近年、ビジネス環境はめまぐるしく変化し、企業の人事部門が取り組むべき課題も複雑化・多様化しています。
当社・株式会社コーナーが2024年12月に実施した「人事施策の振り返り調査」によると、多くの企業が以下の3つの主要な課題に直面していることが浮き彫りになりました。
②組織の成長に伴う制度・ルールの最適化
③人事施策推進における担当者不足や関係者理解の課題
一方で、2025年に向けて企業が注目しているのが「AI活用による生産性向上」です。
本稿では、20年近く人事の現場に携わってきた視点から、これらの課題をデータ活用とプロセス効率化によってどのように解決できるかを解説します。
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門馬貴裕(もんま たかひろ)|株式会社コーナー 代表取締役CHRO
新卒で株式会社インテリジェンスに入社し、企業の人事戦略・採用支援に一貫して関わり、トップコンサルタントとして活躍。その後、人材紹介部門のマネージャーや100名超の新入社員研修の担当などを歴任。2016年、株式会社コーナーを創業し「人事プロフェッショナルブティックCORNER」を運営。ベンチャーから大手企業までの採用・人事制度・組織開発・人材育成など多様な人事課題を20年近く支援し続けている。2025年2月より同社代表取締役CHRO(最高人事責任者)に就任。
目次
1. 調査で浮き彫りになった課題と優先順位
採用・人材育成・制度ルール見直しに注目
2024年12月に実施した当社の「人事施策の振り返り調査」によれば、全体の66.6%が「中途採用」を最重要テーマにあげており、変化の激しいビジネス環境への迅速な対応や専門知識の獲得を目的に、中途人材の獲得競争がいっそう激化していると考えられます。
しかし採用そのものに力を注ぐだけでは、入社後に求められる定着率やパフォーマンスを十分に引き出すことは難しく、個々の人材にあった育成施策をいかに設計・運用していくかが企業にとって大きな課題となっています。
また、多くの企業が事業拡大や組織改編に伴い、制度やルールの再設計を迫られている点も顕著でした。
評価制度や報酬設計、働き方の多様化に対応した勤務形態などが現場の実態に合わないまま運用され続けると、従業員のモチベーションや組織全体の生産性に影響が及びます。特に成長企業や新規事業を展開する企業では、複雑化する組織に合った制度設計を早急に行わなければ、せっかく採用した人材の能力を十分に引き出せないままに終わってしまう可能性もあります。
加えて、こうした施策を推進するうえで深刻化しているのが、人事部門の担当者不足や関係者間の理解を得る難しさです。人事担当者のリソースは限られており、業務負荷が高まるほど、現場や経営層への説明・合意形成に必要なコミュニケーションの時間が割けなくなります。
その結果、具体的な施策の導入が遅れたり、現場での協力体制が不十分になったりするなど、さまざまなトラブルが生じる可能性があるのです。こうした組織内外の温度差を埋めながら、リソースを補完する方法を模索することも、企業にとって重要です。
調査結果から見える人事施策の優先順位
同調査結果より、2025年に向けた企業の人事施策として、採用力強化や次世代リーダーの育成が高い関心を集めました。また、AI活用による生産性向上や評価・報酬制度の見直しも、各企業が取り組むべき重要課題として位置づけられています。
AIやデータ活用は単に業務効率化の手段にとどまらず、人材育成や評価制度や報酬設計といった組織の根幹を見直す際にも有効です。定量的なデータとともに、現場の声を反映した定性的な情報を活用するアプローチが求められるでしょう。
2. 未来志向の解決策(1):データ活用
データ活用の重要性
データは、採用活動の効率化や適切な人材配置、従業員エンゲージメントの向上など、企業戦略を支える重要な要素です。
私自身、ベンチャーから大手企業まで幅広く支援する中で、実際にデータを活用できている企業では、属人的な判断を減らし、採用・育成の精度が向上していると感じます。一方、データ活用が進まない企業では、面接官の評価が主観的になったり、入社後のフォローが不十分になったりするケースも見られます。
これらの課題を解決するには、データから得られる示唆をもとに組織全体の意思決定プロセスを見直すことが必要です。
活用する目的と用意するデータの例
データ分析する際は「目的変数=仮説として証明したいこと」と「説明変数=それを立証するにあたって用意するデータ」という考え方で設計をしていきます。
例えば、採用関連で過去支援させていただいた企業では、以下のデータの掛け合わせることでハイパフォーマンス、ローパフォーマンスの人物特性を洗い出しました。
その結果をもとに、構造化面接を設計・導入し、安定的に運用することができています。
【目的変数】
事業部別の活躍する人材の特定
【説明変数】
・職種やグレード、社歴などの従業員データ
・適性検査や特性データ(行動パターン、活かし方・関わり方を理解するためのもの)
・評価データ(3期分)
3. 未来志向の解決策(2):プロセス効率化
AIエージェントによる業務自動化
人事担当者の負担を大幅に軽減する手段として、AIエージェントが注目され始めると考えます。これまで人力で回していたプロセスを最適化・自動化するAI技術で、データ分析、意思決定の支援、問題解決など、多岐にわたる作業を実行してくれるものです。
コンテンツを生成する生成AIと異なり、ユーザーのニーズ・目標を達成することを目的としています。カスタマーサポートのチャットボットなど、既に利用経験があるのではないでしょうか。
この技術を使えば、採用候補者のスクリーニングや面接者の回答分析によるカルチャーマッチ度の判断のほか、社員のスキルセットや目標から最適な学習コンテンツを提案させるなど、よりパーソナライズされた人材育成プログラムの実行にも役立てる可能性が高まります。
外部専門家の活用
上記のようにAI技術を活用するためには、適切な要件定義・業務設計、及びデータ取得が必要です。
何を目的にどのプロセスを最適化するかの全体戦略、分析結果をもとに施策へ落とし込んで実行する過程、いずれも人事や「人」の力が重要です。しかし、組織が成長するにつれ、課題も高度化・多様化していくため、内部の経験・リソースだけで対応するのは難しくなります。
そのような場合、外部の専門家や人事のプロを活用することが有効になると考えます。企業ごとのニーズに合わせた戦略やプロジェクトの設計、プロジェクトや施策ごとに期間を決めて支援してもらうことも可能です。
4. データをもとに人事のバリューを最大化
プロセス効率化の結果として、現場や経営層へのコミュニケーションに十分な時間を割くことができるのは大きなメリットです。
単に効率化に終わらず、現場の声を丁寧に汲み取りながら、全社的に納得感のある施策を展開することが、組織のパフォーマンスを向上させる鍵となります。
一方で、AIやデータ活用による効率化を支えるためには、そもそも質の高い教師データが必要です。このため、人事部門がこれまで以上にデータを積極的に収集・活用していく姿勢が重要となります。例えば、とある企業の新卒採用プロセスにおいて、学生との接点数と内定応諾率の相関を比較したところ、4回以下の接点と5回以上の接点を持った学生では、内定承諾率に数十%の差がでました。ここで重要なのは、この数値そのものではなく、「ハイタッチな接点を持つことで、より精度の高い教師データを蓄積できる」点にあります。AIが学習し、適切な判断を下すためには、最終的に「人」の介在によるデータの蓄積と活用の工夫が重要なのです。
データを活用するには、単なる「収集」や「分析」にとどまらず、現場や経営層と連携しながら、継続的に改善していくサイクルを回すことが不可欠です。
1.データを集め、共通認識を形成する
現場や経営層と連携しながら、定量データ(数値)と定性データ(現場の声)を収集し、組織全体で共通の課題認識を持つ。
2.データを分析し、仮説を立てて施策に落とし込む
データの示す傾向や相関を分析し、それに基づいた仮説を洗い出し、具体的な施策として実行する。
3.施策の効果を検証し、PDCAを回す
実施した施策の成果をデータで測定し、改善点を洗い出しながら、次のアクションにつなげる。
継続的な取り組みにより、経営層、人事、現場が一体となり「データを活かす文化」が醸成されます。
「人」とデータを組み合わせれば、人事が組織全体に与える影響力はさらに大きくなり、より困難な組織課題にも挑戦できる基盤が形成されていくでしょう。
5.まとめ:2025年のアクションプラン
2025年・新年度に向けて、多くの企業が注力する「AI活用」はもちろんのこと、データ活用やプロセスの効率化、人材育成の再構築によって、未来志向の人事戦略を実現することができます。
まずは以下のステップから着手してみてください。
- 現状把握:採用・育成・制度運用などの現状をデータで可視化
- 課題の優先順位づけ:中途採用強化、育成プログラム見直し、制度改訂など、緊急度・重要度を整理
- テクノロジー活用の検討:AIエージェントの導入を検討し、人事担当者のリソースを戦略業務へ振り向ける
- 専門家・外部人材の活用:不足する知見を補うために、データ分析や組織開発の専門家をうまく活用
- 継続的モニタリングと改善:データに基づく意思決定プロセスを社内に定着させ、定期的に見直す
私としては、最終的な成果よりも、データに基づく意思決定プロセスを組織に根づかせることにこそ、大きな価値があると考えています。本記事が、貴社の未来志向の人事戦略を進めるうえでの一助となれば幸いです。