今回、freee株式会社でマーケティングをしながら労務業務をおこなってきた経歴を持つ岡田さんに、「労務の抱える問題」と「労務の工数を削減するための考え方」についてお伺いしました。
普段あまりスポットライトが当たらない労務業務ですが、労務担当者は、従業員が安心して働けるために、いろいろな業務をこなしています。
しかし、そんな労務業務の中には、実に多くの課題や悩みがあります。それはどのようなものか、そしてそれらを解消するために求められるものとは何か、本記事にてご紹介します。
是非、ご一読いただけますと幸いです。
岡田 悠(オカダ ユウ ) | freee株式会社 プロダクトマネージャー
目次
1. freeeが30人から100人になるタイミングまで労務に携わる
1-1. freeeの世界観に共感。イノシシ肉の卸売を経てfreeeに入社
-岡田さんはfreeeに入社する以前はどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
岡田氏:大学卒業後に新卒で外資の金融機関に入社し、そこでM&Aの案件に携わっていました。ずっと財務分析や株価のシミュレーションをやっていた感じですね。
その後会社を辞め、イノシシ肉の卸売などに携わるようになりました。私の実家が兵庫県の丹波篠山というイノシシが有名な町なのですが、そこで知人が営んでいるイノシシ肉の卸売をしつつ、それ以外にも家業も手伝ったり、知り合いのさまざまなスモールビジネスに関わったりしていました。
その時に、バックオフィス関連の仕事もしていたのですが、経理の仕事がすごく面倒だということをずっと感じていました。
そんな中、「何かいい会計ソフトはないか」と探していたら、プロダクトがローンチされたばかりのfreeeと出会いました。調べていくうちにfreeeのコンセプトや世界観にものすごく興味を持ち、「話を聞いてみたいな」と思い、話を聞きに行ったんです。
それをきっかけに、「freeeをどんどん世の中に広めていきたい」と思い立ち、2014年にfreeeに入社しました。ちょうど3年前ですね。
-入社してまずは何をされたんですか?
岡田氏:『給与計算ソフトfreee(現:人事労務freee)』のマーケティングを担当していました。私が入社したときのfreeeは『クラウド会計ソフトfreee』をメインで販売していたのですが、かねてからユーザーの要望が強かった『給与計算ソフトfreee(現:人事労務freee)』のベータ版もローンチしたタイミングでした。
しかし、当時はマーケティングの経験が全くなかったため、Webマーケティングの勉強をしながらインバウンドの仕組みを構築し、さらに『経営ハッカー』というオウンドメディアの運営もしていました。
振り返ると、当時は30人くらいの会社規模で、営業組織はなく、ほとんどがエンジニアでしたね。
-今は300人くらいなので、ちょうど10分の1くらいのときですね。当時、知識ゼロから、マーケティング、オウンドメディアの運営もやっていたとは、すごいですね・・・。
岡田氏:ただ、マーケティングの知識はついてくるのですが、ユーザーである労務に携わる方々の悩んでいることや求めていることに対する理解が弱いと感じていました。
ユーザーの方々に実際にヒアリングをしてもよくわからないことも多いため、「まずは自分でやってみるのが一番だ」と、そこから兼務で自社の労務業務をやりはじめるようになりました。
1-2. 「100人になると無理だった」労務は従業員が増えると加速度的に忙しくなる
-すごい行動力ですね・・・!具体的にどういったことをされたんですか?
岡田氏:労務の業務を知るために、最初は毎月の給与計算をおこない、給与を振り込むところからスタートしていきました。そこからシーズナリティのある、年末調整、算定基礎届などの対応もしていきます。さらに、少しずつ慣れてきたら、賃金規定の策定や健康診断の対応、インフルエンザの予防接種の実施、入退社手続きなどもやりました。
これらをだいたい1年半くらい、社員数が30人から100人規模になるまでやり続けました。100人になったタイミングで、労務の担当者の方が入社してくださったので、そこからはその方にバトンタッチしました。
労務業務に携わっていた間は、まだ当時ベータ版であったfreeeを使いながら業務をおこなっていました。freeeを活用して実際に感じたことをエンジニアにフィードバックをして、改善していくというかたちでプロダクトをつくりあげていきました。
当然、当時は知識が全くなかったので、さまざま調べながら労務業務をこなしていくのですが、Web上で検索しても欲しい情報が全く出てきませんでした。なので、その情報をなんとか調べて、経営ハッカーで記事にしてまとめるということもしていました。
マーケ7割、人事労務3割といったバランスでなんとか頑張っていましたね(笑)。
-業務量がすごいことになりそうですね・・・。
岡田氏:最初はそこまで問題なかったのですが、50人を超えてくると一気に大変になりました。100人ぐらいになったらもう無理でした(笑)。
仮に給与計算や人事労務において「同じ状況」がずっと続いていたら、そこまで大変ではないと思います。毎月同じ計算、手続きをするだけで業務が回るからです。
ただ、その状況に「少しの変化」が入るだけで、業務量が大きく増えていきます。結婚・出産、入社・退社、異動、引っ越しなど、従業員の情報が何かしら変わると、途端に全部の業務に絡んでくるんです。手続きが一気に増え、給与計算も変わります。
そうすると振り込み金額も変わりますし、従業員情報のマスターも更新する必要があります。何でこう大変になるのかを考えていたら、従業員数が増えれば増えるほど、不定期なイベントが起きる確率、頻度が上がっていくんですよね。
「毎月絶対に何かある」という状況になると、すごく大変になっていくことを肌で感じましたね。
2. 岡田さんが憤怒した「人事労務で苦労した5つのこと」
-労務業務をされて具体的に感じた問題点などありますか?
岡田氏:私が労務に携わって苦労した問題ベスト5があるのですが、それがこちらです。
2-1. 紙多すぎ問題
-紙が多くて何とかしたいという声はよく聞きますね。
岡田氏:そうなんです。クラウドシステムを使わない場合だと、本当に多くの紙が出ます。「従業員から集める紙」「管理、保存用の紙」「行政に提出する紙」といった感じで大きく3種類あります。
たとえば、年末調整。まず、従業員に申告用紙を配ります。記入後に、保険控除のハガキや、住宅ローンの用紙などと一緒に収集します。それを見ながら記載内容が合っているか確認をします。
だいたい間違っているので「ここ直してください」と戻しに行きます。ただ、デスクに従業員がいないことがほとんどです。プライバシーに関わる書類のため、机の上に置いていくこともできないので、「取りに来てください」とメモを残します。
このようにまず、コミュニケーションがものすごく発生します。そこから、集めた書類をもとに計算をしていきます。保管すべき書類もあるのですが、個人情報なので鍵をかけて管理します。
そして、いざ年末調整の計算が終わると、今度は1月までに役所に書類を提出するのですが、これも書類がものすごく多くあります。源泉徴収票って1人につき4枚の作成が必要なんですよ。従業員用、税務署用、あとの2枚は市区町村に提出します。
税務署は窓口が一つになるのでまだいいのですが、市区町村への提出は、社員が住んでいる地域の分だけ出さないといけません。そうすると、100人だと、だいたい30くらいの市区町村にそれぞれ提出します。封筒が30枚ぐらいになるんですよね。
紙が多いと単純に面倒ですし、コミュニケーションが煩雑化しますし、紛失リスクもあります。保管コストも大きくなります。
2-2. 従業員増えすぎ問題
-これは先程おっしゃっていた「従業員が増えるほど不定期なイベントが起こりやすい」という話ですね。
岡田氏:そうですね。弊社もそうですが、ベンチャー企業においては、どんどん従業員が増えてくるフェーズがあると思います。
そうすると、入社手続き自体も大変ですし、人が増えると、あまり面識のない従業員とやり取りをする機会も増えます。そうすると、コミュニケーションが上手く行かずに非効率的になることがあります。
また、20人30人規模だった会社が一気に100人になるとします。30人くらいの時はなんとかExcelで従業員情報を管理・対応していたけれど、一気に増えると対応する暇もなくごちゃごちゃしたExcelができあがります。そして、100人になってこれからどうしようといった問題も起きがちです。
-従業員数によって最適な労務担当者の数の目安はあるものですか?
岡田氏:この間、市場調査をとった時は、だいたい100人~500人規模の会社であれば、労務業務は2人~3人が関わってる場合が多いようです。労務業務の中でも勤怠のチェックを重点的におこなっている方や、社労士さんとのやり取りをメインにおこなっている方、年末調整だけパートの方を雇用するなど、役割はさまざまです。
ただ、もっと効率化して減らせると思います。弊社は300人規模ですが、労務業務は0.5人/月でおこなえています。人が多いとそれだけ情報フローも複雑になりますし、人件費もかかります。突き詰めるとまだいけるはずです。
2-3. 秘伝のExcel問題
-「秘伝のExcel問題」とは何ですか?
岡田氏:会社が小規模のときは、Excelでどうにかなる部分は正直あります。ですので、「このままExcelでいけるだろう」と思ってやっていると、従業員数が増加するにつれて、どんどんExcelが複雑化していくんです。
めちゃくちゃ関数を組んだExcelができあがった結果、自分以外は理解できないため、引き継げないといったことが起こります。これが「秘伝のExcel」です。
さらに、「確認用のExcel」など、すごくたくさんのExcelを作成してしまったために、どれが最新のバージョンかわからないケースもあります。「バージョン2.0改」「バージョン3.0最新」のようなタイトルのExcelが並びます。
「給料×保険料率」で保険料が決まりますが、その料率も毎年変わります。その更新もキャッチアップしてExcelに反映していくのですが、Excelが多くありすぎて、どれが反映していて、新たに反映しないといけないものはどれかも把握できなくなってきます。
-「確認用のExcel」というものもあるんですね。
岡田氏:給与計算が正しいかどうかをダブルチェックするようなExcelのことを言っています。給与計算は「従業員の給料を計算する」側面と「税金、保険を計算する」側面と、2つの側面から計算をおこなう必要があります。たとえば、この2つの計算を突き合わせて確認するといったイメージです。
あとは、経費精算額と支払った額に整合性があるか、反映するタイミングが正しかったかどうかという確認作業もあります。税理士さんもおっしゃっていたのですが、Excelだけで給与計算をすると、9割の人は間違えるらしいです。
給与計算は、絶対に間違えてはいけないシビアなものです。間違えるとかなり怒られます。それを恐れて確認フローが多くなります。正確性を担保するために、Excelが増えていきます。
本当はしなくてもよい確認もあるはずです。ただ、心理的な安心を得たいから、あるいは経営陣や管理部長に証明するために形式的におこなってしまっているものもあると思います。
2-4. 縦割り社会問題
岡田氏:あとは、先程の話に関連して、書類を提出する対応窓口がすごく多いので「縦割り」だと感じています。
税務署、市区町村、健康保険組合、年金事務所、労基署、ハローワーク、それぞれに対して、同じような情報だけど違う書類を提出する必要があります。紙でやってると「会社の住所、何回書かないといけないんだ」という感じになります。
それぞれの番号も管理しておく必要がありますし、提出するために自転車で巡らないといけません。
-自転車ですか?
岡田氏:はい。東京都内を自転車で回っていました。
岡田氏:電車よりも自転車の方が早いんです。freeeは最初、エンジニアしかいない会社だったので、社長自らが自転車で全部回って対応していました。
2-5. 孤独問題
-労務の仕事はあまり注目は浴びませんが、「絶対にミスができない」という精神的なプレッシャーがありますね。
岡田氏:できて当たり前、目立つ時はミスがあった時だけ。褒められることはないけど、怒られることはある、といった感じですかね。
しかも相談しにくいんですよね。数字も見せれないし。誰かが昇給したという話もできませんし。
-個人情報が多いですもんね。
岡田氏:そういった意味で労務は孤独だと思います。freeeでもユーザーの方々を集めたイベントをおこなっているのですが、「孤独ですよね」という話で盛り上がることは良くあります。外部イベントなどに行って、労務同士で悩みを話し合ったり、社労士さんに話したりするくらいしか、相談できる機会がないのではないでしょうか。
以上が苦労した問題ベスト5になりますが、私が労務業務をやっていたころは、今のようなfreeeのプロダクトは無く、人事労務の複雑さ大変さにいつも憤怒していました。
3. どうやって0.5人/月まで工数を減らすことができたのか?
3-1. 紙、Excelを減らす
-先ほど、freeeの労務業務は0.5人/月とのことですが、どのように工数を減らしていったのでしょうか。
岡田氏:はじめに「理想のあるべき業務フロー」を定義して、現状でそこにどこまで近づけることができるかトライしていきます。そこで、どうしても現状で近づけることができない部分があれば、それをfreeeの機能開発に活かしていきます。そして最終的にfreeeを活用しながら、効率化していくというステップでおこなってきました。
まずは「紙を減らすにはどうしたらよいか」という視点で動きました。紙は使わない前提で業務フローを組むことはできないか。それこそ、Excelやスプレッドシートなど、いらないものは放っておくとどんどん増えていくため、それを撲滅していくようにしました。
その中で、「スプレッドシートを使わないために、こういう機能があったらいいんじゃないか」「この紙をなくすにはこういう機能があるといい」など、紙やExcelをとにかく消すためにfreeeをどう開発していくかを考えていくこともありました。
freeeを通して、従業員が入社した際に入社情報を入力する。その後に結婚をしてその情報を入れる。そういった情報を入力した際に、それができるだけいろいろな手続き項目に接続、反映され、一度の情報入力ですべてのデータが最新に更新される。そのような業務フローをつくっていきたいですね。
3-2. コミュニケーションを増やす
岡田氏:効率化が進むと、時間に余裕ができてきます。そのため、社内のコミュニケーションを増やしていくことができます。
普通に仲良くなる、相談に乗る、社内文化をどうつくるか相談をするなど、コミュニケーションを取っていき、ちょっとでも近寄りやすい存在になるようにします。新しく入社した社員がいたら必ず話しかけるようにしていました。
そうなることで、これも効率化につながります。従業員との信頼関係があると、当たりもそんな強くなりませんし、ある程度融通も利くようになります。
4. これからの労務に求められること
4-1. 経営戦略に貢献できる労務を目指す
-これからの労務に求められる働き方についてどのようにお考えでしょうか。
岡田氏:まずは先程の話のように、「理想の業務フロー」を考えます。そして、それを実行するために、ツールを導入するのか、就業規則を変えるのか、さまざまな手段を考えて、非常識なレベルで業務フローを効率化していきながら、基盤をしっかり整えることが1つ。
2つ目は、そこから空いた時間を使って、経営戦略に貢献できるような存在になることが重要だと考えています。
人事労務の業務は、ほとんどが守りです。ただ、近年、「働き方を変える」「生産性を向上させる」といったことがすごく言われてる中で、残業、産休・育休、副業、リモートワークなどを絡めた就業規則の設計を戦略的におこなうことが求められているのではないでしょうか。そして、そのようなことを経営側と一緒に取り組んでいくべきだと思います。
また、従業員の健康管理や働きやすい環境づくり、会社を盛り上げる試みなどにもチャレンジしていって欲しいですね。たとえば、新しい社員が入社したときに、既存社員にすぐに覚えてもらえ、そのメンバーがすんなり溶け込めるための仕組みづくりなど、そういった業務にシフトしていけるといいですね。
4-2. 全体最適を考えたシステムをつくりたい
岡田氏:「理想の業務フロー」を実現するためには、部分最適だけを追求するのではなく、全体最適を考えたプロダクトが必要だと思います。
一つの情報を入力するだけで、すべての項目に反映され、最新の従業員データをリアルタイムでしっかりと把握できるようになることが理想的だと考えています。
「最新の従業員情報はここを見たらわかる」という状態になってないと、人事戦略といった話をすることも難しいのではないでしょうか。きれいなデータを時系列に眺められる状態をつくると、そこからさまざまな議論が生まれてくるのではないかと思います。
『人事労務freee』には、私が今お話ししたような内容が反映されています。部分最適ではなく、業務フローの全体最適、人事労務の中で業務を一気通貫させることを目指してつくっています。
『人』に関わる情報を1番多く扱ってるのが人事労務だと思います。労務がそういった重要な資産を、経営、事業部、バックオフィス、さまざまなチームに有益な情報として提供できる存在になって欲しいですね。