2024年5月8日~2024年5月10日に東京ビッグサイトで開催された「カイシャのミライ カレッジ 2024 Tokyo Spring」。経営者や総務、人事、経理といったバックオフィスの方を対象としたセミナー・交流会イベントです。
本記事では、jnjer株式会社 執行役員 CPO(最高プロダクト責任者)である松葉氏と、慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授である岩本先生が登壇した講演内容をイベントレポートとしてご紹介します。
人材不足の日本において強い組織であり続けるために、人事のあらゆる業務をデジタルの力で大きく発展させ、生成される人事データから経営推進の新たな視点・付加価値を生み出していくためのヒントをお伝えします。
登壇者松葉 治朗氏jinjer株式会社 執行役員 CPO / ジンジャー人事DX総研 所長
2014年に新卒入社したベンチャー企業で、新規事業の企画、営業、管理など幅広い業務に従事。2015年9月に大手人材企業に転職し、クラウド型人事労務システム「ジンジャー」の立ち上げに参画。現在は最高プロダクト責任者として、統合型データベースを軸としたHRコンパウンドサービスのプロダクト戦略の立案と実行を行いながら、ジンジャー人事DX総研(旧:jinjer HR Tech総研)の所長として、人事DXに関する様々な発信をおこなっている。
登壇者岩本 隆氏慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。 日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。KBSでは産学連携による「産業プロデュース論」「ビジネスプロデュース論」などの研究を実施。2023年4月より慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師。2022年12月より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科では「SFC地域イノベーション共同研究」に従事。
目次
講演①「これからはHRプロセスの自動化が鍵を握る」|jinjer松葉氏
松葉氏:まず、私からは「HRプロセスオートメーション」というテーマでお話できたらと思います。
今、生成AIの登場が、人事業界だけではなく、様々なテクノロジーの進歩に大きく寄与しています。自然言語処理、画像生成、音声認識など、生成AIは数多くの分野で革新的な変化をもたらすことでしょう。
その中で、今回はテクノロジーによって人事業務がどのように変化していくのかを考えていきたいと思います。そして、その点において、 私は「HRプロセスオートメーション」というものが重要なキーワードになってくるのではないかと考えています。
今もこれからも「人事データ」が中心に
松葉氏:まず、この先テクノロジーがいかに進歩したとしても、人事データが様々な業務の中心から外れることは無いと思います。むしろ、その人事データの管理項目は、今後ますます増えていくことが予想されます。
また、人事データは、「人事担当者」「従業員」「経営者」という3つの登場人物の間で管理されます。当然、その登場人物間では、人事データのやり取りが常に続くことを意味し、その処理プロセスをどのように効率化していくかは、この先テクノロジーがどんなに進化しようとも無くなることはありません。
特に、最近では人事担当者と経営者の間での「人的資本の可視化」の文脈が強くなっており、企業としてHRに関するレポートを出す動きは加速していくでしょう。
そして、従業員がSlackやTeamsといった様々なツールを利用するようになったことも大きな変化です。入社した方々の情報を各ツールで連携することになるため、退職や異動の際にはそれらツールに人事データが流れていくことになります。
このように人事データをつなぐことで、登場人物がつながり、その中で最終的に人事データが中心となって全てのシステムやツールもつながっていく。このような考え方は、この先も変わらないものだと考えています。
今もこれからも、HRプロセスの全体像の中で、人事データが中心となります。
その中で、人事労務や勤怠管理、給与計算といった「Core HR(人事労務の定型業務)」は、どうしても会社の経営上必要となります。
その上に、いわゆる「Talent HR(タレントマネジメント業務)」としての人事評価やeラーニング、サーベイがあり、 データの流れとしてGoogleやSlackのような「Other Software(その他のソフトウェア)」があるということになります。
「HRプロセスオートメーション」とは何か
松葉氏:改めて、HRプロセスオートメーションとは、人事担当者の日常業務を効率化、簡素化、または自動化するための技術やシステムのことを指します。
目的は、もちろん人事担当者の負担を軽減することであり、戦略的な業務にリソースを割り当てることができるようになります。いわゆる外部システムへの自動化も含まれる点がHRプロセスオートメーションにおける注意点です。
HRプロセスオートメーションは、大きく4つのカテゴリーに分けることができます。
まず「1つの人事システム」に関しては、既に何らかのシステムを導入されている企業様が多いと思いますので、今の時代でもクリアになりつつあると考えています。ただ、これから生成AIの登場によって、それがさらに効率化されていくことでしょう。
2つ目の「従業員との連携」に関しては、2016年頃から様々なベンダーが登場し始めていて、昨今では従業員がアプリ上で勤怠や経費精算に関する申請をおこなう企業も多くなっています。
従業員との連携をどのようにスムーズにして、そのデータを最終的にどのように他のデータと接続していくのか。この効率化も、比較的進んでいると思います。
3つ目は、「人事管理システム」です。直近は、人手不足により人材の流動性が激しいと思います。入退社の対応をいかにスムーズにできるか、異動や退職にあたっての権限変更やその整理をどのように効率的におこなうか。これからは、そういった部分が非常に重要になってくると思います。
そして、4つ目の「外部システム」です。テクノロジーが進化し、外部システムを利用していくケースが多くなる中で、この自動化をどのようにクリアしていくかは大きな課題になると思います。
3つ目と4つ目は、まだ世間に広くは出回ってない状況ですので、参考例を挙げさせていただきます。左側は、人事関連システムの自動化について、右側は外部システムの自動化についてです。
たとえば「来月入社予定の方の入社手続きを進めてください」といったアクションをするだけで、システムが自動で対応してくれるようになるだろうと考えています。
また、外部システムのアカウント発行については、各個人ごとの所属や権限を加味した条件付きでの対応ができるようになるかがポイントだと思います。
自動化の流れで統合型クラウドは普及していく
松葉氏:現在、クラウドサービスが登場し始めた2005年から約20年ほどが経過した中で、ようやく統合型のクラウドサービスが登場してきたというフェーズになります。
HRプロセスオートメーションを進めるに当たって、それぞれの単体型のクラウドサービスで人事データをバラバラに管理するよりも、すべて1つのシステムで管理できた方が楽になるというイメージは持ちやすいのではないかと思います。今後は、より統合型のクラウドサービスが主流になっていくことでしょう。
海外でもWorkdayやADPのようなサービスが出てきており、統合型のクラウドサービスが主流になっています。時代の経過とともに日本においてもようやくそういった風潮になってきています。
我々が提供している「ジンジャー」も、統合型のクラウドサービスとして2016年のサービス開始から約8年間で累計1万8000社の企業様に提供させていただいております。
人事データを中心にすべてを1つにする「HR Universal Platform」として、これからのトレンドとなる「HRプロセスオートメーション」をサポートするシステムになります。
ぜひ、その前提としてこういった背景や考えがあることを知っていただけたらと思います。
講演②「HRプロセスオートメーションの社会的なインパクトは大きい」|慶応義塾大学 岩本先生
岩本先生:慶応義塾大学の岩本と申します。私からは、 HRプロセスオートメーションの重要性について、マクロ的な観点からお話させていただきたいと思います。
日本の産業人材政策(働き方改革2.0)
岩本先生:2017年3月に「働き方改革実行計画」が閣議決定されました。働き方改革では「残業を減らす」「有給休暇の消化率を高める」といった政策が中心ですが、これに危機感を覚えたのが経済産業省です。日本企業のグローバル競争力が落ちてきている中、労働者の働く時間が短くなることで、さらに企業の競争力が落ちてしまうことを懸念したのです。
しかし、もちろん「残業しろ」とは流石に言えません。そのため、 短い時間の中で生産性を高める「働き方改革2.0」を進めるべく、これまでに様々な政策を打ってきたわけです。
今日のテーマである「HRプロセスオートメーション」は、生成AIも含めてテクノロジーが日々進化する中で、テクノロジーで実現できることは全部テクノロジーでやってしまうということです。
人の時間を使うのはもったいない。テクノロジーではできない仕事(人でしかできない仕事)に時間を費やす。このようにして、人の価値を高めて生産性も高めるという考え方です。
日本は、グローバルで見るとAIに関する技術で遅れています。そのため内外から人材を集めて、 一生懸命に開発していく必要があります。
私は、とある企業と過去にグローバル調査をおこないました。そこでわかったことは、日本企業は事業部門の自動化はとても進んでいるのに、総務・人事・経理といったバックオフィス部門はかなり遅れている、ということです。
バックオフィス部門の自動化やテクノロジー活用が、日本企業の最も大きな課題であるということです。
日本のDX政策の推移
岩本先生:もう1つのポイントは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。2018年9月に、経済産業省が『DXレポート~ITシステム「 2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』というレポートを公表し、レガシーなITシステムを使い続けることへの警鐘を鳴らしました。
その後、 2020年には「DX銘柄」の選定を開始。2023年には、「DXグランプリ2023(2社)」、「DX銘柄2023(30社)」「DX注目企業2023(19社)」「DXプラチナ企業2023-2025(3社)」を選定し、DXを盛り上げる政策をおこなっています。
また、デジタルスキルの標準化も進めており、「DXリテラシー標準(DSS-L)」「DX推進スキル標準(DSS-P)」を作り、常時アップデートしています。DX推進とデジタル人材育成・確保を両輪にして、DXを進めていくということです。
2023年8月にDSS-Lは改定されましたが、これは生成AIが登場したことで、全ての働く人が生成AI活用を当たり前のようにできるようにしていきましょうという内容が付け加えられています。
労働人口問題
岩本先生:最後のポイントは、労働人口問題です。
2024年問題 | 2024年4月から、建設業、トラック・バス・タクシードライバー、医師の「働き方改革」を進めるため、時間外労働の上限岸が適用となる |
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2025年問題 |
「団塊の世代」800万人全員が75歳以上の後期高齢者となり、超高齢社会が訪れる |
2030年問題 | 総人口の30%超を65歳以上の高齢者が占めることが予想される |
2040年問題 |
団塊ジュニア世代(1971年~1974年生まれ)が65歳を超え、全人口に占める65歳以上の高齢者の割合が約35パーセントに達する |
2015年に、日本の仕事の49パーセントがAIに代替されると言われていたことがあります。これが本当に実現できるのであれば、働く人が半分になってもなんとか持つかもしれません。
しかし、実際は多くの企業が陥っているように「人手不足」が続いていると思います。つまり、まだ業務がAIに代替されていないということです。テクノロジーで解決できる仕事について人がやっているので、人手不足になっているのです。
私はHR領域のイベントでよく審査員をやらせていただいてますが、昨年頃からDXや生成AI活用の成功事例をかなり多くご応募いただくようになりました。この流れは、ここ最近で急速に増えている印象です。
このように、デジタルテクノロジーを活用することは、
- 生産性向上による企業の競争力強化
- DXの緊急性
- AI、生成AI等の最先端技術を活用するデジタル人材の育成
- 労働人口問題
といったさまざまな視点で重要になっています。
そして、冒頭にもお話しましたが、特に日本では「バックオフィスDX」が世界と比較してかなり遅れていると言われています。
その中でも、特に大きなポーションを占めるHRプロセスのオートメーションはインパクトが非常に大きいでしょう。
パネルディスカッション
松葉氏:ありがとうございました。 では、ここからは「生成AIが変える人事業務」をテーマにディスカッションを進めさせていただけたらと思います。
Theme1|生成AIと業務ユースケース
松葉氏:まずは、生成AIが通常の業務の中でどのように使われているかという点についてお話できればと思います。
先日、弊社の人事向けメディア「HR NOTE」で開催されたウェビナーの視聴者の方にアンケートを実施して、ChatGPTに関して普段の人事業務でどれくらい利用しているか調査しました。
その結果、ChatGPTを普段の業務でほぼ毎日利用している方は4.4%しかおらず、全く使っていないと回答した方が約半数の45.6%となりました。
つまり、まだ人事業務で生成AIが使用されているケースはあまりないという状況になっています。
また、同時にChatGPTなどの生成AIやシステムで解消したい課題についても伺ったところ、「日々の業務を効率的におこないたい」という回答が多くなっていました。
岩本先生:私は様々な審査員をやらせていただいている関係で各社様の事例を聞くことも多いですが、本当にあらゆるシーンで利用されていると思います。
たとえば、Digital HR Competition 2023でグランプリを受賞されたデンソーさんでは、社員のキャリアデータを食わせることで、若手社員に生成AIが今後のキャリアステップやネクストアクション、活用できそうな制度などをリコメンドする取り組みを行っているそうです。
たとえば、営業職の方が開発職や企画職にキャリアを変えたいと考えた時に、どんな部署にアサインされるのが良いか、今後どのようなスキルを身に付ければ良いか、といったことを教えてくれるそうです。
この他にも多くの事例が出てきていると思いますが、特に直近はテキスト生成に関する活用が進んでいる印象です。
Theme2|生成AIを活用した人事向けサービス
松葉氏:最近の生成AIを活用した人事向けサービスの動向についてはいかがでしょうか。
岩本先生:jinjerさんもそうですが、昨今の人事向けサービスには生成AIが実装されることが多くなっていると思います。jinjerさんのように複数のプロダクトがある場合は、そのデータ全てを生成AIで活用できる状態になり始めています。
また、私は大学生がよく生成AIを活用しているのを身近に見ています。サークルを作り、生成AIで実現できることを探求している学生もよく見かけますし、先日も採用マッチングで生成AIを活用して業務効率化をおこなうサービスで起業した学生がいました。
現在のように既存ツールに生成AIが入ることはもちろんですが、生成AIを武器に人事領域に参入するサービスもこれから少しずつ出てくるのではないかと思います。
松葉氏:HCM(Human Capital Management)領域において、海外ではWorkdayさんやSAPさんが生成AIを内蔵されています。ただ、日本においては、本当にまだまだごく少数の企業のみです。
契約書レビューなどのリーガル領域では生成AIが少しずつ使われ出していますが、やはりマーケティングやカスタマーサクセス、ライティングなどの分野でのサービスが多いです。バックオフィス領域では、これから生成AIを活用したシステムがどんどん出てくるようになるのではないかと思います。
個人的には、社内規定や就業規則をもとに社内の問い合わせに回答してくれる「AI人事」のようなサービスが、まず一般的になっていくのではないかと思います。
岩本先生:採用領域では、エントリーシートの分析や、求人情報・求人原稿の作成をおこなう生成AIが出てきていますね。人材育成や研修の領域では、各個人の振り返りシートを生成AIに食わせてマネジメントに活用するケースがあります。
部下とのコミュニケーションに悩むマネージャーは非常に多いです。しかし、コミュニケーションの方法はテキストで伝えても身に付かない可能性があるので、そういった場合は動画生成を活用することもできます。
よく1on1ミーティングでは、マネージャーが話し過ぎるケースをよく耳にします。先日訪問した会社ではデバイスを設定して、誰がどのくらい話したかをデータ化するようにしているとのことです。
口で言ってもなかなか理解できないし、テキストでもなかなか分かりにくい場合は、そういったアイデアもあるかと思います。
松葉氏:ありがとうございます。この他にも、いわゆる勤怠データから残業傾向を読み解くことは、既に今の技術でも実現できています。
また、OCR機能と生成AIの組み合わせで、履歴書や経歴書の読み取りが簡単にできるようになったり、そのデータをもとに自動で社員情報を登録したりスキルをマッピングすることもできるようになると思います。
Theme3|テクノロジーで描く未来の人事
松葉氏:では、生成AIが今後このまま発展していくとすると、テクノロジーによって人事業務はどのレベルまで変化していくことが求められるでしょうか。
岩本先生:そうですね。冒頭の講演内で2015年に日本の仕事の49パーセントがAIに代替されると言われていたとお伝えしましたが、生成AIの専門家の方によると、生成AIの登場によって無くなる仕事の内容が変化してきているとのことです。
ある程度の内容であれば、クリエイティブなことでも生成AIができてしまう。そのため、人間はさらにその上のクリエイティブなことをやっていくことが求められます。
つまり、人事もテクノロジーを使う側に回って、よりクリエイティブな業務を進めることが大事ですね。
松葉氏:そうですよね。私も人事のオペレーション業務については、間違いなく自動化できる世界がやってくると思います。その上で、人事はいわゆる戦略的な業務に時間を費やすことができるようになります。
オペレーション業務は「はい」「いいえ」で回答する程度で、場合によってはチャットでお願いするくらいの感覚で進んでいく。そのためには、プロダクトが進化していくこと、そのプロダクトの基盤がバラバラになっていないことが必要になるかなというところです。
岩本先生:今日は「HRプロセスオートメーション」というテーマでしたが、2017年から話している割には、まだまだ進みきっていない現状があると思います。
しかし、やり方が難しいわけではないと思います。それ以外の様々な要因があって進んでないだけですので、少しずつ課題を解消しながら進めていくことが重要です。
また、生成AIが出してきたものの判断にはまだまだ人間の目が入ると思います。人間の目が入るべきところをよく理解して、テクノロジーを活用していくようにしていくことが大事ですね。
松葉氏:本日はHRプロセスオートメーションについてお話しさせていただきました。まずはそういったキーワードがあること、これがさらに進んでいくであろうということを感じていただけたら非常に嬉しいです。
改めて、皆様、ご清聴いただき、ご来場いただき、誠にありがとうございました。