2020年2月4日、リクナビNEXT主催で第6回「GOOD ACTIONアワード」の表彰式がありました。
同イベントでは、「GOOD ACTIONアワード」の審査員4名と特別賞を受賞した株式会社タニタが登壇し、「脱・正社員の時代とは?雇用って何?」をテーマに、トークセッションもおこないました。
本記事では、このトークセッションで取り上げられた「新しい雇用の形」とその影響についてご紹介します。
目次
https://hrnote.jp/contents/soshiki-goodaction2019-0414/
株式会社タニタの「日本活性化プロジェクト」の概要
トークセッションでは、最初に株式会社タニタの二瓶氏より日本活性化プロジェクトの概要や工夫した点、実際の効果についてお話していただきました。
二瓶 琢史 | 株式会社タニタ 経営本部社長補佐 日本活性化プロジェクトメンバー
2003年に株式会社タニタに入社。2011年から総務部長となり人事・総務全般を統括。2016年より社員の個人事業主化の仕組みを作り上げる。2017年に自身も個人事業主として日本活性化プロジェクトメンバーとなり、日本活性化プロジェクトの推進業務や社長補佐業務などの業務に取り組む。
日本活性化プロジェクトとは
二瓶さん:タニタで取り組んでいる、「日本活性化プロジェクト」を紹介させていただきます。
「日本活性化プロジェクト」とは、希望する社員が個人事業主として、会社と業務の契約ベースで仕事をしていく取り組みです。
この取り組みに至った背景としては、「会社と個人の関係を雇用にとらわれずに見直す」ために始まりました。
戦後の日本では、会社が個人を「社員」という形で抱え込む雇用関係が一般的でした。いわゆる「終身雇用」は今までの時代にあった雇用関係だったとは思うのですが、その関係性を見直し、もう少し会社と個人が独立した関係を築けないかと模索していました。
会社が「雇用」によって過度の負担を抱えることなく、社員の「報われ感」を最大化してもっとやる気を引き出したい。そのための具体的な方法として、雇用関係を終わらせ、業務委託の契約ベースで仕事をすることにより、「やらされ仕事」ではなく「自分の仕事をする」という状態を生みだすことが「日本活性化プロジェクト」の目的です。
そして、仕事に対する主体性が高まることによって、個人がライフステージやライフスタイルに合わせた働き方を選択できるようになってほしいと考えています。
日本活性化プロジェクトは、2015年の末から具体的な構想をはじめ、約1年の検討期間を経て、2017年の1月から本格的にスタートをさせています。
個人と会社の両方を守る工夫
二瓶さん:日本活性化プロジェクトを最初に社内に告知した際は、さまざまな不安の声があがりました。
たとえば、社員からは「体のいいリストラではないか」という声や、経営層からは「社員が独立すると、指揮命令権がなくなるのではないか」「最終的に人材の流出に繋がるのではないか」という声があがり、組織の崩壊を危惧する声が多数寄せられました。
そのような不安を解消するため、「報酬設計」と「契約期間」の2点に注目しました。
1点目の「報酬設計」については、「社員の時におこなっている業務をそのまま委託業務として契約する」ことにしました。
このようにすることで、今までおこなっていた業務は引き続き同じ人がおこなうため、会社としては業務の継続性があり、最終的に組織の安定性につながります。
また、業務内容は変わらないので、社員時代の給与・賞与や社会保障費などを含めた報酬を下回らないような金額を固定で支払うようにしています。報酬を固定で支払うことで、働き手にとっては報酬の安定につながります。
そのうえで、契約範囲外の仕事をおこなえば、追加業務に対する報酬も支払われるという形をとっています。
2点目の「契約期間」は、3年を設けています。
3年契約を交わし、1年経った時点で見直して上書き更新します。つまり、3年契約のセットを1年ごとに上書き更新していくという形になります。
このようにすることで、ある時点で「更新しない」という結論になったとしても、まだ既存の契約が2年残っていることになります。
この残り2年は、個人事業主としての責任を全うする必要があるため、会社からしてみますと、いきなり業務を放り出されて、引き受け手がいないという状態を回避することができます。十分な期間をもって次の担当を探し、業務のやり方やノウハウを伝えていくことが可能です。
働き手の方からすると、ある日突然来月からの仕事がないという状態も回避できるため、収入の激減を防ぐことができます。
他にも、「社会保障が欠けるのではないか」という不安の声がありましたが、会社から雇用されていない人向けの社会保障も整っており、その原資は会社からの報酬に組み込まれていますので、自分で自身に合った社会保障を組み立てることができます。
日本活性化プロジェクトの効果と目指す先
二瓶さん:2017年に制度を開始してから、計18名の社員が独立しました。その結果、経済的な効果も多く生まれました。
平均して手取りが28.6%増えたほか、仕事のために使ったお金を経費として計上でき、節税効果が得られます。自分の財布で仕事ができるということは、意外に大きなモチベーションになります。たとえば、私は社長の送迎用に車を購入しました。業務で使用する時以外は、マイカーとして利用しています。
最後に、日本活性化プロジェクトではタニタ以外の仕事を受けていただくことも可能です。ただしそのためには、他者から必要とされるスキルを持つことが必要です。
また、個人事業主には定年もありません。何歳まででも仕事ができますが、常に第一線のスキルを持っていなければ仕事は入ってきません。スキルを身につけ続ける、磨き続けることが、ひいては個々人の成長の源泉、会社の成長の源泉、日本の成長の源泉に繋がるのではないかという想いをこめて、日本活性化プロジェクトと名乗らせていただいております。
海外の雇用と日本の雇用との違い
日本活性化プロジェクトについて二瓶氏からご紹介していただいたあとに、「GOOD ACTIONアワード」の審査員4名と実際に株式会社タニタの日本活性化プロジェクトで業務委託契約をしている久保さんとのトークセッションがおこなわれました。
【登壇者】
若新 雄純 | 慶應義塾大学特任准教授/株式会社NEWYOUTH代表取締役
専門は産業・組織心理学とコミュニケーション論。人と組織、地域社会などにおける新しいコミュニケーションのあり方やオープンイノベーション政策を模索する研究者・プロデューサーとして活動中。
守島 基博 | 学習院大学 副学長/経済学部経営学科教授
人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授などを経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会労働条件部会委員などを兼任。
アキレス 美知子 | SAPジャパン株式会社 人事戦略特別顧問/横浜市参与 男女共同参画・人事制度担当
米国Fielding大学院組織マネジメント修士課程修了。富士ゼロックス総合教育研究所で異文化コミュニケーションのコンサルタントをおこなうなど、人事・人材開発の要職を日本及びアジアで歴任。
藤井 薫 | 株式会社リクルートキャリア リクナビNEXT編集長
1988年慶応大学理工学部卒業。リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)に入社。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長・ゼネラルマネージャーを歴任し、2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。
久保 彬子 | 株式会社タニタ ブランド統合本部 新事業企画推進部
2007年に株式会社タニタに入社。国内営業戦略本部にて、ネット通販や家電量販店の営業を担当。2017年から、社員から個人事業主に転じるタニタの新しい働き方「日本活性化プロジェクト」に参加。
日本の独特な雇用モデル
若新さん:そもそも、現在の日本の雇用モデルとは、どのようなものなのかを守島先生にお伺いしたいです。
守島さん:日本の雇用モデルは、極めて独特な部分があります。
新卒採用に代表されるように、日本では入社する際に「どのような仕事をするか」ということは明示されません。さらに、入社した後に異動や転勤が起こるかということもわかりません。
そのような中で雇用されるとは、要するに毎月決まった給与が支払われることを保証されているということであり、これが日本の雇用です。
一方、欧米では「どのような仕事をするのか」とういうことがある程度明確になっており、仕事に対して「これだけ貢献するので、これだけの給与が支払われる」という雇用契約を結びます。
日本には欧米のように明確な仕事内容が雇用契約時にないため、非常にあいまいな関係になっていることが大きな特徴です。
若新さん:アキレスさんは、外資系の会社で仕事をされてきたと思うのですが、欧米では雇用契約時に、「このような仕事に従事していただきます」「あなたはこのような役割です」など明示されていることが多いのですか?
アキレスさん:まず採用の段階で、「このような募集条件があります」と、職務に必要なスキルがはっきり打ち出されて、それに合う人を採用するというスタンスです。
このような日本と欧米の雇用の違いはいまだに尾を引いており、おそらく、今回タニタさんがやっていらっしゃる試みも、就業者のスキル面があいまいだと難しい。就業者のスキルを明確にすることで、どこまでが自分の仕事範囲で、ここからは外の仕事だと線が引きやすくなります。
若新さん:日本の新卒にあたる年齢の人は、まだ仕事における得意なことやスキルがあるわけではないと思いますが、外資系の企業ではどのような形で雇われているのですか?
アキレスさん:新卒採用は外資系企業であっても、やっているところは多いですね。
ただ、少し新卒採用者のバックグラウンドが違うと感じることがあります。採用する方は、大学を卒業した後、「1年間、世界一周してきます」「インターンをやってきます」など、就職する前に自分のキャリアをつけている方が多いですね。豊富な経験を蓄えてから就職するという人が、新卒であっても結構いらっしゃいます。
日本だと、大学を卒業後すぐに就職しないとハンデになってしまうため、学生は慌てて就職する傾向がありますよね。ですので、海外と日本ではそもそも就職に対するモチベーションや取り組み方が少し違うと思います。
若新さん:新卒採用という枠組みだけではなく、第二新卒や既卒の方も積極的に受け入れていらっしゃるのですね。
アキレスさん:そうですね。新卒というよりは「ヤングタレント」や「アーリータレント」などの名称があります。
仕事への向き合い方の違い
若新さん:日本と他国では雇用モデルが異なっていますが、仕事への向き合い方も変わってくるのでしょうか?
アキレスさん:そうですね。仕事の向き合い方について日本と他国で基本的に異なっているのは、「自分で選んでいるかどうか」です。
正社員は自分で仕事を選ぶ範囲が限られています。時には嫌な仕事でもとりあえず受けたりすることもある。一方、フリーランスだと仕事がいつもらえなくなるか分からないため、安定性は低くなりがちです。しかし、タニタさんの場合はその中間に位置していて、3年の契約期間があるため安定も確保しつつ、独立性を持っている、自分の能力が発揮できる好きな仕事に没頭でき、やりたくない仕事はお断りもできて、自分で選べる。
また、海外では部門別採用がおこなわれています。そのため、「どうしてもこの部門に行きたい」というところに応募するような形になっている。ですので、学生時代から自分は何をしていきたいのかというキャリアのオーナーシップを意識していくことになって、その道に進んでいくようになります。
自社で役立つスキルを教育してきた日本
若新さん:日本には終身雇用がありますが、一つの会社に長く勤めることが良いとされているのはなぜでしょうか?
守島さん:やはり、自分の会社で一番役に立つスキルを教えてきたためでしょう。自社で定年まで雇うのだから、自社で一番役に立つ人材に育てたいという考えが企業にはあります。
しかし、「私は自社のファイナンスの専門家です。これに関しては誰にも負けません」というスキルは、自社では役立っても、他社や労働市場では役に立たない、自社特化型の人材を作り上げてしまいました。
若新さん:なるほど。欧米だと、自社でのみ役立つスキルよりも、どれだけマーケットや業界で自分のスキルが役立つかという意識の方が強いのですか?
アキレスさん:そうですね。キャリアの話をさせていただくときに、プロフェッショナルの3要素というものを伝えています。
1点目は、自分の専門性や強みが、「自分の会社で1番」ではなくて「業界でも5本の指に入るように頑張りましょう」という要素。
2点目は、市場価値の要素。いくら良いスキルを持っていても、磨き続け、学び続けなければ時代遅れになってしまいます。
3点目は、人脈・ネットワークの要素です。困った時に頼れる人がいるというネットワークが、自社内外でどれくらいあるかということが重要です。
その3つがあって初めて、例えば明日、自分の会社が倒産し職がなくなったとしても、どこかからお声がかかる。そのようなプロの人材になって欲しいと話しています。
現在の雇用関係ができた背景
若新さん:仕事内容よりも、とにかく給与は保証するという雇用形態が日本の特徴でした。そのような雇用になった歴史的背景はどのようなものなのでしょうか?
守島さん:実は、日本の雇用関係はずっと昔から今と同じだったわけではありません。たとえば大正時代は、今の言葉でいえばアメリカ的な雇用関係が一般的で、転職や格差も多かった。
しかし、戦後、日本の労働市場にほとんど労働者がいなくなってしまい、「企業内部での育成」が、企業の戦略上求められるようになりました。そこから、今のような長期の雇用、いわゆる「終身雇用」が生まれました。
若新さん:つまり、任せたい仕事ができる人を探す以前に、まずはスキル度外視で人を採用して教育し、同じ会社で定年まで働く流れが戦後から今も続いているのですね。
「日本活性化プロジェクト」が与える影響
仕事に対する意識が変わる
若新さん:久保さんは、タニタさんに新卒からご入社されて業務委託契約を結ばれたと思うのですが、今の業務内容はどのようなものですか?
久保さん:新卒で入社した後、いろいろな研修を受け、配属されてから10年間営業として働きました。
社員を辞め、タニタと業務委託契約を結んでからは、新規事業開発の仕事をしています。しかし、専門的におこなえる業務があるというよりは、満遍なく業務をおこなえるタイプです。特定のスキルを伸ばすのではなく、自社で業務をこなすために必要なスキルを10年間一通り身につけるように育てられたのだと思います。
ですので、業務委託契約を結んだ当初は「自分は何ができるのか」という壁につきあたりました。
若新さん:実際、フリーランスになってみていかがでしたか?社員としての10年間は必要でしたでしょうか。
久保さん:そうですね。私はもっと早く正社員を辞めればよかったと思っています。
最初は、「自分が誰であるか」を語れないところからスタートして戸惑いもありましたが、今では働き方の意識が変わりました。フリーランスになるまでは正直、「働くことはつらいこと」という意識があったのですが、フリーランスになり自分で仕事を選べるようになってからは楽しくなりました。
就職する前は、どのような会社に行き、どういった仕事をするかなどは考えますが、働き方をどうするかということは全く考えていませんでした。もし学生の頃に働き方に対して考えることがあれば、もっと自分のキャリアを前倒しできたのではないかと思います。
これからの雇用保障
若新さん:これからは、自分でキャリアを選択する喜びや、仕事をする上で心理的な納得感などを大事にする人も増えてくると思います。しかし、まだ福利厚生や労働条件を重要視する人がいるのはなぜでしょうか?
藤井さん:日本では、会社に入った瞬間に、一つの正解しかないことが往々にしてあります。上司が求めたものに正解を合わせていこうという社員が増えてしまう。僕の言葉でいうと「鏡が一個しかない状態」です。
鏡が一個しかないと、自分の強みを見るよりも、上司は何を求めているのかということだけを重要視してしまうので、自分が将来どうしたいのかがわからなくなってしまう。そもそも、自分の将来やキャリアについて選択する喜びを感じられている人が少ないのだと思います。
しかし、副業をしている人やマルチワークを持っている人は鏡を複数持っているので、自分の本当にやりたいことや強みが見えてくる。ですので、一つの正解や一つの鏡に押し込んでいくのはよろしくないと思います。
若新さん:自分のキャリアを選択する喜びを得にくいため、給料や年金、社会保障などの数値化できるものが分かりやすい一つの指標なっているということですかね。
タニタさんのプレゼンでは、社外でも必要とされる人材を目指してほしいというメッセージがありました。専門的には、「外的エンプロイアビリティー」(労働市場における実践的な就業能力)といいますが、これを向上させていこうというコンセプトは日本の会社に浸透していないですよね。
これからは一つの鏡に押し込めるのではなく、社員の「外的エンプロイアビリティー」を高め、社外でも活躍できるようにすることの方が、労働者としての社員を守ってあげることに繋がると感じました。
転換に必要なこと
若新さん:日本は今までの雇用を解体して作り直していくことは可能なのでしょうか?
守島さん:究極の問いですね。雇用関係は、単に企業が業務に対して労働者へ報酬を支払うというだけでなく、例えば幸福感や安定なども提供してくれます。
そのため雇用形態がなくなり、完全にフリーランスのみになってしまうと、そういうものも自分で調達しなくてはいけない。ですので、今の日本の中で完全に脱雇用の方に舵を切っていけるかというと、不安を抱えている人はたくさんいらっしゃると思います。
若新さん:むしろ、安心安定の立場を保証してほしいという人もたくさんいるというわけですよね。
守島さん:そうです。雇用形態を解体するには、かなりドラスティックな変換が必要になってくると思いますね。よく、雇用を守っている法律が問題だといわれますが、実は法律の問題ではなく、タニタさんが実施されたように正社員とフリーランスの境界線をきちんと作り、その間を行き来できるようなシステムにすれば、雇用を解体することは難しいことではないと思います。
若新さん:どのようなポイントを考慮していけば、タニタさんのような事例を増やしていけるでしょうか?
守島さん:ひとつは、やはりタニタさんのように、急激に制度を変えるのではなく、少しずつ雇用モデルを変えていけるように段階を踏むことだと思います。
もうひとつは社員に「自分の人生は自分がコントロールしているのだ」という感覚を持ってもらうことです。これからは人生100年時代で、定年後の2、30年は自分で稼がなくてはならないため、このような感覚を持ってもらうための意識とシステムの変革の両方が必要だと思います。
まとめ
いかがでしょうか。
今回は、株式会社タニタの「日本活性化プロジェクト」を通して、日本の雇用のあり方を再度考えるというトークセッションをご紹介しました。
長い間終身雇用が続いてきた日本ですが、その崩壊が叫ばれて久しくなりました。終身雇用にかわる新しい日本の雇用の形や、労働者としての社員を守る方法について、日本活性化プロジェクトはひとつの解となり、今後ロールモデルになっていくのではないでしょうか。
ぜひ、みなさまの会社でも新しい雇用の形について話をするきっかけになりましたら幸いです。