部下が敵に見えたとき -力ではなく「徳」で組織を動かす|HR NOTE

部下が敵に見えたとき -力ではなく「徳」で組織を動かす|HR NOTE

部下が敵に見えたとき -力ではなく「徳」で組織を動かす

連載第4回です。今回も、実話に基づいた悩める日本人リーダーの話です。

言う事を聞かない組織に苛立つリーダー

1年前にマレーシアに赴任した、自動車メーカーの高橋さん(仮名)。営業として日本で高い評価を得て、順調にキャリアを積み上げたのちに、マレーシア支社長として赴任しました。

マレーシア支社はここ数年業績が悪く、高橋さんには立て直しの期待がかかっていました。目標達成に向け、組織を変革しようと意気込んで赴任した高橋さんですが、目の前には厳しい状況が待っていたのです。

数年にわたって負けが続いていた営業組織には、「目標は達成しないのが当たり前」というカルチャーが染みついてしまっていました。

また、そもそも業績を把握するための数字がチームから正確に上がってきません。数字を正確に管理するシステム自体が整っていないことに高橋さんは危機感を覚えました。

高橋さんは自身の体験をもとに組織の変革を試みます。報告フォーマットと定例会議を導入し、きっちり報告が上がってくる体制を作りました。プロセスを重視し、規律ある営業組織にしよう、と旗を振りました。

しかし、社員はついてきません。毎週の締め切りを守ってフォーマットを記入する社員はごく一部。高橋さんが厳しく指摘すると、社員はますます口をつぐむばかり。改革を始める前に比べて、組織のエネルギーはむしろ低下してしまったようにも感じます。

「ルールを守らない社員にはペナルティを課したほうが良いのではないか」
「負け癖がついたメンバーを一掃して、新しいメンバーと入れ替えた方が良いのでは」
「メンバーたちは、日本から来た新社長である自分を敵視しているに違いない」

様々な考えが、高橋さんの頭の中をよぎります。高橋さんのフラストレーションは日々大きくなるばかりですが、一向にメンバーはついてきません。どこかで大ナタを振るうべきなのか。高橋さんは苦悩し続けています。

関係性の悪化が悪循環をもたらす

日本で成果を挙げていた優秀なリーダーが、海外に来ると大きくつまづいてしまうことは珍しくありません。過去の成功体験が強いリーダーほど、自分の考えを改めるのが苦手で、一度はまった落とし穴から抜けられないことがあるからです。

新しい環境に飛び込んだ時は、いわゆる「アンラーン(学習棄却=一度身に着けた成功パターンやものの見方を敢えていったん捨てること)」が重要だと言われますが、わかっていてもなかなか簡単にできるものではありません。

今の高橋さんは、自分の中に存在する常識に囚われるあまり、「相手の考えは間違っている」「相手は罰を与えないと動かない」「相手は自分のことを良く思っていない」といった、ネガティブ発想で組織を捉えてしまっています。恐らく、メンバーが反乱分子のように見えてしまっているでしょう。

共感できる話ではありますが、こうした気持ちが腹の中にあると、直接言葉に出していないつもりでも、そうしたネガティブメッセージが表情や態度から伝わってしまいます。そういうあり方で相手に接すると、どれだけ我々の意見が合理的なものでも、相手はなかなか心を開いて耳を傾けてはくれません。

「成功の循環モデル」という考え方があります。人と人の間にある「関係の質」が「思考の質」「行動の質」「結果の質」に影響していくというものです。

相手との関係が悪いと、頭に浮かぶ発想が全てネガティブになっていきます。ネガティブな考えで取られた行動は消極的、またはマイナスの行動になり、当然ながら良い結果を招きません。

誰かとの人間関係が悪化しているとき、別なことをしていても、気が付いたらついその人とのことが頭に浮かんでしまう、という事はないでしょうか。それくらい相手との関係は我々の頭の中を支配してしまうものなのです。

「相手にこちらが望む行動を取らせる」よりも前に、まずは「相手との関係を整える」ことを重視するべきです。そしてそのためには、「相手が変わること」を期待しているだけではだめです。自分から、「自らのあり方」を整える必要があります。

自分を自覚できているか?

リーダーに必要なのは「自己認知」(Self-Awareness)であると言われます。

かつて、道教の始祖と言われる老子は、「自らを知るものを明とす」と言いました。自分をよく理解し、自分と対話が出来ることこそが重要であるという意味です。こうした自らの在り方を整えるための教えが東洋哲学には沢山存在しています。

自分の事は知るとは、「今」の自分の状態を知ることです。これは意外と難しいものです。

例えば「今」、皆さんは何を考えていますか?もしかしたら、この文章を読みながらも、何か頭の中で違う事を考えていたりはしていなかったでしょうか。

人間は、あることを考えているつもりでも、気が付いたら別のことを考えていたりします。自分自身をコントロールするのは意外と難しいものです。しかし、自分を知るとは、そうした「今、現在の自分」に自覚的になり、自分自身を常にコントロールできることです。

「自分が怒りっぽいのは自覚してはいるが、結局いつも怒ってしまう」というのは本当の意味で自分を理解していることになりません。本当に怒りっぽい自分を知っているのであれば、怒っている最中、または怒りそうになる直前にそれに気づき、制御できる必要があるのです。

こうしたセルフコントロール能力、いわば「頭と体を一致させる」能力が、リーダーには求められます。これは何をするか(Doing)ではなく、どういうあり方をするか(Being)というレベルの話と言えます。こうしたあり方が、相手を動かす原動力なのです。

このような考え方を説いた禅僧の逸話があります。以下、要約してご紹介します。

ある時、修行中のふたりの禅僧が旅をしていました。2人が大きな川に差し掛かった時、川を渡れずに困っている女の人がいました。助けてあげたいところですが、僧侶は戒律で女性に触れることが出来ません。

ところが、一人の僧侶が、女の人をひょいと抱きかかえて川を渡りました。もう一人はそれを唖然とした表情で見ていました。女の人はお礼を言って去っていきました。そうして二人は川を渡り、旅をつづけました。

ところが、もう一人の僧侶はどうしてもその件が気になっていました。女性に触れることはあってはならないことです。修行の旅をしているのに間違っているのではないか。怒りにも似た思いがこみ上げ、僧侶はずっとそのことばかり考えて旅を続けます。

その夜、彼は我慢できずにその思いを打ち明けました。あなたは修行の道に反したのではないですか、と。

すると、もう一人の僧侶は言いました。「お前は、まだ女の人を背負っているのか。私は川を渡ったら、とっくの昔に女性を下ろしてきたのに。」と。

「過去」のわだかまりに執着してずっとそこに心を置いていた僧侶と、そんなことをさっぱり忘れて「今」に集中している僧侶。

そんな対比が描かれているエピソードから、自分の心のあり方を整えることの大切さに気付かされます。我々は知らないうちに、ある考えに自分の心を支配されてしまいますが、それに自覚的であろうとすることが大事なのです。

力ではなく、「徳」で組織を動かす

こうした、組織の動かし方には様々なスタイルがあります。中国の思想家、孟子は「覇道」と「王道」という2通りのリーダーシップを説明をしました。

覇道とは、一言で言うと「力」で国を治めることです。武力や権謀によって組織を動かしていきます。西洋で言うマキャベリズム(目的に対して合理的に、手段を択ばないリーダーシップ)にやや近い部分もあるかもしれません。

一方で、「王道」とは「徳」によるリーダーシップです。つまり、相手に対する思いやりを持ち、相手を信用して一定の自由さを与えることによって、相手の自発的な行動を引き出していくやり方です。

王道政治とは、人民の幸せを願い、人民に豊かな暮らしをもたらすことを重視します。そうすれば、人民はその徳を慕って心服するため、末永い繁栄をもたらすと孟子は語りました。

「人民に安楽な生活をさせたいと願っているなら、人民はどんな苦役を課されても、恨みに思わない」という言葉も彼は残しました。逆説的ですが、幸福を願うからこそ不幸に耐えてくれるのです。

組織を力づくで動かしたくなることはあります。短期的な成果を求めるならばそれでも良いかもしれません。

しかし、本当の意味でメンバーの力を引き出し、長期的に成長していく組織を作るためには、「徳」によるリーダーシップが必要です。自らの心を開き、相手を信じることで動かすことが組織の力を引き出します。

リーダーシップのスタイルは人それぞれですが、日本人の国民性を考えると、多くの日本人にはこうした「徳」に基づいたリーダーシップスタイルがあっていると私は感じます。

冒頭の高橋さんのようなフラストレーションを感じる場面に、しばしば私たちも遭遇します。そこで力づくの対策を取ってしまったり、部下を敵として扱ってしまう事で、良い結果を招いた例を私は知りません。

反対に、そうしたときこそ、自らを省みて高める機会だと思い、自分自身を研いていくこと。そうした姿勢がメンバーを動かすことに繋がるのです。

「海外だからトップダウンで行かないとダメだ」というのはやや短絡的なイメージです。
自らを環境に応じて変化させ、周囲と調和しながらリーダーシップを発揮していく日本人のリーダーシップは、世界でも実は評価されています。

今回はそんな自分自身の「あり方」のマネジメントについて考えてみました。

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