タイの東大とも言われているチュラロンコン大学でマーケティングの講師を務めており、HR領域にも詳しいKritinee(Kate/ケット)さんと、タイ発の組織人事コンサルティング会社Asian IdentityのCEO 中村(Jack/ジャック)さんの対談内容をご紹介。
ケットさんは日本の大学で8年間勉強をした後に現職に至り、講師をする傍ら書籍を出版されるなど、タイを舞台にご活躍されています。
ジャックさんは日本でHR領域を中心に働いた後、タイでHRビジネスを立ち上げ4年が経過。今では日系・タイローカル問わず、多くの企業のHR領域を支援しています。
共通するのは、二人ともタイと日本の両方の国に精通しており、またHR領域における知見が深いということ。
そんな共通点を持つタイ人のケットさんと日本人のジャックさんですが、二人はお互いの国についてどのような価値観を持っているのでしょうか。
今回は、二人が感じるタイ・日本の共通点や違い、お互いの仕事への価値観などについてお話された内容を記事にしてご紹介します。
Kritinee Pongtanalert,Ph.D(Kate)|CHULALONGKORN BUSINESS SCHOOL Marketing Lecturer
Katsuhiro Nakamura(Jack)|Asian Identity Co,Ltd. CEO&Founder
目次
33歳で思い出した「タイに貢献したい」という夢
ケット先生は10代のときに日本の大学で学んで、その後タイに戻ってタイのために仕事をしてるじゃないですか。そもそもなんで日本へ行こうと思ったんですか。まずはそこの原点をお伺いしたいです。
日本で学んだことが、一番タイで応用できそうだと思ったんです。タイにとってのベストプラクティスが日本にあると思いました。
また、個人的に日本にすごく興味がありました。留学する前に「日本人はまだ着物を着てるんだ、歌舞伎を見てるんだ」という伝統が残っている印象がある一方で、SONYやソフトバンク、トヨタといった日本を代表する技術力を持った会社もあり、「どうしてこの国は伝統と革新のバランスがとれてるんだろう」と不思議に感じることがいっぱいだったんです。
日本に行く前にもいろいろな本を読んで勉強していたのですが、「日本人はあまり自分の意見を言わない、すごく忍耐力が強い」ということくらいしかわかりませんでした。
でも、実際に日本で生活してみて「ああこういうことか。自分はやっと初めて日本人のことを理解しはじめたな」と、私は日本に8年間住んでいましたが、徐々に思えるようになっていったんです。
たとえば、私はギター部に所属していたんですね。そのときは「日本人はすごい頑張り屋さんだ」と本で読んだのですが、実際にどんなものなのかはわかりませんでした。
ただ、実際にクラブに入ってそれがわかったんです。みんな夜9時くらいまでずっとギターの練習をしているんですよ。それこそ指から血がにじむくらい、ひたすら練習していく。「これが日本人が頑張るってことなんだ」と初めて理解できました。
実際に行って体感しないと理解できないことって多いですよね。タイに戻ってからはどうされたんですか?
「タイに貢献したい」という想いがあって日本に留学したのですが、帰国したときは自分のことで精一杯でしたね。
結局、博士課程を中退して、あまり夢も見えてないし、先も見えない。何をやったらいいかわからないという感じだったんです。
でも、そこから大学講師の仕事を始めるようになって私の中で変化がありました。
自分の存在意義や、自分が貢献できることに初めて気がついたのです。「もっとマーケティングのことを楽しく学生に教えたい」と思えるようになり、それが私の生きがいになっていきました。
さらに、マーケティングに関する書籍を出させてもらったときがあって、経営者が私の書いた本を参考にしながらビジネスに活かしてくれるんです。「自分の知識を通じて、タイのビジネスの質を上げていけるんだ」と強く感じました。
このときに「タイに貢献したい」という自分が当初かかげていた夢を、33歳になってようやく思い出したんです。そこからは、自分の生きがいがどんどん大きくなっているのを感じます。
現在は、日本人でのビジネスの事例をさらに研究し応用をして、タイの企業をもっと持続的に成長していくことを目標にしています。
すごく良い話ですね。
私は、日本とタイは、非常に似た文化を持った国だと思うんです。よく言われるように、東南アジアで植民地になっていないのは日本とタイだけです。
さらに、タイでは「王室」、日本では「皇室」という形で尊敬すべき象徴的な存在が互いにいて、関係性も非常に良いんです。独自の文字が残ってるのも日本とタイは一緒です。個人的にはすごく親近感を覚えるんですよね。
近年では、日系企業がタイに進出させてもらいビジネスを拡大していますし、タイもそこをうまく活用して、お互いの経済発展につなげてきました。
近くにいるとどうしても違いばかり見てしまいがちですが、“文化の濃さ”という観点で日本とタイは似てるんです。だからお互いが惹かれ合い、長年にわたって良い関係が築かれているのではないでしょうか。
マネジメントで意識しているのは「目的」と「美学」を分けて考えること
では逆にジャックさんのことについてお伺いしたいのですが、ジャックさんは私が出会った中で、「一番日本人っぽくない日本人」なんですよ。
そんなジャックさんがタイに来て4年半くらい経ちますが、何か変化はありましたか?
だいぶありましたよ。たとえば、タイが快適すぎてすぐに「サバーイ(楽)な方向」になってしまうんですよ。
どういうことかというと、タイでよくあるのは、会食をする際に当日にお店を決めて連絡するじゃないですか。ああいうのって日本じゃありえないんです。
日本だと、遅くても1週間くらい前にお店を決めて、出欠をとって人数を決めて予約するんです。大事な人とご飯を食べるのに、当日に行き当たりばったりで予約するのは良くないんです。
ですので、私がケット先生をご飯に誘っているのに、当日になってケット先生から「今日のご飯はどこにしましょうか?」って逆に聞かれてしまうことは、私にとっては良くない行動です。
でも、しばらくタイで生活していると、そういう日本的な感覚のものが緩くなっていくんですよ。
ある意味、心のゆとりができたんじゃないですか?
確かに、良かった変化は、家族との時間をさらに大事にできるようになりましたね。結果、そこから自分の心が癒やされています。
社員にもなるべく怒らないようにギスギスしなくなったというか、心が穏やかになりましたね。そういった良い面はいっぱいありますね。
逆に計画性がなくなって行き当たりばったりになるなど、マイナスな面もあると思っていて、そこは気をつけなきゃいけないですね。
これだけは許せないという、自分のルールは何かありますか。
「そのときにできるベストを尽くす」ということを大事にしています。
別にベストを尽くすために「徹夜しろ」とかは全然思わないですし、私も徹夜なんて勘弁です(笑)。
ただ、たとえば資料作成など何かをアウトプットするときに、ベストを尽くしてやりきらないと、今の自分には何ができて、何が足りないのかがあいまいになるので、成長しないじゃないですか。
日本の仕事の仕方は、とても細かくて品質に厳しい。その環境で自分は資料作成とかコンサルタントとしての仕事の基本を学びました。
でも、日本以外のアジアの国々ではそこまで厳しい仕事の仕方をしないので、油断すると、時に手を抜いて仕事ができてしまうんです。日本が細かすぎるという面もあります。
また、タイ人のメンバーのアウトプットを私が見て「これは手を抜いてるな」と思ったときに、「これ全然だめじゃん」と言いたいのですが、それを怒られると捉えられてモチベーションが下がってしまう可能性もあるので、「これくらいでいいか」となってしまうんです。
でもそれって良くないことで、本当は「最も良いアウトプットは何か」という基準で考えて、言う必要があれば言うべきなんです。日本の文化、タイの文化、という次元を超えて「プロフェッショナルとは何か」という話なので。
一流のスポーツ選手はどの国でも全力で練習しますよね。それと同じです。それを言わないことを繰り返すと、自分もメンバーも妥協した仕事をするようになってしまいます。
そこは譲っちゃだめなんですよね。そんなことを毎回、葛藤しています。
日系企業に多い製造業工場での作業でも、同様の話をよく聞きます。
細かいところにこだわらないとミスが発生し、結果として不良品が出る恐れがありますが、細かくガミガミ言ったらメンバーがついてこないという懸念があります。
タイにいる日本人はみんなそこで悩んでいると思います。「嫌われちゃうからこれぐらいでいいか」「でも、不良品を出さないようにしないと」と、“程よい感じ”に調整をしてマネジメントをしていると思います。
このような、“マネジメントの塩梅”で私が学んだのは、「目的に対して必要な部分」と「自分の美学だけの部分」と、色分けをすることです。
美学の部分であれば、それはある意味で私の価値観の押し付けですから、たとえ相手が部下であっても自分の価値観を譲歩させます。目的に対して必要であれば、自信を持って「もっとこうしてほしい」と言うようにしています。
そこの選別をしてマネジメントをするようになりました。これは学びのひとつですね。
そのマネジメントの色分けの考え方は非常に深いですね。自分の美学が目的に対して必要じゃない場合は、そこは譲歩すると。
競争力のある人材になるために求められることは何か?
ケット先生は、大学の先生としてキャリアの中で、どうやって自分を成長させていってるんですか?
「成長しよう」と思ったことがないかもしれないですね。
振り返りはします。「去年よりは授業のやり方うまくなったな」とか、再検討して自分の今後に活かすようにはしていますが、あまり「成長しよう」とは・・・。なんでしょうね。
でも、「タイに貢献したい」「テレビに出演してこういう想いを伝えたい」など、自分のやりたいビジョンのイメージは持っています。
それは成長とは言わないかもしれませんが、「そのためにもっと周囲に影響力を与えられるようになりたい」という行動につながっていると思います。
私はあまり自分の目標がこうだから、逆算してこうやって行動してようということがないかもしれません。周囲のために頑張りたいという気持ちのほうが大きいですね。
たとえば、マーケティングに関する書籍を出したときに、ある経営者から「これを読んで実践して、こういう商品をつくりました」という声をいただいて、「自分の書いた本を通して新しい商品が生まれたんだ」という成果につながったときは本当に嬉しくて、「もっと頑張ろう、もっと頑張れる」って思ったんです。
「自分がこのように成長をしたい」とかはないんです。目標はあまりない。ただ、もっとみんなの助けになりたいという気持ちのほうが自分の中では優先順位が高く、そのために頑張っている感じですね
ケット先生のそういった価値観って、他のタイ人の方々一緒だと思いますか。それとも違うと思いますか。
どうでしょう(笑)。
私が成長について思うのは、『High Flyers』というアメリカのMcCallという人の書籍があるのですが、ビジネスパーソンが育つためには、“苦しい経験”が必要らしいのです。「苦しい経験がないと育たない」ということが調査で明らかになっています。
そういった意味では、日本人は自ら苦しい経験に飛び込む傾向があるので、成長しやすいと言えます。ただ一方でやりすぎて体調を崩してしまうこともありるので、もう少しバランスが必要ではあります。
昔から、映画でもマンガでも、「苦しい経験に耐えて、その先に成功がある」みたいなストーリーが日本人は好きで、そういう風に国民全体が教育を受けている部分があります。
一方で、“タイ人の成長”を見たときに、今後はどんどん国の垣根がなくなり、タイ人もさまざまな国で活躍するし、タイにももっと多くの国がきて、さらに競争が広がっていくと思います。
そのときに、タイ人が各国と競争していくために、「苦しさから逃げないでほしい」と思っています。
タイはすごく幸福な国なんです。私は本当に一生住んでいたいと思うぐらい幸福に溢れた国です。すごく居心地が良くて、場合によっては苦しい思いをすることがあまりないんですよね。
苦しすぎるのも良くないですが、“適度な苦しさ”を自分でつくらないと成長できずに競争で負けてしまうなと。いわゆるコンフォートゾーンから出る、という考え方です。
ビジネスの世界は競争の世界なので、「苦しいときにいかに逃げずに踏ん張って頑張れるか」が重要で、タイ人にもそういった観点がこれからは必要になってくるように感じています。
もちろん、タイ人と一括りに出来るものでもなく、自ら積極的にコンフォートゾーンから出ていく人たちも若い世代にたくさんいますので、結局は個々人の考え方次第でかなり違います。
今、私の会社はそういう人に支えてもらっていますから。
「適度な苦しさをつくる」は、成長には大事な考えですね。
タイの経済が発展していけば、ますます競争の色合いが濃くなると思いますが、競合、競争を意識するだけでもいけないと考えています。
私が今大学で教えてるのは、競合他社よりも「自分の価値は何か」を知ることです。そして、その価値をさらに創造していくことに注力したほうが良いなと。
競合他社のことばかりを意識しすぎると、相手のことばかりに目がいってしまって、本質的な部分が薄まってしまうと思うんです。
お客様のことや、自社の強み、自社の戦略が活かせない。もっともっと自分たちがお客様に対して何ができるのかを考え抜いたほうが、より良い答えが出てくるのではないでしょうか。
タイからもっと競争力のあるビジネスが生まれてほしい
ケット先生は、チュラロンコン大学で講師をされているじゃないですか。チュラロンコン大学にいるような、タイのトップ層の学生は、「今どうしたい」と思ってるんですか?
3つのグループに分かれると思います。
1つ目は、まだ具体的ではないけどぼんやりとした自分の夢をおいかけてるグループ。2つ目は、社会貢献をしたいと思っているグループ。最後の3つ目は、ただ単にお金持ちになりたい、早く稼いで楽したい、と思っているグループです。
タイの10年後を考えたときに、その世代の人たちがどんな新しいビジネスをつくっていくかがポイントじゃないですか。
これまでは、外資を誘致しながら経済発展をしてきました。タイ独自の産業というと、観光産業などに限られていたイメージです。
でも、今それを変えようとしてるわけですよね。ケット先生からタイのトップ層を見てて実現できる気がしますか?
今、チュラロンコン大の学生のポテンシャルはすごく大きいと思っています。
何かやりたいことを決めたら、もう全力で向かっていく、そのパワーはすごいです。学生のやりたいことを自由にやらせると、そのクオリティの高さに驚かされます。
たとえば、私の商学部では、毎年恒例のミュージカルが開催されます。ミュージカルをやるとなったときに、台本をつくって、舞台や音楽、演技まで、すべて学生が自分たちでやったんです。そしたら、そのレベルがプロフェッショナルと変わらないぐらい素晴らしいものだったんです。
さらに企業に連絡をして、スポンサー費用も出してもらってるんですよ。金額が20万バーツぐらい。結構大きな金額です。ミュージカルの中で企業をスポンサードするんです。演劇をしていく中でコミカルに企業の宣伝を語っていくんです。
もう一度言いますが、私の学生は商学部の学生です。普段は会計、マーケティング、統計学を学んでいますが、自分の興味のある分野だったらとことん頑張ります。
もっとそのエネルギーを授業に活かしてもらいたかったのですが(笑)
でもこういった活動から、プランニング力、マネジメントスキル、マーケティング能力、すべて学べると思うんです。
さらに、海外ですごく流行ってるソーシャル・エンタープライズのビジネスコンテストがあるのですが、一人の女性の学生が、「おもしろいからチュラ大でやりたい」と、直接その団体にコンタクトをとって、なんと今度チュラロンコン大学で実施することになったんですよ。
たった一人の学生の行動が、まわりを巻き込んで、実際に開催までこぎつけてしまうわけです。
私が同じ年齢だったら、そこまでする勇気と行動力はないなと思いました。今の若い人に自由を与えれば成果が上がると思います。
非常に優れたアイデアと行動力のある学生が多いのですね。私はタイ人はエンターテインメント領域のスキルがかなり高いんじゃないかと思ってるんです。
パーティーひとつとってもタイ人のクオリティはすごくて、日本人は遠く及びません。タイのTVCMは世界的な賞をよく取ります。そういったエンターテインメントやクリエイティブに関する分野からスタートアップ企業がどんどん出てくると面白いですよね。
「国の競争力」という観点で話をすると、日本はずっと製造業を中心に経済発展してきました。その後、ものづくり時代からITの時代になり、苦戦を強いられています。今はITが強いアメリカや中国が勢いがあります。
一方で、今後タイから世界に飛び出していく産業は何か。もっとタイから競争力のあるビジネスが出てきてほしい、と思っています。
たとえば、東南アジアでいうと、ホテル予約の「Agoda(アゴダ)」、タクシー配車アプリ「Grab(グラブ)」などが生まれていますが、タイからはまだそのようなサービスは出てきていません。
そこでいうと、タイの国民はあまり海外には出ていかないので、タイ国内のマーケットに目が向いてしまうのかもしれません。
物理的に海外に行って働きたがらないケースは確かにありますよね
当社のクライアントで、ASEANに拠点を持つ会社があってそちらの人材育成支援をしているのですが、大きなプロジェクトをやるとなると、それに合わせて人を動かすわけですよね。
たとえば、シンガポール人をインドネシアに異動させる、べトナム人をタイに異動させるとか。他の国の人は比較的OKなんですよ。
でもタイ人はNOという事が多いそうです。「3年間インドで仕事してください」と言っても、断られてしまう。もちろん全員がそうではありませんが、傾向として。
そのような機会を断ってしまうと、グローバルで活躍する機会を失ってしまうわけです。企業側としてもタイ人に対して、経営幹部になるために必要な育成プランが描けないんですよ。それはすごくもったいない気がしています。
でも10年後、20年後、30年後、お金を稼げるようなキャリアを歩もうと思ったらそういう経験はしておいたほうが良いと思います。
私は、タイ人は本当に魅力的な人材が多いと思うんです。なんか気づいたらまわりに人が集まっているというか、理屈抜きに人をひっぱっていくリーダーシップのような素養があるんじゃないかと。
しかも、楽しいと思ったら、そこまでリスクを気にすることなくすぐ行動に移せて、目的に対して必要なことをスピーディにやれる。これって経営者に向いているんじゃないかと思うわけです。
さっき言ったようにアジアで一番クリエイティブかもしれないし、アジアで一番おもしろいことができるかもしれない。
タイ人材の10年後の競争力を考えたときには、そういったタイ人の強みにフォーカスして、そこを伸ばしていく、そこを活かしていくべきだと考えています。私の会社はアジアの人々のポテンシャルの開花を目指しているので、そこを手伝っていきたいです。
そのためにも、チャレンジしましょう!コンフォートゾーンから出ましょう!そういったことを伝えていきたいですね。