2022年7月20日、8月4日にリンクアンドモチベーション社主催で開催された「HR Transformation Summit 2022」。
一橋大学伊藤教授、経済産業省島津氏、明治ホールディングスCEO川村氏など、人的資本経営の実践において第一線でご活躍されている方々が多数登壇し、それぞれの立場から知見や具体的な事例を共有するイベントに2,000名以上の経営者・人事担当者が参加しました。
本記事では、同イベントで配信された内容をレポートとしてご紹介いたします。
多くの企業が経営戦略と人材戦略の連動の難しさを前に、何に取り組むべきか悩みを抱えているかと思いますが、各企業の具体的な事例をもとに、今後の人事施策を検討する際の参考にしていただければ幸いです。
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「人的資本経営」が必要とされるようになった背景を知りたい
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「サステナビリティ経営」を実践した事例を知りたい
- 「ジェンダーギャップ解消」や「チャレンジ」する組織風土を醸成した事例を知りたい
- 市場の変化に適応できる組織を作るための「管理職育成」の方法を知りたい
目次
1. 「人的資本経営」の実践に向けて~人材版伊藤レポート2.0を経営のpowerへ~|Keynote Speech 1
まずは、今注目される人的資本経営とは何かを考える機会として実施された、「Keynote Speech 1」の内容についてご紹介します。
- 伊藤 邦雄 氏|一橋大学CFO教育センター長
- 島津 裕紀 氏|経済産業省 経済産業政策局
- 林 幸弘 氏|株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員
経済産業省によると、人的資本経営は『人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方(引用:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」)』と定義されています。
講演では、まず一橋大学の伊藤教授が、日本企業に人的資本経営が求められるようになった背景について、「無形資産投資競争に取り残されていること」「メンバーシップ型雇用に限界が来ていること」の2点を指摘。
S&P500(米国に上場する主要500銘柄)の市場価値に占める無形資産の割合が年々拡大していること、企業の付加価値に占める割合に関しても「有形資産」より「無形資産に」対する投資額が上回っていることを、データをもとに明らかにしました。
また、伊藤教授はサムスン電子の元会長であるイ・ゴンヒ氏が、自社の人材にどの程度投資しているのか正確にわかっていたこと、および、研究開発費用と同じくらい人材へ投資していたエピソードを紹介し、海外と比較した際の日本企業の人材投資に関する意識の低さを改善する必要があることを主張します。
<講演内で紹介されたサムスン電子のイ・ゴンヒ氏のエピソード>
日本では、大手企業の経営者が人材への投資額について即座に返答できるほど把握していることはほとんどありません。これは、メンバーシップ型という雇用スタイルの特性上、「社員は離職しないだろう」と楽観的に捉えている経営者が多い傾向にあるためです。
これに対して伊藤教授は、メンバーシップ雇用型に深く根付く「一律一斉思考」は、人材を投資すべき「資本」ではなく削減すべき「資源」であると捉えて、無形資産投資から遠ざける考え方であり、意識を改めていく必要があると述べています。
その後、経済産業省の島津氏からは、日本の岸田政権においても「人への投資」が成長戦略の中核と据えられていること、投資家も中長期的な投資・財務戦略において重要視すべきこととして人的資本への投資を挙げていることなど、今まさに人的資本経営の必要性が増していることが伝えられました。
島津氏は、人的資本経営を実現するために意識すべき軸として「開示」と「実践」の2点を挙げ、働き手と組織の関係は、「閉鎖的」関係から「選び、選ばれる」関係へと変化していくべきと主張します。
これに対して、視聴者から「人的資本経営が広まっていくためのキードライバーとは何か?」という質問が上がると、
- 経営陣が意味を理解した上で、CHROのポジションを置けるかどうか
- 人事部門と事業部門の役割を明確にし、人事部門の再定義化をおこなえるかどうか
の2点がポイントであるとして、人的資本経営を推進することになる経営者や人事担当者の重要性について示していました。
2. 「サステナビリティ経営」の実践に向けて~企業価値の持続的向上をエンゲージメントで実現する~|Session1
次の講演では、企業価値を向上するサステナビリティ経営に関して、明治ホールディングス株式会社とみさき投資株式会社の実践事例が詳しく語られました。
- 川村 和夫 氏|明治ホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO
- 中神 康議 氏|みさき投資株式会社 代表取締役社長
- 白藤 大仁|株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ 代表取締役社長
サステナビリティ経営とは、『環境・社会・経済の持続可能性に配慮し、事業のサステナビリティ(持続可能性)向上を図る経営』のことを指します。
現在、日本企業の大きな課題は「経済的、精神的な貧困化」。1970年から2020年までの50年間で日経平均株価は約10倍しか上昇しておらず、また、日本の実質賃金は、ここ30年停滞を続けており、職場に対して誇りを持っている人は主要国の中で最も低い状況です。
こうした状況を大きく変化させるためには、今まで常識とされてきた組織運営方法を変えなくてはなりません。
みさき投資株式会社の代表取締役社長である中神氏は、サステナビリティ経営を実現するためには、投資家を交えた「三位一体の経営」によって、まず日本の企業経営の常識を変えることが必要だと話します。
これまでの日本の経営体制は、従業員と経営者が二人三脚でおこなっていくものでした。しかし、「三位一体の経営」では以下の3STEPで実現を目指します。
②自社株式を持った従業員は、経営への参画意欲を高める
③成果を経営者、従業員、投資家の三者で享受し、みなで経済的、精神的な豊かさを実現する
<みさき投資株式会社の周囲の皆さんの反応>
また、明治ホールディングス株式会社の代表取締役社長CEOの川村氏からは、同社が指標としておく『明治ROESG』が紹介されました。
『明治ROESG』とは、利益成長とサステナビリティ活動の同時実現を目指すための経営指標で、ROE(自己資本利益率)とESGの評価指標を組み合わせた目標です。
川村氏は、「ROEだけを追う経営も、ESGだけを追う経営もないので、同時実現を目指す」「サステイナビリティは企業価値を生み出す源泉であり、しっかり取り組んでいくことが企業目標である」と語り、従業員がサステナビリティ経営への意識を持ちながら職務に取り組めるように、その浸透施策も積極的に実施していると続けます。
視聴者から「サステナビリティ経営の実現に向けて、従業員にどのように挑戦機会を与えているのか?」という質問があると、オープンイノベーションのプラットフォームとして、食品関係と医薬品関係の企業が交流できる研究機関を作っており、これが新たな研究のきっかけや従業員のモチベーション向上に繋がっていると話していました。
経営側が仕組みを通してリスク管理をしながら挑戦機会を作り出すことで、従業員がチャレンジしやすい環境が整い、結果としてエンゲージメント向上や生産性向上につながると考えることができます。
3. 「個の強み」を活かす風土変革とは~インクルーシブな会社づくり~|Keynote Speech 2
3つ目の講演である「Keynote Speech 2」では、「個の強み」を活かす風土を作る必要性と留意点について、東京海上ホールディングス株式会社とパナソニック株式会社の事例が紹介されました。
- 鍋嶋 美佳 氏|東京海上ホールディングス株式会社 CDIO
- 加藤 直浩 氏|パナソニック株式会社 CHRO
- 川内 正直 氏|株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
近年の企業を取り巻く環境変化の1つとして、労働市場における個人の働くモチベーションの多様化が挙げられます。つまり、現代の組織において、それぞれの「個」を束ねる難易度が非常に高まっているのです。
「個の強み」を引き出すための組織づくりに対して、東京海上ホールディングス株式会社では新たにD&I推進を専門とした組織「ダイバーシティカウンシル」を創設。統括としてCDIO(Chief Diversity & Inclusion Officer)を置き、経営への提言や知見の集積、全体戦略の調整をおこなっています。
同社のCDIOである鍋島氏は、グループ一体となったD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進のために必要な「ジェンダーギャップの解消」について次のように語ります。
ジェンダーギャップの解消に向けて、「役割変革」「育児の両立支援から活躍支援」「自律的なキャリア構築支援」といった3つの取り組みを実践しておこなっています。また、育児の両立支援にとどまらず、社内での活躍の場を広げるための支援も実施し、上司との面談や復職に役立つセミナーを開催することで、育児との両立からスムーズな復職まで促しています。(鍋島氏)
他にも、このようなD&Iや「個」の強みを引き出すための風土醸成に向けた意識・行動変革については、パナソニック株式会社でも同様に風土・カルチャー改革を推進する新組織が設立されています。
「チャレンジを奨励するカルチャーづくり」の取り組みについて、同社のCHROである加藤氏は次のように語ります。
まずは「マインド」を変えるために、経営陣の意思を現場に浸透させること、人事ではなく有志メンバーを募り現場の声を反映した取り組みをすること、社内で実施した取り組みを横展開していくことの3つを進めています。(加藤氏)
5つのグループ会社を抱える同社では、全社一律の評価・報酬制度ではなく、会社ごとに合った評価・報酬制度を設計。また、表彰制度においてもノミネート方法や選考過程、賞金などを大きく変えるなど、会社としての仕組みを大きく変革させることで従業員のチャレンジを後押しし、カルチャー醸成に繋げています。
さらに、コンプライアンスへのリスク感度が高く、カルチャー変革に熱力を持って率先して取り組むマネジメント層を育成するために、2日にわたってマネジメント層向けのセミナーも実施しているとのことです。
「個の強み」を活かす風土を作るためには、取り組み意義を全社員に浸透させる施策や、そのために経営トップが本気で組織づくりに取り組むことが必要であることがわかります。
4. 変化に適応する組織づくりの秘訣 ~「管理職育成」を起点とした取り組みとは~|Session2
そして、最後となる4つ目の講演が、変化適応に向けた管理職育成について日本たばこ産業株式会社と株式会社バンダイナムコエンターテインメントの事例が紹介された「Session2」となります。
- 山浦 淳一 氏|日本たばこ産業株式会社 人事部長
- 町田 結城 氏|株式会社バンダイナムコエンターテインメント 人事部 ゼネラルマネージャー
- 宮澤 優里 氏|株式会社リンクアンドモチベーション MMEカンパニー カンパニー長
市場の変化が激しい時代の中、その変化に適応できる組織では、経営方針や理念を管理職が十分に理解し、各現場の行動レベルに落とし込むことができます。つまり、管理職の行動次第でプロジェクトの成功は大きく左右するため、変化に適応できる「管理職育成」を重視する必要が出てきています。
日本たばこ産業株式会社の山浦氏は、社内における管理職育成について、次のように話します。
これまでは、同質性を最大化させて、企業価値を向上をさせていくというアプローチが有効だったと考えています。しかしながら、昨今のように、変化が大きく先が読めない事業環境の中においては、逆に同質性を最小化し、これを核にしながら多様な個性を尊重する組織へ進化していくことが重要と考えています。これまでより複雑で高度なマネジメントをしていくために、管理職の変革が必要です。(山浦氏)
同社では、具体的な取り組みとして、管理職に求められる成長ステージを5つ設定し、ステージごとに役割理解、能力開発、内省のプログラムを整備。
また、従業員への組織サーベイやエンゲージメントサーベイを目的に応じて使い分け、Job Matching(公募制度)でキャリアを自ら考える機会を創出するなど、「個」に寄り添った人事施策を多く運用しています。
株式会社バンダイナムコエンターテインメントの町田氏も、「個」に寄り添った組織づくりに関して、同社の人事方針に絡めながら次のように話します。
世界企業を目指すことを決めた当社では、従業員が「スピード感のある自律的成長」「多様性のある活躍に向けた主体的選択」を行えることを目標としました。そのため組織変革のセンターピンとして、マネジメント全体強化を推進してきました。(町田氏)
取り組み以前に挙げられていた「新しい管理職に必要な人材要件を解釈しきれていない」「人材育成できるマネジメント層のリソースが足りない」といった課題は、次の3つの施策でカバー。
- 将来のリーダー候補になりうる意欲の高い人材を対象に半年~1年の研修をおこない、象徴となるトップランナーを育成する
- キャリアコースとして「マネジメント」「スペシャリスト」を明確に分け、期待される役割を明確にする
- マネジメントに関する新たな基準を策定し、マネジメントに期待される能力やスタンスを具体的に定義(明示)する
「“個”が“組織”にあわせる」のではなく、「“組織”が“個”を活かす」時代となる中で、管理職に対して単なる「知識提供」にとどまらず、「行動変容」まで導く「成長支援」が求められています。
管理職向けのサーベイ等を通じて、定期的・長期的に成長支援機会を設ける工夫が必要になるでしょう。
5. 最後に
人事施策を検討する上では「人的資本経営」「サステナビリティ経営」に加え、「個の強みの活かし方」「変化に適応する組織の作り方」にも向き合う必要があり、ますます人事戦略は経営戦略と連動させることが求められるようになっていることがわかります。
今回は、「HR Transformation Summit 2022」で実施された4つの講演の内容について、各社が実践し推進する事例を中心にご紹介しました。
まだ「人的資本経営」に向けた取り組みがスタートできていない企業も多いと思いますので、今後、ぜひ社内で推進する際の参考にしていただければと思います。