私たちとインドネシアの現地スタッフとの間には当たり前ですが、文化や考え方の違いがあります。そのため、「なぜ同じことを注意しているのにわかってくれないのか」「どんな伝え方をすべきなのか」と、従業員とのコミュニケーションのとり方や指示の出し方に対し課題を感じることもあるのではないでしょうか。
そんな時、従業員に対し「日本の文化・考え方に対して理解があれば楽なのに」と感じたことのある方もいらっしゃるでしょう。しかし、インドネシア人スタッフも日本人に対して「インドネシアの文化や考え方を理解して欲しい」と思っているかもしれません。
今回は、日系企業の人材育成を支援しており、異文化理解・営業スキル向上のための研修や公開講座などを実施されているPT.Cicombrains Inspirasi Indonesiaのリンタンさんにお話をお伺いします。
リンタンさんは、明治大学卒業後、日本での就労経験があり、日本とインドネシアと両者の考え方に理解があります。そんなリンタンさんが考える日本人・インドネシア人の考え方の違いを踏まえ「日本人と働くインドネシア人の本音」をご紹介します。
Nugraheni Niki Lintang Pertiwi | PT. Cicombrains Inspirasi Indonesia
ジョクジャカルタ出身。アニメや漫画がきっかけで日本文化に興味を持ち、三井物産の奨学生として明治大学経営学科へ入学。大学卒業後、大手日系メーカーに入社し、本社購買部門のプロジェクトに従事した後、インドネシア生産拠点に赴任。その後文科省の奨学生として一橋大学国際企業戦略研究科(ICS)卒業。その後インドネシアに戻り、新規企業の設立メンバーとして、貿易ビジネスの立ち上げや飲食店経営を経験。2017年よりインドネシアにおける異文化研修、マネージャー研修の講師としてサイコム・ブレインズグループに参画、2018年2月より現職。
異文化理解には「謙虚になる。」という心構えが必要不可欠
―リンタンさんの現在の活動内容を教えて下さい。
インドネシア人と日本人の方々に対し、異文化理解に関するセミナーをおこなっています。1回のセミナーは、小規模グループだと約20名、大規模グループだと100名以上の参加者がいらっしゃり、年間約1,000名以上を対象にセミナーをおこなっています。
―参加者はどういった方が多いのでしょうか?
インドネシア人の方が大半ですね。日本人の方がインドネシア人従業員のために、研修を開催されるケースが多いです。
というのも「自分はインドネシア人について理解しているので、彼らに日本の文化をもっと理解してほしい。」と考える日本人の方が多く、自社の従業員に日本文化を教えるために、セミナーを導入されています。
そのためインドネシア人の参加者の中には、弊社のセミナーに参加することに対し「どうして自分たちが参加しなければいけないのか。」と否定的な考えを持った方もいらっしゃいます。なかには、異文化理解のセミナーの目的を「インドネシア人に日本的な考え方を勉強させ、私たちを日本人のような性格に変えること」だと感じている方もいます。
実際には、セミナーを受験していただいても、彼らを日本人のような国民性に変えることはできません。10年以上日本に住んだ私自身でさえも、国民性は完璧な日本人とはいえません。
しかし「日本人と円滑に仕事するためのコミュニケーション」について紹介することはできます。
そのため、私がセミナーをおこなう際は、まずはじめに「あなたが違う考え方に対して理解しようとしない限り、この研修を受けてもなにも残らない。セミナーを受けている時間が無駄になってしまう。」ということを伝えています。
これは、私たちにも言えることですが「異文化理解を学ぶことに意味がない」という考えがある状態は「自分のことをわかってくれない相手が悪い」と相手を責め、何を聞いても否定的に感じてしまう傾向にあるのです。
実際、あなたが”誰かを理解したい”という気持ちがある時は、自分の中で言いたいことがあったとしても、一度我慢し、相手の話を聞くようにするのではないでしょうか。このように異文化を理解しようとするとき、「謙虚になる」という心構えが大切です。
―インドネシア人の方が口にする「日本人に対する不満」というのはどういったものがありますか?
セミナーでよく質問や相談を頂くことが多いのは、主に2点です。
1.意見を評価してくれない・信じてくれない。
2.仕事で注意するポイントが細かい。
互いの考えの違いを、正誤や優劣の基準で判断しない。
ー彼らが不満に感じてしまうのには、どのような背景があるのでしょうか?
先ほどあげた不満は、3つの文化の違いによって生じることが多いです。
まず1つ目に、日本人は不確実なことを回避する傾向があります。つまり、日本人はインドネシア人と比べると、物事を真剣に考え、リスクマネジメントも含めた計画を大切にしています。しかし、インドネシア人は「計画を立てること」よりも、「とりあえず行動してみる」というところに価値を置いています。
この点は、先ほどインドネシア人からの不満にあがっていた「日本人が意見を信用してくれない」という点にも繋がっています。
例えば、インドネシア人は計画に時間をかけるよりも「一度行動をして、エラーが起きてから次の行動を考える」タイプが多いため、事前に起こりうるリスクなど細かく想定しないことが多いのです。
そのため、日本人にとっては彼らの意見や行動の根拠が理解できず「考えが足りない。根拠がなさすぎる。適当だ。」と感じることに繋がっています。
2つ目の文化の違いは、インドネシアは「集団主義の傾向が強い国」という点です。
実はインドネシアは、世界で最も集団主義の強い国といわれています。皆さんも心当たりがあると思いますが、インドネシア人は誰かの誕生日があると、必ず全員で集まってお祝いをしていますよね。他にも、各イベントごとにSNSのグループを作成しコミュニティーをつくっています。
このような集団主義の強いインドネシア人は日々の行動の中にも「他者との衝突を避けたい」という考え方が強くみられるのです。
この考え方は、会社の中で自分の意見を求められている時でも、自分の意見がはっきりいえないことに繋がっています。そして、彼らは仕事とプライベートの区別が曖昧な人も多く、業務中のトラブルがきっかけで、プライベートのコミュニティーの平和が壊れてしまう可能性を恐れ、思うことがあったとしても発言することをためらう方が多いのです。
また3つ目の文化の違いは、インドネシア社会はヒエラルキーが強いことです。
そのため、仕事場においても、“自分と接点のある上司”が一番偉いという考え方があり、上司のいうことは間違いない・従えばいい、という考え方を持っている従業員が多く、「上司に対しNOが言えない」という傾向があります。
そのため心の中では「自分の考えが正しい」と思うことがあったとしても、自ら発言しようとはせず、また自身の意見を求められたとしてもはっきりと回答をせずに、上司の指示を待ってしまうのです。
インドネシア文化に歩み寄るためにできること
―3つの文化の違いを理解した上で、私達がよい関係で働き続けるために他にはどんなことができるのでしょうか?
うですね。一番はお互いの違いを理解した上で、業務をシステム化することでしょう。
日本人の多くが課題に感じている「報連相」を例にしてみましょう。そもそも「報連相」は、状況がわからないことを不安に感じてしまう不確実なことを好まない日本だからこその考え方です。しかしインドネシア人にしてみれば、いろいろな情報がなくともすぐに判断をだせる人が多く、そもそもどのような情報が求められているのかもそこまで深く考えていません。
だからこそ私たちは「何曜日の何時までに、このフォーマットを使い、こういう内容のデータを用意して報告してください」と具体的に指示をだす必要があります。このように、彼らの業務を細かく指定してあげることで、彼らは自発的に、私たちが必要としているレポートの用意ができるようになり「報連相」がシステム化されていくのです。
また、彼らにレポートの重要性を理解してもらうためには「報連相」をおこなう背景と理由をしっかりと伝える必要があります。日本人は言われなくてもある程度できるかもしれませんが、インドネシア人にとっては、そもそも「報連相」という言葉から馴染みがありません。どうして必要なのか、なんのためにやって欲しいのか、理由を繰り返し説明するようにしましょう。
ー繰り返し重要性を伝えても、なかなか伝わらないこともありますよね。
そうですね。彼らが報連相をできない理由の1つに、何度も上司の方に報告するのは「上司に迷惑をかけるのではないか」、「逆に怒られるのでは」という心配があります。そのため、特に”悪い内容”に関する報告は、怒られることを恐れて、なかなか言い出せないのです。
例えば、工場で機械がとまってしまった時、従業員がすぐに報告をせず、機械停止から報告を受けるまでに時間が空いてしまっていた、という経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実際にそういった状況に陥ったとき、インドネシア人の中には「上司に迷惑をかけないよう、自身でなんとかしよう!」と自分で修理を試みる方もいるようです。このように、彼らはトラブル発生後にすぐに報告をしないことが、上司にさらに迷惑をかけてしまうことをわかってはいません。
むしろ「報告が遅い」と怒られても、「自分は迷惑がかからないよう、何とかしようと思って行動したのに」と感じてしまい、なにが原因で怒られているのか理解ができず、また同じトラブルを繰り返してしまうかもしれません。
―では、そんな彼らの意識を変えるため、効果的な説明の仕方はありますか?
そうですね、私もよく使っている方法なのですが、彼らがイメージしやすいような細かい設定を作って説明するようにしています。下記にて例をご紹介します。
状況
あなたは個人で飲食店を経営しており、従業員を1人雇いました。
ある日、従業員はお店で食材を管理する冷蔵庫が壊れていることに気が付きました。しかしその従業員は、あなたに怒られることを恐れて、自分でなんとかしようと試みます。しかしその従業員にはエンジニアスキルはなく、修理することはできませんでしたが、明日もう一度試してみようと考え、そのまま帰宅しました。
さてその晩、オーナーであるあなたは明日の分の食材を確認しようと冷蔵庫を開けたところ、食材が全部だめになってしまっており、合計5juta分の損出がでることになりました。
質問
こういう状況になってしまった時、あなたはオーナーとして従業員に何を伝えますか?
おそらくこの質問をすると「もしあなたがはやく報告してくれていたら、食材をだめにしないような他の方法があったかもしれないのに。」と伝えようとする方が大半ではないでしょうか。
このようにわかりやすい例があると、なぜそうしないといけないのかという目的の理解ができるだけでなく、当事者意識を持つことができるようになるはずです。「報連相をしてください」「何かあったら報告してください」と言葉で言い続けたとしても、文化・背景が違うとそれだけでは伝わらないこともありますので、改めて意識してみてはいかがでしょうか。
異文化理解は、無駄を省くための「手段」
―リンタンさんにとって、異文化理解で重要な要素は何だと思いますか?
そうですね、グローバルパーソンとして柔軟性を持つことではないでしょうか。「柔軟性がある」というのは、他人の意見に簡単に左右される、ということではありません。自分で大切にしている考え方はこれからも大切にすべきだと思います。
しかし、自分が大切にしていることと他人が大切にしていることは違います。だからこそ私たちは、自身の大事な考え方や文化をわからない人に対し、自分の意見や考えを伝えたい時は、相手の背景や文化をふまえ、コミュニケーションのとり方を考え直す必要があるのです。
例えば、同じ社内であれば、目指すゴールは同じはずです。しかし、コミュニケーションが欠けてしまうと、ゴールを目指すための過程にたくさんの無駄が発生してしまいます。
日本人同士であれば5分で伝わることが、インドネシア人が相手になると1時間話しても伝わらないこともあるかもしれません。これってとても無駄なことですよね。
ーでは「コミュニケーションのとり方」において、日本人はどういう努力をすべきですか?
「ここまで言えばわかるだろう」という考え方を持たずに、わかりやすい説明を心がける必要があります。私たちにはそれぞれが育ってきた背景・文化が違います。
そのため、これくらいわかるだろうと思っていても、相手が全くわかっていない、なんてことはいくらでも起こりうるのです。特に言語の壁がある相手・異文化の相手とは、両方とも曖昧な発言をできるだけ避けることに心かける必要があります。
ー異文化理解の「最終的な目的」とは?
そうですね。日本とインドネシアのスタンダードは、世の中のスタンダードではありません。しかしいまだに「自国の文化がスタンダードだ」という考え方の人も多く、うまくいかないことがあるとストレスに感じる人も多くいらっしゃいます。
だからこそ、日本人とインドネシア人それぞれに「異文化理解」があれば、言葉を使った会話ばっかりに頼るのではなく、システム化されたコミュニケーションや、説明したい内容を絵やグラフなどに可視化することなど、話し方を工夫することができればちょうどよい関係性を作ることができるはずです。このように話し方を工夫するだけで、コミュニケーションの効率性があがり、無駄があがり、トラブルを減らすこともできるでしょう。
つまり異文化理解は「無駄を減らして効率よく仕事を進めること。」これが全てじゃないかなと思います。
最後に
今回インタビューを実施させていただいたサイコムブレインズインドネシアさんでは、ビジネスプロセスの無駄を省き、業務の効率アップに繋がるような様々なコンテンツのセミナーやトレーニングを実施されています。
これらは、インドネシア人向けの内容だけでなく、日本人向けや日本人とインドネシア人共同で参加できるワークショップもあるそうです。社内のチームワーク形成・組織文化の強化などに利用してみてはいかがでしょうか。