渋谷ヒカリエに本社を構えるDeNA。そのオフィスツアーが8月1日に開催。
今回のオフィスツアーは見学して回るのみでなく、DeNA社外のゲストを迎えた鼎談会やパネルトークも実施されました。
社員の健康を経営課題として捉え、健康サポートを経営的視点から戦略的に取り組む「健康経営」を実践しているDeNAの先進的な取り組みをご紹介します。
目次
生産性低下による損失を算出した結果、23億円だった
まずはじめに、株式会社ディー・エヌ・エーCHO室室長代理の平井孝幸氏が簡単に取り組みを紹介。CHOとはChief Health Officer、つまり最高健康責任者という意味とのこと。担当者と部署まで用意するDeNAの本気度合いがうかがえます。
平井氏:「DeNAの健康経営は医療の観点というよりも、働く人の生産性向上に特化した取り組みです。出社しているにもかかわらず、生産性の低い状態のことをプレゼンティーイズムといいます。
たとえば腰痛、肩こり、睡眠の関する悩み、花粉症、二日酔いなどなど。そういうものがDeNA内でも他のIT企業の社員の話でも耳につくようになり、まずは社内で調査をしてみたのが取り組みのきっかけです。
このプレゼンティーイズムによる損失を専門家の監修のもと独自に算出したところ、23億円くらいと出ました。当時約2,000人の会社なので一人あたりは200万円の損失です。
また、社員の平均年齢が32歳だったのですが、平均年齢がより高い会社であれば、損失額もより大きくなるかもしれません。
また、腰の痛みを抱えているメンバーが30%以上という結果も出ました。IT企業という性質上、一日中パソコンを前に働く人が多いからでしょう。
日本の会社では健康面は自己責任にされがちですが、そうではなく、会社として損失が出るのであればサポートすべきだと考えているため、健康経営は今後どの会社も取り組むべきだと思っています。
DeNAでは2016年に健康経営を始めるにあたり、全役員と主だった社員にヒアリングやワークショップを重ね、具体的にはどんな方針がふさわしいのか調べました。
重要視したひとつがDiverse(多様性)です。健康経営というとどうしても『タバコをやめろ』『健康的な食事をとれ』といった強制的な施策が想起されます。
そうではなく個人の趣味嗜好には口出しせず、会社としては選択肢を広げておくにとどめ、強制や禁止はしないことが社員のストレス軽減につながると考えています。
また、Sustainable(持続性)にも注目しました。健康経営は福利厚生ではありません。福利厚生にしてしまうと会社の業績に左右されてしまいます。
業績には関係なく経営施策として、いかに投資対効果の高いものに絞っていくかが重要になるため、なるべくお金を使わない方向で進めてきました。
並行して、外部との連携も大切にしてきました。当時、渋谷で健康経営に取り組んでいる会社も少なかったので、他企業や医療関係者、省庁やヘルスケアのメーカーと連携を進め、文化づくりから始めました。
それが健康経営の元々の目的である組織の活性化や業績の改善につながっていく実感があります。
外部との連携や情報発信していくことのメリットに、ブランディングがあります。つまりDeNAで働いている人は健康だというイメージがつくことです。
イメージが社会に浸透していくことによって、社員もそれに合わせて自然と変わっていくことが期待されます。
そういったことから、今後も健康ブランディングをしていくことが使命だと思っています。
おもしろいことに、実際には健康診断結果の良し悪しよりも主観的健康観(自分は健康であるという自己認識)の方が生産性に寄与することがわかっています。
実際に「健康になったか」どうかではなく、「健康になったと思うこと」が重要なので、アンケートの実施は健康経営のチェックとして有効だと考えています。
このように意識が上がることがそのまま生産性の向上につながるのですが、健康意識が低い層に対してはやはり攻めの施策が必要になってきます。
DeNAでは理学療法士を社員として雇い、オフィスを巡回して姿勢の矯正などをおこなっています。
社外ゲストを迎え、さまざまな立場から健康経営について考える
【ゲストその1|経産省 紺野氏】生涯現役社会だからこそ考えたい健康経営
社外ゲスト二名を加え、座談会へと会は進みます。一人目のゲストは経済産業省ヘルスケア産業課係長の紺野春菜氏。ヘルスケア産業課において企業の戦略的な健康経営を推進している担当者です。
紺野氏:健康経営銘柄やホワイト500といった健康経営に取り組んでいる企業を認定する制度の基準を策定したり、企業の課題をヒアリングしたり、大学で講演をしたりして健康経営を推進する仕事をしています。
健康経営とは、本来は個人的なことである健康という問題に、企業があえて関与していくというものです。相容れない健康と経営を結びつけてしまったのが健康経営ともいえます。
ただ、その健康経営に多くの企業がメリットを感じてくださっているので、ここまで広がっているのではないでしょうか。
最近では、SDGs(※)への関心が高まっていて、企業からの相談も多くあります。企業は、企業自身が20年後、30年後どうなっているかを考えがちです。
ですが、SDGsの観点では、社会がどうなるか世界がどうなるかといういう広い観点で日本を見た時、少子高齢化、長寿社会が問題になってくると考えています。
だからこそ、生涯現役社会で社員が最後まで元気でいられるよう、会社にとっては健康経営が重要となるのです。
※…「Sustainable Development Goals」持続可能な開発目標。
【ゲストその2|医師 松平氏】病気は治療よりも予防が重要。人生100年時代を健康に生き抜くために
松平氏:病気は治すのは大変なことなので、予防に注力すべきです。健康経営も予防の一環としてお手伝いしています。
企業は生産性に目を向けるのでしょうが、私の場合は健康を重視しています。
個人としての活動としては腰痛に関するものが主となります。最近は身体にやさしい最適な姿勢のことを『美ポジ』と名付け、美ポジⓇ速歩き習慣を広めています。
紺野さんのおっしゃられたとおり、健康寿命が人生100年時代の重要課題となっているので、そこを解決するための活動をしています。
【座談会】医者の在り方も変わるべき。全員で取り組む健康経営
紺野氏:健康経営が制度として用意されるのと、それが実際に社員の実感となってあらわれる、ここには距離があります。
まだまだ制度の段階で終わってしまっている企業も多いかと思います。一方で健康経営が企業文化の土台となった企業も増えてきています。
成功している企業の特徴としては、健康経営を担当者によるトップダウンではなく。社員の声を聞きながら進めている点があります。
社員一人ひとりが自分の会社の制度を知り、恩恵を受けている実感することが、仕事への向き合い方に好影響を与えているといえそうです。
平井氏:働き方に合わせて、健康経営自体は今後どのようになっていくべきでしょうか?
紺野氏:働き方改革が世間でいわれているから健康経営を始めました、ではなく、前向きに戦略的に考えていくのがいいのかなと思います。
経営課題を解決するためにロジカルに落とし込んだ手段が健康経営であるべきです。また企業内で悩むのではなく、ほかの企業と話してみることがいいのではないでしょうか。
ある会社で実施していることが意外とほかの会社ではできていないことが多いので、お互いに気づきやフィードバックを得るためにも企業間の対話をしてみるといいでしょう。
平井氏:今後、健康経営を企業がうまく進めていくためには、産業医の存在も大きいのではないかと思っています。
産業医はどちらかというと『待っている』というか、トラブルが起きてから対処するイメージなのですが、松平さんのように自発的に活動する先生が増えるといいのではないでしょうか。
そうすれば産業医の社会的な地位も上がると思うのですが。
松平氏:産業医の方々は自分の事業所が大事なのは当然ですから、お互いの情報交換が大事になってくるかと思います。
ビッグデータを活用したり、全体でプレゼンティーイズムの測定ツール等を統一したりすれば、もっとよくなるのではないでしょうか。
紺野氏:おもしろい事例だと、産業医が健康経営の担当者となっている会社がいくつかあります。
部長や執行役員のような肩書きを得て、経営に関わる産業医が登場しています。そういう体制になると、経営にも医療にも気を配ることができるので、うまくいくかと思います。
保健師を一人採用するのにも産業医の肥えた目を活用するといいでしょう。
松平氏:人間は強く勧められると、そのことをしたがらなくなります。たとえばシャネルとプラダ両方が好きな人にシャネルばかり勧めるとプラダを買うというような。
説き伏せるのは得策ではないのですが、医者はそうしがちです。でもそれはうまくいきません。
禁煙した方がいいのは薄々わかっている人に、禁煙を強く勧めるのも失敗します。だからその動機付け面接といったコミュニケーションスキルを、医者も含めて健康経営に携わる人は習得しておくよいでしょう。
あるべき健康経営のスタンスが見えてきました。松平氏の話からもわかるとおり、強制はせずに、ブランディングによって徐々に意識変容を促すというDeNAの方針は理にかなっているのだと感じました。