こんにちは、HR NOTE編集部 働き方改革プロデューサーの井上です。
近年、従業員の健康管理を経営課題として捉え、健康増進を重視して経営を推進していく「健康経営」が注目されてきています。
今回は、「各企業が健康経営に取り組む背景と、その取り組み内容」をテーマに、コクヨの働き方改革PJアドバイザーの坂本さんに話をお伺いしました。
健康経営について気になるけれども、どうしていくべきかわからない。そのような方にとって参考となる内容が満載です。
是非、ご覧ください。
【人物紹介】坂本 崇博 | コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
目次
働き方改革で重要なのは「自社のグランドコンセプト」を描くこと
働き方改革の「特徴的な2つの実例」と「計測方法」
働き方改革で「オフィス空間づくり」は重要なのか
「意味のあるフリーアドレス」にするために必要な考え方
「働き方改革と健康経営は切り離せない」健康経営を推進する4つの理由
-まず、各社が健康経営に取り組む背景には、どのようなものがあるのでしょうか?
坂本氏:私の捉え方では、そもそも健康経営とは、「病気になることを防ぐための不健康予防対策」ではなく、従業員の労働習慣や生活習慣をより健康的かつ創造性・生産性が高いものにしていこうという「企業の生産性向上・成長」に向けた戦略的マネジメント活動になると考えます。
その中で企業が健康経営を推進する理由としては、大別すると4つになります。
1つ目が労働生産性向上。2つ目がコストダウン。3つ目が企業ブランドの向上。4つ目は優秀な人材の確保です。
-なるほど。対社内向け、対社外向けと、両方に関わってきそうですね。
1、労働生産性向上
坂本氏:1つ目の生産性向上に関していうと、まず「プレゼンティズムの解消」があります。
プレゼンティズムというのは「会社に出勤して働いているけれども、心身の健康上の問題により生産性が低下した状態」を意味します。
- 夜中まで仕事をしたため、朝から頭が働かない状態でとりあえず会社にいる
- 長時間パソコン作業をしているものの、腰痛が気になって集中力が低下する
- 常に焦りや怒りを感じているため、人の話を聞く精神的余裕がなく、コミュニケーションに支障をきたす
このような状態は、プレゼンティズムが起きているといっていいでしょう。
アメリカでは学問としてプレゼンティズムの研究が進んでおり、経産省が発行している資料によると、プレゼンティズムによる生産性の低下により、1人あたり年間30万円くらいの生産性損失が発生している、という結果も出ています。
ある外資系の医療・ヘルスケア企業では、「健康経営に1ドル投資をすると3ドル分になって返ってくる」という話があります。生産性を高める上で健康経営は欠かせません。
2、コストダウン
坂本氏:そして、2つ目はコストダウン、つまり企業が負担する医療関連費の削減です。
企業に勤める労働者の医療費負担は通常3割で、残りは健康保険組合が審査支払機関を通じて支払っています。
しかし、現在は高齢化に伴い病院に通う人が増えており、医療費も増加する一方で、健康保険組合も厳しい状況になってきています。
健康保険組合の収入源である保険料は、企業(事業主)の負担分と従業員の負担分があります。負担割合は、両者でほぼ1/2ずつとなっていることが多いです。
健康保険組合が赤字にならないためには保険料を上げざるを得ませんが、このとき、増えた分の保険料を誰が負担するのかというと企業と従業員になるわけなんです。
そうなると、みなさんが不健康だという理由で、みなさんの保険料負担も増えるとともに、企業の負担も増え、利益が減っていくわけです。
企業が健全に利益を上げて成長していく上で、健康経営を推進することで、病気になる前の予防を徹底し、医療コストをなるべく低減する必要があるわけです。
3、企業ブランドの向上
坂本氏:3つ目のブランド・イメージのアップについては、とくに「健康」をテーマにしたビジネスに取り組む企業では、意識されている要素だと思います。
健康関連ソリューションや商材を提供する会社である以上、自社内の従業員が健康であることは大きなPR要素となるからです。
また、健康関連ビジネス以外の企業でも、従業員を大切にする企業というイメージを高めることで、顧客の囲い込みやファン獲得といった効果も期待できます。
4、優秀な人材の確保
坂本氏:4つ目の人材確保において、従業員の獲得競争が激しくなる中で、企業の認知度向上におけるブランディングは非常に重要な要素です。
「我が社は健康的に働ける、ホワイト企業です」と示したいんです。「ブラック企業」というイメージがついてしまった会社で働きたい人はいませんからね。また離職率も高くなってしまいます。実際、最近の学生向けの調査でも、健康的に働ける会社に勤めたいというニーズが非常に大きいという結果も出ているようです。
そこで、健康経営に関する認証を取得したり、CSR報告書や学生向けのPRにおいて、健康経営に取り組む姿勢や成果を紹介することが重要な取り組みになりつつあるのです。
-健康経営の推進は、働き方改革とも大きく関係しているように感じます。
坂本氏:そうです。最近は「働き方改革」に注目している企業も増えていますが、「働き方改革」として、「社員がイキイキと働ける会社になりましょう」「時間生産性を上げましょう」というものの、取組み内容は、制度改革やツール導入、オフィス改革など「環境(ハードウェア)を変える」取組みが多いように思います。
ですが、生産性向上のためには従業員一人ひとりの集中力や行動力、モチベーションといった「コンディション」も整える必要があります。
8速まであるギアをもつ自転車(環境)を与えても、脚力(コンディション)が弱いと、最大限のスピードは出せません。よって、働き方改革を成功させる上でも、健康経営を推進し、従業員が自分の健康に配慮し、より元気にパフォーマンス高く考え、動ける身体と心づくりができるようになることが重要なのです。
また、「健康経営を進める上で、働き方改革が欠かせない」という視点もあります。不健康になる一番の要因とも言われている長時間労働を改善することなくして、従業員の健康増進はあり得ません。
健康的な活動に割ける時間を増やすための時短施策や、健康的なリズムある生活を送ることができる働き方づくり、そして、長時間労働を是正することで、ストレスからくるメンタル疾患の低減などが求められます。
ですので、健康経営と働き方改革は切っても切れない関係であり、働き方改革を考える上で健康経営も考えるべきなんです。
各企業における健康経営への取り組み内容とは?
-各企業、健康経営に向けてどのようなことをされているのでしょうか?
坂本氏:まずは健康診断の受診を促したり、ストレスチェックの仕組みを整えたり、福利厚生の一環で健康活動を補助する施策を取り入れたりと、まずは足元の基本的な部分から意識して見直している企業が多い印象を受けます。
-特徴的な取り組みをしている企業はあるのでしょうか?
坂本氏:たとえば、大手コンビニチェーンでは、「ヘルスケアポイント」というポイント制度を取り入れています。
健康診断の結果をもとに、個々人が取り組むべき健康目標を自ら設定していき、達成状況に応じて。ポイントがもらえるものです。
また、意識していない方も多いと思いますが、定期健康診断の受診とその結果報告書の提出は労働基準法で定められた企業の義務になります。そこで従業員の健康診断受診を徹底するために、「健康診断を受けないと規則違反になります」とあらかじめ社内規則に載せている企業もあります。基本的な部分をしっかりと取組んでいくこともとても大切です。
さらにある企業では、ウェアラブル端末を従業員に配り、個々の健康状態をリアルタイムで測定できるようにしています。
それ以外にも、ヨガ教室を開いたり、睡眠学講座をやったり、スポーツジムへ通うことを支援したり、部活を支援したり、オフィスを健康的なものに変えていったりなど、本当に多くの施策があると思います。
Googleでも、マインドフルネスに本気で取り組んでおり、瞑想などをおこなっています。
ただ、こういった施策を実践している企業が世の中に多いかというと、そうではありません。まだまだ健康経営に対する取り組みは少ないように思います。
なぜかというと、従業員の生活習慣に物申すことは難しいからです。従業員側としては「食事制限してください」、「睡眠は十分に取ってください」など、プライベートまで企業から口出しされたくないわけです。
そうした意識で、健康への取り組みを「無理やり」やらせられると、それはストレス要因となり、別の面で不健康になってしまいます。
「立ち仕事は身体に良くない?」健康経営で大事な「型・場・技」
-健康経営を実施する上で意識することはありますか?
坂本氏:「型・場・技」を意識して取り組むことですね。
まずは、働き方改革も健康経営も進めるにあたって、ルール・制度といった「型」をつくることが大事です。特に大企業の場合はそれがないとまず動きません。
そして、次に「場」ですね。ITインフラやオフィス空間など、取り組む上での本気度を示したり、取り組みやすい環境をつくることも重要です。
最後が「技」で、従業員にいかに取り組んでもらうかを考えていきます。健康への取り組みとは、一人ひとりの意識の問題なんです。健康になりたくない人に、健康活動を強制すると逆にストレスとなり不健康になることもあります。
「健康になること=病気にならないこと」という勝手な脳内変換をしてしまうんです。
ですので、あまり「健康、健康」と言わずに、たとえば「コンディションアップ」「もっとバリバリ働けるようになるため」「もっとクリエィティブになるため」「もっと笑顔になるため」など、言い換えることも必要です。
健康になるとは、「病気にならない」ではなく、「もっともっと元気になる」という意味なんです。
ただ、現在の健康経営のほとんどは、不健康にならないための経営なんです。そうではなく、健康になるための経営をしましょうと。
そのような言い換えをしながら従業員の意識面を変えていき、また同時に「知識」を高めていくんです。健康に関しては知っていると役に立つ情報がまだまだたくさんありますからね。
たとえば、「集中力を高めるには甘いものをたくさん摂った方がいい」という説や、「立ち仕事は体に良い」という説がありますが、一概に良い悪いというのは難しいです。
長時間立ちっぱなしでパソコン仕事をしていたら、体への負担が増すばかりですからね。
-スタンディングディスクは健康に良くないのですか?
坂本氏:立つことによる運動効果はありますので、立ってはいけないということではありません。気分転換のためにも、時折スタンディングワークをすることは有効でしょう。
しかし、長時間同じ姿勢で立ち続けていることはあまりお勧めできません。たとえば、立った状態でステップを踏みながら軽い運動を兼ねると良いでしょう。
人は、ふくらはぎの筋肉を動かすことでその筋肉がポンプの代わりを果たし、血液の循環をサポートするといわれています。一方、立ちっぱなしでは脚の血流が滞りやすくなったり、むくみやだるさの原因になるといわれていますので、生産性や集中力に影響を与えかねません。
レジを打つ人や警備の方が、適宜交代をして、同じ姿勢で立ちっぱなしになることを防いでいるように、同じ姿勢で立ちっぱなしになることは疲労を生みやすくなります。
アメリカなどの事例では、ワーカーは立った状態で仕事をしているとき、音楽を聴きながらステップを踏んで血流を良くしたり、根を詰めてじっくりやる仕事は座ってやるなど、自分のコンディションを高めるために、立ったり座ったりを選択して仕事をしています。
しかしながら、日本の真面目なワーカーは、立って仕事を始めると、その状態で長時間集中して仕事をしてしまいがちで、結果として身体が固くなり、生産性を落としてしまうこともあります。
すなわち、立って仕事をすることが体に悪いのではなく、立ったまま体を動かさずに長時間仕事をするのが体に悪いのです。人は集中していると動かなくなるので、体が固まるんです。
その結果として、血流が悪くなったり、腰が痛くなったり、肩がこったり、様々な体への影響につながっているのではないかと思います。椅子に座ったままでも同様です。要は時々歩くなど、動くことが大事という話です。
-なるほど。そういう意味でいうと、まだまだ健康について多くの誤解がありそうですね。
坂本氏:たとえば、いきなりお腹が空いたからって白ご飯をかっこんで食べるのもお勧めしません。
空腹の状態でいきなり炭水化物を摂取すると、血糖値が急上昇してそれに合わせてインシュリンがたくさん出るといわれています。そうすると、またそれを下げるための活動があって、体が疲れちゃうんです。お昼ごはんの後に眠くなるのもこういった現象が関係しているのかなと思います。
では、どうすべきか。先にサラダをゆっくり噛んで食べて、血糖値の上昇を緩やかにしてあげることによって、体内のバランスを常に一定に保つ。
そのような体への負担を軽減する知恵や情報について知らない人は多いと思います。まだまだ欧米に比べて、食育が浸透していないのかもしれません。
-そういった知識があるだけで生産性が上がりそうですね。
CHO室を立ち上げ実施した「腰痛撲滅プロジェクト」とは?
-坂本さんが健康経営の支援をしている企業の中で具体的な事例などありますか?
坂本氏:あるIT企業の事例になるのですが、もともとIT企業は業界として働きすぎのイメージを持たれがちで、健康経営を導入することでそのイメージを払拭したいと、その会社では「CHO(チーフ・ヘルス・オフィサー)室」を立ち上げ、CHO室が主導で「腰痛撲滅プロジェクト」というものを開始したんです。
-それはどのようなプロジェクトなのでしょうか。
坂本氏:健康について社員向けアンケートを取った結果を見ると、腰痛と肩こりで生産性が低下しているのではないかと感じている従業員が、回答者の中で7割を占めていることがわかったのです。
そこで、腰痛や肩こりを解消するために、以下のようなことを実践していきました。
- カイロプラクティック
- デスクまわりの環境を改善
- 水分摂取量、睡眠時間の記録
- 筋肉をほぐす器具の配布
- 朝晩のストレッチ
- 専門家によるサポート
そうした結果、痛みが軽減したと感じる社員が半数以上になったそうです。
その他にもその企業はさまざまな取り組みを実施しており、その結果として「健康経営優良法人 2017」にも認定されました。
-そうやって社員が健康になることで生産性向上につながりますし、良い企業ブランディングにもなりますね。
坂本氏:また、こういった取り組みが発展して、現在は「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」という団体が立ち上がり、私は事務局長を務めています。
二ヶ月に一回くらいの頻度で、渋谷で健康経営を推進したい企業の方々が集まって、情報交換や一緒に協業していきます。
たとえば、渋谷で健康的なレストランを検索できる『ウェルメシ』いうアプリをつくり、食への意識を高める活動をしています。
このような活動を通して、健康経営に対する意識を変えていきたいというのが私の思いです。
健康経営は「不健康にならないためのアクション」ではなく、「健康になるためのアクション」だと伝えていきたいです。
-健康経営は「不健康じゃなくなる」というだけの概念ではないと。
病気ではないけれど、そこまでやる気に満ち溢れていないし、生産性高く働けていないし、多様な個性を活かした能力発揮もできてない。それは不健康ではないかもしれませんが、健康とはいえません。
社会的にイキイキと活躍していて、メンタル的にもやる気が溢れていて、肉体的にもキビキビ働けてテキパキ動けることが、私は健康という状態だと思います。
多くの企業ではマイナスをゼロにするという活動をしていますが、社員全員が不健康なわけではないので、特定の人だけに向けた施策になってしまいます。
働き方改革において、生産性を上げることは重要ですので、生産性高く働けるように社員のコンディション整えることは必須。
そのため、働き方改革と健康経営の両方の視点をもって改革を進めていく必要がある、といった考えを広めていきたいですね。