

当社は、食べログ百名店をはじめとする有名飲食店の料理を、できたてのビュッフェ形式で企業のオフィスにお届けする「有名店社食」を展開しています。大手IT企業から従業員100名規模の会社まで、日々多くの経営者・人事の方々と「食と組織」について話すなかで、私は確信しています。社食はいま、「総務が管理する福利厚生」から「人事が検討する経営施策」へと、その意味を大きく変えつつある──と。

本連載では、出社回帰時代の人事課題と「食」の関係を、現場の一次情報とデータを交えながら解説していきます。第1回のテーマは、「なぜ今、人事が社食に注目するのか」。鍵は、福利厚生の役割そのものの変化にあります。

寄稿者齋藤 武仁氏株式会社みんなの社食 代表取締役CEO

慶應義塾大学法学部政治学科卒業。在学中、日本最大の法人向けフードデリバリー「株式会社くるめし」にて前身事業の立ち上げを経験。卒業後はメガバンクにて中小企業向け融資を担当後、独立系VCに参画し、食領域を中心に数億円の投資とハンズオン支援を実行。その後、パートナーの海外駐在を機にイスラエルへ専業主夫として移住。戦争により日本へ避難した後、働く人のランチの課題を改めて痛感し、2024年6月に株式会社みんなの社食を創業。

「出社してください」だけでは社員は戻らない

コロナ禍で3割を超えたテレワーク実施率は、直近の調査で14.5%と過去最低を更新しました(日本生産性本部「働く人の意識調査」2026年7月)。数字だけ見れば、出社回帰はもはや既定路線です。

実際、パーソルキャリアが運営するJob総研の「2026年 出社に関する実態調査」では、76%が「今年度は出社頻度が増える」と回答。その理由の最多は「会社の方針が変わった」で、企業主導の出社回帰が進んでいることがはっきりと表れています。

しかし、現場はそう単純ではありません。同調査で理想の出社頻度を聞くと、回答は「週1〜3日」に集中。前年の調査でも、約7割が週3日以下の出社を希望していました。会社の方針と社員の本音の間には、大きなギャップが横たわっているのです。

実際、経営者や人事の方と話していて必ず話題に上がるのが、「出社方針を発表した途端、エンゲージメントスコアが目に見えて下がった」という悩みです。

これは、福利厚生の世界で昔から知られている鉄則そのものです。一度与えたものを取り上げることは、最初から与えないことよりも、はるかに大きな不満を生む。行動経済学でいうプロスペクト理論のとおり、人は得る喜びよりも、失う痛みをずっと大きく感じます。社員にとってリモートワークは、通勤からの解放であり、ランチ代の節約であり、生活の柔軟性でした。それを手放してくださいと言われて、素直に喜べる人はいません。

海外には「出社しなければ解雇」と言い切る経営者もいます。しかし、日本ではそれはできず、強制すれば、社員は静かに転職していくだけです。この採用難の時代、離職のコストは計り知れません。

だからこそ、いま企業に問われているのは「出社させるか、させないか」ではなく、「出社する価値を、どうつくるか」。言い換えれば、出社しなくてもいい時代に、出社したくなる理由をつくること。これが、出社回帰時代に人事へ課せられた本当の課題です。

出社回帰で変わった「福利厚生」の役割

そもそも福利厚生とは、何のためにあるのでしょうか。

従来の福利厚生は、通勤手当、慶弔休暇、各種保険──「全員に、まんべんなく、広く薄く」が基本でした。働くうえでの不便や不安という“バケツの穴”をふさぐ、いわば守りの仕組みです。なくてはならないものだからこそ、コストは最小限に抑える。それが常識でした。

しかし出社回帰の時代、この守りだけでは人はオフィスに戻ってきません。いま求められているのは、「会社に行きたくなる」というプラスの体験価値をつくる、攻めの福利厚生です。

この変化を象徴するキーワードが「エンゲージメント」です。

昭和の時代に、エンゲージメントという言葉はありませんでした。運動会があり、社員旅行があり、会社は家族のような存在であり、つまり、当たり前にあったからこそ言葉にする必要すらなかったのです。エンゲージメントという言葉が生まれ、経営課題として語られること自体が、それが失われたことの何よりの証拠だと私は考えています。

実際、実際、米ギャラップ社が毎年発表する国際調査「State of the Global Workplace(グローバル職場環境調査)」によれば、日本の「熱意あふれる社員」の割合は長年5〜6%と世界最低水準が続き、最新の2026年版でも8%。世界平均20%の半分にも届きません。

2023年からは人的資本の情報開示が義務化され、エンゲージメントは株主からも見られる経営指標になりました。福利厚生はもはや、総務のコスト管理の話ではありません。経営と人事のど真ん中のテーマなのです。

数ある施策の中で、なぜ「食」なのか

では、攻めの福利厚生として、なぜ「食」がこれほど注目されているのでしょうか。理由は大きく3つあります。

1つ目は、全員が、毎日、必ず使うものだから。福利厚生にはレジャー割引やジム補助などさまざまなメニューがありますが、「使う人は使うが、使わない人はまったく使わない」ものが少なくありません。一方、食事は全社員が例外なく毎日とるもの。福利厚生の中で最も利用率が高く、最も公平に価値が届く領域です。

2つ目は、ランチが「我慢の時間」になりつつあるから。外食ランチの平均予算が1,338円まで上昇する一方(リクルート・ホットペッパーグルメ外食総研、2026年調査)、会社員が実際に昼食にかける金額は男性平均709円。調査開始以来はじめて700円を超えたとはいえ、外食価格との差は開くばかりです(SBI新生銀行「2024年会社員のお小遣い調査」)。タニタの調査でも、76.4%が「栄養より価格を優先することがある」と回答しています(「令和ビジネスパーソンのランチ事情に関する調査2025」)。物価が上がるなかで、ランチが節約の対象になっている。だからこそ、会社が毎日の食事を支える意味は、かつてなく大きくなっています。

3つ目は、国が背中を押し始めたから。2026年4月から、企業の食事補助にかかる非課税限度額が月3,500円から7,500円へと引き上げられました。1984年以来、実に42年ぶりの改正です。約40年前の物価水準のまま据え置かれていたルールが、ようやく現代に追いついた形です。従業員が食事代の半額以上を負担するなどの要件を満たせば、従業員に所得税はかからず、会社は費用を損金算入できます。政府はこの改正を、物価高が続くなかでの“実質的な賃上げ”を後押しする施策と位置づけています。新NISAの拡充や副業解禁と同じ文脈──国が「食は人への投資である」と認めた、と言っていいでしょう。

ちなみに、「カンパニー(company)」の語源は、ラテン語の「com(共に)+panis(パン)」。「共にパンを食べる仲間」という意味です。会社と食は、言葉の成り立ちからして、切っても切れない関係にあるのです。

社食が生む「出社する理由」

「食が大事なのはわかった。でも、それなら食事補助やケータリングでもいいのでは?」──そう思われるかもしれません。

ここで押さえておきたいのが、社食は「施策」ではなく「装置」だという点です。

シャッフルランチ、部署をまたいだ懇親会、四半期に一度の打ち上げ。多くの企業がコミュニケーション施策に取り組んでいますが、人事の方からよく聞くのは「企画するのも、呼びかけ続けるのも大変で、続かない」という声です。誰かが頑張らないと成立しない施策は、担当者が疲れた瞬間に止まってしまうのです。

しかし、社食は違います。オフィスに「おいしい食事のある場」が毎日・毎週、繰り返し立ち上がる。すると、人が自然に集まり、列に並ぶ間や取り分けの瞬間に、狙っていなかった会話が生まれます。誘う勇気も、企画するエネルギーも要りません。

実際に、社食を福利厚生で取り入れる企業からはこんな声があります。

「エンジニアの自分が営業メンバーと話す機会が生まれ、新しいアイディアにつながった」
「ずっと誘いたいと思っていた先輩を、自然にランチに誘えた」
「社食の日を出社日に重ねたところ、出社率が目に見えて上がった」

あるIT企業では、出社日を増やす方針の発表と同時に、その出社日に合わせて社食の提供を始めました。「出社してください」というお願いと一緒に、「出社したら、社食がある」という理由をセットで示したわけです。

オフィスを改装しても、オープンなレイアウトにしても、それだけで会話は生まれません。同じフロアにいるのに、やり取りはチャット──そんな光景に心当たりのある方も多いはずです。ハード(場所)に加えて、そこに行きたくなるソフト(コンテンツ)があって初めて、出社は価値になる。その最も強力なコンテンツが「食」だと、私は確信しています。

人事が「社食」を考える時代へ

社食の歴史を振り返ると、その役割は時代とともに変わってきました。

高度経済成長期の社食は、働く人の胃袋を満たすためのインフラでした。平成に入ると、健康管理の場としての役割が加わります。そして令和のいま、社食は、採用・定着・エンゲージメント・コミュニケーション・生産性──これまで別々に語られてきた人事課題に、「食」という毎日の接点から横断的にアプローチできる経営施策へと進化しています。

社食のKPIは、「満腹度」から「健康度」へ、そして「経営指標」へ。冒頭でお伝えした「問い合わせ窓口が総務から人事に変わった」という現象は、このパラダイムシフトが現場で確かに起きていることの、何よりの証拠だと私は捉えています。人的資本経営という言葉が当たり前になったいま、毎日の食事ほど、文字どおり“人をつくる投資”はありません。

かつて社食は、大きな投資と専用スペースを必要とする、ごく一部の大企業だけの特権でした。しかし、サービスの進化によって、いまは企業規模を問わず「社食を持つ」ことが現実的な選択肢になっています。だからこそ、人事のみなさんにお伝えしたいのです。社食はもう、「うちには関係ない話」ではありません。

次回は、離職率を下げる企業が実践している「共食」の仕組みについて。「同じ釜の飯」は精神論ではなく、科学でした──研究データと現場の実例から、ひも解いていきます。

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