第1回では、「わが国の人口動態の変化」「従業員の家族の就労状況や意識の変化」という外部環境変化を起点にして、ビジネスケアラーやワーキングケアラーと呼ばれる「働きながら家族の介護を行う人」への対応に注目が集まっている背景を説明しました。
このような背景により、働きながら家族の介護を行う人の数が増え、経済的な影響が大きいことからその存在が注目されています。
経済産業省の推計によれば、2030年には833万人の家族介護者のうち約4割、約318万人が働きながら家族の介護を行うことが予想され、その結果生じる経済損失額は約9兆円に上るとされています。つまり、働きながら家族の介護を行う人の多さと経済的な影響は、介護離職者と比較しても大きいということです。
今回の第2回ではこれらの数値について詳しく説明するとともに、企業の取り組みの現在地を説明します。
寄稿者石田 遥太郎氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー
シンクタンクに勤務した後、2012年より医療福祉関連ベンチャーのスタートアップメンバーとして参画し、医療介護施設の開設及び運営のコンサルティングに従事。また管理部門の責任者として、経営管理全般(経営企画、財務、人事、システム等)を担当。2019年日本総合研究所に入社。リサーチ・コンサルティング部門にて、健康分野、医療介護分野における政策提言、調査研究、民間企業向けのコンサルティングに従事。
寄稿者小島 明子氏株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト
1976年生まれ。民間金融機関を経て、2001年に株式会社日本総合研究所に入社。多様な働き方に関する調査研究に従事。東京都公益認定等審議会委員。主な著書に、『「わたし」のための金融リテラシー』(共著・金融財政事情研究会)、『中高年男性の働き方の未来』(金融財政事情研究会)、『女性と定年』(金融財政事情研究会)、『協同労働入門』(共著・経営書院)。
寄稿者石山 大志氏株式会社日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー
日系コンサルティングファームを経て現職。入社後一貫して人事組織コンサルティングに従事し、近年は人的資本経営の推進、プロアクティブ人材の育成に向けた取り組み推進に注力。近時の執筆記事等として、「仕事と介護の両立を実現するビジネスケアラー支援」(共著、『労政時報』2024年/労務行政)「エクイティがダイバーシティ施策のカギ-〜人的資本経営とDE&I」(共著、「Power of Work-2023年/アデコ)等がある。
目次
1. 介護離職よりも大きな経済損失:仕事と介護の両立困難の影響
経済産業省の調査によれば、2030年には家族介護者の約4割が働きながら家族の介護を行うこととなり、仕事と介護の両立困難による離職や労働生産性の低下に伴う経済損失額は約9兆円に上ると試算されています。その結果、働きながら家族の介護を行う人に注目が集まり、仕事と介護を両立する課題が新たに浮き彫りとなっています。
これまで、我が国では「介護離職の防止」に焦点を当てた取り組みが主となってきました。介護を理由に望まぬ形で離職を余儀なくされるのは、従業員個人にとっても日本社会全体にとっても大きな損失となります。しかし、それだけでなく働きながら介護を行う人の存在にも目を向ける必要があります。
「労働生産性向上」のための支援策としても効果が見られる
厚生労働省の雇用動向調査によれば、介護離職者の数は毎年おおむね10万人前後で推移していますが、一方で経済産業省の調査では働きながら家族の介護を行う人の推計数が300万人前後と、介護離職者に対して数十倍もの人数が存在していることが浮かび上がりました。
さらに、同じ調査では介護離職による労働損失額が約1兆円であるのに対して、働きながら家族の介護を行うことによる労働生産性の損失額は約8兆円に上るとされています。これは、労働人口の中でも多くの人が関係する課題であることも示しています。
また、同調査によれば、働きながら家族の介護を行う人の労働生産性は、そうでない場合に比べて約27.5%も低下しています。このことは、1人当たりの影響は小さくとも、働きながら家族の介護を行う人の数が多いために、その全体的な影響は大きく、介護離職と比較しても経済的な損失が大きくなる可能性を示しています。
これらの視点から、働きながら家族の介護を行う人の存在は、介護離職対策だけでなく、労働生産性向上のための支援策を考える上でも重要な視点であることがわかります。
今後さらに進む高齢化社会においては、経済的な影響だけでなく、社会全体の持続的な成長や安定を考える上でも、働きながら家族の介護を行う人への、仕事と介護の両立に向けた支援が必要となります。
左図 出典:経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(令和6年3月)P7を基に日本総研作成
右図 出典:経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(令和6年3月)P8を基に日本総研作成
2. 企業における仕事と介護の両立支援の取組について
経済産業省の前記調査によれば、従業員の現時点の介護の状況について、回答企業のうち約5~6割の企業が「把握しておらず、今後も把握する見込みはない」ことが明らかになっています。
また、今後の状況の見通しでも、介護が必要となり得る親族の状況について、「把握する予定がない」企業は7割前後と、働きながら家族の介護を行う従業員を把握する必要性に対する意識が低い状況がうかがえます。
育児・介護休業法で定められている内容
育児・介護休業法では、要介護状態(負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態)にある対象家族を介護する必要のある労働者のための介護休業制度が既に設けられています。対象家族1人につき、通算93日まで取得が可能で、3回まで分割して取得できます。
また、介護休業期間中は、一定の条件を満たせば、雇用保険から介護休業給付を受けることができるとともに、介護休暇制度の取得や介護のための短時間勤務制度、所定外労働時間の制限が定められています。
法定より手厚い制度を準備する企業が増えている
企業によっては、法定よりも手厚い制度が準備されていることもあります。
同調査においても、現在、従業員の介護に関わる法定義務的措置以外の取り組みとして、法定を超えた休業・休暇制度を整備している企業が約3割と、休みやすい環境づくりを行っている企業は少なくないことが分かっています。
ただし、従業員向けのセミナーの実施や、社内外の専門窓口を設置している企業は約1割にとどまっており、介護に関する事前の情報提供や相談に対する支援を行う企業は非常に少ないのが現状です。
働く時間を柔軟に調整する取り組み
また、介護事由、あるいは特定の事由を問わず、働く時間を柔軟に調整できる企業は約半数を超えています。
- 短時間勤務
- フレックスタイム
- 始業・終業時間の繰り上げ・繰り下げ
- 半日・時間単位の有給休暇制度 etc…
そのほか、テレワーク制度の中で、働く場所が自宅やシェアオフィス、外出の際の移動先以外も可能な企業については、利用不可あるいは制度がない企業が約7割に上ります。
対して、働く場所を自宅やシェアオフィス、外出の際の移動先等に限定している企業については、“利用可能”が6割を超えています。
このように、仕事と介護の両立しやすい環境づくりに関して、企業側の課題として、
「柔軟な働き方が難しい一部の従業員との不公平感が生じることにより制度導入が難しい」
「労働集約型の業種であるため、仕事と介護の両立がしやすい働き方の環境づくりが難しい」
といった声が上がっています。
このように、企業側が行う仕事と介護の両立支援としては、休暇の取得しやすい環境づくりや働く時間の柔軟性の確保が中心となっており、テレワーク制度の導入といった働く場所を柔軟に選択できる働き方の提供は進んでいない状況がうかがえます。
出典:経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(令和6年3月)P17
3. 従業員はどのような支援を求めているか
では、従業員側はどのような支援を求めているのでしょうか。
経済産業省の調査によれば、「仕事と介護の両立が長期的に可能」と感じている人が合計74.5%、一方で「両立が不可能」と感じている人は12.6%となっています。ここで注目すべきは、両立が困難と感じている理由であり、その最も多い要因が「勤務先に介護休業制度等の両立支援制度が整備されていないため」(24.1%)であるという結果が出ています。
さらに、同調査では「企業から求める具体的な支援」として、どの属性においても「時間単位の休暇等、柔軟に休暇を取得できる制度」や「テレワークやフレックスタイム等、柔軟に働ける環境整備」を求めていることが明らかになりました。
しかしながら、現実に可能な働き方としては、「短時間勤務制度」や「半日単位の有給休暇」が比較的多く用いられています。
特に、「半日単位での有給休暇」を取得する制度があると回答した人たちは、仕事の量やパフォーマンスの平均が最も高く、介護と仕事の両立に「半日単位での有給休暇」が効果的であることが示唆されています。
しかし、「仕事場所として自宅やシェアオフィス、外出の際の移動先等以外も可能なテレワーク制度」は利用可能な勤務先が2割弱にとどまっており、遠方での介護の際の対応が難しい状況にあります。
では、なぜ仕事と介護の両立支援は進まないのでしょうか。また、これらの支援を行うことは企業にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
第3回は、仕事と介護の両立支援が企業に与える影響をリスクとリターンの観点から説明します。