2025年問題が間近に迫った今、働きながら親の介護をする人は年々増加しています。それに伴い、日本全体として介護離職者も増加傾向にあり、その数は年間10万人にのぼります。
そのため、各企業において社員の介護離職に備える必要がありますが、目の前の業務に追われてしまい、離職防止のための人事施策や制度づくりまで手が回らない企業が少なくありません。
そこで、介護中の社員が安心して働き続ける環境づくりにいち早く取り組み、実績を挙げている企業を紹介。老人ホーム検索サイト「LIFULL介護」編集長の小菅秀樹さんが聞き手となり、企業の先進的な取り組みや思いについて伺っていきます。
第3回目は、「ダイバーシティ&インクルージョン」を推進し、仕事と介護の両立支援に力を入れるDACホールディングス。人事部の石森あみさんに、具体的な両立支援の取り組み内容について伺いました。
石森 あみさん|株式会社DACホールディングス 人事部 人事管理課
2013年にDACグループに入社。現在は人事部人事管理課所属。従業員が安心して働けるように、従業員向け仕事と介護の両立セミナーの講師や相談窓口を担当。この取り組みが会社として評価をいただき令和元年度東京都ライフワークバランス認定企業に。「従業員一人ひとりが活き活きと働ける職場づくり」を目標に多様な働き方、育児・介護・傷病と仕事の両立なども支援している。
小菅 秀樹さん|株式会社LIFULL senior LIFULL介護(ライフルかいご) 編集長
横浜市生まれ。老人ホーム・介護施ーの立ち上げ、マネジャーを経て、現在は日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFULL介護(ライフルかいご)」の編集長。「メディアの力で高齢期の常識を変える」をモットーに、介護系コンテンツの企画・制作、寄稿、セミナー登壇などを行う。趣味はバイクツーリング、筋トレ、ウィスキー。
目次
1.社員の皆で「世界七大陸の最高峰」到達に向けてチャレンジ
総合広告代理店として全国に展開されているDACホールディングスさん。はじめに御社の事業内容について教えていただけますか。
弊社は1962年に創業し、今年の10月で創立60周年を迎えます。
テレビCMなどマスメディア向けの「総合広告事業」、人材の求人広告や採用支援を手がける「人材ソリューション事業」、地域や観光産業を活性化する「観光ソリューション事業」、訪日外国人向けの「グローバル広告事業」、の4領域で事業を展開しています。
御社のHPを拝見したのですが、社員の皆さんで「世界七大陸の最高峰」到達に向けたチャレンジするプロジェクトもされていましたね。
弊社グループの代表である石川和則が冒険が好きで、これまでにタクラマカン砂漠横断やキリマンジャロ登頂、北極点・南極点の到達など、様々なチャレンジをしてきました。
そうした経験を「社員にもぜひ体感してもらいたい」と、希望する社員を募り、7大陸最高峰にリレー形式で挑む「セブンサミッツプロジェクト」が10年前にスタートしました。
夢のある、素晴らしい取り組みですね。
御社は、2019年度に「東京都ライフ・ワーク・バランス認定企業」に選ばれ、「知事特別賞」を受賞されたそうですが、そうした個々のチャレンジを応援し合う企業風土が、御社のワークライフバランスへの取り組みにもつながっているのかなと感じました。
2.社内の平均年齢が低くとも、介護離職はいずれやってくる
ありがとうございます。弊社は、以前から「ダイバーシティ&インクルージョン」に力を入れていまして、女性の活躍推進のみならず、障がい者を含めた個々の多様な働き方をサポートしてきました。
ただ、弊社の平均年齢は33.1歳と若い年代が多く、介護に直面している社員が少ないことから、介護離職について差し迫った問題として捉えていませんでした。
ある時、石川代表の奥様から「今後のために、今からできる準備をしたほうがいい」と助言をもらい、5年ほど前から「仕事と介護の両立支援」に力を入れ始めました。
そして、まずは社内向けにセミナーを開催してみることになり、人事部の社員が講師となって「仕事と介護の両立支援セミナー」を実施するようになりました。
なるほど、そのような経緯があったんですね。
介護に関する情報は多岐にわたるので、人事の通常業務をしながらセミナー準備をするのは、情報収集の面で大変だったのではないでしょうか。
そうですね。介護保険制度や介護にまつわる社会的支援についてなど、複雑な内容も多く、人事部の社員でそれぞれ担当を分けて調べていきました。
また、社員の家族に介護関係の仕事をしている人がいましたので、介護のリアルな実態についてヒアリングをしたり、外部のセミナーや講演会に参加して学びを深めたりしましたね。
情報収集を重ねることで、最初は未熟だった内容が、次第に厚みが出てくるようになりました。
3.介護セミナーを長期休暇前に設定することで、親と将来について話し合うきっかけに
セミナーでは、主にどのようなことを伝えていらっしゃいますか。
介護保険制度に関する基礎知識や介護にかかるお金のこと、また介護に直面した時はどこに相談したらいいのか、地域包括支援センターやケアマネジャーの役割についてなど、幅広く説明しています。
他には、「遠方に住む親の介護が必要になった場合、どう対応したらいいか?」など、実際に介護に直面した時の「ケーススタディ」についてのワークなども行っています。
「ケーススタディ」を学ぶことで、いざ介護に直面しても慌てずに済みそうですね。セミナーは、どのぐらいの頻度で開催しているのでしょうか。
年2回、夏と冬の長期休暇の前に実施しています。休暇前に設定しているのは、帰省した際に、両親と将来のことについて話し合うきっかけになると考えたからです。
親の老後や将来のことについて、家族間でなかなか話しづらい部分もあると思いますので、話を切り出すツールとして、「両親と話しておくべきチェックリスト(全9ページ)」※1 をセミナー内で配布するようにしました。
この冊子には、「親は老後どんな生活を希望する?」「親の生活環境や経済状況は?」など、様々なチェック項目を掲げていまして、ヒアリングした内容を記入できるようにしています。
※1 厚生労働省ホームページ「親が元気なうちから把握しておくべきこと」を加工して作成
両親に面と向かって聞きづらいことも、「会社のセミナーでこういう冊子を配られたから、聞いておきたいんだけど」と話題に出しやすくなるので、とてもいいアイデアですね。
実際にセミナーに参加された社員の皆さんの反響や参加率はいかがでしょう。
セミナー後にアンケートを取っており、「今まで知らなかった介護について理解できてよかった」「漠然と抱いていた不安が解消された」「親の老後について話すきっかけができた」など、毎回ポジティブな意見が多数あります。
「介護は遠い将来のこと」と考えていたのが、「自分ごと」として身近に感じてもらえるようになった実感はありますね。
セミナーは全社員が参加しやすいように、夏季・冬季それぞれ3日間にわたって、昼と夕方の時間帯にオンラインを含めて実施しています。セミナーを開始してから、全社員が一度は受講しています。
現在は、入社1年目の社員は参加必須としているので、社員の参加率はほぼ100%になります。
4.「働き方」「休暇」「再雇用」の観点から支援制度を作成
人事制度についてはどのような取り組みをされていますか。社内の人事制度は、もともと「仕事と育児の両立支援」という観点で作られていたものを、「介護や治療中の社員」にも適用する形で展開しています。
制度は3つのカテゴリーに分けていて、その1つ目が「働き方に関する制度」です。たとえば、時短制度や時差出勤制度、会社指示の残業を免除する残業免除制度、テレワーク勤務制度があります。テレワーク制度に関してはかなり前から取り組んでいて、2011年から実施しています。
2つ目が、「休暇制度」です。弊社は介護を含め、自身や家族の健康管理のために利用できる「healthholiday(へるほり)」という特別休暇を設けています。これは雇用形態に関係なく、年に5日、有給の休暇が付与されます。
そして3つ目が、「再雇用制度」。これはDACグループで就労実績のある社員は退職後、正社員、契約社員など、雇用形態の希望に合わせて再就職できるものです。一度介護などで退職したとしても、復職できる制度になります。
<DACホールディングスの仕事と介護の両立支援制度>
制度や取り組み | 内容 | |
働き方 | 時差出勤制度 | 既定の就業時間を確保したうえで、始業時刻を7:30~10:00の範囲(15分単位)で選択し、上長の承認を得ることで日ごとの勤務時間を繰り上げ繰り下げすることができる制度(コアタイム10:00~15:00) |
時短勤務制度 | 8:00~18:30の間で10:00~15:00をコアタイムとして実働5時間以上(休憩1時間15分を除く)を確保し勤務が可能な制度 時短の補填テレワークの利用により時短する時間の削減が可能 |
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残業免除制度 | 予め取り決めた勤務時間を超える、会社指示による残業を免除する制度 | |
テレワーク勤務制度 | 労働時間の全てまたは一部を自宅など、会社以外の場所で業務を行う制度 | |
休暇 | healthholiday(へるほり) | 自身の健康管理やご家族の介護や看護等を理由に年5日間利用可能 |
雇用 | 再雇用制度 | DACグループでの就労実績のある者は、退職後、その年数に関わらず、 正社員、契約社員、アルバイト・パート社員など、本人の希望にあわせた雇用形態での復職を認める |
教育研修 | 仕事と介護の両立セミナー | 年2回の長期休暇前に、介護の現状や国の制度や社内制度を勉強会として実施。 社員の平均年齢が若いので介護がはじまる前に事前に知識をつけてもらい、介護離職を防止する |
5.理由を述べずに休暇の取れる「へるほり」の利用が活発
万が一、介護を理由に退職しても、復職の制度があれば安心ですよね。人材難の昨今、再雇用制度は今後、多くの企業へ拡大していくと思います。これらの人事制度について、社員の皆さんの利用状況はいかがでしょうか。介護を目的に利用している社員はまだ少ないのですが、全体的に制度を活用している人は増えていると感じます。
中でも、「healthholiday(へるほり)」は利用者が非常に多く、健康診断や人間ドッグを受診する際に使う人が多いようです。休みを申請する際に理由を言う必要はないため、使いやすい利点はあるかもしれません。
再雇用についてはそれほど事例があるわけではありませんが、年に1名程度が復職しています。待遇も退職前と変わらないケースが多いです。
テレワークの導入がかなり早いですね。2011年から実施とのことですが、10年前と今では浸透具合にかなり変化があるのではないでしょうか。
当時は育児中など限られた社員向けの制度としてスタートしましたが、今はオンライン化が進んだこともあり、利用する人数が圧倒的に増えました。
実際、地方移住により退職せざるを得ない社員が、テレワークを活用することで働き続けられるようにもなりました。
移住によるリモート勤務については、まだそんなにリクエストがあるわけではないので、個別に対応しながら、出社日数など勤務形態を決めている状況です。
6.年に1回、自身の働き方を見直す機会を提供
人事制度もかなり充実されていますが、社員の方々に制度の存在を知ってもらうことも大切かと思います。何か工夫はされていますか。
社内のグループウエアに、人事制度や勤務形態など働き方の一覧を載せていて、いつでも情報を見られるようにしています。
年に1回、勤務形態など働き方の更新をするようにお願いしているので、人事制度に関する情報が定期的に得られると同時に、自身の働き方を見直す機会になっているのではないかと思います。
加えて、介護セミナーの際に人事制度の説明をしたり、社内報でもダイバーシティに関する情報提供を行ったりしています。社内報は紙とWEB版がありますが、社員の家族にも届くようにしています。ご家族にも知ってもらうことで、「働き方」について家庭内で話し合うきっかけにつなげられたらと考えています。
7.保健師が定期訪問。相談しやすい環境づくりを
介護は、国の制度や公的サービスなど複雑な部分もあるため、専門家によるアドバイスも必要なのかなと感じます。最近は「産業ケアマネジャー」など、企業内で介護のアドバイスをするケースも増えていると聞きますが、御社もそうした取り組みはされていますか?
介護の専門家ではありませんが、月に一度、保健師さんに訪問してもらっています。実際、介護疲れの悩みや家族の健康状態について不安に思っていることを相談している人が多いようです。
「その状態なら、すぐに病院に行ったほうがいい」「医師にこういうポイントを確認したほうがいい」など、専門的なアドバイスをもらえるため、いち早くアクションを起こすきっかけになっているかもしれません。
弊社の媒体でも、「家族の介護について不安なことがあったら、まずは地域包括支援センターに相談しましょう」とアドバイスすることがよくあります。ただ外部へ相談するのは少々ハードルが高いのではと感じていました。
この悩みは相談に行くレベルなのか、よくわからない時もありますから、専門家の立場から「今すぐ相談に行くべき」と背中を押してもらえると、安心して行動を起こせますね。
本当にそうだと思います。人事部としても、社員が抱えている悩みや不安に寄り添いたいと思っていまして、部内に「相談窓口」を設置しました。
「介護については人事の〇〇さんに相談してください」と、セミナー内で案内するようにしています。
最後に仕事と介護を両立する上で、これから仕掛けていきたい施策はありますか。
若い世代が多いため、介護に直面している人はまだ少ないですが、これからも会社として「介護と仕事の両立に前向きである」という姿勢を示し続け、相談しやすい環境づくりや働き続けるためのサポートをしていきたいですね。
また、「ダイバーシティ&インクルージョン」については、代表の“トップダウン”によって行われている部分が多いのが現状です。今後ますます社員一人ひとりの多様な働き方が求められていくため、「自分たちはこういう働き方がしたい」「こういう状況にも対応してほしい」と、社員の側から提案できるような“ボトムアップ”の仕組みづくりにも力を入れたいと思っています。
本日は、ありがとうございました。弊社(LIFULL senior)は老人ホーム検索サイトを運営しているのですが、お問合せの多い時期は例年同じ、8月と1月にあたります。これは盆と正月に実家へ帰省した子どもが認知症の症状など親の異変に気付き、介護施設へ入居を検討する方が多いためです。
石森さんのお話のなかで「長期休暇前にセミナーをおこない、冊子を配布」とありましたが、帰省のタイミングで親の変化に気付く人は少なくありません。親の変化を確認するうえでも多くの企業にお勧めしたい取り組みです。
冊子の中に「親の老後の生き方の希望は?」という項目がありました。実はここがポイントです。
もしも親が突然入院し、意思疎通のできない状態で「在宅介護か施設介護か」その決断を迫られたらどうしますか?きっと「親はこう考えていたはず」と憶測で話を進めることになるでしょう。選択と自己決定は親のQOL(生活の質)に直結するので、ヒアリングは欠かせません。
また、介護離職は従業員が一人で抱え込み誰にも相談できずにやむなく退職するケースがあります。そのため、人事部に介護相談の担当者が在籍していたり、保健師の定期訪問があったりすることは理想的です。
とはいえ、すべての企業に介護相談担当を据えるのは容易ではありません。必ずしも介護の知識がなくても、まずは従業員をサポートすると決め、相談しやすい環境をつくり関係機関に繋ぐなど、できる事から取り組んでいただきたいと思います。