事業場外みなし労働時間制とは、実労働時間ではなく定めた労働時間分働いたとみなす制度です。事業場外での勤務かつ、労働時間の把握が困難とされる場合に、適用が可能です。本記事では、事業場外みなし労働時間制のメリットとデメリット、適用条件、注意点について詳しく解説します。
労働基準法の改正によって、裁量労働制とは別にフレックスタイム制の清算期間が延長されるなど、近年柔軟な働き方を導入しやすい体制が確立されてきました。
実際にフレックスタイム制や裁量労働制など、柔軟な働き方を導入した企業も増えているのではないでしょうか? しかし、出勤・退勤時間が従業員によって異なるため、今までよりも勤怠管理が複雑になってしまう傾向が見られます。
そこで今回は「働き方改革に対応した勤怠管理対策BOOK」をご用意しました。 柔軟な働き方を導入しつつ、勤怠管理を効率的おこなうためにもぜひご覧ください!
目次
1.事業場外みなし労働時間制とは?
事業場みなし労働時間制は、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ決められた時間を働いた時間とみなす例外的な制度です。事業場外みなし労働時間制は、原則として残業代が支払われません。
ただし、日常的に所定時間以上に働いている場合、残業している時間も「業務上通常必要な時間」とカウントするので、その場合は「通常必要時間」を設定し、その時間分の賃金を支払います。
例えば業務上通常必要な時間が10時間の場合は、毎日10時間働くと仮定して賃金を支払います。法定労働時間の8時間を超えた2時間分は、割増賃金での支払いが必要です。
1-1.固定残業制(みなし残業)との違い
同じ「みなし」という言葉が使われていますが、事業場外みなし労働時間制と固定残業制(みなし残業)は全く別の制度です。
固定残業制は、一定時間分の残業代をあらかじめ給与に含めて支払う制度です。
毎月の時間外労働などを20時間と設定したのであれば、20時間を下回る残業しかしていなくても20時間分の残業代を支払います。もちろん割増賃金を加味しての残業代です。
ただ、残業時間が20時間を超えればその時間に対しては残業代をさらに支払わなくてはなりません。
また固定残業制は、どの業務や職種であっても採用が可能であり、事業場外みなし労働時間制のように適用するための要件や制限がありません。
1-2.裁量労働制との違い
裁量労働制とは、デザイナーなどの専門職や企画・調査・分析をはじめとする特定の業務をおこななっている人を対象として、実際に労働した時間ではなく、一定の時間働いたとみなして賃金を払う制度です。「専門型裁量労働制」と「企画型裁量労働制」の2種類が存在します。
業務をおこなうための時間配分の指示が難しく、従業員の裁量に任せる範囲が多い業務が対象で、厚生労働省は対象となる専門業務を設定しています。
裁量労働制はみなし労働時間を8時間以下に設定していれば、休日出勤と深夜労働以外はあらかじめ決められた時間分の賃金しか出ません。一方で事業場外みなし労働時間制の場合は、法定労働時間を超過した分の「業務上通常必要な時間」は時間外労働時間としてカウントされます。
2.事業場外みなし労働時間制の対象となる業務
在宅勤務になって従業員の労働時間管理が難しいと感じている方のなかには、事業場外みなし労働時間制を導入したいと考えている方も多いかもしれません。事業場外みなし労働時間制の導入対象とするためには、以下の2つを満たしている必要があります。
- 事業場外で働いていること
- 指示・報告ができない環境下で、労働時間の算定が難しいこと
それぞれ詳しく解説します。
2-1.事業場外で働いていること
会社の外で働く業務には、在宅勤務以外にも外回りの営業や、新聞記者、ツアーの添乗員などさまざまな職種が該当します。オフィス以外の場所で仕事をする業務なら、この条件は満たしていることになります。
また、通常はオフィスで働いている人でも、出張時や一時的な外回りなどは事業場外みなし時間制の対象です。
労働時間の一部をオフィス外で働いているのなら、オフィス外で働いた時間のみが事業場外みなし労働時間制の対象となり、会社に戻って働いた時間は事業場外みなし労働時間制で決められた時間にはカウントされない仕組みです。
2-2.指示・報告ができない環境下で、労働時間の算定が難しいこと
事業場外みなし時間制の導入をする上で重要になるのが、労働時間の算定が難しいかどうかです。いくら事業場外の場所で働いていても、労働時間の算定ができるのであれば事業場外みなし時間制は導入できません。
昨今はオフィス外で働いていても、オンラインを使えばリアルタイムでの労働時間の報告や営業報告は可能です。
また会社が業務に関する具体的な指示を事前に出せる場合や、携帯電話などを使って業務指示や報告ができる場合も対象外となるため注意が必要です。
2-3.適用の対象外となる条件
事業場外みなし労働時間制は、適用の対象外となる条件も定めています。対象外となる条件は以下のとおりです。
- 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合、そのメンバーのなかに労働時間の管理をする者がいる場合
- 携帯電話等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
- 訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示通りに業務に従事し、その後事業場に戻る場合
業務の内容上、携帯電話などでの指示や報告ができないものでも、オフィス外で複数人で働いているなかに、労働時間管理ができる権限を持っている人がいれば対象となりません。また、あらかじめ決まった日程表の指示で働く場合や、IDカードなどのログで労働時間が把握できる場合も対象外です。
2-4.テレワークも適用となるケースはある
在宅勤務は基本的にパソコンなどの情報通信機器を使って業務をおこなうため、物理的には従業員の労働時間管理が難しいように思えても、メールや電話、チャットツール、勤怠管理システムを使えば従業員の労働時間管理が可能となります。
そのため、ただ在宅勤務をしているからといって事業場外みなし労働時間制の要件は満たしません。
ただ、管理者によって常に通信可能な状態にしておくことが指示されていない場合や、業務中通信ができない状況が発生する場合は事業場外みなし労働時間制が適用になることもあります。
また、従業員がおこなう業務が、常に管理者の指示によっておこなわれていない場合は、対象とできるケースもあるようです。
3.事業場外みなし労働時間制のメリット・デメリット
ここからは事業場外みなし労働時間制のメリットとデメリットについて解説します。
導入することで享受できるメリットと、生じうるデメリットをあらかじめ確認し、自社に導入すべきか検討するようにしましょう。
メリット①:労働時間に対して適切な賃金が支払える
事業場外で働いており、かつ使用者の指揮監督がおこなえず労働時間が把握できない状況下では、支払うべき適切な賃金が支払いにくいことが考えられます。
しかし、事業場外みなし労働時間制を導入することで、「通常必要時間」をあらかじめ想定しているため、労働に対して適当な賃金額を支給しやすいといえるでしょう。
メリット②:従業員の生産性向上が期待できる
事業場外で働く従業員に、事業場外みなし労働時間制を導入すると、労働時間に関する裁量が大きくなり、通常の勤務形態と比較して柔軟な働き方が可能となります。
従業員にとって最も効率的な時間の使い方ができるようになるため、生産性向上が期待できるでしょう。
デメリット①:従業員の労働管理が難しい
事業場外みなし労働時間制は、従業員の労働している様子が確認できない環境下であるため、労働管理が甘くなりやすいことが挙げられます。
ただし、基本的に従業員の勤怠管理においては労働時間について客観的記録をとることが義務付けられています。
事業場外みなし労働時間制の場合も、従業員の健康を確保するために「長時間労働の抑止」、「労働時間の把握・管理」をおこなう責任があり、対策を講じる必要があります。
参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準|厚生労働省
デメリット②:導入手続きに工数がかかる
事業場外みなし労働時間制の導入には、複数の手続きが存在し、正しくおこなえない場合は制度の適用が認められません。
導入の前には、対象となる労働者に十分に意見を聞き、周知をおこないます。
そして労使協定の締結した後に、所定労働時間を8時間を超過して設定する場合に、所轄の労働基準監督署長へ届出をおこなう必要があるため注意しましょう。
デメリット③:違法性があると判断されるリスクがある
条件を満たして導入を考えている場合でも気を付けておきたいことがあります。
事業場外の業務で、労働時間の算定が難しいと事業場外みなし労働時間制を導入しても、違法性を疑われて裁判になったケースは少なくありません。これは事業場みなし労働時間制を、残業代を抑えるために導入する業者や、労務管理を楽にしたいという理由で導入する事業者がいるからです。
実際に要件を満たしていて正しく運用できるのであれば問題はありませんが、現在は「労働時間の算定が難しい」という条件に当てはまらない業務が多いので、本当に該当するのか検討を重ねたり、労働局に問い合わせて確認したりした上で導入するようにしましょう。
4.事業場外みなし労働時間制の導入に必要な手続き
ここからは、事業場外みなし労働時間制を導入する際に必要となる手続きについて詳しく解説していきます。
就業規則の追記方法や、労使協定を締結する際のひな形をあわせて紹介します。
4-1.就業規則の変更と記載例
就業規則を変更する際には、記載例にならい以下のような内容を追記することが望ましいでしょう。
〔就業規則の例〕
第○条 従業員が、 労働時間の全部または一部について、 事業場外で労働した場合であって、 労働時間を算定することが困難な業務に従事したときは、 就業規則第○条に規定する所定労働時間を労働したものとみなす。
2 前項の事業場外の業務を遂行するために、 所定労働時間を超えて労 働することが必要な場合には、その業務については通常必要とされる時 間労働したものとみなす。
3 労働基準法第38条の2第2項に基づく労使協定が締結された場合には、 前項の事業場外業務の遂行に通常必要とされる時間は、労使協定で定める時間とする。
4-2.労使協定の締結とひな形
事業場外みなし労働時間制を導入するには、適用範囲を定め、対象となる労働者と使用者間で労使協定を締結する必要があります。加えて所定労働時間よりも長く、みなし労働時間として「通常必要時間」が設けられる場合には、36協定を締結する必要があります。
労使協定届のひな形は、厚生労働省が公開している以下のものを参考に作成することをおすすめします。
引用:「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のために|厚生労働省
5.事業場外みなし労働時間制を導入する場合の注意点
ここからは、事業場外みなし労働時間制を導入する際に注意すべきポイントについて解説します。残業代の支給要件を適切に把握できておらず、賃金未払いになることのないようあらかじめ把握しておき、トラブルを防いでいきましょう。
5-1.残業代を支給する要件を正しく把握しておく
事業場外みなし労働時間制は、労働時間の把握がおこなえないため原則所定労働時間働いたものとみなされ、残業代は発生しない仕組みとなっています。
ただし、あらかじめ所定時間を超過する「通常必要とされる時間」が想定されている場合には、その法定労働時間から超過した分の残業代が発生します。
5-2.実労働時間と乖離のあるみなし労働時間を設定しない
実労働時間とかけ離れたみなし労働時間を設定することは、避ける必要があります。
全企業には、安全配慮義務があるため、例えば過剰な労働時間や、頻繁な深夜労働などはあってはなりません。従業員の労働実態を定期的に確認し、みなし労働時間と実労働時間の乖離が大きい場合は、必要に応じてみなし労働時間や業務量の調整、制度の見直しをおこないましょう。
5-3.休日出勤や深夜労働が発生した場合は、割増賃金を支払う
事業場外みなし労働時間制は、原則として残業代を支払う義務はありません。しかし、休日労働や深夜労働に対しては、通常の割増賃金を支払う必要があることは認識しておきましょう。
また、事業場外みなし労働時間制は、18歳未満の人や、妊娠中の人、産後1年未満の人には適用できませんので、その点も押さえておきましょう。
6.事業場外みなし労働時間制の適用条件は厳しい
「会社外で働いていること」「労働時間の算定が難しいこと」という要件だけ見ると、事業場外みなし労働時間制の適用は、多くの業務が対象になると思えるかもしれません。
しかし通信システムが発展している今、事業場外みなし労働時間制の対象要件を満たすケースは少なくなっています。
導入を検討している場合は、その業務が本当に事業場外みなし労働時間制の要件を満たしているのか、しっかり検討して判断するようにしましょう。
【監修者】涌井好文(社会保険労務士)
涌井社会保険労務士事務所代表。就職氷河期に大学を卒業し、非正規を経験したことで、労働者を取り巻く雇用環境に興味を持ち、社会保険労務士の資格を取得。 その後、平成26年に社会保険労務士として開業登録し、現在は従来の社会保険労務士の業務だけでなく、インターネット上でも活発に活動を行っている。