今回は、チュラロンコン大学でマーケティングに関する講師を務めるケットさんと、組織人事コンサルティング会社Asian Identity CEOのジャック中村さんの対談記事をご紹介。
タイと日本それぞれ視点から、互いの仕事に関する考え方の違いや、組織マネジメントの重要なポイント、他社の取り組み事例について語っていただきました。
他社の組織マネジメントの話では、なんと「10年間で離職が10人以下」の会社もあるとのこと。そのような会社は何を意識して、どのような取り組みをしているのでしょうか。
人事担当の方にはもちろん、多くの部下を抱えているマネージャーの方にも役立つ情報が満載です。是非ご一読ください。
【人物紹介】Kritinee Pongtanalert,Ph.D(Kate)|CHULALONGKORN BUSINESS SCHOOL Marketing Lecturer
【人物紹介】Katsuhiro Nakamura(Jack)|Asian Identity Co,Ltd. CEO&Founder
▶JackさんとKateさんの共作のビジネス漫画『Su Su Pim!』
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目次
マネジメントは「働く価値観の違い」を認識することから始まる
「勤労=美徳」の価値観を持っている日本人
私がタイにきて感じたのは、「タイ人の仕事に対する価値観は日本人と真逆」ということです。タイの人は「人生は仕事のためだけにあるわけではなく、家族、友達、恋人と過ごすことも大事」という考えがあり、この価値観は日本人とは大きく違います。
基本的には私はその考え方に触れ、すごく良いなと思い影響され、自分の人生にも取り入れるようにしました。しかしながら、タイに来たばかりの日本人は戸惑うことが多いように思います。
日本では、小学校に入ると働くことの大切さを教育されます。学校の掃除は必ず自分たちで行いますし、給食の配膳なども子供たち自身が給仕をします。東南アジアのフードコートでは自分で片づけないで席を立つことが普通ですが、日本ではそれは絶対にいけません。
教科書に出てくる童話も、貧乏だけど汗水たらして働く主人公に対して、楽をして稼ぐお金持ちは悪人と描かれることが多い。こうした「労働=美徳」という考え方が、日本人が初期教育で徹底して刷り込まれる価値観です。
日本においてこのような教育がなされることになったのは、戦争体験とは無関係ではないでしょう。軍国主義の時代に、国民全体が「懸命に働くこと」「贅沢をしないこと」を植え付けられました。「月月火水木金金」、つまり土曜と日曜は無いんだ、という歌もあったくらいです。
こうした時代はまだ、たかだか70年ほど前のことです。我々の祖母の時代は戦争体験をしていますし、私の父は戦後すぐの生まれです。こうした価値観はまだ日本人の根底に刷り込まれています。
いずれにせよ、現在の日本人にとって「働く」ことは、人生において非常に重要な位置づけであることは間違いありません。
タイでは仕事よりも家族。単身赴任なんて考えられない
タイ人はワークライフバランスを重視します。例えば日本のビジネスによく見られる「単身赴任」は、かなりタイの方にとっては不思議に感じるのではないでしょうか。
タイの場合、仕事で家族と離れることになると、奥さんやお子さんが寂しがったり、嫌がったりするので、単身赴任の人事異動を言われた瞬間に辞職するケースも少なくありません。
それほど家族の絆は強く、家族と過ごす時間は彼らにとって大切なものとなります。
また、タイはいつの時代も、ゆったりと過ごしてきました。
気候のおかげで、常に食料を確保でき、何も計画しなくても生きていけるのです。そういった風習、歴史的な背景が、タイ人の働き方に影響しているのかもしれません。
日本の方は働く明確な目的を持っている印象があります。例えば「世界の人々によい車を届けたい」という思いを入社する前から深く考えており、仕事の「やりがい」を重視している印象を受けます。
一方で、タイの方にとって仕事は「やらないといけないこと」なんです。そのため、仕事を選ぶときは「やりがい」を選ぶよりも、給料とか福利厚生を選ぶ傾向にあり、その点は日本と大きく違うなと感じます。
タイ人の仕事に対する姿勢から学ぶこと
タイ人には日本人ほど計画性はないが、そこが強みになる
仕事に対する計画性においても、日本とタイでは大きく異なります。
例えば日本の場合、商品開発やイベントを企画する際にも、半年や3ヶ月、長い場合では1年をかけて計画しますよね。
タイでの仕事に対する特徴としては、何かを企画する際に、計画はそこまで綿密に練らずに、すぐに行動に移します。
その点は、日系企業であまり見られない点で、タイの方の行動の速さはすごいと思います。
今のビジネスの環境としては、「1週間後には状況が変わる」といったことが当たり前になってきましたよね。それを踏まえると、計画的に物事を進めるという日本人の強みが、逆に弱みになっているとも考えられます。
新しいことを急にやってみるなど、「臨機応変に対応できる能力」は、タイの方から学べる部分も多くあると思います。
昨今、「アジャイル開発」「アジャイル人事」なんて言葉がはやっていますが、実はタイ人がやっていることは元々アジャイルなんじゃないか、と思う事もありますね。
「リスクに備える考え方」では、スピード感のあるアウトプットができない
ケット先生は日本やタイ以外に欧米の方々とも仕事をすることがありますよね。その中でタイはどの国の価値観に近いですか?
タイはアメリカの考え方に近いと思います。「結果をいかに早く出すか」といった点が特にそうですね。中国も韓国も同じことがいえます。
最近インドにもよくいくのですが、インドでは日系企業よりも韓国企業が目立っていた印象があります。
そこで、韓国企業の役員の方とお会いした際に、「日系企業の動きは遅い」とおっしゃられていました。その方は日系企業の幹部の経験もあるので、両者を中から比較すると、事業展開のスピードや、意思決定のスピードが決定的に違うと。
結果としてインドの市場は韓国に負けてしまっているインダストリーが少なくありません。一方でその方は、「韓国企業はプレッシャーとストレスが強くて、働く環境としてハッピーだったのは日本企業だったけどね」と言われてもいましたが・・・。
日本人は「リスクに備える考え方」が他の国よりも深く根付いているので、仕事の進め方が慎重になっているのではないでしょうか。
考えられる理由としては、地震、津波、台風といった自然災害が多い国であるということがあるでしょう。
2018年も自然災害がかなりあったと思いますが、そうした災害を何千年と積み重ねているので、「常にリスクを想定しておく必要がある」という潜在意識が強いのではないかと思います。
ただ、そのおかげで徹底的に不良品やエラーを減らして「壊れにくい車」をつくることができるなど、モノづくりにおいては強みとなったのではないかと思います。
一方で、近年は勝てる業界と勝てない業界がすごくはっきりしてきています。
例えばスマホでいうと、壊れない、頑丈であるといった機能的な価値よりも、ユーザービリティ、デザイン、などの情緒的価値を作り出しそれを伝えるコミュニケーションの方が求められています。
それを生み出すためには今までとは違った能力が求められていますが、そうした領域が得意な日本企業は多くありませんね。
タイの仕事の取り組み方から学んだこととしては、少々のミスやリスクを気にしてつまらないアウトプットになるよりは、そのへんは気にせずに勢いまかせておもしろくてかっこいいアウトプットを生んだほうが良いということです。
タイの組織マネジメントのポイント。キーワードは「家族」
「ジェネレーションギャップ」は組織内において大きな課題
私はタイの企業の組織マネジメントの支援をおこなっていますが、多くの企業が上司・部下間のコミュニケーションで結構悩んでいて、その要因としてジェネレーションギャップが大きく関係しているのではないかと思っています。
ジェネレーションギャップはどの国もあると思いますが、タイではそれが比較的激しい。ジェネレーションギャップが起こる背景は、価値観が形成される年齢、例えば大学生で体験する内容が世代によって大きく違うことが起因していると考えられます。
タイは急速に経済成長したこともあって、年齢が10歳も離れていれば、価値観が形成される頃の経験も全く違うため、価値観が大きく異なることはよくあります。
上司・部下のコミュニケーションに関しては、年齢もポイントのひとつですね。部下が上司よりも年上だったときは、結構やりづらいですね。
タイは階級社会なので年齢差を非常に気にするんです。そのため、年上の方には意見が言いにくいんです。
「年下の自分が、年上の方にものを教えるなんて恐れ多い」と、年上の方に仕事を頼みづらい瞬間がたくさんあります。
日本では若手を抜擢するなどありますが、タイではマネジメントが機能しなくなる可能性がありますね。
「10年間で離職は10人以下」極端に離職率が低い企業が実践するマネジメントとは?
また、組織マネジメントでよくある課題は「離職」ですね。タイは離職率が非常に高い。
人が辞めていくと、会社としては計画的な組織運営ができないといったことも起きます。常に人材の補充に追われ、継続的な成長がなかなか実現しにくいといったことも考えられます。
それは多くのタイ企業が直面している課題ですね。ただ、中にはうまくマネジメントができている企業もあるんです。
例えば、「スイカ」というシャツの製造会社は、200人くらいの従業員を抱えているのですが、10年間の間で辞めていく人は10人未満と、タイでは非常に珍しい会社です。
その企業では何をしているかというと、まず「シャツを作る意味」を社長が直接従業員に訴えかけています。
例えば、タイの方は王様の愛情、敬愛を表すために、黄色いTシャツを着ることがあります。
そこで社長は従業員に「タイ国民がもっと国王に愛情を表現できるために、一生懸命黄色いTシャツを作りましょう」と、目の前の仕事が何に結びついているのかを、訴えかけるんです。
また、働く環境も工夫しています。普通の工場はコンクリートの壁で閉じ込められているイメージがありますよね。
こちらの会社の工場は川沿いにあるのですが、川を見ながら仕事ができるようにと、壁をなくしたんです。従業員は外の景色を眺めながら、服を作る仕事に取り組むことができます。
また福利厚生も非常に充実しています。食事が3食ついてきて、夕食などは家族の分まで持って帰れるんです。これは従業員の方は非常に喜ばれています。
さらに、社長自ら、従業員にお金の節約の仕方や投資の仕方まで教えてくれるんです。
このように、社長は本当に従業員のことを大事に思っていて、その結果として低い離職率を保つことができ、従業員がやりがいをもって働けているのだと思います。
組織マネジメントに成功している事例の共通点は「家族的な組織」
良い組織マネジメントに共通しているのは、「家族的な組織」を作っている点だと思います。
とある企業でも、さきほどケットさんがおっしゃっていたような、本当に社員を家族のように想って接していて、やはり離職率は非常に低いですね。
実際にその会社から、給料が高い競合の欧米企業に転職した方がいたのですが、「以前の環境の方がよかった」という理由で、再びその会社に戻ってきたというエピソードもあります。
そのため、「家族」はタイの組織マネジメントにおいてひとつのキーワードだと思います。
実際の家族はもちろん、一緒に働く人たちも家族のような気持ちで接することは、すごく大事なポイントになるのではないでしょうか。
この考え方は実は日系企業がもともと持っている価値観と近いため、そこに原点回帰することがタイで上手くいくポイントなんじゃないかと思っています。
それはジャックさんの言う通りだと思います。
社長が社員の子どもの名前を覚えたり、一緒に食事をしたりと、従業員にとってすごく大切にされている家族のように感じてもらうことが大切ですね。
また別の会社の事例になるのですが、「バスルームデザイン」というお風呂を作る会社は、朝みんなで一緒にお祈りをする時間があるんです。宗教的にお祈りをすることで、心がおだやかになっていきますよね。
また、お風呂を製作するときは、「あなたの親がこのお風呂に入ることを想定したら、どんなお風呂がいいですか?それを思い浮かべながらつくりましょう」と、「社会のため」ではなく、「親、または王様のため」というコミュニケーションをとるんです。
そういった意味付けのほうが、タイの方は熱心に仕事に取り組んでくれます。
それ以外にも、組織づくりにおける面白い事例がありまして、「LOXLEY」というタイの大手商社の話になります。
その会社は、本社の所在地がスラム街の近くにあるのですが、CSR活動の一環としてスラム街の方々に物やお金を寄付していました。
その後、2014年に軍事クーデターがあり、「大企業やお金持ちを弾圧しよう」という運動がさかんになっていったんです。
その流れで、LOXLEYにも弾圧運動が及ぼうとしていたときに、スラム街の人たちが会社を守ってくれたんです。「LOXLEYは私たちの味方です」と、クーデターを起こした方々に引き返してもらうよう説得したことがあったんです。
そういったことがあり、LOXLEY社は「もっとスラム街の人々に対して役に立ちたい」と考えるようになり、「職をつけるプロジェクト」をはじめました。
これはどういうものかというと、例えば、毎週土曜日にLOXLEY社の社員がスラム街に行って、いろいろ授業をするんです。
「私は歌がうまいからバンドをやりたい」「私はクッキングのやり方を教えたい」「カービングが上手だからカービングを教える」など、結果的にいろんな社員が応募して、みんなあまりにも楽しすぎて、当初の予定していた回数よりも伸ばして実施していきました。
スラム外の方々はもちろん喜んでいるのですが、プロジェクトを通して社員同士の仲もすごく良くなっていったんです。
今まで話したことのない人たち同士が交流できるきっかけづくりになって、部署の間の壁がどんどん崩れていくという成果が上がったと、LOXLEYの人事部の方が教えてくれました。
みんな楽しいことが好きなので、主体的に楽しめる環境をつくれたら、良いインパクトにつながると思います。
タイのHRがもっと良くなるために必要なのは「意識改革」
組織にとって重要なはずの「人事」に誇りを持っていない?
私たちは「タイで人事を育てる」という目的のもと、「人事の学校」を2年ほど運営しています。
その中で、「人事ってどんな仕事ですか」と聞くと「人気がない」「あまり花形の仕事ではない」など、仕事に対して誇りを持っていない人が多い印象があります。タイの人にとって人事とはどういうイメージだと思いますか?
少しずつ人事の役割は企業において重要になっていると思っています。
変化の激しい時代に、企業が「人」にフォーカスし、従業員がより幸せに働ける環境にしていこうという流れは広がってきています。
実際に大手企業の人事部ではおもしろい企画もしています。例えば、タイ最大の通信会社AISという会社では、人事部が充実していて、企業内大学のプログラムや、有名な社長を招き従業員のモチベーションを向上するためのプログラムを実施しています。
セントラル・グループやサイアムセメントにも充実した企業内大学が備わっており、多くのカリキュラムを自由に受講することができます。
多くの人に人事の魅力を知ってもらいたい
とても良いことですね。
そうした人に関する施策を考える際に、手法から入らず、本質的に必要なことは何かを考えることが大切です。ともするとタイの人事はオペレーションに終始したり、ツールや手法を導入することが仕事だと思っていることも少なくないと感じます。
例えばよく、タイの方から「コミュニケーションの研修はありますか」といった質問をされます。
しかしコミュニケーションの研修は一つのソリューションの一つであって、組織にどういう問題があって、それをどういう状態に導きたいのかをイメージできていないと、手法だけ借りてきても表面的な結果しか得られません。
でなぜそれを取り入れる必要があるのか、施策をした後でビジネスにどうつなげるのか理解し考えることが、タイのHRには求められるのではないでしょうか。
会社を良い方向に導くためには、何かしらの「変化」を起こすことが求められます。そして、そのために必要な影響力や役割を人事は持っています。
「何のためにその影響力を使うのか」ということを理解さえすれば、良い変化を生み出すポテンシャルがタイのHRにはあると思います。
そのため、我々は、「HRスタッフを他の部署に、またはHR部門内でジョブローテーションさせて他の業務も経験させること」を推奨しています。
ローテーションをネガティブに捉える文化もタイにはありますが、ある程度のローテーションを通じて人材を育てることは世界標準です。 HRの専門スキルを備えつつ、幅広い視野と経験を持った人材が最強だと思っています。
また、HRの魅力を深く考えることが重要ですね。
「給料計算は企業にとって重要だ」とかではなく、HRの本当の魅力、例えば「人を動かす」「人を育てる」「社員の成長を見守れる」など、人事の本質的な魅力を意識する必要があると思います。
みなさんが誇りを持って、もう一度「今までどういうことをしてきたのか」「どのように企業成長に貢献できるのか」「どういう社員がいて、どうサポートすれば成長できるのか」などを考え、HRのやりがいを見つめ直してほしいですね。
▶JackさんとKateさんの共作のビジネス漫画『Su Su Pim!』
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