新規ビジネスの獲得や新しい拠点の立ち上げのため、今まで訪問したことが無い国・地域に従業員の出張や駐在が必要となった場合、組織としてどのような安全対策が必要でしょうか。
本記事では、治安や安全に影響を与えるリスクの要因や対応方法について解説します。
執筆者酒井 亮治(Ryoji Sakai)氏インターナショナルSOS セキュリティマネージャー/インフォメーション&アナリシス/アシスタンス、ジャパン
キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドン大学)にて国際関係論修士号を取得後、外資系コンサルティング会社にて勤務。2016年より、インターナショナルSOSジャパンにおいて、日本企業からの渡航リスク管理に関わる相談対応、海外安全に関わるマニュアルの策定支援、机上訓練の実施等に携わる。
目次
1.どのようなリスクがあるのか
一般的に、国や地域の治安や安全にかかわる環境を理解するためには、以下のようなリスク要因がどの程度影響しているのかを評価する必要があります。
犯罪、テロ、抗議運動、紛争
日本は世界でも最も安全な国の一つとして知られていますが、裏を返せば、諸外国では、常日頃から犯罪やテロに対する警戒を強く保つことが求められます。
例えば、政治的、経済的問題等に関連して、労働組合等によるストライキやデモが行われ、交通に支障が出ることがあるほか、デモが暴動に発展したり、警察等の治安部隊が頻繁に催涙ガスや実弾の発射等の強硬的な手段を用いる国では、巻き込まれて負傷する可能性もあります。
また、可能性は低いものの、特に長期滞在を行う場合、突然、紛争やクーデター等の政変が起きる可能性も否定できません。これらがいつ起きるかを予測することは困難ではあるものの、政府・政権の安定性や、周辺国との外交関係等について予め調査しておくことで、どのような対応が必要になるかの検討の糧になるでしょう。
自然災害
世界的に見ても、日本は自然災害が非常に多く起きる国ではあるものの、それに対する備えもまた進んでいる国であると言えます。
一方、自然災害が頻繁に発生するにも関わらず、対策が限定的である国も多くあります。また、詳細は前回記事に詳述しましたが、気候変動による影響ももはや無視することはできません。
交通事故
日本では「交通戦争」と呼ばれる時代を経て、交通安全運動が奏功し、交通事故による死者数は継続して減少傾向にあります。警察庁によれば、交通事故死者数は1970年(第一次交通戦争)及び1990年(第二次交通戦争)のピークを境に減少の傾向にあり、2023年の日本における10万人当たりの交通事故死者数は2.09人でした。(参照:「統計表|警視庁Webサイト」)
しかしながら、海外では、路面状態の悪さ、照明設備の不足、交通ルールの非順守、飲酒運転等により、交通事故による死傷者が多く報告されている国もあります。世界保健機関(WHO:World Health Organization)の報告書(The Global status report on road safety 2023)によれば、2021年の全世界の交通事故による10万人当たりの死者数はおよそ15人と、日本と比較すると非常に多くの死者が出ていることが見て取れます。
選挙等のイベント、祝日
出張や長期の駐在の際は、滞在中に大規模なイベントが計画されていないかにも注意を払う必要があります。例えば、選挙期間中には、与野党の支持者が集結し、対立に発展する可能性や、関連の抗議活動が暴動に発展する可能性も否定できません。
文化、風習、法律
渡航先の文化や風習、また特に写真撮影に関する規制に留意が必要です。日本とは異なる文化・宗教圏では、相手への敬意を損なわないためにも、タブーとなり得る行動等が無いことを事前に確認しておくことは有用でしょう。
また、国によっては、軍事施設や政府庁舎等の撮影が禁止されていることがあり、空港や地下鉄等、日本においては問題のない場合であっても、当局により拘束される可能性もあることから、注意が必要です。
2.どのように対処すればよいのか
これらのリスク要因の中には、世界でも最も安全な国の一つに挙げられる日本で生活する際には、普段はあまり注意を払っていないものも含まれるかもしれません。では、これらのリスクから従業員を守るには、どのような対応が求められるのでしょうか。
一般的に、
①リスクを認識する
②リスクが顕在化する確率を下げるための対策を講じる
③被害に遭った際の影響を最小限にとどめる
といった三段階での安全対策を検討することが有益です。
①リスクを認識する
渡航先によって、治安上のリスクには大きな違いがあります。犯罪が特に懸念される国や、抗議運動やテロの脅威が高い国、また多くの国では上記のリスクが組み合わさって複雑な治安環境を構成しています。加えて、特定の地域でより高いリスクが存在する国も多くあります。渡航先にどのようなリスクが存在し、それに対してどのような対策を取ることができるのか、またそれによって組織として許容できるリスクにまで低減できるのかを検討します。
具体的には、外務省の海外安全ホームページ等をベースに、在外公館のウェブサイトに掲載されている安全の手引き等を参照すると、渡航先に関する治安の概要や安全対策を網羅できるでしょう。加えて、突発的な出来事や選挙等、随時必要な情報を入手するため、「たびレジ」への登録も行うとよいと言えます。
加えて、現地の新聞等の主要なメディアを通じて日々情報を入手し、情勢への理解を深めることが理想的ですが、日常業務がある中で、外国語で発信される情報を頻繁に確認することは難しい場合もあると思います。そのような場合、危機管理会社等を利用し、治安に関わる情報を随時受け取れるようにすることも一考です。インターナショナルSOSは、全世界の治安に関わる情報を配信するサービスを提供しています。
②リスクを下げる
出張等の業務渡航のリスクマネジメントに関するガイドラインであるISO31030によれば、リスクを低減するには、回避、制限、分担及び低減の4つの対策があるとされています。渡航先のリスクを確認した上で、リスクが許容できる範囲を超えているため、出張を行わない、またはオンラインミーティング等で代替したり、滞在日数を最小限にとどめることで、リスクの回避や制限ができると言えます。
また、特に金銭的なリスクを分担するため、海外旅行保険等の保険を活用することも求められるでしょう。そして、渡航中のリスクを低減するため、随時安全に関わる情報を入手できるようにし、滞在中に事案が起きた際は、迅速に安全確保をできるようにしておくことが重要でしょう。
さらに、宿泊先や移動手段について、コストのみにとらわれず、安全面からも検討を行うことが肝要でしょう。宿泊先は、犯罪等が多く起きるエリアに位置していないか、また、現地の治安に見合った安全対策が取られているか等について確認する必要があります。
一般的には、国際ブランドのホテルチェーン等は一定の安全対策が取られていることが期待されますが、渡航先の都市の規模等により宿泊施設の選択肢は大きく異なることから、柔軟な検討が求められます。また、移動中はリスクが高まる状況になる得ることから、渡航先の治安環境や交通事情に鑑みて、公共交通機関やタクシー、またUber等のライドシェアサービスの利用は適切か、あるいは運転手と車両を事前に確保すべきかなどを検討することが重要です。
③影響を最小限にとどめる
上記のような対策を講じたとしても、出張や駐在の際に、不運にも事件や事故に巻き込まれてしまう可能性は残ります。万が一の際に、組織として最も重要なことの一つは、被害を受けた従業員とコミュニケーションを緊密に取り、状況を把握し、適切な措置を講じるなどして、その影響を最小限にとどめることです。
そのためには、常に、いつ、誰が、どこに出張・駐在しているのかを把握し、また最新の連絡先を把握しておくことが必須となります。その上で、組織内の担当者や対応方法を事前に検討しておき、緊急時に迅速な対応が取れる体制を整えておくことが重要でしょう。
加えて、渡航先の国内情勢や外交関係が不安定であり、突如として治安が悪化し、国外への退避等が求められる可能性がある国や地域も存在します。特に、駐在員等、従業員が長期滞在する場合には、どのような事案が起き得、それらがどのような影響をもたらすのか、また、それに対して、国外退避も含め、どのような安全対策を取ることができるか、事前に計画を策定することも一考です。そのためには平素から組織内外の関連の部署と連携し、シナリオを活用した机上訓練等を行い、課題を洗い出しておくことも有用でしょう。
3.専門会社との連携
以上のとおり、本記事では、新規渡航先における治安リスクの見つけ方に関する概要を解説しました。
しかし、上記のリスクの要因や対応方法の詳細を独自に検討・実行するためには、リソースに限界がある場合も多いのではないでしょうか。
よって、渡航先で出張者や駐在員が本来のビジネスに専念できる環境を与えるため、安全対策については、弊社のようなセキュリティ専門会社からの専門的な知見や広範なネットワークを踏まえて対応することも効果的と考えます。