【連載】「問題は自分の中にある」苦境を乗り越えるためにリーダーが持つべき東洋的哲学

責任ある立場で生きていると、誰しも必ず困難にぶつかるものです。

かつてスティーブ・ジョブズは「人生にはレンガで頭を殴られるようなことがある」と言いました。経営者であれば、資金繰りや資本家との関係性、またビジネス上の想定外の躓き。マネジャーであれば部下との不和や目標からのプレッシャー。そしてすべての人に訪れる家族や健康についての問題への対応。すべてが正解が用意されていない問題であり、それゆえに我々を苦しめます。

投資家ベン・ホロウィッツは著書「HARD THINGS」で「人生は苦闘だ」と述べました。彼は同作の中で、リーダーが直面する様々な苦悩を自身の失敗談とともに赤裸々に語り、多くのスタートアップ経営者の共感を呼びました。しかし同時に彼もまた、「苦闘を乗り越えるための答えはない」と述べています。苦しい状況から立ち直れるのか、そのまま挫折してしまうのか。その命運を握っているのはいつだってリーダー自身です。

筆者はコンサルタントとして、タイやインドをはじめとするアジア諸国で仕事をしています。また私自身も一人の経営者として、苦悩に向き合ってきました。信頼していた人からの裏切りや、現地スタッフに犯罪すれすれの不正行為をされた経験。資金繰りに窮して人に頼って乗り切った時は、眠れない夜を過ごしました。

そんな状況に際し、自らを成長させようと様々なビジネス書を読んだりしてきましたが、苦悩を抜け出すヒントになったのはむしろ東洋的な「思想」や「哲学」でした。それは敬虔な仏教国であるタイに住み、またアジアの様々な国で仕事をする私が、日々異質な文化に触れながら自分自身の中に取り入れてきたものでもあります。

本稿では、そうした様々な東洋的な思想の一端を紹介しながら、我々ビジネスリーダーがどのように日々の苦悩に向き合っていくべきなのかの示唆を述べてみたいと思います。

東洋的なものの見方―すべては「相対的」である

東洋哲学と言うと、「論語」など中国の古典を思い浮かべる方も多いでしょう。もちろんそれらも東洋思想の重要なものの一つですが、その源流はインドにあると言われています。紀元前800年頃、インドのバラモンたちの思索活動によって生まれた世界観が、東洋的思想の源流であるとされています。

それが長い歴史を経て、アジア中に伝わり、仏教、道教、儒教などと様々な解釈の広まりを見せながら、終着点である日本に行きついたのです。

明治時代を代表する思想家である岡倉天心は、アジア各国を旅する中でそれらの繋がりを発見し、著書「東洋の理想」の中で「アジアは一つである」と述べ、アジアに通奏低音のように流れる思想的な繋がりを世の中に伝えました。

東洋的なものの見方を考えるとき、医学の例を用いて、西洋医学と東洋医学を対比してみるとイメージしやすいかもしれません。

端的にいうと、西洋医学は問題のある「部分」を「客観的」に特定し、そうした問題を投薬や手術などで取り除きます。

一方で東洋医学は患者の体の「全体の繋がり」を「自覚症状」を通じて捉え、根本的な対策を施していくという違いがあります。結果として西洋医学は即効性があり、また逆に東洋医学は根本的な治療が可能になるという違いがあると言われています。

我々が問題に向き合う際に、ともすると問題のある「部分」を取り除こうとしがちですが、むしろ東洋的な捉え方の方が役に立つこともあります。ものごとを「全体の繋がり」としてとらえた場合、必ずしも「善い」「悪い」と一面的に捉えることは出来ず、「善悪は互いの繋がりの中で存在している」と捉えたほうが良い場合もあります。

上記は、中国の道教のシンボルである陰陽太極図です。この図は「陰と陽はある意味で一体である」という事を表しています。白い部分には黒い点が、また黒い部分には白い点があります。白は、黒があるからこそ存在し、また黒は白があるからこそ存在する。このことは物事は常に表裏一体であることを教えてくれます。

「老子道徳経」の中には以下のような下りがあります。「禍には福がついてくるが、福には禍が隠れている。禍福のあざなえる縄がどういう結果を呼ぶかは誰にもわからない。そもそも正しさというものは絶対的ではない。しかも正しいと思えば怪しくなったり、良いと思っても不吉になったりする。ようするに人間の迷走と言うのは、昔から同じことだ」と。

同様に日本にも「人勧万事塞翁が馬」ということわざがあります。今見えている問題は果たして本当に問題なのかどうか。それは実は誰にもわからないのです。

本当の問題は自分の「心」にある

私自身も、自分の会社で雇っているタイ人メンバーに反発ばかりされて、チーム運営が八方ふさがりになったことがありました。

その時、私の頭の中は「自分はこんなに頑張っているのに」「タイ人はビジネスをわかっていない」「どうやったら彼らの行動を改められるか」とネガティブ思考、他責のオンパレードとなっていました。

ところがある日、私が友人に愚痴混じりにその話をしたところ、知人から「それって社長に対して粘り強く声を挙げてくれてるってことですよね?普通のタイ人なら黙って辞めていきますよ」と指摘されました。そのやりとりから、私はそれまで持っていなかったものの見方に気づかされました。まさに、陰と陽が裏返った瞬間でした。

「彼らは会社のために声を挙げてくれているんだ、それを自分が聞かなくてどうする。むしろ問題を悪化させていたのは自分の態度の方なのではないか」とそれまでの自分を恥じて、スタッフとのコミュニケーションのスタイルを変えました。そこから流れが変わり、組織も業績も上昇気流に乗り始めました。

今となっては恥ずかしい経験ですが、こうした失敗体験は私にとって大切な教訓となっています。失敗を沢山したいとは思わないですが、ものの見方を変えてからは失敗からの立ち直りが早くなったように思います。

前述の岡倉天心は、「茶の本」の中である禅僧の慧能(えのう)の逸話を例に挙げ、以下のように書いています。

「慧能はある時、仏塔の旗が風になびいているのを見つめている二人の僧に出会った。

そのうち一人が『動いているのは風だ』と言うと、もう一人は『旗だ』と主張した。

そこで慧能は彼らにこう説いたという

―― 本当に動いているのは風でも旗でもなく、かれら自身の精神のうちのなにかなのだと。」

今我々が問題だと思っていることは実は問題ではなく、むしろ問題は自分自身のものの見方にあるのかもしれない。そういう見方を持ってみると、問題を打開するヒントが見えてくるかもしれません。

日本人リーダーが持っているアセット -文化、思想、哲学

残念ながら、日本経済の世界の中での存在感は徐々に低下しつつあります。ではこれから日本人は何を強みに世界と戦っていけばよいのでしょうか。

私はその一つがこうした思想・哲学、またそれに基づくリーダーシップだと思っています。

私が以前シンガポールに住んでいたときに、現地の友人と食事をしたときの話です。シンガポールは押しも押されもせぬアジアの経済大国ですから、私は少し日本のことを卑下しながら会話をしていました。

大学教育の話になったとき、「シンガポール人はビジネスや会計を専攻して、そのスキルを企業に売り込むだろう?日本人は大学であまり役に立つ勉強をしなくて、大学で勉強したことは仕事の役にあまり立たないんだ」と私は友人に言いました。

すると友人はこう言いました。

「そうかもしれないけど、でも逆に羨ましい部分もあるよ。日本人は文学とか哲学とかビジネスに関係ないけど大切な学問をさせてもらって、それでも就職できるだろう?それはまだ国に余裕があるっていうことでもあるよ。僕たちはそんなものを勉強しても就職が出来ないんだから。すぐに役立つものを学ぶのか、一生役に立つものを学ぶのか、どっちが良いかはわからないよね」と。

もちろん、彼は社交辞令でこう言った部分もあるでしょう。日本人はビジネスの世界で勝負できるスキルをもっと磨くべきである、と私は思います。

それでも、これもまた陰と陽であり、新たな視点を与えてくれる会話でした。日本人を自虐的に見すぎることなく、自分たちが持っている強みについても目を向けなくてはと思った経験でした。

本稿で述べて来たような東洋文化は、岡倉天心によれば室町時代以降、日本においてその頂点に達したそうです。中国やインド、そしてアジア諸国が植民地化されてその文化を失う一方で、日本だけには東洋文明の神髄が残り、継承されてきたと言われています。

我々はそうした文化的なアセットの上に生きており、またビジネスをしています。普段日本に住んでいるとそうしたことに気づきませんが、逆にタイのような日本文化をとても高く評価してくれる国にいるとよくわかりfます。

スティーブジョブズが禅を学んだり、Googleで実践されているマインドフルネスなども元々は東洋のものです。そうしたエッセンスが溜まっている日本と言う国の強みに、日本人ひとりひとりが自覚的になることが、世界における日本人リーダーの活躍のヒントになるのではないかと思っています。

私は、古典の研究者ではありませんが、アジアを舞台にビジネスの現場で戦う実践家の一人として、こうした東洋の哲学を日本人リーダーがどうやったら生かせるかを考えています。

今後、何回かに分けて、リーダーに襲いかかる典型的な悩みや、それに対する東洋的な心の持ち方、について考察していきたいと思います。どうかお付き合いいただけますと幸いです。

参考図書:

「現代語訳 老子」(保立道久 ちくま新書)
「HARD THINGS」(ベン・ホロウィッツ 日経BP社)
「岡倉天心 茶の本」(大久保 喬樹)

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