精神障害者の雇用はここ10年で急増しています。
法定雇用率の引き上げや、雇用の質の向上、戦力化の要請等により、企業は更なる精神障害者の雇用定着・活躍に取り組む必要があります。
一方で、精神障害者の雇用に取り組む企業では採用や雇用管理、配属先負担などの課題も見られます。
そこで、最新データや調査をもとに精神障害者雇用の現状や、雇用推進を成功させるうえでのポイントを雇用フェーズ別に解説します。
【執筆者紹介】田村 一明|パーソルダイバース株式会社 人材ソリューション統括本部 人材ソリューション本部 コンサルティング事業部 マネジャー
臨床心理士として心療内科クリニック等にてカウンセリングやリワーク支援に携わる。パーソルダイバース入社後は障害のある方の就労専門相談員として従事。現在はその経験を活かし、障害者雇用促進を考えている民間企業向けに、採用の為の受入準備、採用、雇用後のマネジメントまでを、現場に根差した方法論で幅広く支援している。
目次
1. はじめに~障害者雇用の現状~
企業の障害者雇用を取り巻く環境と、精神障害者の雇用が進む背景を紹介します。
1-1. 雇用政策の変化:法定雇用率の引き上げに加え、雇用の「質的向上」への要請も
厚生労働省は企業に対し、障害者雇用の量的拡大を引き続き推進すると同時に、雇用の質の向上、インクルーシブ雇用の要請を強めています。
2024年4月、民間企業の法定雇用率は2.5%へと引き上げられ、常時雇用労働者40人以上の企業に障害者雇用義務が生じることになりました。2026年7月からは、法定雇用率はさらに0.2%引き上げられることが決定しています。
また、週所定労働時間が10~20時間未満の精神障害者と重度身体・知的障害者を実雇用率に算入することが認められたほか、20~30時間未満ではたらく精神障害者を一人としてカウントする特例措置も継続されることになりました。
さらに2025年4月から「除外率の引き下げ」が実施されます。除外率とは障害者の雇用が難しいとされる業種を対象に雇用義務の軽減を認める制度ですが、これが2010年以来、一律10ポイント引き下げとなることが決定しています。
1-2. 雇用市場は精神障害者の雇用数が急増。身体障害者に代わる主力採用対象に
では、こうした雇用政策を受けて、障害者採用市場はどのように変化しているのでしょうか。
上の図は厚労省が毎年発表している「障害者の職業紹介状況等」を取りまとめたものです。精神障害者の就職件数が、他の障害と比べ増えている様子がわかります。
また、下の図は障害種別の年齢構成をまとめたものです。身体障害者は7割以上が中高年層であるのに対し、精神障害者は主力労働年齢層がボリュームゾーンとなっている様子がわかります。
身体障害者は高齢化が急速に進んでおり、労働市場における実数や構成比も縮小傾向にあります。
一方、精神障害者は手帳取得者が増加傾向にあり、就職数も増えていることから、今後も主な採用対象層となると予想されます。
雇用率上昇や採用企業の増加により、精神障害者は”売り手市場”化し、企業は精神障害のある求職者を”選ぶ”側から、“選ばれる”側になるでしょう。
2. 企業が抱える精神障害者雇用の課題
では、雇用に取り組む企業はどのような課題を抱えているのでしょうか。
パーソル総合研究所が発表した「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」によると、精神障害者雇用の課題として最も多かったのは「採用選考時の見極めが困難」、次いで「障害者の勤怠・パフォーマンスが不安定」「配属先現場の理解が得られない」というものでした。
ほかにも「障害者に合う業務がない」「現場で十分な配慮ができない」「雇用ノウハウが不足している」などの課題も注目すべき点です。
2-2. 配属現場の課題も大きい
また、精神障害者の配属現場でも課題が見られます。
パーソル総合研究所の調査では、精神障害のある部下・同僚への対応について「精神的な負担が大きいと感じる」と回答した人が4割にのぼっています。
これは身体障害や育児といった他の事情と比べて高い傾向です。直属上司に限れば、過半数が精神的な負担が大きい様子が伺えます。
共にはたらく上司・同僚が抱える課題としては業務マネジメント、配慮、コミュニケーション面の課題があげられます。
具体的には「業務遅延によるトラブルが絶えない」「パフォーマンスが不安定になる」「忙しくて配慮できない」「コミュニケーションが難しく疲れる」といった相談を耳にします。
上司・同僚に負担が行くような“現場任せ”な対応では、配属現場が疲弊するだけでなく、精神障害者の雇用自体が難しくなってしまうでしょう。
3.精神障害者雇用課題の解決策
それでは、こうした精神障害者の雇用課題を踏まえ、推進するためのポイントについて解説していきます。
前提として、精神障害者には「環境による影響を受けやすい」という特性があります。自分でコントロールできそうにないことで不安が大きくなり、過度なストレスとなってメンタル面の不調を引き起こしてしまうことがあります。
精神障害者も他の障害と同じく、障害の特徴やそれによる影響を踏まえた上で配慮提供やマネジメントを考えていくという前提は変わりませんが、精神障害者の雇用に対しては、この点に着目して雇用施策を進めることが大切です。
それでは、雇用のフェーズごとにポイントを解説していきます。
3-1. 採用前準備:雇用方針、目的を明確に。業務や職場環境を先に定義する
採用を始める前に重要なことは、企業として、どういった目的・方針で雇用に取り組むのかを整理して名言化すること、その目的・方針を、配属先に限らず全社に周知したうえで社内理解を広げていくことです。
TOPメッセージや研修、勉強会などで社内理解を広げましょう。雇用方針を定めた後は、受け入れるポジションの業務内容と職場環境を定義します。
私たちは「業務が先。次に雇用」とお伝えしています。採用前に、どのような業務や環境で仕事をしてもらうのかを先に定義したうえで、その業務に従事できるのはどのような人材か、必要な能力や配慮などを明確化します。
それによって採用時や配属後のミスマッチを小さくすることができます。
業務については、「障害者の仕事を作るというイメージで仕事を考えない」ということをお伝えしています。
障害名から業務を考えたり、無理に新たな業務を作る必要はありません。外部委託している業務や定期的に発生する業務、リソースが足りずできなかった業務を洗い出し、作業プロセスやリードタイム、判断基準などを可視化することで、業務を創出することができます。
3-2. 採用活動:実習で職務能力や安定就労要素を確認する
精神障害者の採用では、求める職務能力と一致し、安定して就労できる人材かを見極めることが特に重要です。
その際に有効なのが、実習による選考です。2~3日でも良いので、オフィスで業務を体験してもらうことで「業務で必要なスキルを持っている方か」「職場で必要なコミュニケーションを取れるか」「配属先で安心してはたらけそうか」などを双方で見極めることができます。
3-3. 入社前準備:配属先の上長、同僚の理解を得る
事前に本人の了承を得たうえで、配属先で共にはたらく社員に、「業務上できること」「障害特性上できないこと・困難なこと」「必要な配慮事項(合理的配慮)」を伝えておきましょう。
精神障害者とはじめて一緒にはたらくこと社員にとっては、日々のコミュニケーションや接し方、問題が起きた際の対処方法などに不安を感じる人も少なくありません。
「言葉足らずや同僚の遠慮による連携不足で疎外感を感じる」「具体的に言ってもらわないと分からないのにそれを理解してもらえない」などから不調をきたす例もあります。
相手の特性を理解した上での声かけを同僚の方から自発的に行うこと、作業方法や期限などを明確にして指示することなど、日々の接し方のポイントを伝えましょう。
3-4. 雇用後フォロー:多面的なサポート体制構築でフォローアップが効果的に
環境要因から体調が変化しやすい精神障害者の定着・活躍には、配属現場と人事が連携し、不安を早期に発見、対処するサポート体制を築くことが大切です。
体調面、業務遂行面、就業環境面、それぞれで不安がないかをシートにまとめてもらい、定期面談を通じて確認します。調子が良く見える社員も、日頃の意識やささいな行動に不安の種が潜んでいないかを確認しましょう。
また、同じ職場の人には話しづらい不安もあることや、管理者と本人だけでは不安に対処できないこともあります。
業務に関することであれば配属先の管理者へ、就業規則の話であれば人事部へ、プライベートや職場自体に対する不安は産業医や支援機関に相談してもらうなど、内容によって相談先を分けると良いでしょう。
多面的なサポート体制によって不安を早期に発見し、対処することが大切です。
4. 精神障害者の雇用実例:雇用方針をすり合わせて業務を創出。採用のミスマッチを減らす
実際に精神障害者雇用に課題を抱えていた企業の成功事例を紹介します。
従業員10,000名以上ある大手IT系企業では従業員の増加に伴い、10名以上の障害者雇用を計画していました。
労働市場を鑑み、精神障害者の採用を積極的に行っていたものの、選考や採用後のミスマッチに苦労し、定着しない課題を抱えており、当社に相談いただきました。
ご支援にあたり、私たちが採用担当者や配属現場の責任者、役員にヒアリングすると、精神障害者雇用推進に対する考え方や認識が一致していないという要因が見えてきました。
そこで、管理職以上を対象に、“自社の障害者雇用方針”を確認するとともに、なぜ自社が精神障害者の雇用を推進すべきかを考えていただくため“障害者雇用市場”、”精神障害について“、”安定定着に向けたポイント“をお伝えする研修を実施しました。
これによって、今後の障害者雇用促進に向けた共通の認識、目線を揃えることができました。
続いて実施したのは「業務構築」です。すでに業務創出は進んでいたものの、障害名ありきで是非を判断していた部分が多かったため、精神障害にとらわれず、部署として求める業務があるか、各部門へアンケートとヒアリングを行い、マクロを使ったデータ入力や電話応対といった業務を創出していきました。
そのうえで、「この障害だからフィットしない」ではなく、必要なスキルや経験が何かを明確にしていきました。
「企業理解促進」では、就労支援機関や候補者向けに実施した会社説明会で、雇用への考え方や業務、必要となるスキルを説明しました。
説明会では現地オフィスの見学会を実施し、通勤経路や職場はもちろん、オフィス内の音や空調、匂いなど環境面を知ってもらい、応募前の企業解像度を高めてもらうように努めました。
「選考フロー」では応募者のスキルやはたらく意向を確認するために、実技選考を導入いただきました。
また、採用した精神障害者の適性や能力を見極め、継続雇用のミスマッチを防ぐために定められた「障害者トライアル雇用制度」を活用し、3か月間の試行雇用期間を設けました。
これらの取り組みの結果、1年間、複数部署にて採用を行い、入社後のミスマッチを大幅に低減することができました。
5. おわりに:当事者を含めた組織で安定就労を実現する
精神障害者の雇用の現状や今後の見通し、精神障害のある人を雇用する際のポイントなどをご紹介しました。
精神障害者の雇用成功のためには、人材を精神障害という障害名で捉えるのではなく企業活動を支える人材として捉え、必要な配慮を前提に強みや能力を活かすという考え方のもと、既存の雇用手法にとらわれない環境整備やマネジメント構築、社内理解の推進が求められます。
人事、精神障害のある社員、現場でともにはたらく同僚・上長、雇用管理者が一体となって連携し、定着・活躍に取り組みましょう。