こんにちは。ヒトテク研究所 所長の村山です。
「ヒト×テクノロジー」を軸にした最新情報をお届けする、ヒトテクノロジー研究所。前回に引き続き、『ブレインフィットネス』の仕掛け人、髙山 雅行氏のインタビューをご紹介。
脳に直接働きかけパフォーマンスをあげる「ブレインフィットネス」とは?|脳×テクノロジー最前線#1
今回は第2部、脳科学がもたらす医療への新しい効果についてご紹介します。ひょっとしたら、過去のトラウマや黒歴史をキレイさっぱり記憶から消去する、なんてことも可能になってくるかもしれません。
高山 雅行(タカヤマ マサユキ)| 株式会社イノベイジ 代表取締役社長
医者が患者に「脳トレゲーム」を処方する未来
村山:医療分野では、実際に脳科学の技術が活躍していましたね。
高山氏:新しいところだと、ボストンにあるアキリ・インタラクティブ研究所では、ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療になるゲームを開発中です。いわゆるシューティングゲームのようなものなのですが、治療法としてFDA(米食品医薬品局)に申請中で、年内に承認されるのではないかと言われています。
あと有名なのが、マインドメイズというスイスのVR関連ベンチャーが、VRを活用して脳卒中や脳損傷の患者向けのリハビリ用アプリケーションを提供しています。
そうやって特定の疾患を治療するための脳トレテクノロジーがいろいろと開発されていて、VRやAIも導入されつつあるという流れですね。
医者が「脳トレゲーム」を処方するということも、未来では当たり前になると思います。
村山:すごい!将来的にはさらに治療法が広がりそうですね。
高山氏:昨年ATR(国際電気通信基礎技術研究所)が、ある脳の活動パターンを、一定の方向に誘起しやすくする…という「デコーディッドニューロフィードバック」の技術を応用して、脳に残る恐怖の記憶を無意識のうちに消去し、その記憶が引き起こす心身の反応を和らげることに成功したとする発表がありました。
将来的には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療につながる可能性があるとしていましたが、ある種の記憶の書き換えのような技術が臨床化していくのではないでしょうか。
村山:まさに医療の世界も近未来SFが現実のものとなっていますね!
脳へのテクノロジー関与はどこまで許されるのか?
高山氏:ただ、そうやって「デコーディッドニューロフィードバック」の技術が進化していくと、おそらく治療にとどまらなくなります。
たとえば、僕の妻はものすごく雷が怖くて、雷が鳴ったら布団をかぶってしまうような雷恐怖症なのですが、この技術で変われるかもしれません。
原体験から来るトラウマとまではいかなくても、過去の体験から引きずってコンプレックスのような形で残っているものに対して、何らかの形で介入していくようなことも可能になるでしょう。
昔こっぴどく女性にフラられた経験がある人は、今も女性に自信を持って接することができなかったりします。そういう人から、コンプレックスの元となった記憶を抹消することができれば、その人のパーソナリティは変わるかもしれません。
あるいは日本人は幸福感が低いという調査がありましたが、悩みを抱えている人でもある種の幸せを感じている時があるわけで、その時の脳活動を誘起しやすくすることで、幸福感を改善することが技術的に可能になるかもしれません。
そのこと自体の是非はともかく。
また、理想的なゴルフのスイングの時の脳活動状態を繰り返すことで練習なしに上達することが可能になる、とかね。
ここで問題になってくるのは、恐らく遺伝子工学の「ゲノム編集」と一緒で、遺伝子操作を病気の治療に活かすのはいいとして、健常な人に何らかの形で介入することを、どこまで認めるのか?
村山:脳科学の技術も進化していくと、かなりいろんな意味でよく考えなくてはならなくなりますね。それこそ洗脳や軍事利用に使われては大変なことに。
高山氏:そうなんですよね。脳へのテクノロジー関与で人間のQuality Of Lifeを上げること自体は良いことでも、使い方次第では危険なことになり得ます。
だから、脳科学の発展における倫理的なガイドラインとなる「ニューロエシックス」(Neuroethics脳神経倫理)が、尊重され、慎重に議論されるべき最重要テーマであって。
21世紀はサイエンスの進化と倫理の折り合いをどうつけていくかが非常に重要なテーマですが、遺伝子同様、脳の世界でもその議論が巻き起こるでしょうね。
ただ、人間の能力拡張に対するニーズは強く、今後も脳テクノロジーによって健康な人の能力を増強する「ニューロエンハンスメント」(認知強化)の取り組みは、ある枠組みの中ではひとつの大きなトレンドになっていくと思います。
実際、GoogleやIntelなど、欧米の有名企業が集中力向上やストレスコントロールのトレーニングとして取り入れている「マインドフルネス」も、ある意味望ましい脳活動の状態に誘導する技術ということができます。
ブレインフィットネスでも導入しているミューズというデバイスはマインドフルネス中の脳波の状態を可視化するのですが、これも一種の脳テクノロジーによるニューロエンハンスメントと言えるでしょう。
さっき言ったADHD(注意欠陥多動性障害)治療用のゲームについても、2011年時点でアメリカの小児ADHD患者は640万人で全米児童数の11%に達する勢いでしたので、臨床試験の結果が良好なのであれば、子どもに投薬治療をするよりもそちらを選びたいという保護者の気持ちもわかります。子ども自身が楽しく取り組みやすいものならなおさらです。
そうやって実際に救われる人たちがたくさんいる限り、「ニューロエシックス」に基づいて折り合いをつけた範囲の中で出来ることは、これからもどんどん踏み込んで進化していってほしいし、それによって世界がかなり大きく変わっていく気がします。
村山:それこそ、ヒトとテクノロジーの共存共栄ですね。