国や地方公共団体から支給される助成金・補助金の中でも、「キャリアアップ助成金」について関心を持つ方は多いでしょう。キャリアアップ助成金とは、非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善をおこなった企業を助成する制度です。
キャリアアップ助成金は複数のコースが設けられており、年々制度が変化しているため、初めて申請する際につまずいてしまう人事担当者は少なくありません。この記事では、人事担当者の皆様に向けて、制度の概要や申請方法について分かりやすく解説します。
※本記事は「令和6年度版のキャリアアップ助成金のご案内資料」等を参考にしています。最新情報は、必ず厚生労働省サイトを参照または最寄りの労働局・ハローワーク、社会保険労務士等にお問い合わせください。
目次
キャリアアップ助成金とは?
キャリアアップ助成金は、有期契約労働者、短時間労働者、派遣労働者といった非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進するために、非正規雇用者を正社員化または処遇改善をおこなった企業に対して、国が助成をする制度です。キャリアアップ助成金は、「正社員化支援」と「処遇改善支援」の2つに分類されます。
分類 |
コース |
内容 |
正社員化支援 |
正社員化コース |
有期雇用労働者等を正社員化する。 |
障碍者正社員化コース |
障害のある有期雇用労働者等を正規雇用労働者等に転換する。 |
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処遇改善支援 |
賃金規程等改定コース |
有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を改定し3%以上増額する。 |
賃金規程等共通化コース |
有期雇用労働者等と正規雇用労働者との共通の賃金規定等を新たに規定・適用する。 |
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賞与・退職金制度導入コース |
有期雇用労働者等を対象に賞与または退職金制度を導入し支給する。または積立てを実施する。 |
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社会保険適用時処遇改善コース(令和8年3月31日まで) |
有期雇用労働者等を新たに社会保険に適用させるとともに、収入を増加させる(手当支給・賃上げ・労働時間延長)。または、週所定労働時間を延長し、社会保険に適用させる。 |
キャリアアップ助成金の目的
キャリアアップ助成金の目的は、非正規雇用労働者の正社員化と処遇改善をとおして、企業の人材確保および生産性向上を図ることです。日本の労働人口のうち非正規雇用労働者は増加傾向となっており、2023年度の労働力調査によると正規雇用3606万人に対して非正規雇用が2124万人を占めています。正規雇用労働者も2015年から9年連続で増加しているものの、非正規雇用が4割弱となっています。
また、非正規雇用の内訳をみると、65歳以上の割合が徐々に高まってきていることや、非正規雇用は正規雇用よりも賃金が低いことが課題視されています。
こうした背景から、非正規雇用の処遇改善をおこなって正社員化を促し、企業が正社員を確保しやすいように後押しするためにキャリアアップ助成金が制定されました。
対象となる事業主
キャリアアップ助成金を受給できるのは、以下の条件を満たす事業主です。また、下記5つの項目は、キャリアアップ助成金のすべてのコース共通の基準となります。
- 雇用保険適用事業所の事業主であること
- 雇用保険適用事業所ごとに、キャリアアップ管理者を置いていること
- 雇用保険事業者ごとに、対象労働者に係るキャリアアップ計画を作成し、管轄労働局長の受給資格の認定を受けていること
- 実施するコースの対象労働者の労働条件、勤務状況および賃金の支払い状況等を明らかにする書類を整備し、賃金の算出方法を明らかにできること
- キャリアアップ計画期間内にキャリアアップに取り組んでいること(支給申請時点で各コースに定めるすべての支給要件を満たしていること)
キャリアアップ管理者とは、各事業所で有期雇用労働者等のキャリアアップを図る取り組みが積極的に進むよう、事業所ごとに有期雇用労働者等のキャリアアップに取り組む者のことです。キャリアアップ管理者は、複数の事業所の労働者代表と兼任することができません。
くわえて、以下のいずれかに該当する事業主は、キャリアアップ助成金を受給できないため、あわせて確認をしましょう。
支給申請した年度の前年度より前のいずれかの保険年度の労働保険料を納入していない事業主 (支給申請後、滞納していることの通知はしませんので、ご確認の上で申請してください。) |
② 支給申請日の前日から過去1年間に、労働関係法令の違反を行った事業主 |
③ 性風俗関連営業、接待を伴う飲食等営業またはこれらの営業の一部を受託する営業を行う事業主 |
④ 暴力団と関わりのある事業主 |
⑤ 暴力主義的破壊活動を行った、または行う恐れがある団体等に属している事業主 |
⑥ 支給申請日、または支給決定日の時点で倒産している事業主 |
⑦ 支給申請時または支給決定時に、雇用保険適用事業所の事業主でない※事業主 |
「中小企業事業主」の範囲
当助成金制度で定められている中小企業事業主の定義は以下の通りです。業種、資本金の額、常時雇用する労働者数によって対象範囲が異なります。
参考:中小企業事業主の範囲|キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)P.4
各コースの概要・支給額・条件など
続いて、正社員化コース、賃金規程等改定コースなどそれぞれの概要と支給額について簡単に解説します。
正社員化コース
正社員化コースは、就業規則または労働協約その他これに準ずるものに規定した制度に基づいて、有期雇用労働者等を正社員化したときに助成がおこなわれます。
なお、障害者正社員化コースの詳細は、厚生労働省サイトを確認のうえ最寄りの労働局・ハローワークなどにお問い合わせください。
参考:キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)|厚生労働省
賃金規定等改定コース
賃金規程等改定コースは、有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を3%以上増額改定し、その規定を適用させた場合に助成するものです。
賃金規定等共通化コース
就業規則または労働協約の定めに基づいて、すべての有期雇用労働者等に、正規雇用労働者と共通の職務等に応じた賃金規定等を新たに作成し、適用した場合に助成をおこないます。
賞与・退職金制度導入コース
就業規則または労働協約の定めに基づいて、すべての有期雇用労働者等に賞与・退職金制度を新たに設け、支給または積立てを実施した場合に助成をおこないます。
社会保険適用時処遇改善コース
社会保険適用時処遇改善コースは、年収の壁対策として新たに追加されたコースです。労働者にとっては年収の壁を気にせず働くことができ、企業にとっては人手不足の解消につながるメリットがあります。短時間労働者を新たに社会保険に加入させるとともに、収入増加お取り組みをおこなった場合に助成がおこなわれます。
以下いずれかの条件となります。
- 新たに社会保険の被保険者要件を満たして被保険者となった際に、手当支給・賃上げ・労働時間延長などの賃金総額を増加させる取り組みを行った場合に助成をおこなう。
- 週の所定労働時間を4時間以上延長する等を実施し、労働者が社会保険の被保険者要件を満たして被保険者となった場合に助成をおこなう。
キャリアアップ助成金申請までの流れ
キャリアアップ助成金を活用するためには、各コースの実施日の前日までに、キャリアアップ計画の作成・提出が必須となります。キャリアアップ計画を提出した後の流れは、それぞれ以下のとおりです。
正社員化コースの場合
労働局またはハローワークへキャリアアップ計画を提出した後、正社員への転換規程がない場合は、就業規則等の改定をおこないます。なお、転換日の6か月以前から「正規雇用労働者と異なる雇用区分の就業規則等」の適用を受けていることも条件となります。
次に、整備した就業規則等に基づいて有期雇用労働者等の正社員化をおこない、正社員化した後に支払った6ヶ月分の賃金が、正社員化前6ヶ月と比較して3%以上増額しているかを確認します。
取組後、6ヶ月の賃金を支払った日の翌日から起算して2ヶ月以内に支給申請をおこない、支給審査と決定をもって、手続きが完了します。
処遇改善コースの場合
処遇改善コースも、処遇改善にあたり就業規則等の改定をおこないます。就業規則等の改定方法は、適宜、労働局やハローワークおよび社会保険労務士などに助言を受けましょう。
取組後、6ヶ月分の賃金支払いをおこなった後に支給申請をします。支給申請期限は、正社員化コースと同じく、取組後、6ヶ月の賃金を支払った日の翌日から起算して2ヶ月以内となります。
参考:キャリアアップ助成金の申請までの流れ|キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)
キャリアアップ助成金申請の注意点
キャリアアップ助成金に関する申請方法・期限を守ることはもちろん重要ですが、キャリアアップ助成金の趣旨を逸脱し、本助成金の目的に沿った取り組みと判断されない場合は不支給となるため注意しましょう。
本助成金は、あくまでも非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善をとおして、企業の労働力確保に寄与することが目的の1つです。助成金目当てに、わざと非正規雇用労働者の処遇を低下させたり、同一の行為を対象として2つ以上の助成金申請をしたりするなど不正が発覚した場合は、不支給決定が下されます。
また、近年は助成金申請を100%達成するなどの謳い文句で、執拗に企業を勧誘する悪質な業者も見られます。助成金申請代理人が不正受給をおこなった場合、企業も不正処分の対象となるため、十分に注意してください。
派遣スタッフに適用する場合
派遣労働者を派遣先企業が正規雇用労働者として直接雇用した場合にも、キャリアアップ助成金の助成がおこなわれます。ただし、キャリアアップ助成金を派遣労働者に適用させる場合は、対象事業主や申請方法が異なるため注意が必要です。
主な支給条件は、派遣労働者を正規雇用労働者等として直接雇用する制度について、あらかじめ労働協約または就業規則その他これに準ずるものに規定しておく必要があります。他にも、派遣先の事業所その他派遣就業場所ごとの同一の組織単位において6ヶ月以上の期間、継続して労働者派遣を受け入れていることや、直接雇用後6ヶ月分の賃金を支給することなど、条件が複数設けられています。
申請の際は、必ず厚生労働省サイト等でご確認ください。
定期的に最新情報を確認して申請をおこなおう
キャリアアップ助成金は、有期契約労働者、短時間労働者などさまざまな非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進するために正社員化または処遇改善をおこなった企業に対して、国が助成をする制度です。
各コースの特徴や申請手続きを十分に理解し、適切に活用することで、従業員のモチベーション向上や企業の競争力強化につながるでしょう。
キャリアアップ助成金をはじめとする助成金・補助金制度は、毎年条件が変更される可能性があります。定期的に公的なサイトを参照し、専門家の意見をあおぎながら慎重に手続きを進めていきましょう。