PR業界のリーディングカンパニーである、電通パブリックリレーションズ。同社内には「企業広報戦略研究所」というシンクタンクがあり、広報に関する調査・分析・研究などをおこなっています。
そして、今取り組んでいるテーマが「採用×広報」。同研究所では、採用コンサルタントの谷出氏と協業し、就活生にとっての企業魅力度を測る「採用版・魅力度ブランディングモデル」を独自開発。
2018年7月には、「採用版・魅力度ブランディングモデル」をもとにした就職活動調査を実施。結果として、採用担当と広報担当が一緒に取り組むことの重要性が浮き彫りになったとのこと。
本記事では、同研究所の調査結果をもとに、採用と広報がなぜ一緒に取り組む必要性があるのか、何を実践すべきなのかなど、「採用×広報」の重要性やナレッジについて、以下お三方にインタビューした内容をまとめてご紹介します。
【人物紹介】萬石 隼斗 | 株式会社電通パブリックリレーションズ コーポレートコミュニケーション戦略局 コーポレートブランド・デザイン部/企業広報戦略研究所 主任研究員/ PRSJ 認定プランナー
【人物紹介】根本 陽平 | 株式会社電通パブリックリレーションズ 情報流通デザイン局 コミュニケーションデザイン部 プロジェクト・マネージャー/企業広報戦略研究所 主任研究員/PRSJ 認定プランナー
【人物紹介】谷出 正直 | 採用コンサルタント/アナリスト
目次
広報担当者が注目しているのは「採用、就活生」
-まずは、企業広報戦略研究所について教えてください。
企業広報戦略研究所は、電通パブリックリレーションズ内にある研究組織です。2013年に設立しました。
企業経営や広報の専門家と連携をし 、企業の広報戦略・体制などについて調査・分析・研究をおこなっています。
なぜ、そのようなことをしているのかというと、多くの企業様とお仕事をさせていただく中で、企業広報はニーズが高まり重要性が増している領域なのですが、業務範囲が非常に幅広くどのようなスキルが求められるのか、何をすべきかといったことが、定義づけ・可視化されていないためです。
その課題解決や広報自体の高度化・発展に少しでも役立ちたいと考え、独自モデルをつくったり、そのモデルをもとに調査を実施し、データとして知見を“見える化”したりしています。
決して、モデルをつくることが目的ではなく、あくまでもその先にある企業のブランディングや広報における課題解決が重要です。
広報の領域は、マーケティングなどの分野に比べると従事者が少なく、論文や書籍も決して多くはないんです。
世の中を相手にするという意味では、変数の大きい領域ですし、どこまでが業務範囲か?と定義し始めてしまうと結構曖昧なんですよね。
そんな定義づけしにくい広報業務をデータを用いて、言語化、可視化をして明らかにしていくことが、リーディングカンパニーの責務だと思っています。
その結果として、広報の業務モデルができ、新たな課題の発見、解決につなげていければと考えています。
その中で、近年はクライアントのニーズで「リクルーティング」という部分がかなり高まってきておりまして、採用×広報をテーマに研究をしようとなったのです。
実際、2年ごとに実施している上場企業の広報担当責任者への独自調査でも、重視するテーマとして「リクルーティング」が、重視するステークホルダーとして「就活生・学生」がより挙げられるという結果になりました。
売り手市場を生き抜くには、採用と広報が手を取り合う必要がある
-「採用に対する広報活動が重要だ」という声が上がってきた背景には何があるのでしょうか?
まず、この数年の採用売り手市場がありますね。どの企業も求めている人材の採用が難しくなってきています。これまでの求人広告だけでは成果が出しにくくなっています。
では企業として何ができるのか。次の打ち手を考えるようになってきたという流れはありますよね。
採用活動を突き詰めていくと、「良い会社をつくること」と「良い会社をつくっていることを世の中に発信していくこと」の両方が、非常に大事になってきているように感じています。
私が支援させていただいている企業様でも、そのような取り組みをした結果、うまくいった事例が出てきています。
そう考えたときに、採用成功のためには、採用広報だけではなく、企業広報を積極的におこなうことが重要になってきます。
また、「経営課題=採用課題」と、経営における採用の重要性が高まっている中で、企業広報の担当者からも採用に関する多くの相談がくるようになりました。
本当にこの2年ぐらいで一気に増えたイメージですね。
谷出さんは、「企業は、採用活動を採用シーズンにだけ発信するのではなく、日頃から企業の活動を発信していくことが重要だ」とおっしゃっています。その中で企業がどのようなことを掲げ、いかにそれを体現していくかを伝えることが大事なんです。
実は、そういった行動の全ては、PRパーソンの行動と合致しています。谷出さんは採用コンサルタントですが、お話しされている内容が明らかにPRパーソンなんですよ。
いまや採用と広報は非常に近しく、両輪で考えるべきです。そのことをお伝えしたくて、定量的な生のデータをとることが一つの手段だと思い今回の取り組みに至りました。
とはいえ、採用担当と広報担当はお互いがばらばらに動いている会社が多いんです。どの会社に行っても、「いや、普段はそんなにやり取りしてません」と言われます。
たしかに、縦割りで業務が分断されているイメージはあるかもです。
採用と広報がもっと密に近づけば近づくほど、採用成功につながると思います。
そのために、採用担当と広報担当が一緒になって同じ話を聞いてもらい、共通認識を持ちながら業務を進めることがよくて、社内でも一気にスピード感が増すと思うんですよね。
採用と広報が同じ目的を持てるような取り組みができるとおもしろいな、と考えている中、今回の話があったんです。
就活生にとっての企業魅力度を測る指標、「採用版・魅力度ブランディングモデル」とは?
-今回の取り組みの中で独自開発された、「採用版・魅力度ブランディングモデル」とは、どのようなものなのでしょうか?
「採用版・魅力度ブランディングモデル」は、企業が採用活動を通して、就活生に対してどのくらいブランド形成をできているのかを測る際の指標をモデル化したものです。
これは、「①採用版・企業魅力度」×「②採用活動」×「③社会トレンド」の3つが掛け合わさって構成されています。
企業そのものが持つ魅力だけでは、中小企業やベンチャー企業が大企業に勝つことは難しいかもしれませんが、3つが掛け算になっているところがポイントです。それぞれご説明していきます。
①採用版・企業魅力度
まず、「①採用版・企業魅力度」ですが、2016年に当研究所が独自開発した「魅力度ブランディングモデル」をもとにしています。これは「企業の魅力を構成している要素は何か?」という視点からはじまっています。
企業の魅力を「人的魅力」「財務的魅力」「商品的魅力」の3要素に分け、それをさらに各12項目、計36項目に細分化し点数化していくモデルです。
その「魅力度ブランディングモデル」に、企業文化や職場環境などの「就業的魅力」の1要素・12項目を加えた、合計4要素・48項目で企業の魅力を分析するものが、「採用版・企業魅力度」です。
②採用活動
そして、自社の魅力を発信する手法である「②採用活動」自体も企業のブランド形成には当然大きな影響を与えています。
新卒採用サイトなどの広報活動、合同企業説明会、インターンシップ、企業説明会の内容、選考プロセス、採用担当・面接官の対応などがこれにあてはまります。
③社会トレンド
そして最後が「③社会トレンド」です。たとえば、今では働き方改革や女性活躍推進といったことが社会トレンドとなっています。
そこに対して解決に取り組む企業の姿勢にも注目しており、社会トレンドというフィルターを通して、企業を選定している部分もあります。
[採用版・魅力度ブランディングモデル]
このように、企業が採用活動を通して就活生におこなうブランディングは、①企業がもつそもそもの魅力、②その魅力をいかに伝えるかという採用活動、そして、③社会トレンドへの向き合いという3要素によって最大化することができます。
学生は社会トレンドにも注目をしているので、トレンドに紐付いた自社の発信をしていくべきです。そういった情報を出せば出すほど、学生は認識しやすく、企業のブランド力は高まります。
また採用活動も、求人プロモーション、選考フロー、実務、誰が担当するかといったところを疎かにすると、企業魅力度が高いにも関わらず、志望度が下がってしまうことがあります。
-「誰が担当するか」ということも重要な要素なのですね。
そうですね。たとえば営業会社だと、トップの営業マンを採用担当にしたほうが圧倒的に惹きつけがしやすいじゃないですか。
それを「誰でもいいから手が空いている人が担当してよ」みたいな話になると、対面で出会った学生の魅力づけなんてできるわけがありません。
同じ話でも、誰が言うかによって影響力は大きく変わってきます。
そもそも、「誰に何をどうやって届けるか」という考え方が重要で、大前提として求めている人材に情報が届かないと意味がありません。
誰を採用したいのかによってプロモーションのやり方は変わってくるので、採用活動においてはそのような部分からしっかりと設計する必要がありますね。
「就活生はインフルエンサーだ」調査結果が証明してくれたこと
-今回、「採用版・魅力度ブランディングモデルをもとにした就職活動調査」を実施されましたが、その詳細についてもお伺いしたいです。
そもそもこの調査は、就活生が企業のどのような活動やファクトに魅力を感じているのか。その魅力が就職活動にどう影響するのかを分析することと同時に「採用版・魅力度ブランディングモデル」を検証することを目的に実施しました。
2019年3月に卒業予定の内々定・内定を1件以上獲得した大学生/大学院生1,000人を対象としています。
-どのような調査結果が出たのでしょうか?
まず、「就活を通じて、企業を好きもしくは嫌いになった経験がある」という就活生が9割もいるということがわかりました。
さらに、実際に好きになった経験のある780名のうち、98%が「今後もその企業を応援したい」という回答をしています。
つまり、たとえ入社につながらなくても、就活を通して就活生は企業にとって重要なステークホルダーになり得るのです。
-「今後も応援したい」が98%ってすごいですね。
すごい数ですよね。私たちの仮説としては、「6、7割はいるのではないか」と考えていたのですが、ここまでの数字が出たということは驚きでしたね。
また、「企業の印象が好き/嫌いになった就活生がどのような行動をとるのか」についても調査したのですが、以下のような結果が出ました。
- 好きになった企業について「周囲の人に優良企業だと伝えた」が約半数
- 嫌いになった企業について「周囲の人にネガティブな情報を伝えた」が4割
好きになった企業について取った行動で「特に何もしない」が26.7%とありますが、逆にいえば4人に3人くらいが何かしらポジティブなアクションをしてくれているということです。
嫌いになった企業に対する行動をみると「特に何もしてない」が51%です。これも2人に1人が何かしらネガティブな行動を起こしていることになります。
この数字はちょっと驚きがあり、ある意味、就活生は他者や社会に影響をもたらすインフルエンサーであるといえるかもしれません。
採用担当だけの視点で考えると「口コミ起こったらいいよね」で終わるところだと思うんですよね。就活を通して好きになってもらって後輩に伝えてくれれば、来年度以降の母集団形成性に役立つ、みたいな。
ただ、今回の調査のように、ここまでポジティブ・ネガティブな行動を取ることがわかったので、企業全体としては見過ごす訳にはいかないですよね。
採用だけでなく、会社としてのブランディング、売上にもつながるところだと思うので、ますます採用と広報は一緒にやるべきですよね。
我々が広報担当者と一緒にお仕事をするうえで重要なポイントは、企業のブランディング、企業価値を上げるためにどう貢献できるのかです。
その中で、採用活動が企業のブランディングにとって大チャンスで、実際に就活生が就職活動を通して企業を魅力的に思ってくれるようになるとわかりました。
みんなが何となく思っていたことを証明できたと思いますし、採用担当者と広報担当者が一緒にやるべき理由をあらためて示せたのではないでしょうか。
-たしかに採用と広報が一緒にやる必要性が非常に理解できます。その他、印象に残った調査結果はありましたか?
「就活生が選考を受けるうえで重視した企業の魅力」について調査をした結果、就業的魅力だけでなく、人的・財務的・商品的魅力も多角的に評価していることがわかりました。
上位の10項目をみてみると、「選考を受ける前まで」と「入社を決める際」ともに、2位と3位に人的魅力と財務的魅力がランクインしていることがわかります。
この結果を見ると、やはり採用には経営陣も関わっていく必要がありますよね。採用担当・広報担当だけでなく、全社として取り組まないといけない項目もたくさんあります。
今までは、採用担当の業務範囲だけで「それって採用につながるの?」と、採れる採れないだけで議論をしてしまって、そうすると予算も増えないし、行動範囲も狭くなると思うんです。
それを会社全体を挙げて取り組む必要があるということがわかれば、できることはかなり増えてきます。そういった意味で、この結果は採用担当を後押ししてくれるのではないでしょうか。
ポジティブな面はもちろんのこと、リスクマネジメントの視点でも注力すべきだということがこの調査で分かりましたよね。
不用意にネガティブなことをしてしまった結果、2人に1人は何かしら行動に起こします。たとえばそれがツイートで発信され、その内容が拡散されてニュースに取り上げられて一気に世の中まで広まるということになりかねません。
また、意外な結果が一つありました。
さまざまな経路で就活生に対して情報が届いていきますが、その情報の大元は、実はその会社の社員が関係していると証明されたんです。
どういうことかと言いますと、まず、社員がインタビューした内容がメディアに掲載され、メディアを通じて就活生と接しますよね。
また、店舗の店員として就活生に接することもあります。普段の生活の中で就活生に対してコミュニケーションをおこない、「あの店員さんがすごく好印象だったから、会社が好きになった」となる可能性があります。
さらに、リクルーター、OB・OG訪問で就活生と接する機会もあります。社員の対応次第で好印象を持ってもらうこともできますよね。
一方で、横柄な態度で接してしまうことで、あっという間に就活生にネットに書き込みされてしまいます。それがWeb上でアーカイブされますし、リアルでも周りの友だちや後輩にどんどん広まっていってしまいます。
もしくは就活・転職の口コミサイトで、その会社の元社員の方が生の情報を赤裸々に書き込んで掲載されてしまう可能性もあります。
このように多くの経路で就活生に対して情報が届いているものの、その大元は企業の社員なんです。情報の最初には社員がいるんです。
実際の採用活動でもそうですよね。面接官となる社員が学生にどう接するかによっても印象が変わってきます。
また、社員が何か不祥事を起こしたことがニュースになれば、その会社全体がネガティブな印象で捉えられてしまいます。
まさに、昔から言われる「企業は人なり」だなと。自社のことが好きで、誇りに思っている社員が学生に出会うとポジティブな想いはどんどん伝わっていきます。
採用がうまい会社は、エンゲージメントの高い社員が採用の前線に立っています。逆にそこまで考えておらず、業務としてだけ採用活動を捉えていると、社員一人ひとりの想いが伝わっていかないので、就活生に響かないと思います。
-うまく採用をやるためには、エンゲージメントが高まる環境づくり、社員教育、すべてがつながりますね。
就活生が自社を訪れた時に、すれ違う社員が挨拶するかしないかで印象が変わったりするわけです。社員が暗い顔で廊下を歩いていたら、「この会社じゃ大丈夫かな?」と思いますよね。
それでは、いくら人事・広報が頑張ったとしても、全然意味のないことになってしまいます。ですので、根本を突き詰めていくと、重要なのは社員です。
社員がイキイキ働いている状態をつくっていくことが結果的に採用がうまくいくという発想を、採用担当は持った方が良いし、広報はその取り組みを世の中にどんどん伝えていく。そのような流れをつくるべきです。
また、良い発信がWEB上に流れるほど、それはアーカイブされ蓄積されていきます。それが3年、5年、10年経った時にどれだけの情報がWEB上に掲載されているかを考えた場合、すごく効果的なんじゃないかなと思います。
ただ、そういった情報を出すのであれば、言っていることとやっていることを一致させないといけません。「メディア上は良いことが書かれているのに、実際は違った」みたいなギャップを産んではいけません。
エンゲージメントを高めるためのインナーブランディングをやりつつ、それを外にも発信していく。内と外のブランディングが必要で、そこに一貫性がないと意味がないですよね。
伝えたいのは「魅力的な会社をつくることが採用成功につながる」ということ
-今回の取り組みに関して、今後さらなる展開などはあるのでしょうか?
「採用版・魅力度ブランディングモデル」に関しては、もっとブラッシュアップしていきたいと考えています。
今回の調査は一回目で至らない点も多々あったかと思いますので、さらなるアップデートをしていく必要があります。また、新卒採用だけではなく、性質が異なる中途採用も視野に入れた試みも検討しています。
一方で、今回の調査で参考になるデータが多くとれたため、これを活用しながら、採用担当、広報担当の方々に対して何かしら企業ブランディングのお手伝いをしていきたいという想いがあります。
人事の方には「とにかく広報は味方です」と伝えたいです。
採用は、広報や経営陣を巻き込んでおこなっていく必要があります。そこに対して是非、私たちも一緒に考えていきたいと考えています。
活用できそうな調査データや知見など、そういった視点から企業様の採用活動のサポートをさせていただきたいですね。
PRにはさまざまな定義が世の中にありますが、パブリックリレーションズは、パブリックとの良い関係を築く仕事だと思っています。
パブリックには生活者も株主、そして学生もあてはまります。
良い関係を築くことを「“LOVE ME”な関係が生まれる」とよく言われるのですが、いかに多くの“LOVE ME”な関係をつくっていくかが広報のミッションだと思います。
その中でやはり、対学生、対採用に関わる業務の重要性は増してきています。採用活動を広報視点で一緒に考えるともっと素敵な仕事になると思いますし、そこを採用と広報が一緒にやれればもっともっと大きな効果を生み出すことができると考えています。
あらためて伝えたいのは、採用活動を突き詰めていくと、「社員が誇りを持てる魅力的な良い会社をつくっていく」ことが重要で、それを世の中に発信していくことが大切だということです。
その中で採用や広報があり、「広報頑張るぞ、採用頑張るぞ」の前に、「良い会社つくるぞ」という部分を考えるべきです。
それがないと、「広報として何を発信するんだ」という話になるので、まずは「良い会社づくり」を中心に据え、それを最大化するために多くの社員を巻き込んでいったほうが良いと思います。
そうすることで、巡り巡って良い会社ができて、幸せな人が増えていくのではないかと考えています。
人事と広報の連携強化だけで、まだまだ変わる可能性が大きくあると感じています。縦割り組織であったり、役割が違ったりと、さまざまな背景があると思いますが、ぜひ一緒にやっていきましょうと、発信していきたいですね。