近年、大企業による大規模な早期退職の募集が話題になっていますが、シニア社員を多く抱える企業の経営者や人事は、
- 役職が変わっても、若い社員に対して偉そうに振る舞っているシニア社員がいる
- 仕事に対してやる気がなく、周りに迷惑をかけているシニア社員がいる
- 実はシニア社員には早くやめてほしいと思っている
といった悩みを抱えています。その一方で、昨今の深刻な人材不足の時代において、シニア社員の活用は重要な課題でもあります。
企業はシニアに対してどのようなセカンドキャリアを提示すべきなのか、またシニア社員はどのような本音を持っているのかについて、シニアのセカンドキャリアを支援する株式会社BEYOND AGE代表取締役の市原さんに解説していただきました。
寄稿者市原 大和(いちはら やまと)氏株式会社 BEYOND AGE 代表取締役
2006年、東京海上日動火災保険株式会社入社。財務部門、海外部門、リスク管理部門を経験した後、2019年に社内のビジネスコンテストで優勝してシニアのセカンドキャリアの支援事業「プロドア」を立ち上げ。2019年 国家資格キャリアコンサルタント取得。2021年に東京海上日動火災保険株式会社を退職して独立。
目次
1. 経営者・人事が「シニア社員はいらない」と不満を漏らす理由は?
人材不足の時代である今、経験や知見を持つシニア社員は貴重な人材です。しかし、シニア社員に対して悩みや不安をもっている経営者や人事担当者も多く、どのように問題解決するかが大きな課題となっています。
シニア社員が企業の負担になっている大きな理由としては、以下の3つです。
- 若手社員が仕事しづらくなる
- 新しいスキルの習得ができない・消極的である
- 資料作成など「実際に手を動かす」作業ができない
それぞれの内容について解説します。
若手社員が仕事しづらくなる
日本の会社は基本的にピラミッド構造で、上司・部下という関係性は数十年続きます。上司には困ったときに助けてもらったり、昇進の後押しをしてもらったり、お世話になった・恩があると感じる人も多いでしょう。
しかし、上司が役職定年や再雇用を経て立場が変わると、そのような人間関係は一変します。長年上司だった人が突然自分より下の立場になるため、元々部下だった社員がその元上司を「使う」立場になってしまうのです。
元々部下だった社員としては非常に気を使いますし、仕事がやりづらくなり、仕事の効率も下がります。
また、「元上司に気を使いながら仕事をする」ことはストレスの原因にもなるため、既存社員のモチベーションやメンタルにも悪い影響を与える懸念もあります。
このように、会社を支える原動力となる30代から50代の社員が仕事をするうえで、シニア社員はマイナスの影響を与えてしまうという現実があります。
新しいスキルの習得ができない・消極的である
シニア社員はITを駆使してきた世代ではないため、IT関連のツールなどの新しい技術やスキルの習得に消極的で、新しい仕組みにすぐ適応できず、変化に追いつけないケースが多く聞かれます。
たとえば、最近は「領収書をスマホ経由でアップロードする」という企業も多くなっていますが、スムーズにこのような仕組みを使いこなせるシニア社員はどれくらいいるでしょうか。
また、「やり方がわからない」となると、そのたびに誰かが手助けすることになるため、人的リソースが割かれてしまうことになります。
何十年も続いてきたやり方が変わる場合、とまどいがあることも理解できますが、企業を取り巻く環境は日々変化しており、スピード感を持って対応しづらいシニア社員が多いことも事実です。
資料作成など「実際に手を動かす」作業ができない
シニア社員は、定年までは管理職であったため、、プレゼンの資料など、十年以上資料作りをしていないという人も多いでしょう。
しかし、定年退職を機に「実際に手を動かして実行する」側になるため、今までの仕事内容と大きなギャップが発生します。
例えば、「パワーポイントで資料を作ってほしい」と言われても、誰かに教えてもらわないとできなかったり、作成スピードが非常に遅かったりします。
若手社員が「正確に、早く作れる」ものを、シニア社員は何倍も時間がかかり、かつ出来栄えが良くないということも多いのです。
このように、ある意味単純な作業であっても、シニアに任せづらい仕事も多く「シニア社員に給与を支払っているのに、任せられる仕事があまりない」という状況になっています。
シニア社員を組織内で活用するのは簡単ではない
今まで企業に貢献してくれたシニア社員ではありますが、「組織全体のパフォーマンス向上に悪影響がある」「給与に見合った仕事ができない」と感じる経営者や人事が多いことも事実です。
もちろん、シニア社員が組織内でスムーズに働き続けられるような研修や、スキルをつけるための研修を行う会社もあります。また、多くのシニア社員も「自分達の能力を会社に役立てたい」と思っているでしょう。
ただ、「既存の上下関係が逆転し、既存社員・シニア社員がお互い仕事をしづらくなる」という問題は、構造上変えることはできません。
企業側としても、適材適所でシニアを活用したいと考えつつも、なかなかうまくいかないと組織構造に頭を悩ませているのです。
2. シニア社員のモチベーションが低い理由とは?
企業がシニア社員の活用について難しさを感じつつも、今まで会社に貢献してくれた人材として雇用を継続しているなか、シニア社員のモチベーション低下が問題となっています。
たとえシニア社員が貴重な人材だとしても、モチベーションが低い状態では良い仕事はできません。
やりがいを持って生き生きと働けないのは、シニア社員側にとっても、好ましい状況とは言えないでしょう。
意欲が低いシニア社員と一緒に働くことで、既存社員のやる気がそがれてしまうなど、会社全体に悪い影響を与えることもあります。
シニア社員のモチベーション低下の原因としては、以下の3つの理由が考えられます。
- 管理職の権限がなくなり、アクセスできる情報が減って疎外感を感じる
- 仕事内容があまり変わらないのに給与が下がる
- 平社員として対応されるため、以前とのギャップからみじめな思いをする
参考:定年後の再雇用は惨め?大手食品会社で働くAさんが語る再雇用の現実
情報が制限されて疎外感を感じる
シニア社員は平社員の扱いのため、アクセスできる情報が少なくなります。管理職だった今までと違って重要な情報が見られなくなったり、自分が知らないところで物事が動いていくことに対して、疎外感を感じる人も多くなっています。
今まで最前線で会社を牽引してきた自負がある人ほど、このギャップにショックを受けてしまいます。
もちろん、シニア社員本人も「現役時代と同じように仕事はできない」とわかってはいるものの、現実に直面するとダメ―ジを受け、モチベーションが下がってしまうケースが多く見られます。
同じ仕事内容で給与が下がる
シニア社員になると、再雇用などを経て役職が変わり、それに伴い給与が下がってしまいます。会社の規定にもよりますが、給与が4、5割減というケースは珍しくありません。
再雇用は、定年後も慣れ親しんだ会社で働けるというメリットはありますが、給与が大幅に下がってしまうため、モチベーション維持が難しいという実情があります。
対応の違いにショックを受ける
役職付でなくなったシニア社員は平社員の位置づけとなり、まわりは、平社員として一般的な対応をしているだけであっても「役職がなくなったら手のひらを返された」等、マイナスに捉えてしまってストレスになることもあるようです。
管理職から平社員になると、今まで想像もしなかったような、さまざまな環境変化があります。
その中でモチベーションを保ちながら生き生きと働き、なおかつ企業経営にも貢献してもらうにはどうすれば良いのか、経営者や人事は大きな課題を抱えているといえます。
3. 社内でシニア人材を活用する方法は?
シニア人材に意欲的に働いてもらい、なおかつシニアの経験や知見を企業として活用するためには、以下のような方法が挙げられます。
- 個々の能力を把握し、きめ細かな給与設定にする
- スペシャリスト職を創設する
- シニアだけで活躍できる場をつくる
きめ細やかな給与設定にする
シニア社員をひとくくりにして評価すると、仕事内容を評価してもらえているという実感がわかず、モチベーションが下がってしまいます。
人事評価等、人事の負担は増えるものの、個人の能力をきめ細かく把握して、個別に評価や給与に反映させることで、やりがいが生まれて能動的に働いてもらうことができます。
その結果、会社としても質の良い労働力が期待できます。
スペシャリスト職を創設する
シニアの活用がうまくいっている会社の特徴の一つに、スペシャリスト職を設けているといった点が挙げられます。
シニア社員を既存の組織の中で働かせようとすると、「過去の上司と部下」というような人間関係の問題がどうしても発生し、お互い気を使って仕事しづらくなり、パフォーマンスが下がってしまいます。
シニア社員や既存の社員がお互い生き生きとストレスなく働くためには、「平社員-係長ー課長ー部長」というような、組織の一連のライン上でシニア社員を働かせるのではなく、独立した「スペシャリスト職」を作ることもひとつの方法です。
アドバイザー的な役割を担うスペシャリストという独立した位置づけであれば、元上司と元部下という構造上の問題は発生せず、上下関係がない風通しが良い状態で仕事ができます。
また、スペシャリストやアドバイザーという独立したポジションであれば、社内の特定の部署に所属する必要もありません。
プロジェクトや若手育成、関連子会社のフォローなど、社内のさまざまな分野で、組織を縦断してシニアの経験や知見を活かせます。
シニアだけで活躍できる場を提供する
50代、60代のシニア人材を活用する方法として「シニアだけで活躍できる場を提供する」こともひとつの方法です。
シニアは元々働くモチベーションは高く、経験や人脈などもあり、まだまだ元気な人がほとんどであるにも関わらず、「平社員になった元管理職」として理不尽に煙たがられたり、やりにくい存在とみなされたりして、悔しい思いをしている人も多くいます。
既存の会社組織の中では能力をうまく発揮できない場合でも、シニア社員だけで組成されたチームなど、活躍できる場があれば、今までの経験や知識を生かし、やりがいをもって生き生きと働けるチャンスが生まれます。
4. シニア社員にはどのようなセカンドキャリアを提示するべきか
次に、企業はシニア社員にどのようなセカンドキャリアを提示すべきかについて解説します。
「再雇用」と「独立」の二つの選択肢を提示することが重要
シニア社員と企業の双方にとって最も良いのは、「企業の組織内で規定の年齢まで働くこと」と「企業の組織の外で、長期的な視野を持って働くこと」の2つの道があることを、シニアに対してきちんと提示してあげることです。
長年企業勤めをしてきたシニアには、「会社組織から離れて働く」ことがイメージしづらく、そのような選択肢があると想像もつかないケースも多くあります。
企業側がシニアに「独立して働く」という選択肢を提示することで、「シニアから誤解を受けるのではないか」「シニアにハラスメントをしていると思われるのではないか」と不安に感じる経営者や人事担当者がいるでしょう。
しかし、今まで貢献してくれた社員のことを考えるのであれば、早いうちから「第二の選択肢がある」ということを伝え、考えるきっかけを作ってあげることの方がむしろ優しさなのではないでしょうか。
定年後も約40年続くシニアの第二の人生を考えるうえで、さまざまな選択肢があることを知り、自分に合っているかどうか熟慮する機会を得られることは、シニア達にとって大きな意味があります。
シニア社員が長期的なセカンドキャリアを考えるべき理由
高齢になっても働き続けたいというシニアが増えており、そのような人たちにとって「65歳以降もやりがいを持って働けるような、長期的なセカンドキャリア」を考えることは、大きな意味があります。
総務省統計局によると、2004年度以降、高齢者(65歳以上)の就業率は年々増加しており、2021年度の65歳~69歳の就業率(男女計)は50.3%です。また、70歳以上の就業率も18.1%となっており、65歳を越えても多くの人が働いているのがわかります。
しかし、シニア社員の雇用は65歳までとしている企業が多く、働きたい人は自ら就職活動をして、何らかの仕事を見つけるというケースが大半です。ただし、65歳以上での就職活動は厳しいのが現実です。
企業はシニアに対して、65歳までのキャリアだけでなく「65歳、70歳はどうしていたいのか?どうありたいのか?」を問いかけ、考えてもらう必要があります。
そして、「定年後も継続して社員として働く」という選択肢だけではなく、「70歳、80歳まで働ける環境をリタイア前に自分で作る」という2つの選択肢を提示し、自分はどちらを希望するのか、じっくりと考えてもらうことが重要です。
5. まとめ
シニアは、企業でかけがえのない人材であると同時に、社会全体における貴重な人材でもあります。
「企業組織」という枠組みからシニアを解放し、企業のためだけではなく、社会のため・世の中のために生き生きと働けるよう、さまざまな選択肢を提示することが大切です。
再雇用で最後まで自分の会社で働くことも、独立して能力を活かすことも、どちらも尊重すべき選択です。もし、第二の人生に向けて勇気を持って踏み出そうとする人がいれば、シニアを応援する企業として、チャレンジできる土壌を整え、全力でフォローしてあげましょう。