- 何度注意しても会議に毎回遅刻してくる
- 仕事の優先順位が守れない
- 忘れ物や失し物が多く、書類の管理などができない
あなたの職場でもこうした「困りごと」を抱えた職員の相談はありませんか?
国家資格、公認心理師の資格を持つカウンセラーとして、行政機関・民間企業・病院などで約1万人の悩みを聴いてきた舟木彩乃さんは、企業でカウンセリングをしていても、「自分は発達障害かもしれない」という悩みを抱えて相談にくる人が少なくないと言います。
「グレーゾーン」は、発達障害の傾向がありながら、その診断がついていない人たちです。グレーゾーンは発達障害の「傾向」があることで、「グレーゾーン」という診断名が存在するわけではありません。
自分は発達障害かもしれないと思って医療機関を受診した場合、その傾向はあるものの診断名がつくほどではないときに、医師から「発達障害の傾向があります」などと告げられます。
発達障害は脳機能の発達に関する障害で、先天的なものとされています。大人になって初めて発症することはなく、社会人になって初めて発達障害だと気づくことも多いです。グレーゾーンの場合はさらに、社会に出てから発覚することが多いといえます。
職場でこうした「グレーゾーン」の方に対応するにはどのようにすればよいのか、舟木彩乃さん著『発達障害グレーゾーンの部下たち』より一部抜粋・編集して紹介します。
執筆者舟木 彩乃氏心理カウンセラー/ストレスマネジメント専門家/株式会社メンタルシンクタンク副社長
Yahoo!ニュースエキスパートオーサ-として「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師や精神保健福祉士などを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や自治体のメンタルヘルス対策にも携わる。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」。ストレスフルな職業とされる国会議員秘書のストレスに関する研究で知った「首尾一貫感覚」(別名:ストレス対処力)に有用性を感じ、カウンセリングに取り入れている。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、近著に『発達障害グレーゾーンの部下たち(SBクリエイティブ)などがある。
発達障害グレーゾーンとはなにか
みなさんの部下に、次のような項目に当てはまる人はいないでしょうか。
- 場の空気や雰囲気を読むことが苦手
- 表情や声の抑揚が乏しい
- ルーティンを乱されると不快感を表す
- 悪意はなさそうなのに、よく人を怒らせている
- 音にストレスを感じやすい
これらは「発達障害」に見られる特徴の一部です。発達障害は、脳のさまざまな機能の発達に関する障害のことを指し、先天的(生まれつき)なものとされています。
カウンセラーである筆者は、このような特徴によって職業生活が妨げられているようなケースの相談を受け、「部下は(自分は)発達障害の可能性があるのではないでしょうか?」と聞かれることがあります。
近年、「発達障害」という言葉が広がってきたからだと思いますが、実は発達障害という単一の疾患があるわけではありません。
発達障害とは?
発達障害とは、「自閉症スペクトラム障害:ASD(Autism Spectrum Disorder)」(以降、自閉スペクトラム症またはASD)や「注意欠如/多動性障害:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)」(以降、注意欠如・多動症またはADHD)など障害の総称です。
さきほどの特徴も、ASDとADHDに見られるそれぞれの特徴を挙げたものです。職場の発達障害に関する相談で圧倒的に多いのがこの2種類であることから、本稿ではASDとADHDを対象として「発達障害」という表現を使います。
ところで、程度の差こそあれ、冒頭の項目のどれかに自分も当てはまるという人が多いのではないでしょうか。発達障害がどの面で現れるかには、個人差があります。
脳は、エリアによって役割が異なるため、抜群の記憶力を持っていても会話が苦手だという人もいれば、面白いアイディアをたくさん出せるけれどルーティンワークは苦手だという人もいます。
私たちは誰もが発達障害的な特性を持っていますが、その特性の程度が著しいものではないため、いま生活している環境の中では問題になっていないだけだともいえるのです。環境や時代によっては、先述した発達障害の特性が問題にならないこともあります。そのため、歴史上の有名な学者や芸術家などには、高い割合で発達障害的な特性を持つ人がいたとされることが知られています。
たとえば、職場に物怖じせず自分の意見をどんどん言えるタイプの人がいるとします。その人は、その組織では評価が高くても、別の組織では「空気が読めない人」になってしまい、本人は仕事がやりにくいと感じることがあります。
しかし、脳機能のある部分に他の人と多少の差があったとしても、社会生活や自分自身の心に大きな支障をきたさずに適応できているのであれば、「障害という枠に完全に入る」ということにはなりません。社会生活に支障がなければ、発達障害の診断基準に当てはまる特性を持っていても「発達障害」とは診断されないことになります。
発達障害と定型発達
そもそも、発達障害か否か明確な線引きをすることは難しいといわれています。そのため発達障害を疑って受診しても、精神科医によって診断が違うことも珍しくありません。同じ人でも診断名がついたりつかなかったり、または診断名が異なったりすることがあるのです。
これに対して発達障害を持たない人は「定型発達」と呼ばれます。定型発達とは、生後何年でこういうことができます、という「年齢ごとの発達の特性と比較して一般的な基準を概おおむね満たしている」という意味で、いわゆる「発達障害がない」という意味で用いられます。
小学校入学以降は、生活面(日常生活・授業態度や人間関係など)のほか、その学年の内容が定着しているかどうかという学習面で判断されることもあります。社会人になれば、職場環境や仕事などの社会生活に適応できるかどうかが1つの指標になるでしょう。
気をつけないといけないのは、「発達障害=困った人」「定型発達=普通の人」というわけではないということです。発達障害と診断される人でも、発達障害の特性が強みになっている人はたくさんいます。
発達障害の基準とは?
「発達障害」と「定型発達」の明確な線引きが難しいとしたら、私たちはこれらの概念をどのように考えていけば良いのでしょうか。
発達障害という言葉が一般的に浸透している中で、「自分は発達障害かもしれない」と思って、意を決して医療機関を受診する人が多くなっています。しかし、診てもらってもはっきりした診断名がつかず、「発達障害の傾向がありますね」とか「グレーゾーンですね」などと曖昧なことを言われることがあります。
医療機関では、発達障害の診断は、問診(現在の困りごとや幼少期の様子、場合によっては家族の話や学生時代の成績表など)や検査(知能検査や心理検査など)などによって総合的に行われます。発達障害の分類やそれぞれの疾病の名称には、アメリカ精神医学会によって作成されている「DSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders
DSM-5)」が、日本を含めて世界的に使われています。なお、改訂版として、『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(邦訳2023年6月)があります。
また、世界保健機関(World Health Organization, WHO)による国際疾病分類の「ICD-11(International Classification of Diseases 11th Revision The global standard for diagnostic health information)」というマニュアルも、広く利用されています。
DSMやICDという複数のマニュアルがあるように、疾病の分類や診断基準も1つではありません。時代とともに疾病に関する考え方も変容していくことから、両書ともに改訂版が出されると内容も変わります。「発達障害」の診断基準も、絶対的なものがあるというわけではないのです。
人には、適応できる環境(あるいは時代)と適応できない環境があり、環境によって、発達障害の症状が現れたり現れなかったりします。そのような例を1つ紹介します。
職場でのサポートはどこまでできるのか
障害者手帳がなくてもサポートは可能でしょうか?
企業でカウンセリングをしていると、悩みを抱えている当事者やその上司から、「障害者手帳を持っていない場合でも、会社側から配慮をしてもらうことは可能ですか?」といった類いの質問を受けることがあります。答えは、「可能」です。
この問いについて考える場合、「安全配慮義務」や「合理的配慮」がキーワードになります。
安全配慮義務
労働契約法第5条は、使用者(雇用主)に「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」と安全配慮義務を課しています。会社で毎年行われる健康診断も、会社が労働者を健康な状態で働かせるという安全配慮義務の一環だと考えることができます。
雇用主がすべき配慮には、当然のことながら、労働者のメンタルヘルス対策など精神的な健康への配慮も含まれます。冒頭の質問で出てきた「障害者手帳」の有無は、安全配慮義務とは関係ありません。
会社側は、安全配慮義務を果たすために、従業員各々の健康に関する情報を得て、保健指導を含む適切な就業上の措置を講ずることが求められています。
具体的な措置の内容は、職場の管理監督者(上司など)に委ねられることもあります。うつ状態で休職していた従業員が復職した場合、産業医などが、主治医の診断や本人の状態に基づいて、業務量や勤務時間の調整を本人の上司と相談します。
なお、健康診断に関しては、労働者には自己保健義務が課せられており(労働安全衛生法第66条)、健康異常の申告や健康管理措置への協力をしなければなりません。
合理的配慮
「合理的配慮」は、一般的に聞き慣れない言葉ですが、「障害者差別解消法」という法律に出てきます。以下、内閣府の提供する情報をもとに合理的配慮について解説します。
「障害者差別解消法」では、行政機関や事業者に対して、障害のある人(障害者)への障害を理由とする不当な差別的取扱いを禁止し、障害のある人から申し出があった場合に「合理的配慮」を提供する義務を課しています。
障害者とは、障害者手帳を持っている人だけではなく、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害や高次脳機能障害のある人も含む)、その他の心身の機能に障害(難病などに起因する障害も含む)がある人で、障害や社会の中にあるバリアによって、日常生活や社会生活に制限を受けている人すべてを指します。もちろん、障害のある子どもも含まれます。
職場で合理的配慮を提供するにあたっては、社会的なバリアを取り除くためにはどうすれば良いか、障害者と事業者が対話を重ね、ともに解決策を検討していくことが重要です。
このような双方のやり取りを「建設的対話」といいます。障害者からの申し出への対応が難しい場合でも、双方が持っている情報や意見を伝え合って建設的対話に努めることで、代わりの手段を見つけていくこともできます。
発達障害で「障害者手帳」がない場合でも、本人が合理的配慮を求めた場合、職場は過重な負担にならない範囲で措置を講じることが求められます。たとえば、機械音に敏感で仕事に集中できない人が、上司と話し合い、コピー機から離れた席にしてもらうなどです。具体的にどのような措置をとるかを見つけるためには、お互いが気持ちよく、効率よく仕事を遂行できるよう、歩み寄りながら対話を重ねていくことが必要です。