固定残業代制度とは、労使間で取り決めた一定時間分の残業代を、あらかじめ給料に含めて支払う制度です。残業代の計算を簡略化できるなどのメリットがありますが、固定残業代制度を導入するには、法律に則った賃金設定をする必要があります。
運用方法を間違えると、法律違反となる可能性もあるため注意しましょう。本記事では、固定残業代制度のメリットや賃金の計算方法について詳しく解説します。
目次
1. 固定残業代制度とは?
固定残業代制度とは、労使間で事前に取り決めた一定時間分の残業代をあらかじめ給料に含めて支払う制度です。その名前の通り、金額があらかじめ固定されている残業代なので、残業をしなかった場合でも固定残業代を支払う必要があります。
このように、残業の有無や実労働時間に関係なく支給されるのが固定残業代の最大の特徴です。最近では固定残業代制度を導入する企業が増えています。本来、残業代とは法定労働時間を超過した分に対して支払われるものですが、なぜこのような制度があるのでしょうか。その理由について見てみましょう。
1-1. 企業が固定残業代制度を導入する理由
固定残業代制度を導入する意図としてまず挙げられるのは、求人を出したときに給与面でのアピールがしやすいことです。
従業員1人につき毎月5万円程の残業代が発生している場合、「月給23万円(別途時間外手当あり)」という表現と、「月給28万円(基本給23万円、固定残業代として5万円、30時間分)」という表現では、後者のほうが魅力的に見えることがあります。
また、企業は残業代を計算しなくてもよいため、手間が省けることも固定残業代制度の導入が増えている理由です。
1-2. 固定残業代でも別途残業代を支払うべきケース
固定残業代はいくら残業をしても、支給する金額は変わらないと思われがちですが、会社で定める固定時間を超過した場合は、超過した分だけ残業代を支給しなくてはなりません。
たとえば「固定残業代は30,000円(20時間分相当)」と決められている場合で、月に30時間残業をした場合、規定の時間を超過した10時間分は別で支払う必要があるのです。
2. 固定残業代の計算方法
固定残業制度を導入するにあたって、固定残業代の金額はどのように設定するのでしょうか。本章では固定残業代の計算方法を解説します。
2-1. 固定残業代の金額は割増賃金で設定する
固定残業代であっても、通常の時間外労働と同じように割増賃金25%を上乗せした金額で計算し、従業員に支払うのが基本です。従業員それぞれの1時間分に相当する賃金に、時間外手当の割増率をかけ、さらに固定時間分をかけたものが、固定残業代です。
通常の時間外労働で換算したときと同じ分の賃金が固定額として支払われるはずなので、もし通常の残業代で計算した額と固定額が異なる場合は、差額を請求される可能性もあります。トラブル防止のためにも計算は間違いのないようおこないましょう。
2-2. 固定残業代の計算例
固定残業代の計算方法は、2通りあります。
①基本給と別に固定残業代を支給するケース
基本給と別に固定残業代が支給される場合、以下の計算式で固定残業代を算出することができます。
- 固定残業代 =(月給 ÷ 月平均所定労働時間)× 固定残業時間 × 1.25(割増率)
たとえば、月給200,000円・月平均所定労働時間160時間・固定残業時間40時間の社員の固定残業代は、以下の通りとなります。
- 200,000(月給)÷ 160(月平均所定労働時間)× 40(固定残業時間)× 1.25(割増率)= 62,500
すなわち、6万2,500円が固定残業代です。
そのため、その他手当などを考慮しない場合、単純計算で26万2,500円が支給される賃金総額となります。
②基本給に固定残業代を組み込んでいるケース
基本給に固定残業代を組み込んでいる場合、以下の計算方法で固定残業代を算出することができます。
- 固定残業代 = 給与総額 ÷ { 月平均所定労働時間 +(固定残業時間 × 1.25)} × 固定残業時間 × 1.25
- 基本給 = 給与総額 - 固定残業代
たとえば、1カ月の賃金が200,000円・月平均所定労働時間160時間・固定残業時間40時間の社員の固定残業代は、以下の通りとなります。
- 固定残業代 = 200,000 ÷ { 160 +(40 × 1.25)} × 40 × 1.25 = 47,619
- 基本給 = 200,000 - 47,619 = 152,381
固定残業代が基本給に組み込まれている場合、固定残業代は47,619円、基本給は15万2,381円です。
固定残業代が手当として支給される場合と、基本給に組み込まれている場合とで支給される給料総額が異なるため、企業は固定残業代が手当として支給されるのか、基本給に組み込まれているのか明確に記載することが必要です。
※固定残業代の計算は前提条件などの相違により、厳密には金額が異なる場合がありますので、目安として参考にしてください。
もし、最低賃金を下回っていた場合、制度自体が無効・違法となるため、会社がある都道府県の最低賃金額を確認しましょう。最低賃金を下回っていないかを精査し、制度を構築する必要があります。
3. 固定残業代制度を導入するメリット
固定残業代制度は残業の有無にかかわらず毎月固定で残業代を支給する制度であるため、従業員にとってメリットが多い制度ですが、企業側にもメリットがあります。本章では、固定残業代を導入するメリットについて解説します。
3-1. 残業代の集計業務を削減できる
固定残業代制度を導入する大きなメリットは、従業員の残業時間が定められた固定残業時間以下の場合、残業代の集計業務を削減できるということです。
固定残業代制度ではない企業の場合、残業代は各従業員の残業時間からそれぞれ算出する必要があります。
一方で、固定残業制度を導入している場合は、企業の就業規則に則って記載された金額を支給すれば良いです。固定残業時間の範囲内であれば、何時間残業をしてもあらかじめ定められた一律の金額を支給するため、給与計算の集計業務を削減することができます。
ただし、残業時間が規定している固定残業時間を超過していた場合は、その残業時間分を集計して、相当する賃金を支給しなければなりません。
3-2. 従業員の生産性を上げることができる
固定残業制度は定められた時間内であれば、どれだけ働いても支給される賃金に差がありません。つまり、働く時間が短くなるほど、時給換算した賃金が高くなるということです。
固定残業時間を超えなければ、どれだけ働いても賃金は変わらないので、仕事を早く終わらせて退勤したいと思う従業員も増えるでしょう。短い時間で同じ量のタスクをこなすことができた場合、結果的に業務の生産性を上げることができます。
3-3. 人件費を把握しやすい
発生する人件費を把握しやすくなることも、固定残業代制度のメリットのひとつです。固定残業時間の範囲内であれば、支給する残業代が一定であるため、予算計画や資金繰り計画を立てやすくなるでしょう。長期的な見通しが立てやすくなるため、事業戦略の精度を高めることにもつながります。
3-4. 従業員を公平に扱える
仕事を早く終えると残業代が減り、仕事が遅いほど残業代が増えるという環境の場合、スキルの高い優秀な従業員が不公平だと感じることもあるでしょう。
一方で固定残業代制度の場合は、仕事を早く終えるほど得をすることになります。同じ仕事をする従業員には同額の残業代を支給するため、不公平感を減らし、モチベーションを維持しながら働いてもらえるでしょう。
4. 固定残業代制度を導入するデメリット
固定残業代制度を導入するメリットもあれば、デメリットも存在します。本章では企業側からみた固定残業代を導入するデメリットを紹介します。
4-1. 記載方法を間違えると違法になるリスクがある
固定残業代制度を導入した場合、記載方法を誤ると違法になるリスクがあります。固定残業代制度を就業規則などに定める場合は、固定残業時間と固定残業代をしっかりと記載する必要があります。
たとえば、「基本給25万円(固定残業代を含む)」などという記載をしている場合、何時間の残業に対していくら支払われるのかが明確ではありません。
賃金があいまいに記載されている場合、固定残業代は無効となります。つまり、残業代を支払っていないと見なされ、違法となる場合もあります。さらに、労働者から残業代を請求された場合、基本給25万円とは別の残業代を支払わなければなりません。
このように、記載が誤っていることで、違法と捉えられることや、さらに残業代を支給しなければならなくなるリスクがあります。適切な記載をして、リスクを削減しましょう。
4-2. 残業が少ない場合でも固定残業代が発生する
常に一定の固定残業代が発生することもデメリットのひとつです。たとえば、固定残業時間を20時間と設定している場合、仮に実際の残業時間が1時間であったとしても、取り決め通りに20時間分の残業代を支給しなければなりません。
残業がほとんど発生していないからといって、固定残業代を減額したり、支給しなかったりすることはできないため注意しましょう。
4-3. 固定残業代制度の企業=ブラック企業として捉えられる場合がある
本来、固定残業代制度は労働者にとってメリットの多い制度です。しかし、労働者のなかには「固定残業代制度=賃金を支払う代わりに固定残業時間分の労働を強いられる」「どれだけ残業しても残業代が固定である」などといった悪いイメージを抱いている人もいます。実際このような運用方法は適切な固定残業代制度ではありません。
企業は正しく運用し、労働者が不利に感じないようにわかりやすい記載をすることが重要です。たとえば、「固定残業時間40時間を超過した残業については別途残業代を支給する」などと記載すれば、労働者にも働いた時間分は賃金がしっかりと支給される制度なのだと理解してもらえるでしょう。
5. 固定残業代制度を導入するうえで注意すべきポイント
固定残業代制度は正しく運用できれば企業と従業員、両者にとって魅力的なものです。本章では運用の際に気を付けるべき6つのポイントを紹介します。
5-1. 固定残業代に関する記載に注意
固定残業代制度を運用するためには、就業規則や労働条件通知書、求人票にも正しく記載することが非常に重要です。また、制度を途中から採用する場合は、社員から個別に同意を得るか、もしくは就業規則で周知しなければなりません。
以下は、適切な運用をするために重要なポイントであり、就業規則・労働条件通知書・求人票に必ず記載する必要があります。
- 基本給と固定残業代は明確に分けて記載する
- 固定残業代は何時間分なのか、金額もあわせて記載する
- 固定残業の時間を超えた場合は別途支給することを記載する
とくに求人票に関しては、正しく記載されていないと誤解が生まれ、トラブルにつながる恐れもあります。固定残業代を含んだ額が基本給だと勘違いするケースが多いため、固定残業代を除く基本給の額はわかりやすく明示しましょう。例として雇用契約書の記載例を紹介します。
基本給:200,000万円
固定残業手当:35,000円(月20時間分の残業代として支給)
※残業時間が20時間を超える分は別途時間外手当を支給
このように、固定残業代について時間と金額を明確に分けることが大切です。もし記載方法に不備があり、正しく運用できていないことが認められた場合、労働者から残業代を請求される可能性もあるため、運用の際は要注意です。
参照:固定残業代 を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。|厚生労働省
5-2. 基本給が最低賃金を下回らないようにする
基本給は、最低賃金を下回らないように設定しなければなりません。基本給と固定残業代の合計額だけを見ていると、見逃しがちなポイントです。合計額から固定残業代を差し引いた基本給が、最低賃金を下回っているケースもあります。
最低賃金は地域ごとに設定されているため、基本給や固定残業代を決める前に確認しておきましょう。
5-3. 休日労働や深夜労働の割増率に注意する
固定残業代を導入している場合でも、労働基準法に従って割増賃金を支給する必要があります。休日労働の場合は35%以上、深夜労働の場合は25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。
残業代が固定だからといって、休日労働や深夜労働に対して割増賃金を支給しないと違法になるため注意が必要です。
5-4. 過度な残業を要求しない
固定残業代制度は、あくまでも残業代が固定される仕組みであり、必ず残業が発生するという制度ではありません。たとえば固定残業時間が10時間と定められていたとしても、従業員はまったく残業をせずに帰宅しても問題はないのです。
固定残業時間が設定されていることだけを理由に、残業を強制することはできないため注意しましょう。
5-5. 従業員の残業時間を正しく把握する
前述の通り、固定残業代を利用している企業でも、設定した時間を超過する残業をおこなった従業員には、別で割増賃金を支給しなければなりません。
そのため、いくら残業代計算の手間が省けるとはいえ、必ずしも計算が必要ないとは限りませんので、従業員の残業時間は正確に把握しておく必要があるでしょう。
残業時間を正確に把握するには勤怠管理システム、給与の計算には給与計算ソフトを使用したほうがミスも少なく効率的です。ツールの導入は残業時間の把握にも役立ちます。
5-6. 固定残業代が違法になるケースは?
そもそも残業を命じるためには、36協定の締結が必要です。36協定を締結していないと、残業自体が違法となるため注意しましょう。36協定を締結した場合でも、残業時間の上限は週45時間です。よって、固定残業時間を45時間以上に設定すると、違法となるリスクが高まってしまいます。
また、前述の通り、基本給が都道府県の定める最低賃金を下回っていたり、割増率が加算されていなかったりする場合は違法となるケースがあります。
固定残業代がいくらなのか、何時間分含まれているのかがはっきり示されていないなど、固定残業代に関する記載漏れも違法です。
6. 固定残業代制度にまつわるよくある質問
本章では、固定残業代制度を運用するにあたってよくある質問を紹介します。
6-1. 固定残業代の上限はある?
固定残業時間は、基本的に労使間で自由に設定できますが、残業時間の上限規制には注意しなければなりません。固定残業時間を設定する際は、労働基準法で定められる時間外労働の上限「月45時間、年360時間」を基本と考えます。固定残業代制度で設定できる月の上限は、多くても45時間と考えておきましょう。
6-2. 欠勤した分の控除はできる?
従業員が欠勤した場合、その分の固定残業代を日割りにして控除することは可能です。ただし、就業規則や給与規定などで欠勤控除についての記載がある場合に限ります。
逆に、月間の時間外労働が固定残業を上回る場合は、別で時間外手当の支給が必要です。
6-3. 残業が少ないときに固定残業代は減額できる?
デメリットの項目で紹介した通り、残業が少ない月でも一定の固定残業代を支払わなければなりません。よって、そもそも残業が少ない企業の場合は、固定残業代が大きな負担となってしまうケースもあるでしょう。
固定残業時間を多く設定するほど固定残業代が高くなるため、状況に応じて適切な設定をすることが大切です。
6-4. 固定残業代制度のルールを変更することはできる?
すでに導入している固定残業代制度のルールを変更することは可能です。変更する場合は労使間で協議したうえで合意し、新たな内容を就業規則に記載しなければなりません。会社側の都合で一方的に変更すると、法律違反と見なされるケースもあるため丁寧な対応が必要です。
とくに固定残業代を減額するなど、従業員の不利益につながるような変更については、その内容が合理的なものでなければなりません。減額の必要性を従業員に十分に説明し、段階的に引き下げたり、他の手当に振り替えたりなどの措置や配慮をおこなうことで、合理性が認められやすくなります。
7. 固定残業代制度はポイントをおさえて正しく運用しよう
今回は、固定残業代とはどのような制度なのか、運用ポイントもあわせて解説しました。固定残業代制度は、さまざまなメリットがある制度ですが、運用方法を間違えると法律違反となってしまいます。固定残業代制度を導入するときは、制度に関する内容を就業規則や労働条件通知書に適切に記載し、正しく運用することが大切です。
固定残業代制度は、求人広告などで目にしたときに魅力的に映ることもあるため、導入する企業が増えていますが、間違った方法で運用を続けていると思わぬトラブルが発生する可能性があります。事前に必ず注意点やポイントを把握し、社員に周知して理解を得てから導入しましょう。