「インセンティブ」と聞くと、業績が一定の基準を超えた社員に対して、月給に上乗せして支払われるボーナスのようなものをイメージされる方が多いかもしれません。
しかし、成果のみを評価する金銭的報酬は、評価されなかった社員のモチベーションを低下させることにもつながり、組織全体として従業員満足度の低下や離職率の増加を招いてしまいます。
このような逆効果を生まないためにも、企業はインセンティブ制度をどのように運用していくべきなのでしょうか。
本記事では、「インセンティブ制度とはなにか」また、「インセンティブ制度を失敗させないために注意すべきこと」についてご紹介していきます!
目次
1. インセンティブ制度とは?
「インセンティブ」という言葉をビジネスシーンで耳にすることが増えました。おそらく多くの方は金銭的なイメージをしているかもしれません。
しかし実際のところ、インセンティブには金銭的なものだけでなく、いくつかの種類があり、それぞれの場合に応じて運用の仕方もさまざまです。
ここではインセンティブの定義と、金銭的インセンティブに関連する用語との違いについてご説明いたします。
1-1. インセンティブの意味
インセンティブは本来、「その人のやる気や意欲を引き出すために、外部から与えられる刺激」のことを指します。
一方で、ビジネスシーンでよく使われるインセンティブとは、「社員の働く意欲を向上させるために、会社から与えられるご褒美のようなもの」を指しています。
インセンティブというと、「モチベーションを刺激して成果につなげる施策」と捉えられがちですが、現在、その本質は「社員と会社とのつながりを強化する施策」へとシフトしつつあります。
1-2. モチベーションとの違い
インセンティブと似た言葉として挙げられるのが、モチベーションです。
モチベーションは動機を意味する言葉で、ビジネスのシーンでも良く使われます。
しかし、両者には決定的な違いがあります。
インセンティブは他者から与えられる報奨を指すのに対して、モチベーションは金銭が絡まない、環境や人間関係などにおいて動機付けられることを指します。
つまり、インセンティブは外発的動機づけであり、モチベーションは内発的動機づけということです。
1-3. ボーナス・歩合給との違い
金銭的インセンティブ制度と混同されやすいものに「ボーナス(賞与)」や「歩合給」があります。
ボーナスは一般的に企業業績を反映して支払われるものであるため、個人の成果によって支払われる金銭的なインセンティブとは全く異なります。
一方で、歩合はインセンティブと同様に「個人の成績によって報酬が上がる制度」を指します。企業によって、歩合を「インセンティブ」「業績給」と呼ぶこともあるため、狭義の意味で捉えた場合のみ「歩合≒金銭的なインセンティブ」といえるでしょう。
1-4. インセンティブ制度が向いている職種
インセンティブは、あらゆる業種や職種に導入できる制度です。なかでも、目標達成を目指すという働き方ではインセンティブ制度が高い効力を発揮します。
たとえば営業職では、契約の件数や売上金額に応じてインセンティブを設定することが可能です。また、不動産業界や保険業界、広告業界やコンサルティング会社でも、目標を達成したときにインセンティブが発生するようにすればモチベーションアップ効果が見込めます。
ライターやプログラマー、デザイナー、配達ドライバーなどは、案件ごとに業務請負で仕事をすることがあります。この場合には歩合給のみという形でインセンティブを設定するのもよい方法です。
2. 金銭的インセンティブ制度のパターン
金銭的インセンティブにはいくつかのパターンがありますが、今回は2つのパターンに分けてご紹介いたします。
①固定給+インセンティブ
毎月の給料に、インセンティブが上乗せされる形態です。
その中でも、「目標達成度により金額が変動」するインセンティブや「達成件数、達成金額ごとに金額が変動」するインセンティブがあります。
以下の図で比較してみましょう。
目標達成度に応じて金額が変わる場合、目標を達成するたびにインセンティブの金額が増えるので、従業員は向上心を高く持って業務に取り組むことができます。
しかし、間の件数では金額が変わらないため、モチベーションを保つことが難しいかもしれません。
また、契約件数や契約金額ごとに金額が変わる場合は、インセンティブがとりやすいというメリットはありますが、少しの達成件数で満足しがちな従業員が出てくる可能性があります。
どちらが自社の従業員の励みになるか、よく見極めてみましょう。
②インセンティブのみ
もう一つは、給料自体がインセンティブである形態です。
従業員に適用することはできませんが、業務委託契約者や個人事業主(フリーランス)を雇用する場合に適用することができます。
例えば、フィットネスジムで業務委託しているヨガのインストラクターが挙げられます。
常駐しないインストラクターを業務委託で契約した場合、条件を達成した分だけ、インセンティブを支払うことになります。
ただし、レッスンに1人もお客様が来ないとなると、会社(ジム)側の集客不足となり、インストラクターにも迷惑をかけることになります。
自社が業務委託契約者を雇う際には、注意が必要です。
3. インセンティブ制度の種類
インセンティブとして支給されるものは現金だけではありません。以下では、金銭的インセンティブも含めた5種類のインセンティブをご紹介します。
①物質的インセンティブ 【お金・モノ】
働きに応じて金銭的な報酬を与えることを指し、もっとも一般的なインセンティブです。現金だけではなく、お金に変わるモノ、奨励旅行などもこれに当てはまります。
②評価的インセンティブ【考課・昇進】
働きに対して評価して上げることを指します。社員の働きに対して「褒める」といった心理的評価の他にも、ポジションを与えたり、昇進させたりなどの地位的評価もこの評価的インセンティブに含まれます。
心理的な評価はあくまでも簡易的なインセンティブであるため、社員のモチベーションを継続させ、離職率を下げないためには、後者の地位的評価が大切になってきます。
③人的インセンティブ【上司や先輩との人間関係】
上司や先輩などの人間性によって、行動を促したり、モチベーションを上げたり・持続させたりすることを指します。
あまり印象的なインセンティブではありませんが、仲間意識の強い人、普段の生活から人間関係を重視する人、仕事選びにおいて「一緒に働く人」を重視する人には非常に効果があります。
例えば「〇〇さんのためにがんばりたい」「〇〇さんのために成功させたい」といった心理状況などが、この人的インセンティブによるものだと考えられます。
④理念的インセンティブ【価値観・企業理念】
企業理念に共感してやる気を持続させたり、価値観を示すことでモチベーションを上げることを指します。金銭的な報酬にはあまり執着せず、ボランティアやNPO法人などに興味があったり、働きがいを「社会貢献」としている人に効果を発揮します。
⑤自己実現的インセンティブ【夢・希望】
仕事を通して社員の夢を実現させてあげることにより、社員のモチベーションを持続させることを指します。夢や希望、将来のビジョンを与えたり、社員が望むやりがいのある仕事を与えたりすることがポイントです。
人的インセンティブが効果的な人たちは、自己実現的インセンティブも効果的に働くことが多いと考えられます。
4. インセンティブ制度を導入するメリット/デメリット
インセンティブ制度を導入するメリット、デメリットは以下の通りです。それぞれ、どのようなものがあるか、確認してみてください。
- 社員のモチベーションを上げる即席性が高い
- 評価基準が明確になり、やるべきことが明確になる
- 企業の業績向上
- 社内で良い競争が生まれ、組織が活気付く
- 採用の場面において、他社との違いをアピールできる
- 社員の定着率向上
- 社員同士の関係性が悪化する可能性がある
- 社員にプレッシャーがかかる
- 評価指標に不満が出る可能性がある
- 導入にコストがかかる
インセンティブ制度のメリットとして、従業員のモチベーションが上がることや、評価基準が明確になること、組織が活気づくことなどが挙げられます。
社内の雰囲気がポジティブになることは、従業員の充実度や会社の業績の向上につながるため、とてもいいことだと言えるでしょう。
しかし、デメリットも存在します。
競争が激化しすぎて、従業員間の関係性が悪化することや、従業員にプレッシャーがかかることがあります。
適度な競争とプレッシャーに抑えられるよう、人事としてケアや指導ができると良いでしょう。
5. インセンティブ制度が失敗する4つの例
社員の意欲を向上させるためのインセンティブ制度ですが、その運用方法によっては、組織全体として従業員満足度の低下や離職率の増加を招いてしまいます。
以下では、インセンティブ制度が失敗する4つの例をご紹介します。
① 常に優秀層だけがインセンティブを獲得
そもそも成果を出し続ける「優秀層」しかインセンティブを受け取れないようなルール設計をしてしまうと、社員間で優劣が生まれ、一部社員のモチベーションを下げる結果になってしまいます。
一部社員のモチベーションが下がっていると、組織全体にも悪い空気が伝染していきます。
② 現金のみのインセンティブしかない
金銭的なインセンティブは、一時的に意欲を向上させる効果があったとしても、逆に、成果主義に伴う過労などによる人材流出のリスクを増大させてしまいます。
仕事のやりがいや専門スキルが向上できる環境など、「非金銭的報酬」の向上こそが、「離職」や「生産性低下」といった人事課題の本質的部分を解決するためには必須だといえるでしょう。
③ インセンティブに関係ない仕事が適当になる
インセンティブ制度を設けると、インセンティブ獲得の明確なルールができます。明確なルール設定は、社員の意欲向上につながるのですが、一方で、インセンティブ獲得に直接つながらない業務をなおざりにしてしまう社員が増えてしまう可能性を助長してしまいます。
④ 仕事のノウハウを周りに共有しなくなり、組織の結束が弱まる
インセンティブの内容によっては、成果を出そうとする社員たちの競争を激化させ、それが要因で職場環境が悪化してしまうことも考えられます。
また、周りより成果を出すことにこだわりすぎるあまり、自身の持っているノウハウの共有を拒む社員が出てくると、組織の結束が脆弱になり、組織風土が悪化します。
6. インセンティブ制度を成功させるために企業が注意すべきこととは?
インセンティブ制度の導入が逆効果を生まないようするためには、「公平なルール設定」が必須です。また、その際には、以下の2点を注意するようにしましょう。
① 社員全員に配慮する
企業は、一定層ばかりが恩恵をうける制度にするのではなく、社員全員が公平に制度の恩恵を受けられるように配慮する必要があります。
「そもそもなぜ同じ仕事をしているのにかかわらず、こんなにも給料に差が出てしまうのか」といった一部社員の不公平感を増大させる結果になりかねません。
② 全職種に配慮する
また、もう1点気をつけるべきは事務職・企画職・技術職など営業職以外の社員に対する配慮です。成果のみを評価するインセンティブでは、対象になりにくい職種が必ず存在し、必ず不満の声が上がってきます。
そういったリスクを避けるためにも、営業以外の職種に対しては、成果よりもプロセスを評価するようなインセンティブ制度を設けるなど、とにかくどの社員も公平にインセンティブを受けられる機会を作ることが大切です。
③ 導入後に定期的に見直しをおこなう
インセンティブ制度の内容や条件を定期的に見直すことも大切なポイントです。
現代は社会情勢が刻々と変化を続けており、従業員の働き方や価値観もどんどん変わっていきます。そんななかで、企業が用意した既存のインセンティブ制度が価値観に合わなくなってしまう可能性も十分に考えられます。
ミスマッチなインセンティブ制度を運用し続けると、かえって従業員のエンゲージメントが下がったり離職率がアップしたりするおそれもあります。
まずは、インセンティブ制度が適切に運用されているか、社内の体制や従業員の価値観に合っているかをチェックしましょう。状況に応じてインセンティブ制度の見直し改善を行い、従業員のモチベーションアップにつなげていきたいものです。
7. インセンティブ制度の導入事例
近年、インセンティブ制度を取り入れる企業が増えてきました。そういった企業は、どういった経緯でインセンティブ制度を導入し、それにより、どのような効果が得られたのでしょうか。
ここでは2社の導入事例をご紹介します。
7-1. 離職率30%改善!サンクスカードを活用した「褒める」環境づくりでサービス向上を実現|株式会社ソラスト
① 導入背景・課題
待機児童の解消のために保育園がどんどんできる一方で、 運営に必要不可欠な保育士の確保は非常に困難で、人手不足が大きな課題だった。人手不足の煽りをもろに受けた現場は疲弊し、離職率も高くなってしまっていた。
② インセンティブ制度の内容
本部から各園の園長先生に月1回ポイントを付与。 園長先生はその月に活躍したスタッフ、小さいことでも、 頑張っている、努力しているスタッフに対してサンクスポイントを分配する。ただポイントが付与されるだけでなく、最も身近な存在である園長先生から 「こういう良いところがあったよ、ありがとう」というメッセージが添えられる。また、このサンクスポイントが多くたまったスタッフを表彰。
③ インセンティブ制度の導入効果
ポイントという形でのインセンティブが導入されたことにより、スタッフのモチベーションがUPし、保育園、組織全体が活性化。導入前は40%近くあった離職率が、導入してからは2年連続10%を切るという結果に。
また、導入前は保育園によってばらつきのあった定着率も、 「園長先生がスタッフの良い行動を見つけて褒める」という習慣ができたことで、 平均的に上がってきた。
保護者から毎年とっている満足度調査アンケートの結果も年々良くなっており、スタッフがやりがいをもって働ける環境づくりが、 サービス向上にもつながっている。
7-2. 参加者数4倍!インセンティブ導入で、ボランティア参加のきっかけづくりに成功|サントリーホールディングス株式会社
① 導入背景・課題
自社が取り組むボランティア活動に参加したいと思っている社員はたくさんいるものの、その半数は機会がなく参加できていない。今までボランティア活動をしたことがなかった社員に、参加するきっかけを与えることで、社員みんなで盛り上げられるような仕組みをつくりたい。
② インセンティブ制度の内容
強化月間中ボランティアに参加した社員にボランティアポイントを付与。そのポイントの交換先は、複数ある中から自身で選ぶことが可能。
③ インセンティブ制度の導入効果
ボランティア強化月間中の参加者が通常の約4倍に。ボランティア強化月間中に、はじめてボランティアに参加した社員が多く、インセンティブ制度の導入により、社員がボランティア活動に参加するきっかけづくりに成功。
8. さいごに
いかがでしたでしょうか。
金銭的インセンティブは労働意欲を引き出すうえで高い効果をもたらしますが、一時的なものにしか過ぎません。心身への負担が限界を越えれば、たとえ意欲があっても働き続けることは困難です。
昨今浸透しつつあるワーク・ライフ・バランスの考え方は、個人が社会生活において感じる幸福の基準が変わりつつあることを表すと同時に、金銭的なインセンティブだけでは、組織全体の生産性を持続的に高めること自体に限界があることを示しているといえるでしょう。
今後は、働き方の多様化によって生まれた、個人のさまざまな価値観にフォーカスをあてたインセンティブ制度の設計が必要になってくるのではないでしょうか。