残業が多い職場は長時間労働があたり前になっていることが多く、知らないうちに心身の健康を害してしまう危険性があります。従業員が健康・安全な職場で働くために配置されているのが「産業医」です。今回は産業医による面談指導制度の詳細と、面談を受けるメリットや活用するポイントについて解説します。
目次
1. 産業医面談(面接指導制度)の対象になる残業時間や法律の規定
残業が多すぎると心身の健康に影響を及ぼす可能性があるため、一定の残業時間を超えた労働者は産業医による面接指導がおこなわれます。産業医とは、心身共に健康的な状態で仕事ができるよう、労働者にアドバイスや指導をする医師のことを指します。
労働者を対象とした専門的な医師であり、厚生労働省で定めている要件を満たしている人しか産業医にはなれません。面接指導の対象となった労働者は、産業医に健康状態を確認してもらい、問診結果に応じて必要な指導や措置を取るのが一般的です。
2019年に働き方改革に関連する法律が改正され、これまでは月間100時間以上残業がある人を対象としていた産業医面談が、月間80時間に引き下げられました。長時間労働は脳や心臓疾患との関連性が強いことが医学的知見から確認されており、病気の発症を予防するために産業医面談は実施されています。
1-1. 残業が多い労働者は産業医面談の対象になる
長時間労働によって産業医面談の対象になる基準は以下の通りです。
- 労働者:月80時間を超えて時間外・休日労働をおこない面接を申し出た人
- 研究開発業務従事者:月100時間を超えた時間外・休日労働をおこなった人
- 高度プロフェッショナル制度適用者:1週間あたりの健康管理時間が40時間を超えた場合、その超えた時間が合計で月100時間を超えた人
これらは全て義務化されていますが、労働者に関しては「本人からの申し出があった」場合に限り、面談が義務付けられています。
しかし、厚生労働省は面接実施を推奨しており、また80時間を超えると産業医から面接指導の申し出をするよう勧奨もされますので、できる限り実施した方が良いでしょう。
なお、月の時間外・休日労働の合計時間は以下の式で計算できます。
月の時間外・休日労働時間数=月の総労働時間数 ―(計算期間1ヵ月間の総暦日数 ÷ 7)×40 ※1ヵ月の総労働時間数=所定労働時間数 + 時間外労働時間数 + 休日労働時間数 |
上記のような月の時間外・休日労働の合計時間は月に1回以上おこなわなければなりません。「 給与の締め日から次の締め日まで」など特定の期間を設けて、毎月計算をおこないましょう。
1-2. 管理職も産業医面談の対象になる
労働基準法で定義される「管理監督者」は時間外労働に対する割増賃金の支払い対象からは外れています。ただし、産業医面談に関しては一般の労働者と同じ規定が適用されます。
管理職の従業員に対しても月80時間を超えて時間外・休日労働をおこなわせ、本人から申し出があった場合には産業医面談をうけさせましょう。
管理職の従業員に対し、割増賃金の支払い義務がないからといって、勤務時間の管理を怠ることのないよう注意が必要です。
2. 産業医面談をおこなう目的
残業が多い長時間労働者への面接指導の主な目的は、健康被害の予防です。
長時間労働は睡眠や休息の時間を奪うため、労災の補償対象となる、脳・心臓疾患の発症と強い関連性があるとされています。
2-1. 長時間残業での労災発生は企業のイメージダウンに繋がるリスクがある
長時間労働は、従業員の心身の健康を蝕み労災のリスクを高めます。労災が発生し、従業員が企業に対して損害賠償を請求する訴訟へと発展するケースもあります。
もし過労死などといった重大な事件に発展し、労働基準監督をはじめ行政から違法な行為だと判断された場合には、厚生労働省から社名の実名が公表されることがあります。そうなった場合社会的イメージが著しく損われてしまいます。
また、長時間残業は離職率を高める原因でもあり、離職率が高いと優秀な人材の確保が難しくなるデメリットもあります。
3. 産業医面談の前に準備しておくべきものと全体の流れ
企業は残業時間が月80時間を超えた全ての従業員について勤務状況などを産業医に報告する必要があります。そのうえで、産業医の指導や本人の希望を確認し、産業医面談をおこなう対象者を確定し、産業医面談を実施します。
実施後も必要な手順があるため以下の流れを留意しておきましょう。
- 時間外・休日労働の時間が対象時間を超えたことを従業員に通知する
- 対象従業員からの面接の申し出を受ける
- 事業者は産業医に連携し、面接指導の実施の段取りを整える
- 面談の実施
- 産業医から労働者の状態や対処に関する意見を聴く
- 必要な措置を取る
- 産業医に措置内容などの情報を共有する
- 産業医の勧告内容を衛生委員会に報告
3-1. 事前に2種類のチェックシートで問診をおこなうとスムーズ
対象者には事前に労働環境に対する問診とストレスチェックを実施しておくと当日の面談がスムーズにおこなえます。チェックシートの結果と、対象従業員の定期健康診断の結果などを産業医に提出しておきましょう。
また、従業員の申請があってから概ね1ヵ月以内に産業医面談を実施できるように調整しましょう。
3-2. 産業医面談当日の流れ
産業医面談は30分から1時間程度で、対象従業員に事前におこなった問診の結果も踏まえて実施されます。
おもに下記の内容について確認します。
- 身体状況:既往歴や生活週間の乱れなどについて確認。
- 精神状況:落ち込みや不安等精神的ストレスや睡眠状況について
- 業務状況:業務内容だけでなく、対人関係や1日のスケジュールなども確認
産業医が上記内容についての確認をしながら作成する、面接指導結果報告書と事後措置にかかわる意見書によって企業は対応をおこないます。
また、面談は、原則として対面でおこなう必要があります。従業員が落ち着いて指導を受けられるプライバシーに配慮した環境を用意しましょう。
しかし、下記の条件を満たしている場合は、オンラインでの面談も認められます。なお、オンラインの面談においてもプライバシーが守られる配慮は欠かさずおこないます。
(1)面接指導を実施する医師が、以下のいずれかの場合に該当すること。なお、以下のいずれの場合においても、事業者は、面接指導を実施する医師に対し、面接指導を受ける 労働者に関する労働時間等の勤務の状況及び作業環境等に関する情報を提供しなければ ならないこと。
① 面接指導を実施する医師が、対象労働者が所属する事業場の産業医である場合。
② 面接指導を実施する医師が、契約(雇用契約を含む)により、少なくとも過去1年 以上の期間にわたって、対象労働者が所属する事業場の労働者の日常的な健康管理 に関する業務を担当している場合。
③ 面接指導を実施する医師が、過去1年以内に、対象労働者が所属する事業場を巡視 したことがある場合。
④ 面接指導を実施する医師が、過去1年以内に、当該労働者に直接対面により指導等 を実施したことがある場合。
(2)面接指導に用いる情報通信機器が、以下の全ての要件を満たすこと。
① 面接指導を行う医師と労働者とが相互に表情、顔色、声、しぐさ等を確認できるものであって、映像と音声の送受信が常時安定しかつ円滑であること。なお、映像を 伴わない電話による面接指導の実施は認められない。
② 情報セキュリティ(外部への情報漏洩の防止や外部からの不正アクセスの防止)が 確保されること。
③ 労働者が面接指導を受ける際の情報通信機器の操作が、複雑、難解なものでなく、容易に利用できること。
(3)情報通信機器を用いた面接指導の実施方法等について、以下のいずれの要件も満たす こと。
① 情報通信機器を用いた面接指導の実施方法について、衛生委員会等で調査審議を行った上で、事前に労働者に周知していること。
② 情報通信機器を用いて実施する場合は、面接指導の内容が第三者に知られることが ないような環境を整備するなど、労働者のプライバシーに配慮していること。
(4)情報通信機器を用いた面接指導において、医師が緊急に対応すべき徴候等を把握した 場合に、労働者が面接指導を受けている事業場その他の場所の近隣の医師等と連携し て対応したり、その事業場にいる産業保健スタッフが対応する等の緊急時対応体制が 整備されていること。
4. 残業問題について産業医と面談する3つのメリット
産業医面談をおこなうことで労働者にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
3つのメリットを紹介します。
4-1. 健康状態が把握できる
対面でおこなう産業医面談は、労働者の表情や声、雰囲気などを直接感じ取ることができるため、健康状態を把握しやすい状況です。専門的な視点で診てもらえるので、自覚していなかったストレスやメンタル不調などが発覚する可能性もあります。
会社側も安全配慮義務を果たすことにつながるため、双方にとってメリットといえるでしょう。
4-2. 労働環境の改善につながる
産業医には仕事のことや健康のことなど、さまざまなことが相談できます。
「業務量が多く残業時間が増えてしまう」など悩みを相談すると、場合によって産業医から具体的な改善内容が記載された意見書が会社に提出されます。
意見書を受け取った会社は、何かしらの改善策を講じる必要があるため、労働環境が改善される可能性があるでしょう。
4-3. 在宅でも相談できる
原則は対面での面談が望ましいとされていますが、厚生労働省が定める面接指導の実施に関わる留意事項を満たしていれば、オンラインでも面談が可能になりました。
特に注意するべき点は、「映像を通して顔色やしぐさなどを確認すること」「産業医が1年以上担当していること」「オンラインでもプライバシーに配慮すること」などです。
在宅で仕事をしている人や休職中の人も出社せずに産業医面談が受けられることは、オンラインのメリットでしょう。
5. 産業医面談を活用する3つのポイント
産業医面談は本人からの申し出があった場合におこなわれるものなので義務ではありません。
そのため、労働者に活用してもらうためには配慮や工夫が必要です。
産業医面談をより効果的に実施するための3つのポイントを紹介します。
5-1. 守秘義務と報告義務があることを理解する
産業医面談が実施されると、その結果は会社や上司に報告されるのが一般的です。
そのため「自分の健康状態を会社に知られたくない」「相談内容が上司に伝わってほしくない」と思い、面談を拒否するパターンもあります。
しかし、産業医には守秘義務があるため、面談で知り得た情報を本人の許可なく上司に伝えるようなことはありません。労働者に不利益になるようなことは伝えないのが原則ですので、プライバシーが守られる点は労働者にあらかじめ説明しておくべきでしょう。
ですが、産業医には同時に報告義務もあることを理解する必要があります。
報告義務とは、労働者の健康に問題があったとき、会社に報告しなければならないとするものです。
例えば「伝染病が見つかり、報告しないと周囲の人に影響を及ぼす」「自傷行為があり危険性が極めて高い」のようなケースは会社側に報告することができます。
しかし、厚生労働省は可能な限り本人の同意を得てから報告するべきとしており、基本的に優先されるのは守秘義務です。
5-2. 産業医面談を利用しやすいものにする
労働者が対象の産業医面談は、本人からの申し出がなければ実施されません。
そのため、どのようなシステムでおこなわれているのか、面接指導を受けるメリットはあるのかなど、詳しく知らない従業員も多いでしょう。月の残業時間が80時間を超えると、会社は産業医に従業員の労働時間に関する情報を提出します。
その後、産業医は対象者に面接の申し出を推奨し、希望した人のみ面談が実施される流れとなっています。面談実施の具体的な流れを分かりやすく従業員に周知したり、面談の目的を明示したりして、産業医面談が利用されやすい環境を作ることが大切です。
5-3. 産業医と会社が連携できる体制を整える
従業員の健康保持のためには、産業医と会社が連携を図る必要があります。
産業医を身近な存在だと従業員に感じてもらい、相談しやすい雰囲気を作るためにも、両者のコミュニケーションは重要です。
衛生管理者が産業医とやり取りをおこなっている場合、衛生管理者から会社の特徴や業務内容などを話し、産業医にどんな会社なのか知ってもらいましょう。
産業医は面談だけでなく定期的に職場巡査もおこないますので、会社について詳しく理解している方が、長時間労働に関する問題点が見つかりやすくなるかもしれません。
また、従業員が休職することになったときは、休職中の産業医面談や、復職のタイミングの相談などもあるため、産業医と会社は情報共有をおこない連携を取ることが求められます。
6. 残業が多い人は産業医面談を活用して職場環境を改善しよう
産業医面談とは、従業員が健康を保ち、安全に仕事ができる環境を作るための大切な制度です。
月80時間を超えた場合で本人からの申し出がなければ面談は義務ではないため、会社側は従業員に産業医面談を活用してもらえるよう配慮や工夫をする必要があります。