主要事業撤退からの飛躍成長。相次ぐ困難を乗り越えたマーケットエンタープライズCEOの組織作り

創業以来、「WinWinの関係が築ける商売を展開し、商売を心から楽しむ主体者集団で在り続ける」を企業理念に掲げ、ネット型リユース事業、メディアプラットフォーム事業、モバイル通信事業の3つの事業の手掛ける株式会社マーケットエンタープライズ。

2015年に東証マザーズ上場、2021年には東証一部に市場変更と圧倒的スピードで成長を遂げている同社ですが、主要事業の転換など、ここまでの道のりは決して平坦だったわけではありません。

本記事では、同社の代表取締役CEOの小林泰士さんにクローズアップ。

  • 起業した経緯
  • 創業期・拡大期・多角化期の各フェーズにおける苦労
  • これまでに得た知見や今後のビジョン

といった熱い想いについてお届けします。

【人物紹介】小林 泰士 | 株式会社マーケットエンタープライズ 代表取締役CEO

1981年3月2日生まれ、埼玉県川越市出身。株式会社マーケットエンタープライズ代表取締役社長。大学卒業後、ベンチャー企業を経て独立起業。2006年、株式会社マーケットエンタープライズを設立し、現職。2015年に東京証券取引所マザーズ上場。2021年2月には、東京証券取引所第一部へ市場変更を果たした。SDGsの実現を経営指針に掲げ、持続可能な社会とサーキュラーエコノミーの実現に取り組む。中核事業のネット型リユース事業のみならず、メディア事業やモバイル通信事業など多角化を進めており、中古農機の貿易事業にも進出した。国内16拠点、海外1拠点、グループ会社5社を率いている。数々の企業賞を受賞し、セミナーや講演の登壇も多い。

1. 古着の売買を通じて、商売の面白さを知った瞬間

私が中高生の頃、アメカジの古着ブームが起こり、リーバイスのジーパンのヴィンテージなどが流通していたのですが、欲しいと思っても正直かなり値段が高く、すぐに手を出せるものではありませんでした。

そこで、自分で色んな古着屋を回ったり、フリーマーケットなどに足を運んだりするようになり、価格における情報の非対称性というものに気付き始めました。

また、埼玉県川越市出身の私にとって、地元の川越と東京の原宿との値段のギャップも非常に興味深く、いつしか私の関心はファッションから商売に向かっていました。

私服の高校だったこともあり、自分が過ごしている日常の中の一部に洋服を売買することが入っていました。

同じ価格の商品・サービスでも「こっちは時間が経っても値段が下がらないのに、こっちは買った瞬間に値段が下がる」といった観点が高校生ぐらいの頃から芽生えていたんだと思います。

2. 圧倒的成長を求めて飛び込んだ、営業の世界

学生時代は成長志向で「まずは仕事ができる人になりたい。そして、仕事ができるようになった暁には、起業にチャレンジしたい」と思うようになりました。

大学時代はアルバイトを20種類以上経験して、貯まったお金でバックパッカーとして海外に。色々な国のセントラルマーケットで商品を仕入れて、日本に持ち帰ってきては、フリマやネットオークションで売っていましたね。

他にも、学生パーティーを主催したり、売れていないミュージシャンを集めて音楽のイベントを企画したり・・・。

ただ、やればやるほど自分の知識や経験などの面で実力不足を痛感したことも事実です。

ビジネスの経験と知識を身につけるために、やはり一度は新卒として企業に属し、成長できる環境に身を置こうと決意し、就職活動に臨みました。

そして、20代で圧倒的に成長するためにも個々の裁量権が大きい会社で働きたいと思い、最終的に選んだのが創業社長が経営するベンチャーの投資会社でした。

入社後は1年目から、通信サービスや不動産、マンガ喫茶やラーメン屋などのフランチャイズパッケージや企業の経費削減を目的としたサービスまで、あらゆる分野の営業を経験しました。

当時の勢いのあるベンチャーの営業シーンでは、リクルート、野村証券、光通信などで実績を上げてきた百戦錬磨の人たちが活躍していたんです。

新卒の自分にとっては何もかもが刺激的で、そのような人たちに鍛えられた経験は、何ものにも代え難い財産になったと改めて感じています。

3. 23歳で起業。譲れなかった、WinWinの価値観

一方で、お客様にとって最適ではなくても、自分が属する会社のためには売らなければいけないという立場に苛まれたときのモチベーションの保ち方の難しさを痛感したのも、このときでした。

営業代行といった立場で自社サービスや自社パッケージ以外のものを販売する、いわゆる販売の代理業に近いことをやるときには、お客様から「小林君、こんな風にできないかな?」と要望をいただくこともありましたが、「これは本部が決めることなので・・・」という歯切れが悪い回答しかできない。

「圧倒的に成長したい」「起業したい」という気持ちは変わりませんでしたが、その原点にあったのは、顧客とWinWinな関係を築きたいという想いでした。これは、後のマーケットエンタープライズの理念にもつながります。

その気持ちが抑えきれなくなり、23歳で独立。100万円を握り締めて、個人事業からスタートしました。

4. 100万円の小資本から、切り拓いた可能性

2006年、仲間と3LDKのマンションを借りて共同生活をしながら、リビングを事務所にする生活がスタートしました。

20代前半の男3人、決して華やかなスタートアップではありませんでしたが、まずはとにかく事業を軌道に乗せなければという一心でした。

100万円の小資本でどうやって世の中に存在を示すかを考えたときに行き着いたのが、以下の5つのルールです。

  1. 圧倒的にオンリーワンなビジネスであること
  2. 誰もやっていないことをやること
  3. お客様とWinWinであること
  4. 成長産業でチャレンジすること
  5. プラスのキャッシュフローを維持するために利益率の高いビジネスであること

経験はまだ薄く、世の中にどうやって存在意義を出していくか。そこにWinWinの価値観を掛け合わせた結果、スタートしたのがブルーオーシャンの「格安電池ドットコム」という中古乾電池のネット通販サービスです。

当時は国内のEC化率(全ての商取引金額に占めるEC取引金額の割合)が1%を切っていた時代。

手探り状態でWebマーケティングをおこないながら、ネット通販で電池を販売し、毎月20~30万本を出荷するまでに成長しました。

また、次に着目したのが、学生時代から好きだったフリーマーケットの事業です。大量の電池を販売するために私たちもフリーマーケットへ出店していたのですが、途中から自らフリーマーケットを主催するようになりました。

最終的には36都道府県で延べ800回以上を開催し、日本で最も広域的にフリーマーケットを開催する企業となり、このフリーマーケットを事業譲渡で売却後、ネット型リユース一本に絞り込み、株式上場を果たすことになります。

5. 幾多の壁が、成長の原動力に

会社経営の中で大きく苦労した時期が、3つあります。

1つは創業期。

私は石橋を叩いて渡るタイプで、うまくいったら新しい事業をあてて、また次の事業を・・・の繰り返しで、5年間で2回もビジネスモデルを変えながら、ひとつひとつ階段を昇ってきました。

自分で言うのもなんですが、常に起業しているような状態ですし、これは非常に大変でした。ただ、そのときのさまざまな経験が1本の線になって今につながっていることも事実です。

2つ目は、フリーマーケット事業を撤退し、新規事業を一切やめ、ネット型リユースのビジネスモデルに集中して磨きをかけた上場までの期間。

撤退を決めたとき、「フリーマーケットで日本一になろう」と言って採用していた社員には、非常に辛い想いをさせてしまいました。涙する社員もいて、その姿を見て「絶対後悔はさせない」と未来の自分に約束しました。

振り返ると、あの5年間は、IT化を進めたり、上場に向けての体制を整えたり、ひとつの事業を飛躍的にスケールアップさせるための、戦いの5年間だったと思います。

そこから売上が倍々になる急な成長期となり、お客様も社員も拠点も、年々増えていきました。

成長期にはつきものですが、未整備な部分の多い会社が、そういう状態になると、あらゆる問題が勃発するわけです。何か起きれば、皆で話し合って、一つひとつ解決していく。その繰り返しでした。

そして3つ目は上場後。

メンバーの成長が追い付かない状態で新規事業を加速的に進めチャレンジした結果、想定外のことも多く、強盗に入られたり、デビットカードを不正利用されるという思いもよらぬトラブルに見舞われ、管理体制を再度見直したのが、このタイミングでした。

急拡大して上場まで進んだ次のステージで、新規事業の立ち上げが、思うようにいかないこともありました。ただ、そんな苦労も成長の原動力になったのではと思っています。

6. 世の中のニーズの最前線にいるという自信

電池のリユース事業時代につけた「マーケットエンタープライズ」という社名には、“市場創出”という想いを込めています。

独立した当時はスマホなんてない時代でしたが、刻一刻と移り変わっていく世の中に対して、企業理念にも掲げている主体的な集団で市場創出させていくことに、マーケットエンタープライズの存在意義を感じていました。

今、世の中では、大量生産・大量消費・大量廃棄の時代が終わり、“SDGs(Sustainable Development Goals ※持続可能な開発目標の略)”の機運が高まっていますが、私たちは『持続可能な社会を実現する「最適化商社」』という言葉を長期ビジョンとして掲げています。

これまで個人では扱うことが難しいとされてきた農機具や、建設機器などのリユース事業を立ち上げたり、メディア事業も堅調に拡大しています。

モバイル通信サービスでは、6万回線を保有する事業になっています。

世の中に求められているサービスは無数にありますが、結局はビジネスを展開する私たちが、課題解決に対してどれだけ主体的に向き合えるかがカギになるのではと思います。

多角化経営を行うコングロマリット企業として、社会や消費者のあらゆるニーズに対して、幅広い事業で課題解決をしていく。そんな集団でありたいと考えています。

「マーケットエンタープライズ」という会社があってよかった。数年後、数十年後にそんな風に言ってもらえたら、経営者としても本望ですね。

7. WinWinを仕掛けるのは、社員自身

私たちの企業理念は、「WinWinの関係が築ける商売を展開し、商売を心から楽しむ主体者集団で在り続ける」ことです。

誰かにやらされているのではなく、何事も当事者意識を持って動き、目の前の状況を楽しむことができる。自分自身の行動で誰かの幸せにつながったり、お客様の利益や改善につながることにやりがいを感じることができる。

マーケットエンタープライズにはそういった人材が集まっていますし、人材採用においても主体的に働ける人材かどうかを重視しています。

また、会社として日々大切にしていることのひとつが、情報共有の徹底です。

主体性があったとしても、全員がバラバラの行動をとれば、グループとしてのシナジーは、生まれません。その為に、全社のキックオクMTGでは、細部まで情報を伝えていますし、社内のコミュニケーションツールである社内報は、発刊から100号を超えました。

最近ではデジタル化を推進し、全社キックオフMTGのオンライン開催はもちろん、社内SNSの導入や、社外の経営者を招いて講演いただくオンラインサロンなども実施しています。

ちなみに、会社としての行動指針(ME10箇条)はありますが、どうやって実現するかまでは、細かいところまでは、落とし込んでいません。

あくまでも社員が主体的に考え、行動することに価値がある。その考えは、今もこれからも、変わることはありません。

今は、DX化が進む中で、さまざまなプロダクトを生み出しながら、私たちも時代の流れに対応していかなければなりません。ある意味では世の中を大きく変えられる絶好の機会でもあります。

この状況を楽しみ、一緒に盛り上げていける人と、ここからのマーケットエンタープライズを大きくしていきたいですね。

8. 裁量権と、やりがいと

企業成長には、さまざまなフェーズがあります。

創業期、拡大期、多角化期にわかれる中で、私がこだわってきたのが、すべて少数精鋭のチームで形成すること。

当社は450名ほどの組織ですが、国内外合わせて17拠点ある中で、ひとつの部署が50名を超えることはありません。

なぜなら社員一人ひとりが、自分が最後の砦であるという責任感と当事者意識を持って働ける組織にしたいからです。

多様で柔軟な働き方がスタンダードになる中、当社でも地域限定勤務の推進や、オフショア開発拠点の設立、世界80か国に向けたトレーディング機能など、各部署であらゆる動きが進んでいます。

各事業の成長を見据えつつ、一人ひとりがやりがいを持って働ける会社をこの先もつくっていきたいと考えています。

9. 自分の価値観を最大化するための経験・体験を

私は大学で講義をすることもあるのですが、改めて時代の変化を実感しています。

SNSで「高校生です。勉強させてください」というメッセージが直接届くような時代で、昔と比べて情報の価値は変わらないまま、誰でも情報を取得できるようになりました。

オンライン化が進んだこともあり、地方だから情報が足りない、学生だから情報が足りないなどという情報格差は、既になくなったのではないかと思います。

その分、高まっているのが、体験価値です。情報が容易に取得できる時代だからこそ、自信がつく経験・体験を積んでほしいと思っています。

学生に対してよく伝えるのは「新しい人との出会い、新しい本との出会い、新しい旅を通して、自分の価値観を最大化する時間を大切にしてほしい」ということです。

是非、主体的に行動して、自らの人生において自信につながるような経験・体験を重ねてください。自分とは何者かを考える良い機会となり、きっと進むべき未来を示す道標になるはずです。

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