「違いを認める」だけではうまく行かない理由 ~多様性を束ねるためにリーダーが持つべき姿勢とは

前回はリーダーが直面する問題についてどのような姿勢で臨むべきなのか、そのカギは「善悪を分けない」ことだと述べました。

今回はコンサルタントである私自身がアジアで仕事を始め、現地従業員との衝突も多く経験し、そこからリーダーシップや東洋的なものの見方をどのように学んでいったのかについてお話ししたいと思います。

私たちは同じ“Asian Citizen.”じゃないか。


今も昔も、多国籍組織を悩ませる最大の問題は「文化の違い、またそれに起因する価値観の違い」です。

私は2012年にシンガポールに移り海外での仕事を始めて、以降8年間にわたって東南アジアを舞台に仕事をしてきています。その中で、最初にシンガポールで働き始めたときに、とても印象的な出来事がありました。

ある日系企業から「シンガポール人と日本人の関係が悪化しており、改善したい」という相談をいただいた時の話です。

世界の文化を比較した理論で有名なホフステード教授の「ホフステードの6次元」によれば、「不確実性の回避」「長期主義的」「男性性(仕事での成功を重視する度合い)」などの尺度において、日本人の価値観は世界でもトップクラスにあります。

そうしたことが日本人の「仕事へのコミットメントの度合い」や「計画の精緻さ」などにあらわれ、日本企業の強みとなってきた面もありますが、この価値観を外国人に理解し従ってもらうことは非常に難しいと言えます。

それらが下敷きとなって多くの国々の職場で衝突が起きていることは、多国籍の職場で働いたことがある多くの日本人が経験していることでしょう。

そんなこともあり、私はシンガポール人と日本人がいかにコミュニケーションを深め、相互の価値観を理解することが出来るかに主眼を置いて提案を考えようとしていました。

しかし、その時のディスカッションの中でシンガポール人の人事部長がおっしゃっていた一言が私の心に残っています。

「日本人とシンガポール人の違いに目を向けすぎるのを辞めよう。私たちは同じAsian Citizenじゃないか。私たちは既に似た者同士で、多くのものを共通して備えているというところから議論をスタートしよう」

その言葉に私は多くのことを気づかされました。

人は対立に際すると、つい「違い」に目を向けすぎてしまいます。しかしながら、同じアジア人として共通しているものにまず着目することで、相手との関係を肯定的にとらえることが出来ます。これは文化の違いでなくても、多くの対立に対して用いることが出来る考え方なのではないでしょうか。

論語には、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という言葉があります。

「すぐれた人物は協調するが、主体性を失わず、むやみに同調したりしない。つまらない人物はたやすく同調するが、心から親しくなることはない」といった意味です。

組織で働くのであれば、人とは協調するべきです。しかし、それは決して考えが全く同じになるということではありません。まさにDiversity&Inclusion(多様性と包摂)を体現しているシンガポール人男性から、東洋的なチーム観を学んだ経験でした。

それはチームに価値をもたらすのか?それとも自分の美意識なのか?

その後私はタイに渡り、会社を興しチームで仕事をしてきました。タイ人スタッフを雇い、その中には当然ながら途中で辞めていく人もいましたが、そんな中でも私がチーム運営のコツを学んだ経験をご紹介します。

私がリーダーとして頼りにしているタイ人部下がいました。彼と私はある意味で価値観が真逆なのですが、タイ人目線から私の判断が適切かどうかを常にアドバイスをしてくれるので、意思決定の前には必ず彼の意見を聞くことにしていました。

ある時、チームの管理指標についての議論になりました。コンサルティング会社である弊社はプロジェクトの生産性をしっかり管理しないと収益がマネジメント出来ません。それゆえ、精緻な工数管理やKPI管理をそろそろ導入すべきじゃないかと、彼に相談しました。

しかし私の話を一通り聞いた後で、彼は「まだ時期尚早ではないか」と私の意見に反対しました。いま精緻な管理手法を入れてしまうとメンバーの気持ちがついて行かず、また創造性やモチベーションを損なってしまうのではというのが彼の懸念でした。

この時私の中には一瞬ネガティブな感情が湧いてきました。社長である私の考えを否定された気がして気分は良くなかったですし、生産性の高い組織とはある程度精緻な管理指標を入れるべきだというは私の経験から培われた信念だったからです。

しばらく彼との議論は平行線だったのですが、彼の話をよく聞いていると、彼も決してチームの生産性をおろそかにしたいわけではない、ということがだんだんわかってきました。彼が考えていたのは、「生産性も大事だが、Jack(私)が提案する方法ではなく、もう少しチームのモチベーションを配慮した別な方法がないか検討したい」ということでした。

この時、私は彼と「目的が共有できている」という感覚を覚えました。そして目的が共有できているのであれば、私が提案する「精緻な工数管理」というのはあくまで一つの方法に過ぎないし、また私がいくら信念として持っていても、それを押し付けるのは「自分の美学の押し付け」なのではないか、と思い直しネガティブな感情を抑えることにしました。そして、結果としてよりマイルドな方法に落ち着けることにしました。

こうした経験から、私は衝突に際しては必ず「共通目的を見出すこと」を意識するようにしています。そしてその前提として、「必ずしもどちらかが正しいわけではない」という姿勢を持つようにしています。

前回の記事で東洋的なものの見方として「善悪は互いの繋がりの中で存在している」という考え方を紹介しました。

「人間万事塞翁が馬」という言葉もあるように、何が正しくて何が正しくないのかは誰にもわかりません。ある場面で正しいと思えたことが後から思えば間違っていたということはよくあります。そうした、「正しさ」への謙虚な姿勢が、価値観の対立に対してよりバランスの取れた態度をもたらしてくれるのではないでしょうか。

日本人の「バランス型リーダーシップ」は世界から期待されている

先日、戦略組織論の世界的権威であるカナダ・マギル大学デソーテル経営大学院のヘンリー・ミンツバーグ教授のインタビューが話題になりました。

彼は、世界の多くの国々が「個人主義的」になっていると述べ、一方で日本は「バランスの取れた国である」と期待を寄せました。

日本人が「調和型」のリーダーシップを発揮する国であることは世界中で知られています。新しい元号「令和」にも想いが込められたように、日本人というのは古来より調和を大切にしている民族です。聖徳太子が「和を以て貴しとなす」から始まる十七条憲法を制定したのは西暦604年のことです。このようなタイミングから日本人は周囲との調和を意識してきたのです。

ビジネスの世界でも、ますます価値観の異なる人々が集まって仕事をするシーンが増えています。得てしてアメリカ人や中国人の強いリーダーシップスタイルに対して日本人は後れを取りがちですが、時として自らが「ファースト」になろうとするリーダーシップスタイルが双方に成長をもたらすのか、私は疑問に思っています。

ステークホルダーの調和を図りながら全体の利益を最大化するリーダーシップのスタイルが今こそ求められているのではないか。日本人はそうしたリーダーシップスタイルを持つ国民として、自らの強みにもっと目を向けても良いのではないか。そんなことを私は思っています。

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