採用は「単に人材を募集し、選考し、雇用するだけでなく、経営における重要事項である」という認識が、人事・採用担当だけでなく経営者にも広がっているように感じます。採用をトップの重要な役割とするスタートアップや、「採用戦略=経営戦略」という見方の企業も増えている印象です。
とはいえ、採用を切り離された1つの活動ジャンルではなく、実際に会社や経営全体と関連付けて捉えることができる人事・採用担当や、経営トップは少ないように感じます。
今回は、テクニックのような枝葉の話ではなく、採用を会社や経営の全体像とリンクさせながらより良いものにする方法について、ランニングホームラン株式会社のCCO(chief concept officer)の澤海渡さん(さわくん)に伺います。
登壇者澤海渡氏ランニングホームラン株式会社 CCO(chief concept officer)
中高6年間引きこもり生活。その後一念発起し、偏差値18から1年で早稲田大学教育学部に現役合格。学生時代に延べ3000人以上の人々にコーチングを提供。そこでの経験を元に中高生向けの探究学習教材を出版、多数の中高へ導入する。大学卒業後、2022年にランニングホームラン株式会社に入社。オウンドメディア、ブランディングメソッド、就活事業など数々の自社事業を立ち上げ新卒2年目にして役員に就任。プライベートでは12歳年上の嫁と12歳の娘とシェアハウスでカオスに生活。自身のコンセプトは「天上天下唯我独尊」。この世全ての人々のクリエイティビティを愛し、快放して回るのが人生の趣味。
執筆者関岡 央真氏株式会社シニアジョブ 戦略人事本部長 / シニア就業促進研究所 所長
大学卒業後、テレビ局系列の制作会社に入社。報道・情報番組の制作に携わる。2017年から株式会社モバイルファクトリーに採用担当として入社。新卒を中心に採用活動を行うほか採用広報も兼務。「モバファク 新卒ドラフト」などのユニークな採用を行うなど、営業職からエンジニア職まで幅広い職種の採用を経験。2023年9月より現職。
目次
ランニングホームランCCO(chief concept officer)さわくんの役割とは
関岡:今回は、「採用戦略を経営戦略とリンクさせて考えてみる」をテーマに、採用や会社としての「コンセプト」を作ることが会社のポテンシャルを最大限に発揮される状態にするという話を、ランニングホームラン株式会社CCOの澤海渡さん(さわくん)にお聞きします。よろしくお願いします!
さわくん:はじめまして!CCOの澤です。「さわくん」とお呼びください!
関岡:では、早速ですがCCOとはどんな役職ですか?
さわくん:はい、CCOはchief concept officerの略で、「コンセプト」に関する最高責任者です。コンセプトに関することなら何でもやります。たとえば、自社のコンセプトだけでなく、他社つまり顧客を含めて社内外すべての「コンセプトを発掘し世界に解き放つこと」が仕事です。
弊社は「企業の本音を抉り出し、自然体へと導くコンセプトを抽出し、具現化」することを提供している会社です。平たく言えば、ブランディングやそのためのWeb制作を行っていますが、ただ顧客の希望どおりのクリエイティブを作るとか、クリエイターの発想でクリエイティブを作るのではなく、企業の潜在意識を紐解いてコンセプトとして言語化して、それに基づいたブランディングやクリエイティブを提供しています。
関岡:基本的なところから聞いてしまいますが、そもそもコンセプトとは何でしょうか?
さわくん:僕たちはコンセプトについて「自分たちの望みを叶えるための戦略軸である」と話しています。私たちランニングホームランのコンセプトは「快」で、ホームページでも「解よりも快をつくる。」というのを掲げています。
この「快」は自分たちの「望み」や「得たいもの」です。一方の「解」は「課題解決」の「解」ですが、これはマイナスが0になるだけと思っていて、その解決の過程で「得たいもの」「気持ちいいと思うこと」が根底にないとつまらないと考えています。
会社でも個人でも、最も「快い」状態がどういう状態なのか自覚することが大事で、その「快」を言語化して自覚しやすくしたものがコンセプトです。
良い採用サイトを作るための4ステップとコンセプト
関岡:コンセプトについて教えていただきましたが、それが採用にどのように関わってくるのでしょうか?
さわくん:僕たちは、良い採用サイトを作るために前提として4ステップを考えなければならないという話をしています。そのステップは、次のような図になります。
さわくん:採用サイトを「かっこよくしたい」「オシャレにしたい」「見やすくしたい」といった話をよくいただきますが、それらが良い採用サイトとしての要素ではありません。良い採用サイトは、来てほしい人材に狙いを定めた認知・動機付けを一貫して提供できるサイトです。
来てほしい人材について分解していくと、企業の「らしさ」(企業の現在)とマッチしていて、なおかつ企業の「目指す先」(企業の未来)とマッチする人間だと言えます。直近で足りない人を補填する、既存メンバーが持っていないスキルを穴埋めできる、過去の慣習で採用してきた人と同じ属性である、といったような人ではありません。
認知・動機付けが一貫しておらず、訴求内容がバラバラだと、結局何を言っているのか伝わらず、ミスマッチが生まれます。たとえば、採用サイトでは社会貢献を謳っているのに、コーポレートサイトでは利益追求を示しているといった状況では、信用も低下してしまいます。
そこで、来てほしい人材に向けてのメッセージを一貫するために取りまとめたものが「採用コンセプト」になります。
採用コンセプトは、採用サイト以外にも行き届いている状態を作ることが重要ですので、候補者と接点を持つ説明会や面接などでも、すべて一貫した認知・動機付けである必要があります。そして、この採用コンセプトを導くためには、必ず企業コンセプトから作る必要があります。
ありきたりな採用サイトとどこでも良い求職者
関岡:もし採用コンセプトや企業コンセプトがない状態で採用活動を行ったとしたら、どんなリスクがあるでしょうか?
さわくん:では、採用コンセプトがないまま採用サイトを作る企業の、よくある考え方から追っていきましょう。
たとえば「主体性があって自ら行動する、地頭が良い人が欲しいです」といった話がよくあります。この発想は、恐らく「とにかく忙しくて、今がすごく大変で、育成する暇がないから主体的な学びと行動がある人が良い」といった環境から来ているのではないかと思います。
こうしたイメージで採用すること自体にすごいリスクがあるわけではありません。しかし、主体的に動く地頭が良い方が会社に何を求めるのか、そして、その彼らに会社として何を提供するのか、といった事を考えなければ、その後のエンゲージメントに大きく関わってきます。
「お金がいっぱい貰える」「福利厚生が充実している」といった、どの会社でも提供できる短期的なメリットを訴求した場合、こうしたメリットに刺さる人は、給料や福利厚生が充実していればどこで働いても良いと考えているのでエンゲージメントが低くなってしまいます。好条件が提供し続けられない場合は興味を失い、転職するリスクが高くなります。
関岡:なるほど、コンセプトがない会社は、従業員に提供する会社としての強みが唯一無二のものにならないんですね。
さわくん:はい。優秀な方を採用したいのは、どの会社でも同じです。しかし、優秀な方は、必ず他社と競合します。そのため、この会社でなければならない理由が無いといけません。給料だけで入社された方であれば、今の会社より高い給料を出す会社にまたすぐ転職します。
採用サイトのデザインも同じで、「かっこよく作ってください」と言われた通りに作ったとしても、じつはあまりかっこよいものにはなりません。なったとしても、どこかで見たことあるものになります。どこでも見られるものだとしたら、それはかえってダサいです。
デザインを決める根底に、企業の「らしさ」や「目指す先」を明確に定義したコンセプトがあって、理由があってデザインを選択しているかがすごく大事です。
コンセプトが採用サイトと採用を大きく変えた実例
関岡:具体的に、もともと採用や採用サイトが良くなかったが、企業コンセプトや採用コンセプトを作ったことで良くなった事例はありますか?
さわくん:コンセプトを作ったことで採用が改善された事例を2つご紹介します。
最初は、ある医療関係の法人です。一般的な病院ではなく、特殊な活動をしている法人です。
コンセプトを策定する前は、医療業界にありがちな社会貢献のイメージを重視し、「優しさ」を全面に出した採用活動を行っていました。しかし、実際の現場は過酷な環境であり、ミスマッチが生じていました。
そこで「 しっかりとその課題に立ち向かう覚悟を持って挑む」といった困難な状況にも対応できる「あり方」を明確化したコンセプトを策定しました。すると、優しいだけでなく、現場の厳しさも理解した上で、覚悟を持って働く人材が応募するようになり、採用のミスマッチが解消されました。
笑顔の職員の写真ではなく、コンセプトに沿った全員強めの表情の真顔の写真に変えるなど、採用サイトの発信内容やデザインを変えることで、応募者から変えていきました。
関岡:なるほど、参考になります。
さわくん:次に紹介するのは、飲食店の例です。ビールがとても美味しく、居心地の良い居酒屋を展開している店舗です。
こちらの企業では、社長の「綺麗好き」という性格が徹底され店舗が美しく保たれていたものの、それが従業員への過剰な要求につながっていました。そのため、元気ではつらつとした従業員を採用するべきか、細やかな気配りのできる従業員が良いのか迷走し、ミスマッチが生じていました。
そこで、社長の深層心理を一つ一つ掘り起こし、「本当の望みは何なのか」を探ることからコンセプト作りを始めました。
その中で、「家族の繋がり」「安心して落ち着ける環境」といった社長が真に求める「望み」が判明し、それらの「望み」を「生」と言う言葉に集約し、「生の居酒屋」というコンセプトを定義しました。
これにより、社員は自然体で働けるようになり、社長と従業員の関係も改善されました。また、「生」を体現した情報発信や店舗デザインにより、顧客満足度も向上しました。
このように、企業コンセプトを明確にすることで、採用活動の効率化、従業員満足度の向上、顧客満足度の向上など、様々な効果が期待できることがわかります。
関岡:これは「人事がどう社長に関わるべきか」というテーマにも関係する事例ですね。
さわくん:まさしくそのとおりで、社長は基本的に行動力がある人が多いため、新しい情報や考えがあると、まず行動に移しがちです。すると、従業員から見ると矛盾した行動になっているのではないかと感じてしまうケースがあります。
「それは本当に社長自身が望んでいることなのか?」と掘り下げていくと、実は望んでいることと指示がズレていることもあり、そのズレを正していくためにもコンセプトは重要です。
コンセプト作りは誰がやる?何から始める?
関岡:では、仮にこれからコンセプトを作ろうと考える場合、どの立場の人間がコンセプトを作るのが良いのでしょうか?
さわくん:社長でなければコンセプトを作れないと感じるかもしれませんが、実際はそうではありません。どこから登っても山の頂上が一つであるように、社内にいるどの立場の方でもコンセプトを作ることはできると僕は考えています。
たとえば営業の仕事であっても、「どう売るのか」という姿勢は会社の「あり方」と直結しています。つまりコンセプトと直結しており、コンセプトを考えることができる立場です。広報であれば、カルチャーやブランディングから考えるかもしれません。人事であれば、カルチャーフィットする人材について考えることからアプローチするかもしれません。
このように、経営者だけがコンセプトを考えて、それを従業員に下ろすような構造ではなく、従業員の誰もが考えるべきことだと思うのです。
関岡:人事でも、たとえばCHROのような経営に近い立場でなければコンセプトを作れない、というわけはないんですね。では、これを読んでいる人事担当者の方がこれから企業コンセプトを作ろうと思った場合、何から始めるとよいでしょうか?
さわくん:まず「自社は何者なのか?」という根源的な問いを立てることからコンセプト作りは始めます。 これは、単に事業内容や規模、歴史といった表面的な情報をまとめるのではなく、まるで「人格を持った一個人」として企業を捉え直す作業です。
僕たちは、個人に人格があるように、企業にも人格があると思っています。従業員が法人格の気持ちになり、企業の「らしさ」や「目指す先」などの「あり方」をイメージすると、行動しやすくなると考えています。そうした法人格のキャラクターをちゃんと自覚することが、とても大事です。
関岡:法人格のキャラクターというのは、社長の人格とはまた別でしょうか?中小企業だと、法人の意志はほぼそのまま社長の意志だと思います。
さわくん:法人格のキャラクターは、社長の人格と同一ではありません。
もちろん、社長のパーソナリティが法人格のキャラクター形成に大きな影響を与えているケースは多いです。しかし、法人格のキャラクターは、その他の企業の行動パターンや意思決定、社員の言動、過去の経験、そして目指す未来などが複雑に絡み合い形成されたものです。
法人格のキャラクターを明確にすると、採用だけでなく会社全体に様々な効果が得られるようになります。「ランニングホームランさんってどんな人間なんだろう」「どういう価値観を持っているんだろう」「どういう振る舞いをするんだろう」「休日は何してるんだろう」といったように企業を人格でイメージしていくことがすごく大事です。
関岡:なるほど、法人格のキャラクターや人格は、社長とはまた別の生き物として捉えるんですね。それは、会社の役割や目標のようなところからイメージするんでしょうか?
さわくん:法人の役割とも人格は別物です。
社会課題解決やMVV制定などが流行っていますが、これらの会社としての役割は「Do」つまり「行為」の話で、選択肢が複数ある場合が多いです。
法人格のキャラクターを掴むことは、法人格のキャラクターがどうあるべきかという「Be」をイメージすること。つまり、選ぶべき「Do」の選択肢がわかるようになります。
今やらなければいけないことに追われていると、自分はどうあるべきかという「あり方」を見失ってしまいます。人間はそうした状況で鬱や体調不良が起きますが、会社も同じです。「あり方」がずれてしまうと、会社のあちこちでトラブルが起こり、業績不振が発生します。社員個人が病んだ結果、離職が増えることもあります。
そこで「あり方」から考えて、因果関係をちゃんと整理していくことがとても大事になります。
関岡:本来この会社はどうありたいのか、という根源的なイメージを持つことが大事なんですね。
さわくん:はい。そして、法人格のキャラクターを明確にし、そのキャラクターに共感する人材を採用することで、定着率やエンゲージメントの向上、ひいては企業の成長へとつながります。さらに、社内外に向けたメッセージに一貫性が生まれ、顧客や取引先からの信頼獲得につながります。
また、社長個人のパーソナリティや意思決定に対して意見を述べるのは非常にハードルが高いですが、法人格のキャラクターを軸に意見を述べ合う場には、従業員が参加しやすくなると思います。
関岡:確かに、社長への発言ではなく、法人の「〇〇さん」への発言だと従業員も言いやすそうです。
さわくん:ぜひ、試してみてください!改めて、コンセプトづくりの具体的なステップもご紹介しますね。
- 法人格のキャラクターを捉える
社長や社員への「観察」と「対話」から企業の行動パターンや根底にある価値観を探り、法人格のキャラクターを捉えます。これまでの事業展開や意思決定を振り返り、どのような「思い込み」や「欲求」に基づいて行動してきたのかを分析します。場合によっては社長の幼少期の経験や価値観なども、企業文化に大きな影響を与えている可能性があります。 - 法人格の「望み」と「強み」を言語化する
「法人格」の「望み」と「強み」を言語化します。表面的な言葉ではなく、本質的な欲求を捉え、共感を呼ぶ言葉で表現しましょう。社員一人ひとりの行動特性を観察し、組織としての強みを明確化します。 - 法人格の「望み」を実現するための戦略を練る
「法人格」の「望み」を実現する為の戦略を練ります。採用、育成、広報、事業など、あらゆる活動において、「法人格」を体現できるよう、具体的な行動指針を定めましょう。
重要なのは、このプロセス自体を、社員全員が共有し、共に考え、行動していくことです。 それにより、企業は「個人の成長」と「組織の成長」を同時に目指すことができます。
「目標のために傷つきながら進む船」では大きくなれない
関岡:やるべきことではなく、法人格の「望み」を意識すると、従業員や会社の成長も息の長いものになりそうです。
さわくん:まさにそこは僕たちも提案していきたい話の一つです。
僕たちは今、「MVV型経営」でなく「コンセプト型経営」に変えましょうといった話をしています。自分たちは「これをせねば」というところを決め、そのために何が何でも進むMVV型経営は、船が進んでいく中で傷ついてもなんとか補修して漏水を防いでたどり着くモデルになっているのではないかと思います。たどり着けばよいのですが、途中でだいたい沈むんですよね。
僕たちが考えるコンセプト型経営はもっと持続可能なものです。何かを目指して進んでいくというよりは、まず自分たちのあり方があって、それが徐々に拡大されていく。同心円状に広がっていくと、自ずと大きくなっていくと考えています。
そうしたやり方のほうが、社長にとっても従業員にとっても心地よく、そしてさっきのMVV型の船が10年で崩壊するとしたら、100年くらい広がり続けられるのではないかと思います。
関岡:もしかすると日本の老舗と呼ばれる会社や店舗には、コンセプトみたいなものが受け継がれているのかもしれませんね。
さわくん:その可能性はありそうです。おそらく社長や幹部の人の多くが、とにかく短期で稼ぎたいと思っているだけではないと思うんですよね。社員が幸せになってほしい、その会社の思っていることや実現したいことが持続的に広がっていってほしい、と思っているのではないかと思います。
なので、繰り返しとなりますが、行為「Do」だけではなく、あり方「Be」のところに一度立ち戻るということをやってみてほしいですね。自身のあり方を見つめ直すのは、普通の従業員であれば転職のタイミングなどでそれをすると思うんです。でも、社長は転職できないので、転職する代わりにどこかで会社の方針を見直す必要があると思います。
そこから人事の役割に話を広げると、僕は、人事は社長をメンタリングできる側でないといけないと思ってます。人事は「人の事」と書きますが、社長も一人の人間です。社長をちゃんと続けられるようにする人間であるってことが、人事における大事な要件かなと思いますね。
その時に、今回お話ししたコンセプトのお話や、コンセプトを決める時に会社の「あり方」、社長自身の「あり方」に立ち戻るというお話が参考になれば幸いです。
関岡:最後の部分はすごく考えさせられるお話でした。ありがとうございました!
さわくん:こちらこそ、ありがとうございました!