前回の第5回では、仕事と介護の両立における実態の把握と対応の方法について、3つのポイントを中心にご説明をしてきました。
全社規模でのアンケートやヒアリングにより仕事と介護の両立における実態を把握すること、上司による把握を行うこと、制度利用者や介護経験者を対象にヒアリングを行うことの3つはいずれも実態把握に向けて重要な取り組みであり、社内での課題認識の醸成や施策の効果を検証する上でも必要なステップとなります。
今回の第6回では、効果的な仕事と介護の両立支援の取り組み方の第3弾として、経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」の「ステップ3:仕事と介護の両立に関する情報発信や研修の実施」についてご説明します。
寄稿者石田 遥太郎氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー
シンクタンクに勤務した後、2012年より医療福祉関連ベンチャーのスタートアップメンバーとして参画し、医療介護施設の開設及び運営のコンサルティングに従事。また管理部門の責任者として、経営管理全般(経営企画、財務、人事、システム等)を担当。2019年日本総合研究所に入社。リサーチ・コンサルティング部門にて、健康分野、医療介護分野における政策提言、調査研究、民間企業向けのコンサルティングに従事。
寄稿者小島 明子氏株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト
1976年生まれ。民間金融機関を経て、2001年に株式会社日本総合研究所に入社。多様な働き方に関する調査研究に従事。東京都公益認定等審議会委員。主な著書に、『「わたし」のための金融リテラシー』(共著・金融財政事情研究会)、『中高年男性の働き方の未来』(金融財政事情研究会)、『女性と定年』(金融財政事情研究会)、『協同労働入門』(共著・経営書院)。
寄稿者石山 大志氏株式会社日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー
日系コンサルティングファームを経て現職。入社後一貫して人事組織コンサルティングに従事し、近年は人的資本経営の推進、プロアクティブ人材の育成に向けた取り組み推進に注力。近時の執筆記事等として、「仕事と介護の両立を実現するビジネスケアラー支援」(共著、『労政時報』2024年/労務行政)「エクイティがダイバーシティ施策のカギ-〜人的資本経営とDE&I」(共著、「Power of Work-2023年/アデコ)等がある。
1. どのように介護に関する情報提供を行うべき?
「お盆に子供を連れて実家に帰省した時、父親が何度も同じ話を繰り返していた。」
「今年75歳になる母親が転倒して突然歩けなくなった。」
この時、あなたはどのような対応をとるでしょうか。そして誰に対してどのように相談をするでしょうか。
上記はまさに介護の始まりの一例ですが、このような事態が発生した時にスムーズに対応し、自身の生活や仕事への影響を最小限にとどめるために、介護に関する基礎的な情報を知っておくことが重要です。
とはいえ、通常の仕事に邁進している中で、多くの従業員が「介護」についての知見を蓄え、常に意識することは現実的ではありません。
では、自社の従業員に向けて、どのように介護に関する情報提供を行うことが良いのでしょうか。本項では、適切な情報提供の在り方として3つのポイントで説明します。
2. ポイント①:基礎情報の提供
通常の職務に取り組んでいる中において、両親の心身の不調や介護といったネガティブな話題は、自分には関係のないものなどと過小評価され、自分ゴト化されないことが多いと言われています。
その結果として、上記の例の対応に際して、従業員自身が仕事と介護の両立についての必要な知識を習得する機会を見逃しているケースは多く見られます。
このようなケースに対応する第一の手段として、仕事と介護の両立支援に関するパンフレットなどを提供している企業もあります。
しかしながら、そのような取り組みが実施されている企業の多くは、パンフレットなどの配布のように、介護に直面した従業員やその予備軍の従業員自身が主体的に情報取得を行う「プル型」の情報提供となっています。
一方で、介護という問題は従業員一人ひとりに生じ得る可能性がある課題です。また、介護についてのリテラシー、つまり知識や理解を向上させることが、将来的に従業員個人のリスクを低減することに繋がります。これらを考慮すると、企業が自ら積極的に従業員に情報提供を行う、いわゆる「プッシュ型」の情報提供が望まれます。
例えば、一定年齢を超えた従業員には毎年メール等で仕事と介護の両立に関する情報の提供を行うこと、実態把握調査でリスク層や予備群となった従業員を対象にセミナーやハンドブックの配布を行うなどの取り組みが想定されます。
加えて、ミドルマネジメントを通じて従業員に確実に情報提供を行うことも有効です。1on1ミーティングにおいて将来のキャリアについて話す際に、部下となる従業員が家族の介護を担っていないか、予備群となっていないか確認することも考えられます。
では、内容としてはどのようなものが望ましいでしょうか。
仕事と介護の両立を実現するためには、育児・介護休業法や介護保険制度、地域包括支援センターといった公的な制度や窓口の情報が重要です。これらに加えて、企業が自社で独自に行っている支援施策や、両立体制構築の際に利用できる民間主体のサービスなどの情報も同時に周知することが、非常に有効な手段であると言えるでしょう。
そして、これら介護両立に関わる基礎的な知識に加えて、金銭的な備えに関する情報提供も重要となります。
将来どの程度の介護サービスが必要になり、またそれはどの程度の期間続くのかが予見できない中で、介護保険外のサービスの利用も視野に入れることで、最終的にどれくらいの費用が必要になるのかが不明確となることがあります。
そこで、投資や民間保険を活用した資産形成に関する情報提供も有効となるでしょう。
項目 | 内容 |
---|---|
公的な制度や窓口の情報 | 地域包括支援センターやケアマネジャーに相談することで、具体的なサービスや介護保険制度の利用手続きについて詳しい情報を得ることができます。他にも、各自治体の福祉課や社会福祉協議会、労働局などの窓口も活用できる可能性があります。従業員が居住するエリアの上記窓口の連絡先を一覧化しておくこと、探し方の紹介を行うことも一案です。 |
自社が行う両立支援施策 | 家族の介護を事由に利用できる休暇や休業の制度のみならず、社員が相談できる窓口や両立に向けたセミナーの受講案内などが想定されます。専任や外部の専門家の相談窓口を設置することが望ましいですが、難しい場合には、兼任でも構いません。兼任であっても担当者を明確に定めること、また、公的な制度や窓口の情報を提供し従業員を公的な窓口につなぐことは重要です。 |
民間のサービス | 公的介護保険ではカバーできない部分を補うためのサービスとして、様々な民間のサービスが存在します。例えば、自費訪問介護ヘルパーサービスや家事代行サービスといった日常生活のサポート、配食・宅配サービスや移送・送迎サービスといった生活支援サービス、見守りなど安全・安心を確保するためのサービスがあげられます。費用は自己負担とはなりますが、適切に活用することで、介護にかかる負担を軽減することができます。 |
資産形成に関する情報提供 | 将来の介護費用を賄うための計画立てや、適切な資金管理についての情報などが想定されます。。資産の運用や管理は個々のライフステージやライフプランにより大きく異なるため、専門的な知識を持つFP(ファイナンシャルプランナー)などのアドバイスも活用すると良いでしょう。 |
出典:日本総合研究所にて作成
これらを総合すると、仕事と介護の両立の一大課題である従業員の知識不足は、積極的な情報提供により解消することが可能です。
そして、それは企業が「プッシュ型」で行うべきものであり、その内容は公的な制度だけでなく、企業の独自の支援策や、民間のサービス、そして金銭的な備えにまで及ぶべきものです。
これにより、従業員が介護に直面した際にも慌てることなく、事前に適切な準備を行うことが可能となるでしょう。
3. 研修の実施とその方法
パンフレットなどの配布を通じた情報提供に加えて、従業員がより主体的に情報を取得するための環境として、研修の機会を提供することが重要です。
企業自身が研修会を開催することも可能ですが、行政機関や民間企業が無償でオンライン研修を提供している場合もあります。そのような研修の存在を従業員に周知することで、積極的に情報を取得する機会を提供することができます。
さらに、研修の対象としては、介護に直面する可能性がある従業員だけでなく、その上司にあたる管理職層も含めるべきです。
介護休業を利用するための制度理解など、仕事と介護の両立に際しては特別な知識が必要な状況が多くあります。そのためには、部下の介護問題にどのように対応すべきか知るための研修が必要となります。
これにより、チーム全体や部署全体のマネジメントを担う立場の者が、自身の部下が介護問題に直面した際の対応について理解を深めることができます。
また、単なる一方向的な研修だけではなく、当事者同士の対話を促すような研修や、実際の場面を想定したロールプレイングを取り入れたワークショップ型の研修を行う例もあります。
例えば、「部下役と上司役に分かれて、介護を抱えた部下からの相談があった場合の対応をロールプレイングする」といったプログラムを従業員に提供することで、介護に対する不安の解消、仕事と介護を両立しやすい職場風土の醸成を図っています。
このように、実際のケースや想定ケースにおける対応についての知見を積み上げることで、家族の介護を行う従業員以外の理解も進み、制度を利用しやすい雰囲気、自身の介護について相談しやすい雰囲気が醸成されます。
4. 相談先の明示と公的な窓口の活用
従業員が自身の介護の状況を背景に仕事との調整を行う必要が生じたとき、上司や同僚とのコミュニケーションや社内の人事制度などとの調整が必要となります。
そうした状況に対応するために、従業員が介護に関わる労務制度などについて相談できる窓口やそれに結びつくプロセスの存在を明示しておくことが大切です。
また、介護が必要になった場合、従業員が個別に相談できる公的な窓口の周知も非常に有効だと考えられます。
例えば、「地域包括支援センター」は、まだ介護保険サービスの対象になっていない段階から相談できる公的な窓口であり、このような情報を早めに周知することで、家族の介護が間近に迫る従業員の不安を軽減する一助となります。
さらに、「Step1 経営層のコミットメント」の中で触れたように、企業として仕事と介護の両立に関する推進体制を整備することも重要です。その一環として、相談窓口などを規定・設置し、それを従業員に対する発信を適時行っていくことが望ましいと言えるでしょう。
従業員が介護というライフイベントに直面した際、企業が適切にサポートし調整を行うことができる体制を構築することで、従業員は安心して仕事と介護の両立に取り組むことが可能となります。
5. 「プル型」から「プッシュ型」で適切な情報提供を
このように、仕事と介護の両立に関する情報は、単なるプル型の情報提供ではなく、プッシュ型での適切な情報提供が必要です。
ここで重要な視点は「介護」そのものの理解を深めることは必ずしも必要ではないということです。
例えば介護報酬制度の改定は3年に1度実施されますが、介護をはじめとする社会保障制度は、毎年様々な変更が行われます。これらの知識をインプットし、必要に応じて知識の更新を図ることは通常の(介護とは縁の遠い)仕事をしている中では現実的ではありません。
だからこそ相談窓口という介護の専門家にアクセスするための動線を中心に案内すること、そして仕事と介護の両立をしていても安心してキャリアを歩むことができる組織風土づくりを行うことが非常に重要です。
次回の第7回では、仕事と介護の両立の取り組みを効果的に進めるハウス食品社の事例を紹介します。