転職が当たり前になりつつある中で、採用市場で注目が集まっている「採用CX(候補者体験)」。
既に多くの企業の選考を受けたことのある候補者に、より良い候補者体験をしてもらう重要性は年々増しています。
しかし、採用担当者の方の中には「採用CX」について理解しきれていない方も多いのではないでしょうか。
そこで、今回から候補者体験を重視した採用コンサルティングを手掛けるHeaR株式会社の吉田さんに、採用CXをテーマに連載していただきます。
本記事では、基本的な採用CXの概念から、注目されている背景やメリット・デメリットまで、網羅的に解説していますので、ぜひ最後までご覧ください。
【人物紹介】吉田 昌平|HeaR株式会社
上智大学卒業後、個人で1000回以上のカウンセリング・コーチングセッションの実施や新卒紹介などに従事し、採用活動のアドバイザリー、種々の研修/セミナー講師などを経験。既卒にて人事コンサルティング企業に入社後、自社の採用や教育を設計・運用しながらマーケティングを主に担当し、執行役員を兼務。その後、「青春の大人を増やす」というミッションに共感し、採用DX事業、キャリアコーチングサービス「シゴトレ」、副業エージェントサービス「タメスワーク」を展開するHeaR株式会社に入社。現在は、主に採用CXに着目した採用コンサルティング、自社のカリキュラム開発などを担っている。
目次
1. そもそも「採用CX」とは何か
皆さんは、「採用CX」という言葉をご存知でしょうか?
「CX」と聞くと「Customer Experience(顧客体験)」を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、「採用CX」における「CX」は「Candidate Experience(候補者体験)」を指します。
候補者が企業を認知した段階から実際に選考を終えるまでのあらゆるステップに着目し、入社までの一連のプロセスにおける候補者の体験・経験をより良くすることです。
あらかじめ採用活動における各フェーズで候補者にどのような情報や感情を持ってもらうかを定義し、そこから逆算した施策を実施することで、候補者体験の質を効果的に高めることができます。
候補者が実際に入社するか否かに関わらず、選考活動において出会うすべての候補者に対して良い体験を届けようとするのが、採用CXの本質的な考え方です。
そのため、候補者全員が「(採用の合否に関わらず)この企業を受けてよかった」と感じてもらえることが重要となります。
新型コロナウイルスの影響で一時的に企業側の採用活動が鈍化したこともありますが、人手不足が進む中でこれからも「優秀な人材を採用することが難しい状況」は変わらないでしょう。
そのような時に、採用CXへの取り組みは、優秀な人材を獲得するために競合と差別化しやすいポイントとなります。
2. 採用CXに注目が集まる背景
まだ日本国内では浸透していない採用CXの概念ですが、既に海外では多くの注目を集めています。
そのため、これから重要な概念として日本でもさらに浸透が進むことが予想されています。
採用CXに注目が集まる背景をまとめると、以下3点の環境変化が原因になります。
①人手不足による有効求人倍率の上昇
日本では少子高齢化に伴う労働人口の減少に伴い、企業間の人材獲得競争の激しさが増しています。
現在の採用市場は、企業が求職者「を」選ぶ時代から、候補者「が」企業を選ぶ時代に変わりつつあるため、これまで以上に候補者体験(採用CX)が重要になっています。
特に、事業成長・業績達成を目的として上位層の人材を採用するとなると、「選ぶ」から「選ばれる」に変化した採用市場で戦うことが求められているのです。
②人材の流動性が高まっている
これまで日本型企業の特徴であった「終身雇用制度」が崩壊しつつある中で、転職市場が活発化しています。
人材の流動性が高まっており、これまで人材獲得に悩まなかった大企業でも採用活動に力を入れる必要が出てきています。
このような採用市場の中で候補者に選ばれるために、採用CXに注力する重要度が増しています。
③インターネットの普及に伴う採用の透明化
OpenWorkやワンキャリアのような従業員の口コミサイト、TwitterなどのSNSが登場したことで、各企業の選考に対する情報も透明化される時代になっています。
実際に、第三者の候補者体験(採用CX)をもとに選考を受ける企業や入社する企業を決定する人も増えてきています。
リアルな情報やリアルな声が簡単に手に入る世の中だからこそ、企業側が求職者に悪い印象を与えることはリスクとなりますので、採用CXの重要性が高まってきているのです。
3. 採用CXに注力しない企業にリスクはあるのか
このように、採用CXの重要度が高まっていることは理解いただけたかと思いますが、目の前の業務に追われる中で、取り組む優先度が低くなってしまう場合もあることでしょう。
それでは、こうした状況の中で候補者体験に今注力しないことによるリスクはあるのでしょうか。
(参考:https://www.softwareadvice.com/resources/8-tips-improve-candidate-experience/)
(参考:https://www.careerarc.com/lp/candidate-experience-study/)
採用CXやそれに伴う情報発信のデータを見てみると、現在の候補者は選考体験をかなり重要視していることがわかります。
6割以上の候補者が、選考中の体験(採用CX)を理由に選考を途中で辞退・拒否していたというデータも発表されています。採用CXに注力していないことで半分以下の水準の歩留まり率になっている可能性もあるということです。
人材獲得競争が激化している中で、これは大きな損失になるのは言うまでもないでしょう。
また、これらの候補者体験が長期的にも大きな損失を与える可能性もあります。
その1つは、候補者のクチコミによって、今後の候補者数が減少してしまうということです。
各個人からの情報発信が一般化している中、これからは候補者体験のリアルな情報がインターネット上に蓄積されていきます。
SNSには書き込まなくても、選考中の悪い体験を口コミとして広める候補者も多く、現在の候補者体験が長期的な人材獲得に影響を及ぼす可能性はとても高いでしょう。
(引用:https://empxtrack.com/blog/improve-candidate-experience/)
また、データからは、選考体験が原因で自社の製品やサービスに関するネガティブな口コミを書かれてしまったり、自社の製品を買わなくなったりする人が半数程度もいることが分かります。
採用が難しくなるだけでなく、その会社の事業や売上に直接ネガティブな影響を与えてしまう可能性もあります。
採用CXにおける比較対象は、競合他社の採用体験だけでなく、普段その候補者が接触しているあらゆるサービスとなります。
直近のホスピタリティの高い体験やUXの高い体験が比較対象となるため、面接で従来通りの対応をしていたとしても「気持ちよくない」といった評価につながりやすくなっており、従来の対応のままではよくない候補者体験ととられてしまう可能性があると考えておく必要があります。
4. 採用CXに取り組むべき3つのメリット
ここまでの内容を踏まえて、候補者体験に注力する3つのメリットについてご紹介します。
候補者体験(採用CX)に取り組むべきメリットは、まとめると以下の3点となります。
①将来的に再度応募してくれるリピーターを獲得できる
選考で候補者の期待を超える体験価値を提供することができれば、リピーターになってくれる可能性があります。
ここでいうリピーターとは、他者に自社を紹介したり、違うタイミングでまた応募してくれたりすることです。
リピーターを獲得できる分、タレントプールの構築が進み、短期的にも長期的にも自社にとっての大きなメリットになるでしょう。
②候補者による宣伝効果が見込める
候補者に優れた体験を提供することができれば、口コミを通じてその情報を周囲に発信してくれます。
最近では、SNSを通じて頻繁に情報が発信されるようになっており、候補者が商品やサービスについての情報まで発信してくれることで、企業はコストをかけずに広報活動をおこなうことができます。
ただし、場合によってはネガティブな情報も発信されてしまう場合があるので、その点には注意が必要です。
③エンゲージメントの高い仲間が入社し、企業のブランディングが促進される
優れた候補者体験を提供することができると、候補者の企業に対するイメージが自然と向上し、通常以上の好感を持って入社してくれるようになります。
自社サービスや組織に対する従業員自身の信頼度や愛着(エンゲージメント)が高いと、比例してそのポジションで成長・活躍する可能性が上がります。
活躍人材や自社をよく発信するメンバーが多いと顧客満足度や業績が向上するため、従業員への利益還元が促進され働きやすい環境づくりができたり、「優秀な従業員が多い」企業としてのブランド力も高めることができます。
採用活動以外の面でも付加価値が生まれ、競合他社との差別化を図りやすくなっていきます。
5. 採用CXの活用・成功事例
上記のメリットをより具体的に意識していただくために、実際に採用CXに注力して効果を上げた企業の事例をご紹介します。
ここで、採用CXに注力することで実現できることのイメージを掴んでいただければと思います。
①Airbnb|選考プロセスを改善した事例
世界に先駆けて採用CXの改善に取り組んだ企業が、世界最大のホスティングサービスを運営するAirbnbです。
具体的には、選考プロセスの短縮と、候補者とのコミュニケーションの改善、面接後のフォロー強化を徹底しています。
たとえば、採用担当者が候補者をフォローしやすくするため、FAQや動画といったコンテンツを作成するなど、人間的な対応を心がけています。
また、採用を見送ることになった方々に対して選考のフィードバック面談へ招待し、リピーターの獲得にも力を入れています。
②株式会社メルカリ|面接の体系化を実施した事例
株式会社メルカリでは、採用面接に関わるメンバーの増加に伴い、面接スキルの伝承や候補者の見極めポイントの共有が課題となっていました。
この課題に対して採用プロセスの体系化と共有をおこない、各プロセスにおけるポイントの言語化、採用担当者同士の模擬面接による面接官の育成などの採用CX改善を図っています。
これらの一連の取り組みにより現場との目線が擦り合うとともに、社内へのバリュー浸透やリファラル採用の促進にも良い効果があったとのことです。
6. 採用CXの向上に向けた戦略設計の手順とは?
このように採用CXに注力することで期待以上の効果を得た企業は多く、全ての候補者に良い体験を提供することは、今後の企業の採用力を左右してくると言えるでしょう。
また、基本的に、候補者体験(採用CX)に注力するデメリットはなく、候補者体験(採用CX)の向上に注力することで、候補者側にも企業側にも多くのメリットをもたらします。
もちろん、このような新領域に注力することで採用担当者に少なからず負担は生まれてしまいますが、採用CXの設計自体は、そこまで骨の折れる手順でもありません。
ここからは具体的な採用CXの設計の流れについて、その全体像をご紹介できればと思います。
①無関心・認知フェーズの採用CX
採用CXの設計手順は、求職者の認知獲得から、実際に接点を持ち、内定を承諾してもらうところまで、各フェーズごとに異なります。
無関心・認知フェーズでは、まず「候補者に伝えるべき魅力」を下記の5つのステップで整理することが必要です。
具体的には、「ターゲット・ペルソナ分析(①~③)」をおこなったのち、「候補者とのタッチポイント(④~⑤)」について考えます。
【ターゲット・ペルソナ分析(Target&Insight&Benefit)】
候補者に伝える魅力を整理するための手法として、「ターゲット・ペルソナ分析」から流れをご紹介します。
まずは自社の事業成長から逆算して「①Target:ターゲットは誰か?(どこで何をしている人か?)」を明確にし、潜在的な「②Insight:ターゲットが現在悩んでいる点、魅力を感じる点は何か?」を分析します。
ターゲットに対する理解を深めた後、「③Benefit:そこに対して自社が提供できる魅力は何か?」を分析し、いままでの採用における勝ち筋(成功パターン)からも言語化していきます。
また、言語化した自社の魅力から競合と差別化できるポイントを明確にし、候補者に提供できる潜在的・顕在的な価値を打ち出していきます。
【候補者とのタッチポイント(Fact&Creative)】
ターゲット・ペルソナ分析が終わり、採用コンセプトが明確になったら、そのペルソナのインサイトを想定しながら、選考フローを含む各フェーズで「どのような事実をどのように伝えるか」を設計していきます。
「④Fact:それを信じてもらえるような事実は何か?」を調査・収集するだけでなく「⑤Creative:それはどうすれば伝わりやすいか?」も検討し、説得力を増すために抽出されたBenefitを証明するような事例を示したり、どのような表現やデザインであればペルソナに刺さるコンテンツになるのかを検討します。
以下の当社のマーケター向けのキャンディデイトジャーニーマップは、各選考フェーズごとに、どのような心理状態になってもらうか、そのためになにを用いるかを整理したものになります。
「④Fact」「⑤Creative」を作成するためには、候補者の理想状態を念頭にした採用フローを整理しておくことがおすすめですので、参考にしてください。
「具体的に、どのようなものを発信していけばいいのだろう?」と思う方に、1つのフレームワークをご紹介します。
上記のフレームワークは、おおまかに3つの候補者のフェーズごとに4つの魅力の観点から自社の強みをコンテンツに反映するためのものです。
自社を効果的にブランディングして、ターゲットからの応募数を増やすために、このようなフレームワークを用いながら、ターゲット・ペルソナに刺さりそうなコンテンツを発信して候補者の応募を促進しましょう。
全てのBenefit・Fact・Creativeがターゲット・ペルソナから逆算して作成されることから、採用CXを向上させる上でターゲット・ペルソナ設定は、ファーストステップでありながら非常に重要な根幹部分となることを覚えておいてください。
②応募・選考・内定フェーズにおける採用CX
では続いて、認知獲得後の応募段階における施策を見ていきます。
採用CXに関する全体像の設計が終了し、母集団へのブランディング施策が実行されたら、続いては実際に応募を獲得した候補者に対する採用CXをおこないます。
現在、多くの求職者は求人サイトやエージェントを利用して複数の企業に応募しているため、実際に候補者と接点を持つことになるこれらのフェーズの重要度は高く、候補者に寄り添った施策を設計する必要があります。
また、応募から選考、内定承諾までの各フェーズにおける有効な施策と優先順位は企業ごとに異なりますが、たとえば以下のような施策が考えられます。
【応募・選考・内定フェーズでの施策例】
- 応募から選考への移行時にRPOを入れて応募対応を数時間単位に早める
- 面談終了ごとにポジティブなフィードバックをする
- 選考では採用ピッチ資料を活用することで質問対応に集中する
- 代表や事業部長が1次面接することで事業へ深い理解を促し、惹きつける
- 内定通知を直筆のお手紙を書いて渡す など
採用ターゲットやその企業のリソースによって異なるので、一概に”これ”が有効と言い切ることはできません。
ただし、1つ間違いなく言い切れることがあります。
候補者体験の質を高める大前提となるのは、ターゲット・ペルソナの解像度が高い必要があるということです。
当然ですが、候補者や会社によってペルソナは異なるため、どのような施策が有効かは異なります。
たとえば、年収の高さとスキルアップを転職軸とするペルソナに対し、エモーショナルな内定通知をして記憶に残そうとすることは効果性の低い施策にもなり得るということです。
ペルソナの解像度を高めることで、施策自体の解像度も高くなります。
ペルソナからするとどのようなことをしてもらうと嬉しいのか、なにが気がかりとなっているのか、などを念頭に施策を立案していくことをおすすめします。
HeaRは戦略立案から施策実行まで全てサポート
HeaRでは以下のような流れでターゲット・ペルソナ選定を支援させていただきます。
- 組織戦略から採用時に必要なスキル・能力を持ターゲットを逆算
- 自社の魅力分析を行い、いままでの採用における勝ち筋を言語化する
- 言語化した自社の魅力を基にして、ポジショニングマップ等で採用競合と差別化できるところを明確にする
- 必要な能力を持っていて、かつ、自社の魅力に惹かれてくれる人物像をペルソナに落とし込む
- そのペルソナ像の応募を増やせそうな自社の魅力を用いて採用コンセプトを策定する
上記にはインサイト分析も含まれており、今までに入社してくれた方のインサイトをヒントにこれからも現在の自社の強みを魅力に感じてくれながら事業上欲しい人材のペルソナ像を設定します。
7. 最後に
今回は、候補者体験(採用CX)の全体像についてご紹介しました。
採用CXに取り組むことで「この企業の選考を受けて良かったな」と候補者に思ってもらうことができれば、そこから企業に対する多くの付加価値を見込むことができるでしょう。
採用市場の環境変化に伴い、採用CXは今後さらに重要度を増していくと思いますので、ぜひ参考に採用活動をしていただければと思います。
また、次回の記事では、採用CXにおけるターゲットやペルソナの解像度を高める方法・ポイントについて、より具体的にお伝えできればと思います。