専門的なスキルや知識を必要とする仕事に就くことができる「高度(外国)人材」に、人手不足や国際化が進むいま、日本企業からの注目が集まっています。
今回は、「高度(外国)人材」の採用をしている企業に、外国人採用の方法や、採用後の課題と乗り越え方についてお伺いする企画「外国人財採用虎の巻」第1弾をお届けします。
第1弾では、株式会社牧野フライス製作所で人事を担当されている岡村さんにお話をお伺いしました。
牧野フライスは1937年に創業して以来、日本のテクノロジーを支えてきた会社であり、外国人採用歴20年の東証一部上場工作機械メーカーでもあります。現在は20カ国以上に拠点があり、総勢50名の外国人スタッフが働いています。
本記事では、長年外国人採用を続けてきた同社が、社内環境を整備するために大切にしてきたという、外国人社員とのコミュニケーションについてお伺いした内容をお届けします。
外国人スタッフが働きやすい環境を作るための具体的な工夫や考え方について知りたい方のご参考なると幸いです。
【人物紹介】岡村 洋一郎 | 株式会社牧野フライス製作所
人事部 企画課 スペシャリスト
目次
1. 外国人採用の課題は採用時ではなく「入社後」
写真左:岡村さん、写真右:トゥルンさん(ベトナム出身の社員)
ー外国人採用をはじめたのはいつ頃からでしょうか?
岡村さん:20年以上前より海外から技術者を採用しています。
外国人採用をはじめた当時は年に1~2名ほど採用する程度で、本格的に採用をするようになったのは最近のことです。現在は全体で60名以上になるのではないでしょうか。
出身国で多いのは圧倒的にアジアで、中国の方が一番多いですね。もちろん、アジア以外の多くの国からも外国人を採用しています。
ー外国人採用はすべて岡村さんがおこなわれているのですか?
岡村さん:いえ、人事部の中に外国人採用に特化したチームがあるのですが、上司を含め4名でおこなっています。
また、国内採用のスタッフが、外国人採用のために大学の説明会に参加したり、大学の教授訪問などをしたりもしています。
最近は、Bridgersという人材紹介サービスにお世話になることもあります。
ー長年外国人採用をされていますが、以前抱えていた採用時の課題は何でしょうか?
岡村さん:課題に感じていたのは、採用よりも入社後ですね。
例えば、せっかく入社をしてもらっても日本の労働習慣や当社の雇用環境と合わないことがあります。その時どのようにして彼らをつなぎとめるかが課題ですね。
課題を解決するために、外国人スタッフ向けに特別な処遇制度を構築したり、採用後には外国人スタッフたちが良いパフォーマンスができるような仕組みを検討したりしています。
岡村さん:弊社には、トゥルン(外国人スタッフ:上写真右)も所属している、新設したソフトウェア開発の部署があるのですが、海外から多くのエンジニアを採用しています。
既存の部署と新設したソフトウェア開発の部署では仕事内容やスタッフ構成の面で違いが大きいです。そのため、部署に所属する3〜4名と毎月1回ほどミーティングをして、職場環境のことについても話し合っています。
また、外国人スタッフも出身国がドイツ、インド、インドネシアとさまざまなので、個々によって会社に求めることの内容やレベルも違います。だからこそ、スタッフたちとよく話し合うように心がけています。
時には、ミーティングだけではなく1対1の面談をすることもあります。
2. 外国人社員と働く上で気をつけたい3つの課題
ー外国人スタッフとのミーティングや面談ではどのような要望が出てくるのでしょうか。
岡村さん:多い要望は、ワークライフバランスや、裁量についてですね。いくつか例をご紹介しますね。
その1:日本語研修の充足
当社の外国人スタッフからは、英語よりも日本語の研修を求める声が多いです。
もともと弊社は英語が話せることを条件に外国人スタッフたちを採用していますが、やはり日本語が話せないと高いレベルの内容の打ち合わせを日本人社員とすることが難しいようです。
研修の提供の仕方なども外国人スタッフたち個々人で意見が異なりましたが、いま当社では比較的場所や時間を気にせず学習することができる、オンライン型の日本語研修を提供しています。
その2:ワークライフバランス
外国人スタッフの採用は、「外国だから、日本だから」というよりも、「中途採用/新卒採用の枠で採用した人がたまたま外国人だった」と思うように心がけています。
ですので、そこまで特別扱いにするかというと、そうでもありません。
特に日本よりも法定の有給日数が多い国から来た外国人スタッフたちから、有休日数や取得時期などについて要望があるのですが、そのときは極力話を聞きつつも、他の既存社員のことも考えながら対応しています。
一方で、海外で採用されて今回はじめて日本に働きに来た人たちは、生活する上で日本の文化に慣れていないなど、さまざまなハンディもあるのでしっかりサポートをするようにしています。
やり過ぎてもいけませんが…。加減が難しいですよね。
外国人スタッフに「日本ではこうだ」と押し付けることはせず、同時に日本の企業である弊社の制度についても趣旨を説明して理解を求める姿勢が重要だと感じています。
その3:裁量
牧野フライスで採用したドイツ人スタッフの中には、前職で1億円ほどの予算を自身の裁量で動かしていたという方もいます。
しかし、日本に来たら数十万円でも承認が必要であることに、「裁量権が小さい」と不満を漏らされるときもありました。
一方で日本特有の文化でもある、知識を共有することや、教え合うことに抵抗を感じない文化について価値を見出してもいるようです。
欧米は個人主義の国なので、新しい情報はあまりオープンにしないようなのです。反対に、日本の企業は情報を惜しみなくスタッフ同士でシェアします。
このように、日本の文化に価値を見出していることもあるので、裁量など企業側の対応が難しい要望を持っていても、すぐ辞めるとは限らないのです。
しかし、少なくとも「裁量に関して意見が出ることもある」ことを知っておくのは大切だと思います。
ー外国人スタッフとの話し合いをする際はどのようなことに気をつけていますか。
岡村さん:制度や権利に関して要望を出す外国人スタッフに対しては、日本独自の制度ができた背景を説明するようにしています。「このような理由で振休・代休があるんだよ」というように。
外国人スタッフたちの国と日本でそれぞれ良いところがあると思うので、彼らの意見が出たときは、まず一度話を聞き入れるようにしています。
その上で、「こういう意見もあるよね」と日本側の制度についてちゃんと説明してあげることが大切です。そして最後に「牧野フライスではどのようにすべきか?」とステップを踏むようにしています。
それから話し合いをするとき、極力「ここは日本だから」と言わないことも重要です。言ってしまうと、外国人スタッフとの間に壁が出来て、率直な意見が聞きにくくなってしまいます。時々その言葉が喉まで出てくることがありますが…(笑)。
―話し合いのなかで、印象的だったエピソードはありますか?
先ほど制度について話しましたが、例えば「通勤手当」は日本では企業から支給されることが一般的ですが、イギリスやシンガポールなど一部の国では一般的ではないようで、話をすると喜ばれたことがありました。
日本では当たり前の制度が、他の国から来たスタッフたちにとって高く評価される場合もあるのだなと感じました。
制度について話し合うと、同じヨーロッパの国でも、ある制度に対して例えばイギリスとドイツの社員では少しずつ考え方や各国での事情が異なることもあり、話を聞くと勉強にもなります。
また、外国人スタッフたちから「日本人は有給日数をなぜ消化しないのか?」「なぜ”過労死”が起こるのか?」というような指摘もあり、改めて意味を考えさせられるときもあります。
このように話し合いながら、弊社としての強みと弱みを見据えた上で、必要なところは変えていけるように、彼らと一緒に取り組んでいます。
―牧野フライスの外国人スタッフとの向き合い方は、とても勉強になります。
いろいろお話ししましたが、弊社もまだまだ完成形ではありません。このインタビューを受けるのも一度断ったくらいです…(笑)。
グローバル化=「国籍や人種、性別に関係なく、良い人を良いところに、良いタイミングで配置する」と言われていますので、それを念頭に置いていました。
とにかくまずは動いてみようと思い、採用がそれなりに回ってきたので、今少しずつ受け入れる側の体制をつくりあげているところです。
3. 現場からの声:外国人スタッフへのインタビュー
ここでは、牧野フライスで働く外国人スタッフの方にお伺いした、実際に働く中で感じる日本の企業に対する印象や、課題に感じていることなどを簡単にご紹介します。
ー日本に来てどれくらい経ちましたか。
トゥルンさん:日本に来てからまだ3か月くらいです。入社する前は日本に来たことがありませんでした。
ー現在はどちらから通勤されているのでしょうか。
トゥルンさん:会社の独身寮があるので、そこに住んでいます。外国人スタッフ専用の寮はないので、他の日本人スタッフの方と同じ寮に住んでいます。他のスタッフの方もとても親切で全く問題なく暮らしています。
ー住居のほかにも、ぜひ他の日本企業が外国人採用する際に参考になりそうなことをお伺いしたいです。
トゥルンさん:日本の企業にお伝えしたいことは、外国人スタッフへの日本語教育の重要性です。
ほとんどの日本の企業では、公用語が日本語です。そのため、外国人スタッフが日本人スタッフの方々と一緒に仕事をすることに早く慣れるためには、日本語の勉強が重要だと思います。
私が今所属している組織においてはほとんどのコミュニケーションが英語ですが、専門的な内容の会議は日本語でおこなわれることもあります。会議に参加するためにも日本語を理解できることは大切です。
ー日本語の勉強。海外にいる日本で働かれたい方へのアドバイスにもなりそうですね。
トゥルンさん:そうですね。日本で働きたい外国人へのアドバイスでいうと、今お伝えした日本語の勉強と、専門知識の習得です。
私の部署では日本語を使うことはそれほど多くありませんが、買い物に行ったり、外に出かけたりする際はほとんど日本語しか通じません。
他の日本企業で働いているベトナム人の友達は仕事でも日本語を使う必要があるため苦労していると聞きました。
これから先も日本の企業で働いていく以上は、やはり日本語の勉強が必要になると考えています。
4. 「情報量の差」を埋めるための具体的な施策
ー外国人スタッフの方と働くときは、言語がかなり重要なのですね。
岡村さん:そうですね。外国人スタッフを採用したときに、ミスマッチの原因の1つとなるのもやはり言葉の問題です。
ほどんどの日本企業がそうだと思うのですが、牧野フライスでも公用語を英語に定めてはいません。
今日来ているトゥルンが所属している部署内では英語で仕事をすることもできますが、他の部署との交渉を英語だけでおこなうことは困難です。
ー言語の問題を解決するために、何かおこなわれていることはありますか。
岡村さん:試行錯誤しているところですが、外国人採用が進んでいる会社の事例を参考にしています。
例えば有名なIT企業がおこなっている、オフタイム飲み会の開催や、英語しか話してはいけない”English hour(英語の時間)”などの取り組みも参考材料にしたりしています。
現状弊社では、日本人スタッフ向けの英語研修や、外国人スタッフのための日本語研修も設けています。
また、特に外国人スタッフが所属している部署を中心に、部員全員が英語で会話をする日を設ける取り組みもしています。
ー日本人と外国人スタッフの双方で取り組まれているのですね。
岡村さん:弊社の従業員の家族に会社や工場を見ていただくイベントも定期的に開催しています。その日は外国人スタッフも家族を会社に連れてきて交流の場を持ちます。
前回イベントを開催したときに、エンジニアとして働くドイツ人スタッフの奥様が日本人の方で、少しお話をする機会がありました。
その方は、
「本当に牧野フライスに入って主人は喜んでいます。面接から帰ってきたときの顔が違いました」。
「ほとんど日本で就職することを諦めてドイツで就職することを考えていたけれど、牧野フライスはスキル以上に自分自身に興味をもってくれた会社だ、と言っていました」。
ということをおっしゃってくださり、励みになりましたね。
このような社員にモチベーションを与え続けるには何が必要か、など外国人スタッフを惹きつける制度づくりはなかなか大変なこともありますが、その言葉を聞いて頑張っていこうと思いました。
ー制度づくりをする上で、冒頭お伺いした「日本の制度ができた背景を説明する」以外に、気をつけていることはありますか。
岡村さん:外国人スタッフたちとのミーティングでは会社についてのさまざまな意見が出てきます。
そのため、特に不満や反対意見が出たときには「では、どうすればいいと思う?」ということを聞くようにしています。
日本企業は一律で制度を構築してしまったりすることがありますが、彼らの要望というのは結構会社にとって痛いところをついてくることもあるのです。
だからこそ、どのように変えていくのかを彼らと話し合う必要があります。
ー具体的にはどのような意見が出るのでしょうか。
岡村さん:最近は社内通知の改善についての意見が出ました。うちでは重要な社内通知を日本語と英語にして出していますが、彼らが重要と思う通知が英訳されていないことが課題としてありました。
そこで今回の社内会議で外国人スタッフたちと話し合い、重要な通知以外もすべてタイトルを英訳して、彼らが重要な通知とそうではない通知を選別できるようにしました。
ーなるほど。解決策まで決まったのは大きいですね。
岡村さん:それから、牧野では月1でスタッフに向けて動画教育資料を配信しています。しかし、教育資料や学習教材がすべて日本語なので、日本語がわからない外国人社員たちは視聴することができません。
今後はそれをどうするかが課題になっています。
ー外国人社員を採用するときは、言葉が理由で生まれる「情報量の差」をどう埋めるかが課題と言えそうですね。
岡村さん:そうですね。牧野で働く外国人スタッフたちは、「日本人が知ることができる情報が100とすると自分たちが得られるものは50くらいだ」と認識しているようです。
だからこそ、会社側もその課題を解決できるように変化していかなければなりません。
5. 外国人採用が職場にもたらした変化
ー最後に、外国人採用をされて最も良かったと感じることをお聞かせください。
岡村さん:外国人採用をして良かったことは、社内の変化だと思います。
会社が海外展開をしていく中で、中にいる日本人スタッフたちは英語にも対応しなければならないと頭では分かっていても、なかなか行動を変えることができないという状態でした。
ところが、海外から新しいアイディアを持つ人たちが職場に入ってきたことで、行動に移さざるを得ない環境がうまれました。
これまでできていたものを変えたくないという気持ちもあるので、変わることは苦痛を伴うこともあります。
しかし、それは入ってくる外国人スタッフも感じることなので、お互いに変わる苦痛を伴いながらも、変化してきていると思います。
ー変わった先には何があると思いますか。
岡村さん:弊社としてはグローバルに展開していくと決めた中で、みんなで少しずつ変えていけば、その先に何か会社の発展につながるいいことが待っているだろうと思いながらやっています。
牧野フライスに愛着やメリットを感じて来る人たちが、たまたまベトナム人、たまたま日本人、というだけで、国籍や性別の違いに関係なく一緒に働いている、という風になっていくことを信じています。
ー外国人スタッフが隣で働いていることがより自然になっていく、と。
岡村さん:はい。うちは外国人採用をはじめて長いですが、長く働いてくれている人もいますし、日本人の配偶者ができるケースも多いです。
ー日本で働きはじめた外国人スタッフが、日本のことも好きになって、日本の企業や日本の成長を一緒に押し進めていく。とてもいい関係ですね。
岡村さん:本当に、彼らのような外国人スタッフがいることは、職場にとっていい刺激にもなっていると思います。
編集後記|
今回インタビューをさせていただいた牧野フライス製作所様は、戦後の日本の復興を支えてきた歴史ある工作機械メーカーです。
長い歴史がありながらも、積極的にグローバル展開に挑戦し、国内外のスタッフたちと少しずつ職場環境の改善に努め続けているそうです。その姿からは、企業としての力強さと、何よりスタッフたちを思いやりながら日々仕事をしている様子が感じられました。
もちろん、インタビューでも話されていたように、外国人スタッフを職場に迎え入れるときには難しい課題もあるでしょう。
しかし、実際に長年外国人採用をされてきた岡村さんの口から最後に出てきたのは、「外国人スタッフの採用が日本でより身近になってほしい」という未来への切実な願いでした。
このインタビュー記事を通して、外国人採用が日本の企業に勤める皆さまにとって少しでも身近なことになりますと幸いです。