本連載も、今回で最終回となりました。
最後に、「今後の日本企業に求められるウェルビーイング経営」について考察するとともに、企業という枠を超え、「日本全体のウェルビーイング」について筆者の思いをお伝えしたいと思います。
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執筆者齋藤 拓郎氏株式会社リンクアンドモチベーション・モチベーション エンジニアリング研究所・組織人事コンサルタント
慶応義塾大学卒業後、新卒で株式会社リンクアンドモチベーション入社。組織人事コンサルタントとして、企業の組織変革を支援。2021年よりリンクアンドモチベーションの研究機関「モチベーションエンジニアリング研究所」に所属。民間企業と教育機関や官公庁が繋がるコミュニティ「HRC教育ラボ」を設立し、学校教育と企業教育の垣根を超えた活動を推進。全国の小・中・高等学校・大学でキャリアに関する講演会や探求学習なども実施する。
1. ウェルビーイング経営は、「入社前」からデザインする
第2回、第3回、第4回にわたってお伝えしたように、組織づくりには、One(個人の欲求充足)の視点と、All(企業の成果創出)の視点があります。ウェルビーイング経営を掲げた際に、Oneを起点に考えがちですが、Allとのバランスを考え、高次元で両立することが重要です。
判断がAll(会社)に寄りすぎると、上意下達が強い「軍隊型組織」になってしまいます。軍隊型組織では「会社の言うことが絶対」とされるため、個人は疲弊し、メンタルヘルスの悪化や離職を招いてしまいます。
逆に、判断がOne(個人)に寄りすぎると居心地が良いだけの「サークル型組織」になってしまいます。個人の欲求を満たすために、わがままとも言えるようなリクエストまで受け入れていると、組織としての求心力が低下し、業績も悪化するなど、事業の存続が危ぶまれるような状況に陥ることもあります。いずれも、ウェルビーイングとは程遠い状態です。
とはいえ、OneとAllを高次元で両立するのは簡単なことではありません。従業員の「共感」を醸成できるかどうかが大きなポイントになりますが、入社後に共感を醸成するのは難しいものです。
企業と従業員が出会ったときから方向性が異なっている場合、OneとAllのどちらかに無理がきます。企業がウェルビーイング経営を実現するためには、仲間集めの段階から、つまり、採用活動から見直していかなければいけません。
採用はよく「Yシャツの第一ボタン」のようなものだと言われます。第一ボタンをかけ違えると、二つ目以降のボタンは全てかけ違えてしまうように、採用で失敗すると、人材の育成、配置、定着などにどれだけ力を入れても効果は限定的になってしまいます。
つまり、採用は組織づくりの一歩目なのです。当社では、採用活動において「エントリーマネジメント」という考え方を重視しています。入社することをゴールに置くのではなく、入社後の活躍やエンゲージメントまで考えて、採用活動に取り組む考え方です。
当社のエントリーマネジメントにおいては、「会社に人材を入れるのではなく、応募者の中に会社を入れる」と考えます。これは、会社優位な就職活動ではなく、個人のキャリア選択の視点での関係構築を考える、ということを意味しています。
この実現のためには、前提として個人と企業の双方が、大事にしたい方向性を明らかにし、個人においては「キャリア自律」の意識を持つことが必要です。そうすることで、互いに共感を紡ぐことができ、OneとAllのバランスを意識したウェルビーイング経営につながっていくのです。
言い換えると「入社後」の視点を持ちつつ、「入社前」から関係性を意識することが、ウェルビーイング経営を成功へと導く最初のポイントになります。
2. 「青田買い」ではなく「青田創り」を
これまで、一企業の視点で見てきましたが、ここからは日本全体でウェルビーイングを推進していくためにはどうすべきか考えていきましょう。
現在、少子高齢化による労働人口の減少や求人倍率の上昇、専門人材の不足などから、人材獲得競争はより一層激化しています。このような環境下で企業は採用ブランドを高め、より優秀な人材を惹きつける必要がありますが、日本全体で捉えると「パイの奪い合い」にしかならず、優秀な人材が増えるわけではありません。
これまでの日本企業の採用活動は、採用年次のみを対象に活動し、大量の応募者を集めて選考を進めるなど、「効率重視」かつ「短期視点」でした。そのために、各企業は躍起になって「青田買い」を進め、優秀な若者を囲い込んできました。
ですが、日本全体が成長するためには、優秀な若者を奪い合うのではなく、増やしていくことが重要です。企業が優秀な若者を囲い込むのが「青田買い」だとするなら、日本に優秀な若者を増やすのは、言わば「青田創り」です。
3. 教育現場も含めて、産官学で変えていく
「青田創り」を推進するためには、「学校教育」の在り方から見直していかなければいけません。
筆者は、企業の人事担当者と学校教員が交流する「HRC教育ラボ」というコミュニティを運営していますが、そこで実感しているのが、教育現場ではウェルビーイングへの取り組みが遅れているということです。
昨今は、「エンゲージメント」や「働きがい」の向上に力を入れる企業が増えていますが、こうした取り組みをしている学校はまだ少ないのが現状です。
文部科学省の諮問機関である中央教育審議会は2024年8月、学校教員の待遇改善や働き方改革の推進などを盛り込んだ総合的な対策を答申しました(※参考:教育の質向上へ、社会の理解必須 中教審が教員確保策 – 日本経済新聞)
教員の待遇改善や働き方改革の推進は急務であり、それ自体に異論を唱える人は少ないはずです。しかし、こうした取り組みが「教員の働きがいの創出につながるのか?」「教育の質が向上し、日本全体に優秀な若者を増やすことにつながるのか?」と考えたとき、まだまだ乗り越えるべき壁がたくさんありそうです。
文部科学省が発表した新しい学習指導要領では、子どもたちの「生きる力」を育み、「社会に開かれた教育課程」を実現することが明言されています。
これを実現するためには、学校が教員の欲求を引き出し、組織のエンゲージメントを高めることが不可欠です。さらに言うなら、保護者との関わり方も重要であり、保護者の教育も必要になるでしょう。
このように、日本全体がウェルビーイングを推進していくためには、企業だけではなく学校も、教員だけではなく保護者も、すべてがつながり、考え方をアップデートしていかなければいけないと強く感じています。
4. おわりに
真のウェルビーイングを実現するためには、各企業の活動だけではなく、企業同士が連携して優秀な人材を生み出す「青田創り」や、産官学の連携による取り組みを推進していく必要があります。当社も、こうした潮流を生み出すべく、学校や行政、自治体などへも積極的に働きかけています。
日本全体の人材力が低ければ、日本企業の競争力も高まりません。企業と企業の壁だけでなく、学校と企業の壁や、企業と行政の壁など、様々な壁を「越境」していくことが重要なのではないでしょうか。