現在、インドネシアで5年以上就労されている鶴喰さん。近年、インドネシア人の1社あたりの平均勤続年数が2年という中、鶴喰さんが所属するROCK PAINT CO.LTD (PT. ROCK PAINT INDONESIAも含む)では、従業員の離職率が限りなく0に近いとのことです。
社員がすぐに辞めないポイントは社員との接し方にあるのではないかと感じ、現地法人社長の荻野さんと駐在員事務所所長の鶴喰さんに「従業員が働きつづけたいと思う雰囲気つくり」についてお伺いしました。
鶴喰 俊嗣 | ROCKPAINT CO.,LTD Jakarta Representative Office
1998年総合塗料メーカー、ロックペイント株式会社に新卒入社。2012年まで札幌営業所にて営業として勤務し営業所所長として従事。その後東京本社の戦略企画部に異動。2012年より塗料のマーケットリサーチを兼ねインドネシアへの出張が始まり、2016年より駐在員事務所に赴任し現在に至る。
アットホームと緊張感の両立
―離職率が0に近い今の組織になるまでに意識してきたこととは?
「アットホームな雰囲気を作ること」です。
インドネシアへの赴任前、全員で10名程度の少人数の事務所の所長として就労していた際、全員が業務だけに集中をしてしまうと、社内に発言しにくい雰囲気がうまれ、メンバー全員が一致団結できず物事がスムーズに進まなくなってしまうことを経験しました。
そのため「ガツガツ仕事をする」という雰囲気より「アットホームな雰囲気」を作ることを意識し、たまにではありますが、メンバーと一緒にお昼ご飯を食べる時間を作るようにしています。
ー鶴喰さんにとって”アットホームな雰囲気”とはどういう雰囲気なのでしょうか?
そうですね。従業員が業務に対して縮こまることなく、そして緊張感ばかりではなく誰もが相談しやすい雰囲気だと考えています。というのも、相談や質問がしやすい雰囲気があると、メンバー自身が確認してから行動できるようになり、ケアレスミスを事前に防ぐことへも繋がりますよね。
―緊張感が欠けてしまい、業務に支障がでることはありませんか?
そうですね。例えば工場では緊張感が欠け、アットホームでゆるい雰囲気になりすぎてしまうと、重大なミスが起きてしまう可能性もあります。現場は社長の荻野が見ているのですが、そういった可能性も踏まえ、メンバーに寄り添いすぎず、規律を失わないよう心がけています。実際、メンバーを注意する時、あえて社員の前でおこなうなどして、緊張感を保ちつつ就労できる環境を作り出すようにしています。
―荻野さんが従業員に注意するとき意識されていることはあるのでしょうか?
注意をするときは、強く言い過ぎて、従業員の心を折らないように気をつけているようです。従業員に怒鳴ることで指示を理解してくれるのであれば、怒鳴ってもいいかもしれません。ただおそらく怒鳴ったところで状況が変わらない、むしろ従業員の心が折れてしまい関係性が悪化することがほとんどではないでしょうか。
そもそも注意すること・怒ることの最終的な目的は「メンバーに理解をしてもらうこと」です。そのため、いきすぎた注意の仕方をするのではなく、目的や背景と伝え、常に発言の意図を理解してもらうことを意識しています。
例えば、先日工場で、荻野が講師として行なう原料に関する講習会を予定していたのですが、集合時間の1分前になっても誰も集まらないことがありました。当社は普段から、イベントや講習会がある場合、5分前には集まるようにという話をしていたのにもかかわらず、その時は誰も集まっていなかったため、その日の講習会を中止にしました。
その際、荻野はメンバーに対し「時間に遅れていること」に感情的に怒り中止にしたのではなく「普段から伝えていることの重要性を理解してもらう」ための中止であると、遅れてきたメンバーに対して説明をしています。
このように「注意している目的や背景、そして理由を理解してもらうこと」が一番大切です。そのため、仮にまた同じことが起きたとしても、感情にまかせて大きい声で注意するのではなく、諭すように繰り返し言い続け、理解してもらう必要があるでしょう。
―荻野さんの社長というポジションもあり、逆にメンバーに恐がられてしまうことはありませんか?
そうですね、そうならないように毎日おこなっている全体朝礼や、少人数でのミーティングの中では、従業員からいろいろな話が聞きだせるように、普段より少しゆるい雰囲気を作ることを心がけているようです。
というのも、彼らはすこし恐がりなところがあり、社長とのミーティングというだけで萎縮してしまう場合もあるので、彼らが話しやすい雰囲気をつくってあげられるよう、状況にあわせて空気感を調整しています。
そして荻野は、常日頃「困ったことがあったらいつでも自分に言うように」と従業員に声をかけていることもあり、本当にささいなことから、日々たくさんの相談を受けています。実際に相談にきた従業員の多くは、「わかるよ。そうだよね。」と話を聞いてもらっていることに感謝をし、すっきりした顔をして帰るメンバーが多いようです。
―鶴喰さん自身が従業員とコミュニケーションをとる時に気をつけていることはありますか?
私は常にゴールと目的を与えることを意識しています。
例えば「カタログの作成をする」という業務(ゴール)を与える際、「この業務を達成するためには、新たな単語を覚える必要がある。だからあなたはこのくらいステップアップすることができる。」と目的を伝えたうえで、ゴールを目指してもらうようにしています。
このように彼らの行動の目的や理由を明確にしてあげることで、より向上心を持って業務に取り組んでもらえるのではと考えています。
また駐在員事務所では、カタログ作成のようなバックオフィス業務がメインになるため、彼ら自身に自らの業務の締め切りを設定してもらうようにしています。
そうすることで、業務において緊張感を持たせることができるようになるだけでなく、彼らが決めた締め切りに対して「自分できめた約束だよね。仕事っていうのは約束を守ることだよ。」とつつくことができるようになります。
「約6年間、自己都合の退職者は0。」その秘訣とは。
―退職者がでていないというお話でしたが、具体的にどのくらいの期間いないのでしょうか。
退職者がいないといっても、もちろん1年に1~2名ほど家庭の事情や自身の体調の問題で退職せざるをえなかったスタッフはいました。しかし新たなキャリアを希望した自己都合での退職は、工場・事務所共に2014年に退職をした1名以降ありません。
―いつ頃から今の組織のかたちになっているのでしょうか。
3年前くらいから会社の事業と社員の業務が落ち着きはじめ、過去の積み重ねで今のかたちに近い状態になり、現状維持をしています。
設立当初はフラットな状態からスタートしたこともあり、どこにギアを踏むべきか全員が試行錯誤をしていた時期もありました。実際、日本語を理解できる従業員が「自分は日本語がわかる。だから日本人に近い俺がやるんだ。」という向上心が裏目にでて、他の従業員とうまくコミュニケーションがとれず、従業員内で距離が開いてしまったことがありました。
他にも日本人とインドネシア人の間でうまく意思疎通ができず、インドネシア人スタッフからクレームを受けたこともあります。
しかしそのような時は、インドネシア人スタッフが「実はこんなことがあったから話を聞いて欲しい。」と伝えてくれるので、彼らから聞いた状況をふまえ「きっとあなたにもっと良くなって欲しいと思うから、そういう風に伝えたんだと思うよ。でも伝え方が悪かったね。ごめんね。わかってあげてね。」とさとしつつ、本来日本人が伝えたかったであろう内容を代弁するようにしていました。
現在、当時距離が開いてしまった彼も含め新卒で入社したメンバーが年齢を重ね、それぞれが家庭を持ち、1人の人間としても成長したことで、会社としても更に落ち着き始めているのだと思います。
ー設立当時から変わらない社内の文化はありますか?
そうですね。挨拶は、明るく大きい声でするようにしています。特に工場では、毎朝おこなうミーティングの最後に、全員で「Semangat !(今日も頑張るぞ)」と大きい声を出しています。
もともとは、工場3名・事務所3名という人数が少ない立ち上げ当時、人前で発言するのが恥ずかしいという従業員が積極的に発言できるようになるために、と始まったなにげない掛け声でしたが、社員が徐々に増え一体感が生まれてくる中で、習慣となり文化となったのかもしれません。
気がついた時には掛け声をすることが当たり前となっていますが、こういう習慣・文化も社員同士の絆を深めているように感じます。
本社経営陣からの評価がいい現地スタッフ
―自社のインドネシア人スタッフが自慢に感じたエピソードを教えていただけますか?
当社は毎年2回程、日本から社長が来て下さる機会があり、社長がきたタイミングに従業員全員での食事会を設定しています。
去年の食事会は、ちょうどボーナスがでたタイミングというのもあったからかもしれませんが、従業員がいきなり立ち上がり、全員で「社長、ありがとうございました!」と伝える場面がありました。
今までもそういう文化があったとか、特別に今回だけ日本人が指示をだしていたとか、いうわけではなく、従業員自らが感謝の気持ちを伝えるために行動しており、彼らの行動に胸がとても熱くなりました。
またそのとき、日本語が話せないメンバーも自主的に日本語を学んで感謝の言葉を伝えており、そういう姿をみると彼らメンバーも会社を好きでいてくれているのかなと感じましたね。
―素敵な雰囲気ですね。社長の反応はいかがでしたか?
社長も喜んでいましたね。当社のインドネシアスタッフはもともと感謝を素直に伝えることができる人が多いこともあり、社長もインドネシアの現地メンバーの成長を楽しんでくれています。実際、彼らのこういう「感謝を素直に伝える」「物事をはっきり伝える」点は、日本の経営陣からも評価がいいようです。
「ステップアップしている実感」を持ってもらう
ー従業員が定着し始めている今、新たな課題はありますか?
立ち上げ当初からいてくれているメンバーが向上心を持って育ってきている今、それぞれに合うキャリアについて考え、新たなステップを用意をしてあげる必要があると思います。
今までのように土台がないところから、今のようなステージを作ることは、ある程度用意をすることができましたが、今後は個性や能力、フェーズが違う各メンバーが「ステップアップしている」という実感を持てるようにしてあげる必要があります。
そのためには、メンバーのできること、興味があること、そして今の能力などを考慮した上で、新たな業務を依頼するなどして、それぞれに合った処方箋のように、キャリアを作ってあげる必要があると感じています。
ー今後、力を入れていきたいことはありますか?
そうですね。メンバーをステップアップさせてあげるためにも、今後は研修等に力を入れていきたいと考えています。
現状、当社はまだ人数が少ないため、私たち日本人がメンバーと直接話をし、現場を見ながら、状況を把握することを繰り返し行なっていますが、将来的には現地メンバーの中から管理者を育て、彼らに任せられる範囲を広げていきたいですね。
各個人に向き合うための努力
―今インドネシア人スタッフがなかなか定着せず、コミュニケーションに課題感を感じている方にアドバイスをいただけますか?
そうですね。まずは「従業員1人1人のことをどのまで理解していますか?知ろうとしていますか?どういう努力をしていますか?」という質問をすると思います。やはり従業員とはいえ、年齢も性格も違えば考え方も経歴も違います。だからこそ「各個人」を見てあげる必要があります。
私個人はとしては、メンバーのプライベートに関してはあまり知らなくもていいと思いますが、上司として「この仕事を通してなりたい将来像」は知っておくべきだと考えています。そしてなりたい将来像を聞いた上で「この会社で働くことを通して叶えることができるキャリア」をしっかりと提示してあげる必要があると思います。
当社では、彼らのなりたい将来像をもとに、各個人のレベルやタイミングで新たな業務を任せるようにし、従業員の「なにをしていいかわからない」という時間を減らす努力をしています。もちろん自主的になにかをやりたいと発言してくれるのが理想ですが、まずはこちらから提案したものをやってもらいつつ、それぞれに興味のあることや身に着けたいスキルを考えてもらうようにしています。
福利厚生等がずば抜けていいといった事情がない限り、やはりある程度は、この会社で働くことの働き甲斐・メリットがないと、従業員も長期に渡って働いてくれないのではないでしょうか。
ー鶴喰さんの大切にしている考え方を教えてください。
「文化・宗教が全部違うことは当たり前」という、赴任前に社長からいただいた言葉ですね。
社長自身も5年間マレーシアに駐在経験があるのですが、そんな社長から「宗教も文化も違う国、そして人の国で生活をさせてもらう以上、私たちは下手にでないとだめだよ。人対人であるのだから、尊敬をもって接しなさい。」という言葉をいただき、それ以降ずっと心に留めています。
この言葉もあり、インドネシアへ赴任後「自分は日本人だから」「メンバーがインドネシア人だから」というように区切る発想がなくなりました。とはいえやはり、私たちはお互いが育ってきた背景はもちろん、文化や言葉も違うので、業務だけでなく日常生活において、根本的に考え方が違うと感じることがたくさんあります。
そのため、ふとした時に考え方の違い等で違和感を覚えたときに、その違和感を放置せずちゃんと話し合い、お互いに「どうしてそう思ったの?なんで?」という質問を繰り返しおこない「こういう考え方があるんだね」と、常に一緒に学ぶ姿勢も大切にしています。