
企業で一番大切なもの、それは「人」です。優秀な人材がいなければ、企業は成長していきません。
「優秀な人材」と聞くと、スキルや経験を重視し、能力の高い人材を採用することを第一に考えがちです。
しかし、能力のある人材は確かに有能ですが、本当の意味での「優秀な人材」とは、理念に共感し、活躍を通じて会社に貢献してこそ「優秀」と言えるのではないでしょうか。
近年では多くの企業が、「優秀な人材の確保」と「人材の定着」に頭を悩ませています。採用したはずの人材が気づけば数カ月で辞めてしまう。そんな「早期離職」は、もはや一部の企業だけの問題ではなくなっています。
今回は早期離職の原因とその対策について、見直すべきポイントと改善策をお伝えします。

執筆者矢野 雅氏株式会社プレシャスパートナーズ 取締役
1980年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、法律事務所での勤務を経て2008年に株式会社プレシャスパートナーズの立ち上げに参画。管理部門の立ち上げに携わり、その後人財紹介事業の立ち上げに携わる。これまで1,000名以上の転職・就職を支援し、現在はセミナーでの講演・新規事業の立ち上げを行っている。
目次
リアルな早期離職の実情
エン株式会社の調査によると、直近3年間で「半年以内の早期離職」があった企業は57%に上ります。49名以下の企業では46%、300~999名は80%、1,000名以上は73%と、従業員数が増えるほどその悩みは大きくなっています。

特に、若手層や第二新卒など、転職が当たり前となっている世代ではその傾向が加速しており、採用に投じたコストや時間が回収される前に人材が離れてしまうという深刻な事実が浮き彫りになっています。
採用は企業にとって“投資”です。そのリターンを得る前に退職されてしまうことは、もはや採用課題にとどまらず、経営課題として捉えるべき段階に来ています。
「キラキラ採用」が生む入社後のギャップ
「キラキラ採用」とは、おしゃれなオフィスや充実した福利厚生、残業の少なさ、風通しの良い社風といった表面的な魅力だけを強調して求職者を惹きつけることを指します。
もちろん、そうした要素は人材を惹きつけるための重要な要素かもしれませんが、それだけに偏ってしまうと、入社後に「見えていなかった現実」とのギャップが生じ、「思っていたのと違う」と離職につながりやすくなります。
むしろ、「成果が出るまでには時間がかかる」「実際の業務には大変な面もある」といった“リアルな部分”まで伝えることで、ギャップは大幅に減少します。

入社後のギャップを埋める、RJP理論を取り入れた採用
早期離職を防ぐための一手として、RJP理論(Realistic Job Preview)を取り入れることで、企業文化に合う人材を見極めることができます。
RJP理論とは、仕事の華やかな面だけでなく、大変な部分も含めたありのままの情報を求職者に開示する採用手法です。働くうえでの課題や厳しさを伝えることで、求職者は入社後の働き方をリアルに想像することができます。
華やかさだけで惹きつける採用は、短期的には母集団形成につながるものの、定着率の向上には結びつきません。エントリーの段階で課題点も含めたすべてをさらけ出すことで、長期的に活躍する人材を採用することができます。
採用担当者と現場の認識の相違
面接で高く評価された社員が、配属後すぐに退職してしまうーー。こうした事態は多くの企業で起きています。
その背景には、人事部と現場の間にある「採用のズレ」が存在します。
例えば、採用担当者が「ポテンシャル採用」を重視する一方で、現場が「即戦力」を求めているケースが挙げられます。双方の希望をすり合わせず、ギャップを抱えたまま採用を進めれば、配属先は一方的に新入社員を受け入れる形となり、研修やフォローに追われてしまいます。
新入社員を実際に指導するのは現場です。その声を反映しない採用は、現場への負担を増やすだけでなく、従業員満足度の低下にもつながります。その結果、新入社員の早期離職に加え、既存社員の離職まで招き、組織全体の定着率を下げてしまいます。
この問題を防ぐには、人事と現場が密に連携することが不可欠です。採用前に現場へヒアリングを行う、現場社員が面接に参加するなど、人事と現場の関わりは密であることが必要です。
また、採用だけでなく、採用後も現場で新入社員の様子を確認し、定例面談などでフォローを行うことで、採用した人がどう活躍しているかまで把握できるため、PDCAを回しやすくなります。

「有能な人材」と「優秀な人材」
「有能な人材」と「優秀な人材」は似た言葉ですが、その意味は大きく異なります。
有能な人材とは、高いスキルや知識を持ち、成果を出せる人を指します。しかし、会社への共感が薄ければ、より良い条件や環境を求めて転職してしまい、採用や育成に投じたコストが無駄になってしまいます。
一方、「優秀な人材」とは、成果を出すことに加えて会社のビジョンや価値観に共感し、その実現に向けて主体的に行動できる人を指します。
つまり、高いスキルを持ち成果を上げる有能な人材とは異なり、ビジョンに共感して成果を上げ、貢献する優秀な人材こそが長期的に活躍し、企業の成長を支える存在となるのです。
このような人材を採用するためには、条件だけではなく、働くカルチャーや企業理念への共感が欠かせません。そして、それを最も強く伝えられるのは、企業のトップであり会社を体現する「社長」です。社長自らの言葉で会社の目指す未来を伝え、「この人のもとで働きたい」と思ってもらうことが重要なのです。
社長・経営層が採用に関わらない
採用活動が「離職の穴埋め」となり、早期離職を繰り返す企業に共通するのが、「社長や経営層が人材戦略に関与していない」ことです。
企業のトップである社長・経営者が面接や説明会に出ない場合、求職者はなんとなく企業を雰囲気で判断し、最終的には雇用条件だけを見ることとなり、理念やビジョンといった会社の核心が伝わりません。
その結果、入社後に「想像していた社風や考え方と違う」と感じ、短期間で離職してしまうケースが少なくありません。
一方で、社長・経営者が直接求職者と対話し、企業の未来や社員への想いを話すことで、求職者は「この社長と一緒に働きたい」と感じることができます。「説明会や面接で社長の想いを聞いて志望度が大きく高まった」という例は少なくありません。
採用は単なる人員補充ではなく「経営戦略」そのものです。だからこそ、人事任せの採用ではなく、社長・経営者が採用の最前線に立つことが、定着し活躍する人材を惹きつける第一歩となるのです。

まとめ
早期離職は、一人あたり数百万円規模の採用・教育コストを無駄にするだけでなく、現場の士気を下げ、「人がすぐ辞める会社」という企業ブランドの毀損にも直結します。
人材こそが、企業の未来をつくる最大の資産です。だからこそ、採用広報の見せ方を工夫するだけでなく、現場との連携を強め、社長・経営者が採用に直接関わり、内側から体制を整えていくことが重要です。
経営方針と人事の認識を一致させ、理念を軸に「定着し、活躍する人財」を採用していくことが、企業の持続的成長につながるでしょう。
